193.もぐらっ娘、モグラ屋さん経営大会議を開く。
一度引き受けてしまった責任がある。良い出来事が起きても立場上、それをただ喜んでるだけじゃだめだった。
歓喜の宴の翌日。
モグラーネ村の今後について、さっそくテテス村長と会談の場を設けることになった。
「では、殿方の皆様が無事に帰還されたということで、本日は話し合いを進めていきたいと思います」
相談役として、また契約面などのことも踏まえてペティーにも同席してもらった。そのおかげもあって会談はすんなりまとまった。
「男衆と故郷に戻ることも考えたのですが、冬が明ければまた徴兵される……その可能性を考えますと、やはり……」
「私としても今モグラーネ村がなくなっちゃうのは正直すごい困るので、村の人たちにはぜひこのまま定住してもらいたいってのが本音です。もし住居が足りなかったり必要な施設が出てくるならまたサクッと私が建てちゃいますし」
「双方、意見に相違はないようですね。モグラーネ村は存続の方向ということで」
ラーネ村に繋がる地下道については証拠隠滅のためというか、あっち側から人が迷いこんできても困るので閉鎖が決まった。ま、もちろん氷壁ダンジョンでの雪集めとか利点はあるし、村の人たちの将来の選択の余地も考えて地下道そのものは残しておくけど。
「エミカさん、新たに殿方の皆様が加わったことで、モグラーネ村の総人口は百六十人ほどに増加することになります」
おー、一気に倍だね。
そういえば昨日の夜の宴もものすごい活力で満ちてたし、お年寄りや子供、そして女性にはない熱気で男の人たちはよりモグラーネ村を活気づけてくれるはず。ほんと無事に帰ってきてくれてよかったよ。モグラーネ村の未来は明るいね。
「いや~、これからにぎやかになるねー」
そして現状維持で会談もおしまいっ――と。
なんて楽観的思考でちょうど席を立とうとしたところだった。いさめるように飛んできたペティーの指摘がすぐにまた私の腰を下ろさせた。
「村に活気が出るのはいいことです。しかし、問題も」
「問題?」
「はい。モグラーネ村が自立を条件に存続するためには現状を超えるさらなる資金と食糧が必須です。それには帰還した殿方たちのお仕事の斡旋など、しっかり手を打つ必要があると思います」
「あっ……」
ペティーの言うとおりだった。住む人の数が倍になれば、お金も食べ物も同じく倍必要になってくる。
現状維持ではだめだった。
それにモグラーネ村で労働力が余ってるならそれを有効活用しない手はない。
「そっか。これは商機でもあるんだ……」
「さらなる農場の拡大。あるいは新事業の開拓。人もいれば店舗も増やせますね」
「エミカ殿。どうか男衆のため、ワシからもお願い申し上げます」
そんなわけで自分にも利益がある話だし、今後の雇用枠の拡大のため本腰を入れることになった。
だけど、私一人で考えるにも限界がある。そこでペティーからの勧めもあって、今回はモグラ屋さんのみんなと一緒に頭をひねることにした。
「――よし。時間どおりみんな集まったね。んじゃ、スーザフさん進行よろしく!」
「はっ、了解しました」
そこで開催したのは、記念すべき第一回モグラ屋さん経営大会議だった。
「皆様、司会を務めさせていただくスーザフです。お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日はぜひ忌憚のない貴重なご意見をお教えいただきたく存じます」
場所はモグラ屋さんの地下従業員スペースで。
出席メンバーは最古参のジャスパー・ヘンリー・ソフィアの教会組を筆頭に、ローズファリド家からはスカーレット、お店で働くメイドさんからは副メイド長のチェーロさん、そして冒険者アイテム売り場からはルシエラが。そして二号店からはノノンと一緒に村の若い女性陣複数名にも参加してもらった。
さっそく司会役のスーザフさんがモグラーネ村の現状の課題を説明した上、各自に雇用枠の拡大に繋がる新しい経営案を募った。
最初は牽制というか遠慮するようにみんながみんな周りを窺ってたけど、最古参メンバーとしての責任からか、しばらくするとジャスパーがスッと手を上げた。
「農産品を中心に取り扱う教会組としては、食用の木の実や香辛料の生産にも手を広げるのはどうかってっのは前々から考えてたところだ」
「お、いいね。ナッツは栄養もあるし、お店にいろんなスパイスを置けたら料理好きのシホルもきっと喜ぶよ」
「だが、生産するにも農場の拡大や新しい施設を建てる必要がある」
「ん? そうだけど、なんか問題ある?」
「いや、普通にあんだろ」
「え?」
「エミカってよく先生の存在を失念しますよね」
「にゃはは。エミお姉ちゃんは前向きな性格だから」
「あ。あー、テレジア先生ね……」
キノコの栽培のときもそうだったけど、テレジア先生にはちょくちょく釘を刺されてる。教会の子供たちにはけっして楽して儲けることを覚えさせたくないみたいだし、たしかに教会での事業拡大を目指すには唯一で最大の関門だった。
「あとですね、問題を大きくするようで大変申しわけないんですけど、働き口や食い扶持の問題はモグラーネ村だけの課題じゃなかったり……」
「え、どういうこと?」
「それがですね……最近になって、また先生が近隣から流入してきた孤児を大量に受け入れまして」
「えっ」
「それも今度もまた小さいガキばかりな」
「産まれたばかりの赤ちゃんもいるんだよ! みんなで交代でお世話してるの。今度エミお姉ちゃんにもだっこさせてあげるね!」
「あ、うん。そうなんだ。ありがとう――」
って、そんな話、全然知らなかった!
まさか教会の経営がまた傾くほど子供たちを助けようとしてるなんて……。
ま、テレジア先生らしいというか、そういうところがまさに〝ザ・テレジア先生〟ではあるけど。
「……とにかく、聞いちゃった以上はそっちも対処しなきゃだね。わかった。この件は私が直接テレジア先生と話してみる」
「マジで悪ぃな……。話の流れとはいえ、俺たちのほうがこの場で助け船を催促しちまう感じになって」
「エミカ、恩は我々の労働と忠誠で返します!」
「どっちにしろ経営拡大は基本路線だからね。二人とも気にしないでよ」
それにテレジア先生はなかなかの難敵だけど、けっして話が通じない相手じゃないし。
とりあえず提案を受けて、木の実と香辛料の生産は教会組主導で進める方向でまとまった。
「ジャスパーさん、ありがとうございました。続いてのご提案はありますでしょうか?」
「それでは、誰もいないようでしたらわたくしが」
次に手を上げたのはスカーレットだった。
貴族らしいきれいでツヤツヤのドレスに身を包んだ彼女は、モグラカフェで本格的なお菓子の提供をはじめることこそが事業と雇用枠の拡大に繋がるとさっそく案を切り出した。
「本格的なお菓子って?」
「ズバリ、貴族が愛してやまない〝ケーキ〟なのですわ!」
「たしかに占有事業者特権を保有するローズファリド家ならば、グレーラインのケーキ販売も大手を振って可能ですね」
「ただ販売するにしても問題があるのですわ」
「高級品ゆえの問題。数を作ったとしても大量には売れない点ですね。その上、生菓子は日持ちもしません」
「ええ、事業や雇用枠の拡大を考えますと少量の生産はあまり意味がないのですわ。そこでケーキをより身近な商品にするため、誰もが気軽に購入できる水準にまで販売価格を抑える必要があると考えますの」
「なるほど。それにはケーキの材料を極限まで安く仕入れる必要があるというわけですね」
スカーレットの意見を聞いたスーザフさんが私にもわかりやすくその意図を明確にしてくれた。
つまり、これは小麦のようにケーキとなる材料の大規模生産に取り組んでみてはという話。そして当然のように必要になる農場や工場を増やせば雇用枠の拡大にも繋がる。最終目標は激安ケーキの販売だけど、それを達成できれば現状の課題も解決できちゃうってわけだ。
うん、とってもいい案だね。
何よりみんなが買えない物を買えるようにしちゃうってとこが素敵だよ。
「牛乳に卵にバター、それにチーズとかも? そっちに関しては畜産組合とも話し合いが必要だね。わかった。今度ロートシルトさんにもあいだに入ってもらうよう頼んでみる」
「乳製品に関しましてはモグラーネ村での生産枠を拡大する方向でも許可をいただければ、一部ですが雇用の問題も解決できますね」
「現状、ケーキ販売の最大のネックは嗜好品のお砂糖ですわ。たとえ低品質な物であろうと南方からの輸送費だけでとんでもない仕入れ値になりますの」
スカーレットの話では、砂糖については温暖な南の国から主に輸入されてるらしい。なんでもとても硬い植物から作るとか。上質で真っ白な砂糖は超高級品で、茶色い砂糖よりも製造により手間と時間がかかるとか。
ただ、魔力土栽培なら季節や寒冷地帯も関係なく育てられる。原料となる植物の種や苗については商会を通じて手に入れられるだろうし、モグラーネ村に大規模農園を作っちゃえばとりあえず砂糖の原料については大量生産の道が開けそうだ。
「ってわけでモグラーネ村で砂糖の原料の栽培をしてもらいたいんだけど、できるかな?」
「うん! その植物がどういうのかわかんないけど、みんな農作業は大好きだよ!」
ノノンに訊いてみたけど特に問題はなさそうだった。もちろんあとで正式にテテス村長の許可ももらうつもりだけど、モグラーネ村に大規模農場ができれば雇用の問題の解消にも直接繋がるわけだし断られることはないはずだ。
「他にも甘味であれば養蜂からハチミツという手もありますわね」
「蜂かー。ハチミツはいいけど、刺されたら痛いのが……」
「ご主人様、それならば木の樹液――〝メイプルシロップ〟はいかがでしょう」
おお、甘い樹液!
それならすでに北方施設に地下植林場があるしばっちりだ。砂糖と一緒に製造用の工場も地上に建てちゃえば運搬の手間も削減できるね。
「砂糖だけではなく、いろんな甘味料があればこちらで作れるケーキの質や幅も広がりますわ」
「みんなに食べてもらうなら美味しいケーキのほうがいいもんね。わかった。砂糖の生産とセットで進めてみるよ」
「とても本格的になりそうですね。ただ、パンと同じくローディスから馬車での運搬を考えますと、もろいケーキは崩れる心配があります。占有事業者特権に抵触しないかどうかの問題はありますが、こちらに製造拠点を作ったほうが品質やコスト面にも良い結果に繋がるかと」
「それならもういっそのことさ、モグラカフェだけで販売するんじゃなくて専門店としてケーキ屋さん自体をオープンしちゃったほうがいいかもだね」
「ケーキ屋さんっ!? とても甘美で優雅で贅沢な響きですわ! わたくし、オープンしたら絶対毎日通いますわ!」
「そんでもってケーキ屋さんのほうでもチェーロさんたちに給仕してもらってさー」
「その場合はモグラカフェとは対照的に少し落ち着いた店内雰囲気にした上で差別化を図ったほうがいいかもしれませんね」
「落ち着いた雰囲気……スーザフ! それはこの露出度の高い制服からもついに解放される日が来るということね!? ご主人様っ、ぜひ私もそのケーキ屋さんで働きとうございます!」
「……おい、話がどんどん膨れていってるぞ。一旦落ち着け」
議論がヒートアップする中、見かねたジャスパーがしかめっ面で場を鎮めた。そういえばパメラもいないし、この場で唯一の突っこみ役だね。
「大変失礼いたしました。続いてのご提案はありますでしょうか」
話し合いは善良な常識人のおかげですんなり元のレールに戻った。
「ん、常識人の反対といえば……ルシエラはなんかないの?」
「その連想は遺憾」
「いや、でもこういうとき一番頼りになる存在じゃん」
「現状、武器防具をはじめスクロール販売にも拡大案は皆無。魔術印を活用した魔道具の製造も専門知識が必要。万人の手を借りられる性質のものではない」
冒険者アイテム売り場の責任者としては今回、雇用枠の拡大に繋がるような発案は特にないらしい。
「ただ、ふと思ったことが一つ。砂糖を製造するのであれば塩も製造してみては?」
あー、塩ね。
その生活に欠かせない重大な品目はけっこう前から考慮してたことではある。
「でもさ、手間なく海の水を凍らせるアイデアがなくて」
「ならば海水ではなく〝岩塩〟を採取すればいい。おそらくエミカ及びモグレムならモグラリリースによる抽出によって安全で高品質な塩を大量に生産可能。また資源の入手場所は海水と同じくダンジョンに頼ればいい」
「た、たしかに、その方法なら一切手間がない……。てか、そんな簡単な方法があったならもっと早く教えてよ!」
「部門違い。食品関係は他のメンバーの仕事」
どうやらアリスバレー・ダンジョンにも岩塩がある場所は確認されてるとのこと。雇用枠の拡大について寄与はしなそうだけど、塩についても製造と販売に乗り出していくことが決まった。
「あ、最後に私からもいいかな? 村の男の人たちに宿泊施設の接客はどうかなって思ってるんだけど」
私のほうで真っ先に思いついたのはモグラホテル関連の仕事だった。正式なオープンの予定日すらまだ決まってないけど、モグレムに接客が無理ということを考えると人員は余裕があればあるほどいい。
それに、すでにアラクネ会長とも相談してモグラホテル内には飲食や娯楽を楽しめる施設をさらに作る計画だ。
具体的には温泉を引っ張ってきての大浴場。レストランにアクセサリー店。美術品を扱う専門店や、アリスバレーの特産品を置いたお土産屋さんなんかも店舗として予定してたりする。あ、どうせならさっき話し合ったケーキ屋さんもモグラホテル内でオープンしてもいいかもだね。
やっぱそれも考えると、モグラホテルで確保できる人員は多ければ多いほどよかった。
「村の男たちに接客ですか……」
「率直なところ、いきなりは無理だと思います」
「男たちは幼い頃から皆、狩猟中心の生活をしてきましたので」
それでも、モグラ屋さんで働く村の若い女性陣からは難色というか、ものすごい不安の声が返ってきた。
たしかにみんな狩猟の人だもんね。もしかして彼らが一番向いてる職業は冒険者だったりするのかも。てか、下手したら私より素質がありそうだ……。ま、危ないことはさせられないので、それは絶対に却下の方向だけど。
「鍵になるのはどうやって仕事の経験を積んで慣れていってもらえるか、だね……」
従業員の育成。
どうやら今後それも真剣に考えていかないといけなさそう。
だけど、少しどころかとても貴重な意見がもらえて私がやるべきことも整理できた。
「それでは、本日の会議はここまでとさせていただきます」
そんな感じで無事、初めてのモグラ屋さん経営大会議は幕を閉じた。
事業の拡大にともないさらに新しい人員が増えていくことも考えて、今後この経営大会議を定期的に開催することも決まった。











