198.もぐらっ娘、仲間との冒険を終える。

「うっ、すごい臭い……」

　なんとも言えない悪臭。地面を元に戻すと、辺りはバジリスクから噴き出した血の臭いで充満した。

「すーはー、すーはー！　あはー、ほんとだー♪　くさーい♥」

「あんま吸いこむなよ。蛇系のモンスターは血に毒気がある奴が多いからな」

　パメラは忠告すると自身が潰した頭部からタッと飛び下りてきた。私は鼻をつまみつつ隣に並ぶ。そのまま緑色に染まったバジリスクの死骸をまじまじと観察した。

　光を失った真っ黒い二つの眼球。

　頭を潰した影響か、まだピクピクと巨大な胴体の一部が痙攣してるけど、完全に息絶えてる。どうやら倒したと思って油断したところをカブッて展開もなさそう。私たちの完全勝利で間違いなかった。

「でも、戦わないで逃げてくれればよかったのに」

「最初はその予定だったんだけどな。逃げてる途中でなんかこいつの石化の魔眼から連想しちまって……無性に腹が立ってきた。ただ逃げるのも癪だったんだよ」

「あっ、あー……」

　一瞬なんの話かと思ったけど、なるほどね。あの悪いお姉さんと重ねちゃったわけか。たしかに魔眼を使った特殊攻撃ってのが類似点だ。

　てか、バジリスクの真っ黒な目玉を見てると私も思い出しちゃいそうだった。

　ここはサッと死骸から視線を逸らすとともに話も逸らしておくことにする。

「ま、とにかく無事で何より。んで、パメラ、イオリさんは？」

「さあな。知らねー」

「へ？　同じ方向に逃げたんじゃないの？」

「途中まではな。けど、あいつ逃げ足速すぎだろ。まさかオレのほうが置いて行かれるとは思わなかったぞ」

「ありゃま」

　さっきから姿が見えないので指示どおり転送石で先に脱出したんだと思ったけど、どうも違うらしい。

「ねーねー、エミカー。イオリならあそこー」

「え、どこ？」

　ふと、サリエルが指差した地平線に近い場所を見ると、豆粒以下の小さな黒い点。「おーい、おーい！」と声を発しながら徐々に近づいてくると、やがてそれは満面の笑みで手を振るイオリさんの姿に変わった。

「ご主人様たちー、見てたっすよー！　やったっすねー！！」

　イオリさんはかすり傷一つなく無事だった。

　てか、冒険者でもないのにあのバジリスクの猛追から逃げ延びるなんてほんとすごい逃げ足の速さ。やはり私の見る目に間違いはなかったっぽい。

「それで！　どうだったっすか！？」

「ん？　どうだったって何が？」

「いやいやいやいや、そんなの決まってるじゃないっすか！　ほら、『お』からはじまって『ら』で終わるやつっすよ！」

「お、ら……？」

「おかしらー？」

「またまたとぼけちゃってー！　ご主人様も人が悪いっすね！」

「いや、ごめん。ほんとにわかんないんだけど」

「やっぱそういう魂胆だったか。がめつい奴め。こっちはまだ確認すらしてないっつーのに」

　イオリさんがなんのことを言ってるのかさっぱりだった。

「ちょっと待ってろ。いでよ、我が大剣(マテリアライズ)――」

　――シュウウウウッ～！

　それでも、パメラが魔力を吸い取ってその巨大なバリジスクの残骸を跡形もなく魔法のように消し去ると、さすがに察しの悪い私でも理解できた。

　死体のあった場所。その跡地に入れ替わるように現れたのは、ほんのりと青白く光る大小二つの木箱。

　そう。

　答えは〝お宝〟だった。

「ああ、ドロップアイテムね」

「こっちの手のひらサイズのほうは前回オレも拾ったな」

「中身はなんなの？」

「次の階層に進むための鍵だ。開けてみろよ」

　パメラがひょいっと投げて寄こした小さな宝箱をパカッと開けると、中には言ったとおり茜色の鍵が入ってた。なんでもこの砂漠の終わりにある〝オアシス〟と呼ばれる場所に扉があって、それを開けるために必要みたい。

　使用すると一回で消えちゃうらしいけど、次回さらにこの先を進む予定なら捨てずに持っといたほうがいいとのこと。

　話し合いの結果、モグラの爪の中に入れて置けば紛失する心配もない上、出し入れも自由ってことでリーダーである私が管理することで決まった。

「それでそれで！　大きな方には何が入ってるっすか！？」

「さあな。ただ前回オレが倒したときには落とさなかったから高確率でこっちがレアドロップだろうな」

「レア！？　うおー、早く開けるっす！！」

「ちょっと待って。罠あるかもだし確認しないとだよ」

「エミカー、これは普通に開けて大丈夫だよー。ほらー♪」

　――パカッ！

「あっ」

　さっき使わなかった強制解除(ディスペル)のスクロールに手を伸ばしたところだった。

　のほほん天使がフライングして犬小屋サイズの大きな宝箱をこれでもかと勢いよくオープン。その瞬間、中から太陽以上に神々しい光が爛々と溢れ出した。

「こ、これは……！？」

「ひゃっはー、お宝ッ！！　正真正銘、これぞまさしくお宝っす！！」

　黄金色の輝きを放つ無数の金貨。

　そして、七色に煌めく色とりどりの宝石たち。

　まるでそれ自体が星のようにキラキラと瞬いてるんだと錯覚しちゃいそうなほど、そこにはぎっしりと文字どおりのお宝が詰まりに詰まってた。

「やったやった、やったっす！　これで自分も左団扇の大金持ちっ！　てか、〝舌切り雀〟なんて所詮子供騙しの童話だったっす！　ブハハッ、現実は大は小を兼ねるが正義！！　ひゃっはー、お宝サイコー！！　わしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃッ！！」

「おい、落ち着け。この金の亡者が」

「ばぼっ！」

　半狂乱で辺りに金貨をばら撒きはじめたイオリさんの後頭部にパメラのブーツの踵が容赦なく振り下ろされた。

　そのままお宝に顔を深々と埋めるとイオリさんは物理的に静かになる。

「たくっ、このメイドは……。で、エミカ、どうすんだよ？」

「ん、何が？」

「いや、取り分の話だっつの。オレはバジリスクの魔力を回収できたから宝はいらねーが、事実価値の高いドロップが発生した以上、こっちのちゃらんぽらんとそっちのあっけらかんの利益配分を決めるのはリーダーであるお前の役目だ」

「エミカー、あたしもいらないよー。だって宝石なんて硬くて食べても美味しくないしー」

「え？　あ、うん……」

　えっと、ってことは私とイオリさんでこのお宝を山分けってことでいいのかな？

　んー。

　でも、適切な配分ってどうやって決めたらいいんだろ。

「うぅ、ご主人様あぁ～！　後生っすー！！」

「うわっ！」

　なんて考えこんでると、いつの間にか私の足元にイオリさんが縋ってた。潤んだ赤い瞳でこっちを見上げてる。

　失礼だけど飼い主に捨てられるとわかった犬みたいで、なんだか意味もなく余計に同情しちゃいそうだった。

「んー、金貨はともかくとして、大きさも価値も違う宝石を半分半分にするってのも面倒だし……あ、そうだ！　ねえ、イオリさん、イオリさんがよければなんだけど、いっそのことこれから開くアクセサリー専門店の共同経営者になるってのはどうかな？」

「きょ、共同経営者！　なんすか、その位の高そうな響きは！？」

「えっと、早い話、この金貨や宝石を指輪とかネックレスに加工してお店で売る。んで、それで出た利益を私とイオリさんで半分半分にするって感じ」

「自分もお店を持てるってことっすか！？　それすごくいいっす！　最近ご主人様の右腕気取りで調子に乗ってる某スーザフの鼻も明かせて一石二鳥っすよ！　二重の意味で美味しいっす！！」

「イオリー、宝石は食べても美味しくないよー？」

「おいおい……折半とか正気かよ、エミカ。悪いことは言わねーから考え直せ。狩り(ハント)におけるこいつの貢献度、それに主人と従者との関係性の面からみてもそれはおかしな判断だぞ」

「パメラ様は黙っててくださいっす！　これはもう決定事項も決定事項！　天下のご主人様が決めたことっすよ！！」

「あ？　なんだお前、いきなり調子に乗りやがって」

「もう自分はご主人様と一蓮托生の共同経営者！　調子くらい乗らせてもらうっすよ！」

「ほらー、宝石は硬いしー。美味しくないよー（バリボリバリ）」

「えっと、二人とも喧嘩は……」

「てかなー、そもそもただ囮になった程度で得られる利益なんてたかが知れてんだよ！　少しは従者らしく一歩引いて遠慮しやがれ、このろくでなしメイドが！！」

「大金持ちの未来を前に謙虚になれとかバカのやることっす！　てか、空腹をしのぐため泥を啜った経験もない裕福な家の子にどうせ私の気持ちなんてわかりっこないっす！！」

「話をすり替えんじゃねー！　今は出自じゃなく取り分の話をしてんだろうが！！」

「ならご主人様が半分こでいいって言ってんだから半分こっすよ！　これ以上なんの議論の余地があるっすか！？　てか、パメラ様、全身が真緑で汚いっす！　あんま近づかないでくださいっす！」

「はぁ！？　しかたねーだろ！　至近距離であの大蛇の返り血浴びたら誰だってこうなるわ！」

「しかもクサいっす！　クサいクサい！　えんがちょっす！！」

「カッチーン！　マジで頭きた……。そうか、そうかそうか。オレは汚くて臭いか……。ならキングモール家に仕える従者であるお前には、オレをきれいにする義務があるよなぁー！？」

「へ！？　ちょっ、なんでいきなり抱きつくっすか！？　あ、やめっ！　こっちまで汚れるっす！！」

「うっせー、汚してやってんだよ！！」

「しかもなんかネバネバしてるっす！？」

「ガハハ！　このままお前のメイド服も小汚いスライム色に染めてやるわー！！」

「嫌あ”あぁ～！？　そんなゴシゴシしないでー、本当に落ちなくなっちゃうっすよー！！」

「あはー♥　エミカー、あの二人仲良しさんだねー（バリボリバリ）」

「そうだね……。てか、サリエル、あんまり宝石食べないでもらえると嬉しいんだけど……」

「んー？（ボリボリボリ）」

　のほほん天使にちょっと食べられて目減りしたけど、最終的に目的の一つだった金や宝石もゲットして今回の冒険はなんだかんだで終了。

　転送石で帰還後、私たちはモグラの湯に立ち寄るとパーティーらしく仲良く砂と返り血をきれいに洗い流した。