201.もぐらっ娘、王都に向かう。
※本編とは無関係ですが、あらすじをちょっと変えました。
コツメから友好都市契約の話を聞いたときはどうなるかと思ったけど、アリスバレーのお偉い様たちも乗り気で存外うまく運んでくれそう。
ただ今後、確実に私の仕事が増えることは間違いなし。
なので、さらにいろんなことを前倒しする必要が出てきた。
そんなわけで緊急会議終了後、ペティーに代筆してもらった回答書を手にすぐにコツメと再合流。そのまま伝令役を務めてもらうため、コツメには日帰りでホマイゴスに戻ってもらうことになった。
だけど、紙の回答書一枚じゃ味気ない。
せっかくなのでリーナたちやルシエラパパのためにもモグラ屋さんで他のお土産も準備することに。
各種野菜にキノコ、高級ワインやジャムやシロップ漬け。それと割れそうでちょっと心配だけど、カップやお皿などの小物も。
一式をバックパックにまとめてコツメに担いでもらうも、よろけてしまうほどにかなりの量になった。正直そこそこの出費。
それでも、アリスバレーとホマイゴスの未来のため。そして何よりもお店の宣伝のため。ここは大盤振る舞いだ。先行投資なくして利益は生まれないってのはロートシルトさんの言葉だったか、スーザフさんの言葉だったかは忘れたけど、ほんとにそのとおりだもんね。
「しっかし、エミスケの店の品揃えはすげーなぁ。こんな規模のデカいとこはホマイゴスにもないぜー」
「えへへ」
「ま、俺様の好物の魚が置いてねぇのはいただけねーがな」
「あー、魚ね……」
お土産を用意するついでに店内を案内したあとのこと。モグラ屋さんについてはみんなにほめてもらえてモグラだけあっていつも鼻高々だけど、コツメにはちょっと痛いところを突かれてしまった。
たしかに牛や鳥のお肉があるのに魚がないのは変な話だよね。
もちろんゆくゆくは取り扱いところだけど、何より私に漁業の知識がないのが入手ルートを築けてない大きな原因だったりする。
「なんなら俺様がアドバイスしてやろうか?」
「え、ほんと? てか、コツメってそんなに魚に詳しいの?」
「おいおい、たりめぇだろー。自己流だがよ、前まではスシだって握ってたんだぜぇ~」
「スシ……?」
おお、なんか聞いたことない料理名までコツメの口から出てきた。
なるほど、これは相当に詳しそうだね。過去形なのがちょっと引っかかったけど、例の計画と一緒に考えてたこともあるし、そのときは遠慮なくアドバイザーとして力を借りることにしよう。
「そんじゃ、またなー!」
「ん、今度は振り落とされないようにね」
モグラーネ村の外の地下道の入口で、メッセンジャーモグレムの背にしがみつきながら器用にその短い手を振るコツメ。その姿を見送る頃には日も暮れはじめて、東の空には夜の帳が迫ってきてた。
このまま次へと急ぎたいところだったけど、さすがに今日はもう晩いので直帰。
翌日。
私はまた朝早くから動き出した。
単独、乗合馬車でアリスバレー北東の地下道を通り、いざ王都へ。
最近は些細な所用で頻繁に出入りしてるほどで、もはや完全にご近所。両地域の交流もローディスと並ぶレベルでさらに盛んになってきてるし、友好都市契約を結ぶホマイゴスともこういう関係性を築けたらいいなって思う。
そしてそのためにも、今日の用件はとっても大事だったりする。
「よーし、やるぞ!」
玄関口である門から王都に入場。私は気合を入れてから颯爽と勢いよく駆け出す。向かう先は王都の冒険者ギルドだ。よく考えたら運輸局に直接のコネクションがないこともあって、まずはこっちのギルド会長であるベルファストさんに窓口になってもらわなきゃだった。
何を隠そうというか、ここまで言えばもう誰かはバレバレ。
だけど、敢えて言う。
今回のお目当てはズバリ、アンナさん。
王都運輸局の局長である彼女が以前提案してた地下道で魔力列車を走らせる計画。この実現に本腰を入れる目的で今日、私は王都に足を踏み入れたのだった。
「え、ベルズ・ベルファスト会長に面会をご希望……ですか?」
「はい。お願いします」
王都で一番大きな冒険者ギルド(ここが本店らしい)に到着すると、私はさっそくド真ん中の受付に座ってた若いお姉さんに用件を伝えた。
「失礼ですが、アポイントメントは?」
「いえ、急な用事で会う約束はしてないんですけど」
「えっと、その……ギルドカードはお持ちでしょうか?」
「あ、はい」
受付の若いお姉さんに言われて、私はその場でギルドカードを瞬時にリリース。
材質が薄い鉄板だってこともあり、自室の引き出しに入れておくよりも無くす心配がなくて確実。そう思い立って少し前に爪の中にしまっておいて正解だった。
「へ? あ、お預かりしますね……」
何もない空間からいきなりギルドカードが出てきたことに受付の若いお姉さんは困惑してたけど、すぐに職務を遂行するためカードを受け取った。
そのまま手元のガラス版の上に置くと、スキルを発動させて情報を読み取っていく。すぐに私が何者かわかったみたい。作業を終えた途端だった。受付の若いお姉さんは思いっきり眉間にシワを寄せた。
「申しわけありません。アポイントメントがない方をベルファスト会長にお会いさせるわけにはいきません」
「………………」
あれれ?
それじゃ、なんで最初から断らずにギルドカードの提出を求めたの?
うん。
その理由は言わずともわかってるよ。
それはズバリ、私の冒険者ランク。
最低の木級がギルドで一番お偉い会長にいきなり会わせろって言っても、そりゃ冷やかしとしか思えないよね。
やってしまった。試したことがないからできるかどうかはわからないけど、せめてモグラクリエイトで金級とかに情報を偽造してギルドカードをリリースすべきだったかも……。
「えっと、それなら私がきたことだけでもお伝えしていただけませんか?」
「申しわけありません。会長は多忙でございます。またの機会にお申しつけください」
「あう……」
まずい。受付の若いお姉さんの警戒レベルはもはや最大だった。その不審者を監視するような眼差しが物語ってる。
どうしよう。
こっちも今後に関わる大事な用件だ。
引き下がるに下がれないよ。
「………………」
「………………」
それでも、しばし受付の若いお姉さんとのあいだに剣呑な雰囲気が流れたあとだった。突如として助け船がやってきた。
「どうしたの、何かあった?」
「あ、先輩。いえ、それが……こちらの冒険者さんがさっきから会長にお会いしたいと申されてまして」
「ベルファスト会長に? って――ああ、こちらの方なら問題ないわ。すぐに対応なさい」
「え? で、でも、この冒険者さんランクが……」
「大変お待たせして申しわけありません、エミカ・キングモール様。ただちに会長室までご案内いたしますので」
「あ、はい! 助かりました、ありがとうございます!」
私がペコリと頭を下げると、奥からやってきた年輩の受付嬢さんはやわらかく微笑みつつすぐに言ったとおりにしてくれた。
申しわけないことに覚えてないけど、こっちの名前を知ってるってことはもしかしたら以前にも対応してくれた受付嬢さんだったのかも。私の場合どうしてもさっきみたいなことが起こりやすいし、今後のためにもこの受付嬢さんの顔はよく覚えておこう。
「ベルファスト会長。失礼します」
「なんだ?」
「エミカ・キングモール様がお見えになられました」
「何、エミカだと……? わかった、通せ」
そんなこんなでいきなり多少の躓きはありつつも無事、最初の足がかりをつかむことができた。ちなみにベルファストさんとは去年の年末自宅で開いたパーティーでちょこっと話した以来の再会だ。
「うわ~、相変わらず忙しそうですね」
「ああ、また込み入った事情でこっちはてんやわんやだ。休暇どころか睡眠もロクに取れやしない」
執務机に積まれた書類の山と、その目のクマを見れば一目瞭然の多忙っぷり。詳しい理由を話さないところを窺うかぎり、やっぱ辺境北方地区の例の争乱が原因なのかな。
「たとえ遠い地で起こってることにしろ、人同士の争いなんて早く治まってほしいですよね」
「……あ? おい、エミカ。お前がどうして辺境の蜂起のことを知ってる?」
「ふぇ? あっ、いえ……! そ、それは……」
「そうか、イドモの奴だな。あいつ国の最重要機密をベラベラと……。だが、それでも相手がお前なら問題はないと言えばないか」
「あ、はい、実はそうなんですよ! まったく会長ってば、お喋りさんで困っちゃいますよね!」
思わず余計なことを口走っちゃったけど、会長から詳細を聞いたのは事実だ。
ま、現地で事実確認をしたのが先で、実際の順序は逆だけど。
あとちなみにその現地に住んでた村の人たちは今、全員アリスバレーに移住してたりする。もちろん渓谷を塞いだ例の超ウルトラ巨大な壁を含めて、そんな事実は話すに話せない。そして話す必要もないからそれは乙女の秘密としておく。
「それで? 今日は俺になんの用できたんだ」
「別にベルファストさん自体に微塵も用はないですよ。ただアンナさんに会わせてもらいたくて」
「いや、もう少し言い方ってものがあるだろ、お前……」
「いやー、考えてみたらアンナさんの連絡先とか全然知らなくて。それに王都運輸局の局長なんて直接会いに行っても絶対門前払いされちゃうじゃないですか」
「王都冒険者ギルドの会長も普通なら門前払いだ。少しは特別待遇されているありがたみを感じたらどうなんだ」
「えへへ」
「しかし、せっかくの英雄様のご来訪だ。歓迎はするし喜んで取り次ぎもするさ」
「お手数おかけします」
「ただし、お前も承知のとおり今王国は何かと騒がしい。くれぐれもだ。いいか、くれぐれもだぞ? 王都で騒ぎを起こしてくれるなよ」
「あ、はい……」
わりと本気のトーンで釘を刺したあと、ベルファストさんは自分の名義で運輸局宛てに紹介状を書いてくれた。
そして冒険者ギルドの紋章が刻印された封筒にそれを収めたあと私に手渡し、一言。行って来い、とその口が言う。
どうやら一緒についてきてはくれないらしい。
「運輸局の場所は知ってるだろ。それにこの状況を見ろ。お前は俺を忙殺させたいのか?」
「うー」
同行をお願いするも、乾いた声できっぱり断られてしまった。
てか、これは微塵も用はないって言ったことを根に持っての行動だね。完全にヘソを曲げちゃってる。
意外だ。
ベルファストさんにもこんな大人げないところがあるなんて。
だけど、同時になんかちょっとなごみもした。
だって意外な一面を知れるってことは、それはそれだけ親交が深まった証でもあるから。昨日、私の報告に爆笑してた某会長のように。
「どうせ俺なんて王都運輸局の局長様と比べたらちっぽけな男だよ。一生涯椅子に縛りづけがお似合いのつまらん事務仕事人間さ」
「………………」
でも、拗ね方がちょっとめんどくさかったこともあり、私はそのあと早々に会長室を退散した。











