195.もぐらっ娘、仲間とダンジョンを往く。
なんだかんだ無事パーティー登録も完了。
こうして爆誕した我ら最強パーティー〝モグラの巣穴〟は威風堂々、記念すべき初遠征に出向いたのであった。
もちろん、その行く先は勝手知ったる地元迷宮――アリスバレー・ダンジョン。
的確に一言で表すならば危険なモンスターたちの巣窟である。
遭遇した途端、奴らは牙を剥き出し一目散に襲いかかってくる。獰猛で凶悪な敵の手によって、冒険者たちの多くは前進を阻まれ撤退を余儀なくされるだろう。
しかし、そこは我ら最強パーティーと謳われる〝モグラの巣穴〟である。優秀なメンバーたちの勇猛果敢な働きにより、はやてのごとき進撃でダンジョンを真っ向から制圧。波状に襲いかかってくるモンスターたちを物ともせず、破竹の勢いで前へ前へ、下へ下へと突き進む。
地下六階層。
まさに四面楚歌。
大量のスケルトンの群れが立ちはだかろうとも――
「パメラ、お願い!」
「おう!」
――ザシュ!
光の大剣が敵を薙ぎ払い、我らが進むべき道を示した。
また、地下九階層。
まさに絶体絶命。
屈強なリザードマンの群れが立ちはだかろうとも――
「いっけ~、パメラー♪」
「うらー!」
――ザシュザシュ!
光の大剣が敵を薙ぎ払い、我らの士気を鼓舞した。
そして、ついには地下十一階層。
まさに金剛不壊。
最初のボスであるミノタウロスが立ちはだかろうとも――
「がんばるっす、パメラ様ー!」
「おらおらおらっー!!」
――ザシュザシュザシュ!!
光の大剣が敵を薙ぎ払い、我らに初の栄冠を齎した。
「さあ、いざ行かん! 者どもよー!!」
「おー!」
「お~♪」
「………………」
進出を止める者おらず、踏み入った先は地下十二階層。
ダンジョンは無限の可能性が広がるフィールド構造へと切り替わり、我ら一行はレアドロップの金塊を狙ってモッコモコーが生息する森に針路を取った。
「あ、いた!」
「あっちにもいるよー?」
「こっちにもいるっす!」
「……」
「ほら、パメラ!」
「パメラー?」
「パメラ様!」
「……」
「何やってるの逃げちゃうでしょ!?」
「パメパメパメラー?」
「何、肩をわなわな震わせてるっすか! 早く倒すっすよ!!」
「うっせぇ……」
「えっ?」
「んっ?」
「はっ?」
「うっせぇっつってんだよ! てか、お前らも少しは戦いやがれええぇー!!」
「「「っ!?」」」
――ザシュザシュザシュザシュザシュ!!
「「「ぎゃー!!」」」
光の大剣が我らを薙ぎ払った。
デデドン。
最強パーティー〝モグラの巣穴〟は全滅してしまった。
完。
「――ふざけんな! さっきからオレしか戦ってねーじゃねぇか!!」
「ごめん」
「よくわかんないけど、ごめんねー?」
「ま、反省はしてるっす」
「嘘つけ! 全員そこに座りやがれ!!」
「「「えー」」」
全滅後、仲良く森の地べたに正座させられた私たちはパメラからお説教を受けた。パーティー初となる記念すべき反省会。議論は白熱することに。
「てかな、そもそも〝モグラの巣穴〟ってなんだよ! クソダセぇーな、おい!!」
「ダサくなんかないよ!? むしろカッコかわいいし!!」
「うっせぇー! 口答えすんな、このモグラ脳!!」
「モグラ脳っ!? ひ、ひどい……! うわぁ~ん、サリエルー、パメラが私をいじめるよ~~! 私だって好きでモグラになったわけじゃないのにーー!!」
「よしよしー♪」
「あーあ、パメラ様がご主人様を泣かしたっす。ま、ダサいってのは一切否定できないっすけど」
「う”わぁ~ん!!」
「ちっ……」
何気にイオリさんに追い打ちを食らったけど、さすがにこれ以上泣きわめく相手をなじるのは気が引けたっぽい。パメラもようやくそこで矛を収めてくれた。
「では、気を取り直してまいりましょうぞ! いざ行かん、者どもよー!!」
「おー!」
「お~♪」
「お前、やっぱさっきの嘘泣きだったろ……?」
こうして初めての衝突、パーティー解散の危機も乗り越え、私たちは一致団結。さらなる絆を深めるとともに、さらなるダンジョンの奥地へ挑戦を続けた。
やがて、もはや自分の庭も同然である地下二十一階層の山岳地帯に到着。
私はさっそく目的の一つである資源の大量確保に取りかかった。
「んじゃ、ちょっと待っててね。二つか三つ、サクッと山を消してくるから」
「そのサクッという表現は正しいようで正しくないっすよね」
「やめとけ。もう突っこむほうが野暮だ」
「エミカ、いってらっしゃーい♪」
螺旋状に階段掘りして登頂後、上から全消し。
残留物というか掘り残しがあると接点部分を消した瞬間、固定化が解けて空中から石やら岩が落下してくるので慎重に確認しながら作業を継続。そのまま宣言どおりサクッと山を何個か消失させたあと、私はみんなの下に戻った。
そして、次なる関門が待ち受ける地下二十二階層へ。
「――ひぎゃっ!!」
鬱蒼とする森を抜けてまるく拓けた広場に出たところでだった。
イオリさんが悲鳴を上げた。
「なんすか! あのでっかい木のお化けはっ!?」
うん、とてもいいリアクション。隣であくびをしてるのほほん天使とはえらい違いだった。
「あれがこのゾロ目階層のボスだ。ギルドの公式だと〝死の森の番人〟だとかなんとか命名されちゃいるが、ま、早い話、少しでっかいリーパーだな」
「あれで少し!?」
たしかに幹の部分だけでも何人もの大人が手を繋がないといけないぐらいの太さがある。その上、攻撃として使用してくる枝葉や根の部分も含めると、まさに難攻不落の巨大要塞にも思えちゃうほどだね。
「てか、あんなのどうやって倒すんすか?」
「基本的に遠くから火の魔術で燻って焼き殺すのがセオリーだ。火属性が大半を占めるノーマル人種には相性のいい相手ともいえるな」
「なんだっす。それならそこまで怖くないっすね。パメラ様、ちゃっちゃとあれ炙っちゃってくださいっす」
「無理言うな。火の魔術はほとんど扱えねーよ。てか、そっち方面は魔術印で飲料用の水がちょろちょろ出せる程度だ」
「は? だったらどうやってあれ倒すっすか?」
「オレが遠距離で一撃で仕留めてもいいが、その方法はコスパが悪い。ってなわけでエミカ、ここはお前に任すからな」
「えぇー!?」
パメラに倒してもらう気満々だったこともあって、突如回ってきたお鉢に思わず不満と驚きの声が漏れた。
でも、たしかに近距離主体のパメラには相性が悪い相手かも。サリエルに頼むって手もあるにはあるけど、もし加減を間違えてこの周辺の森ごと焼き払いでもしたら、今度はブラックリストに名前が載る程度の処置じゃ済まなさそう。
結論として、やっぱここは自分ががんばるしかなかった。
「安全に遠くからチクチクやる感じで時間かかっちゃうと思うけど」
「ご主人様のお手並み拝見するっす!」
一度倒してはいるけど、あれは蒼の光剣のメンバーが相当削ってくれてた状態だったはず。
ま、モグラアッパーの射程なら十分だし、気長にやればいいだけか。
まずは軽く、様子見の一撃から。
「えいっ」
――ギギャギャァッ~~~!?
「あ」
「あ」
「あ」
「あはー♥」
次の瞬間、放たれたモグラアッパーによって〝死の森の番人〟は見事に串刺し――どころか、その太い幹は完全に打ち砕かれ、支えを失った胴体はゆっくりと倒壊をはじめた。
ズズズッと地面に引きずり下ろされるように沈んでいく巨木。ズシンとした地響きとともに大量の土ぼこりが舞うと、視界は土色で閉ざされる。
みんなでゴホゴホとむせながら、しばしその場で待機。土ぼこりの収束を待ったあとで私たちは倒れた巨木のほうに向かった。
「こ、これは……実家で齢百まで生きたひいお爺ちゃんを思い出すほど見事なシワシワ加減っす。てか、完全にお陀仏っすね」
「おっかしいなぁ。牽制のつもりだったんだけど」
「あれでジャブっすか……? モンスターながら相手が哀れに思えてきたっすね」
「おい、お前ら何してんだ。復活しないうちにさっさと行くぞ」
生気を失い枯れ果てた巨木に神妙に手を合わせるイオリさんと一緒に並んで拝んでると、パメラから急ぐよう言われた。
そういえば階段はこの幹の中にあるんだったっけ。
と、そんなこんなで二番目のボスも見事に撃破した私たちは意気揚々、さらにその先へと突き進んだ。
そして、地下三十階層の領域へと到達。
それはまだ人生の中で数えるほどしか来たことのない深度だったけど、先頭を引っ張るパメラのルート選びが適切なこともあって、私たちは特に大きなピンチを迎えることもなく快調に冒険を続けた。
「ここからが水晶宮エリアだ」
「すごいっす、天井まで輝いてるっす!」
「キラキラだねー♪」
「ユイもお勧めしてたし、ここで水晶を採掘してっちゃうね」
地面から天井まで伸びてる巨大な水晶の塊を、そこかしこからボコボコと入手。
これでモグラクリエイトで他の金属と組み合わせればイヤリングとかネックレスも作り放題。まだデザインをどうするかとかの課題はあるけど、とりあえずアクセサリー屋さんの商品在庫を十分に用意できるだけの材料は確保できた。
「他の宝石類はまたの機会かな」
水晶の採掘も終えると、ついに因縁の地下三十三階層まで辿り着いた。
旧モグラ屋さんでのことや、サリエルにいきなり地下九十九階層に連れて行かれた例の件を除けば、私の現時点の最高到達深度でもある。
前回コロナさんたちと来たときは偶然にも隠し部屋を見つけたり、特殊体のコカトリスに襲われたり、暗黒土竜と出会ったり、その挙句に私の両手がモグラになったりと、もう思い出深いどころか私の人生を変えた場所と言っても過言ではない。
それでも前回は隠し部屋での一件後、すぐに撤退したこともあってこの先に何が待ち受けているのかを私は何も知らなかった。
「ねえ、パメラ」
「ん?」
「ここのボスってどういうの?」
「あ? お前、さっきここまではあいつと一緒に来たことがあるって言ってたじゃねぇか」
「前回は途中で引き返しちゃったんだよ」
「ふーん。ま、行ったらわかるがこの先には地底湖がある。そこにいるボスが〝水晶宮の捕食者〟って奴で、見た目はなんというか、こうウネウネした感じの奴だな」
「ウネウネ……?」
その説明じゃ疑問しか浮かばなかったけど、地底湖に到着して直接その姿を目にすると納得だった。
船の帆のような白く巨大な胴体に、ギョロッとした黒い目玉。
そして、十本以上はあるだろう長い触手。
その湖面で優雅に泳ぐボスはたしかにパメラが言うとおりとってもウネウネしてた。
「ひゃー、なんすか! あの巨大なイカは!?」
「あれ、イカっていうの?」
どうやらイオリさんの故郷は島国で、海の生き物にはなじみがあるみたい。でも、いくらなんでも普通のとは大きさが違いすぎるそうだ。
「果たして何百人分のイカ飯が作れるっすかねぇ~」
「え、あれ食べられるの? あんなウネウネしてるのに?」
「新鮮な物なら全然生でもいけるっすよ。捌くと身も透明でとってもきれいなんす」
「へー」
「あたし、おなか減ったー」
「なんなら捕まえてここで刺身にしていただくっすか」
「おい、バカ言うな。あんな気持ち悪いの食えるわけないだろ。てか、そもそもありゃクラーケンっつうモンスターだ。お前の故郷の魚とは別種も別種。そもそも生物ですらねぇ。それとお前ら、あんまり湖面のほうに身を乗り出すな。落ちたら厄介だぞ」
地底湖は地形として切り立った崖に囲まれるように存在してた。足元を見ると水面まではけっこうな高さがある。さすがに落ちて死ぬことはないだろうけど、パメラが忠告するとおり崖を登って戻ってくるのは難しいかもしれない。
「水棲のモンスターだけあって〝死の森の番人〟と同じく火が弱点だろうが、相手が水中にいる限り威力も半減だ。それを抜きにしてもクラーケンと水中で戦うのは分が悪すぎる」
「んじゃ、どうやって倒すの?」
このゾロ目階層のボスである〝水晶宮の捕食者〟は今、広大な湖面のちょうど真ん中ら辺を泳いでる。相手が水中だとモグラアッパーで攻撃はできないし、ここからだとモグラシュートも届くかどうか。
それに下手に初撃で逃した挙句、そのままずっと水中に潜られでもしたらこっちから一切の手出しができなくなっちゃいそうだ。
「むー」
腕を組み、撃破のためのアイデアをひねり出そうと唸る。だけど、パメラはすぐに私が予想もしてなかったことをさらりと言った。
「別に倒す必要はねーよ」
「へ?」
「この下の階層に続く階段は、ほらあそこだ」
パメラが指差した背後の岩壁を見ると、そこにはたしかに階段があった。どうやら倒さないでもいいボスみたい。
「いや、そんなことってあるの!?」
「最初の地下十一階層のミノタウロス――〝初心者殺し〟も実際のところスルー可能だろ。ここを下りれば先に進めるんだ。あんな観賞用の水棲モンスター無視だ無視。さっさと先に進むぞ」
「あー、これは完全にお父さんたちの設定ミスだねー♪ たぶん、あとからいろいろ情報をアップデートしたせいかな~? それで不具合が出ちゃったっぽいー?」
「………………」
サリエルが何か意味深げなことを口にしてたけど、イオリさんがいる手前ここで詳しく訊き出すのもはばかられた。とにかくダンジョンを創造した箱の住人たちでさえも間違えることがあるらしい。
「これもこれで敵ながら哀れっすね」
イオリさんはイオリさんで特にサリエルの発言を気にした様子もなく、優雅に泳ぐ〝水晶宮の捕食者〟を遠目で見てた。
そしてふと何を思ったのか、足元に転がってた小さな石ころをおもむろにつかみ上げると、それを湖面に向かって全力で放り投げた。
――ポチャン。
石が命中することはなかったけど、水音に驚いた〝水晶宮の捕食者〟は触手をウネウネと広げると、大慌てでザボンと水の中に潜っていった。
どうやら相当に臆病な性格だったみたい。
そのあと少し待ったけど、再度その姿を湖面に現すことはなかった。











