191.締まらない帰路
※濁字の「”」→「″」の誤字報告をしていただいた方へ
見栄えはたしかにそっちのほうがいいのですが、おそらく全編「”」になっていると思うので……ちょっと修正が厳しいです。ですので今後ともこの物語では「”」のほうを統一して使っていくと思います。
ですが、わざわざ修正のご報告ありがとうございました<(_ _)>
ゆるやかな丘陵を下り終えて、私たちが乗る馬車はアリスバレーに続く整備された地下道の入口前に到着した。
「やぁやぁ、みんなお疲れ様。問題はなかったかな?」
見張り役として残してたモグレムたちに訊くと、全員一斉にその太い首をフリフリと振った。
どうやらこっちは数日間なんのトラブルもなく、ずっと平和だったみたい。空中大決戦まで繰り広げられたホマイゴスの中とはえらい違いだね。
「見張り役に続いてなんだけど、次は伝令役をやってもらうよ。私やルシエラに用がある人が訪ねてきたらまずは伝言を受け取ってね。そんでモグラーネ村までひとっ走りお願い」
入口の隣に土の小屋を作っていろいろと物資を吸収させたあと、見張り役のモグレムたちにはラーネ村のメッセンジャーと同じく魔力土に埋もれる形で休眠してもらった。
続いて小屋の入口前に『ゴーレムを起こして手紙を渡してね☆』と掘った石板(モグラ屋さんのマーク付き)を残し、私たちはそのまま馬車で地下道へ。そして最後に入口を内部から封鎖しちゃえば、これでホマイゴスを発つ準備も完了だった。
「今さらだけどさ、ルシエラの家から馬車もってきちゃってよかったの?」
「問題無い。父は裕福。氷水晶の利権で万年ウハウハ」
「いや、ウハウハって……」
無断で馬を盗られた上、娘にそんな守銭奴みたいに思われてるなんて。家族の中で姉と妹の関係性が少し上向いたことを考えると余計にちょっと不憫かもだね、ルシエラパパ。
でも、これが男親の宿命ってやつなのかな?
私自身、父親に対する記憶や思い出がほぼ皆無だからきっぱりそう断じていいものかどうかはわかんないけど。
「アリスバレーまでどのぐらいかかりそう?」
「少しペースを上げれば夕暮れ前には余裕で到着可能」
「おー、早いね」
それでも距離が長い分、王都に続く地下道の三~四倍程度の時間はかかっちゃう感じか。
ラーネ村とモグラーネ村間の地下道でもそうだったけど、やっぱこれだけ長い地下道だとソリの改良版として王都の魔力列車みたいな乗り物が必要かも。そしたら一度にたくさんの人と物も同時に運べていいこと尽くめだ。
「前にアンナさんも似たようなこと言ってたし、今度王都に寄ったら相談してみよっ、と……」
今後の長距離地下道に関する改善案も定まったところで、ふと突然の睡魔に襲われた。
いや、それも当たり前か。昨日トリエラに真夜中に起こされ、あれから一睡もしてないわけだし。
それでも、馬を操ってるルシエラの隣でぐーすか寝るのはさすがに申しわけなかった。あくびを噛み殺しつつ、とりあえず寝ずとも御者台に深く背中を預けて楽な姿勢を取る。
ただ、このままだと馬車の心地良い揺れで安らかな眠りに落ちるのも時間の問題っぽかった。気を保つためには何か考え事でもしてたほうがいいかもしれない。ということで私はホマイゴスであったことを総括として振り返ってみることにした。
えっと、結局は三泊四日の旅だったわけか。
んー、変だね。もっと長い時間あそこには居たような気がするよ。それだけ思い出になるようなことが多かったってことかな?
たしかに、ダンジョンをパーティーで冒険できたのは貴重な経験だった。それもこれもリーナたち魂の家のメンバーと知り合えたおかげだね。
そんでもってあの性格の悪いお爺ちゃんに決闘で勝ってもまったくいい気はしなかったけど、結果的に成り行きからルシエラの家や家族、最後にはホマイゴスという大勢の人たちが暮らしてる場所を守れたのは何よりのいい思い出だね。
ま、それで魔道具の生産方法っていう、今すぐにでも忘れたい思い出もできちゃったわけだけど……。
「よっと」
ためしに小さな炎岩を一粒リリースしてみた。
見た目はゴツゴツとした赤い岩の塊だ。モグラの爪でひょいっとつかみ上げて、頭上を流れる地下道の照明にかざしながらいろんな角度から眺めてみる。
見慣れた日用品だけど、これがあの火の魔人の一部みたいなものだと考えると急に怖くなった。
「日常生活で不可欠な魔道具も、使い方次第で街一つ滅ぼせちゃうなんてね……」
よく考えたらヤバすぎる。
最後の連鎖するように爆発していく光景は夜空に映えてとってもきれいだったけど、下手すれば火の魔人本体を召喚せずとも大量の炎岩さえあれば攻撃用の魔道具として使えちゃうわけだし。
ほんと、物は使いようだね。
それを踏まえると個人で手に入る数が制限されてたり、製造方法をばらしたら極刑っていうのも納得できる部分はあるかもだった。
「問う。その炎岩は?」
「え?」
なんて考えてたら不意に隣のルシエラから質問が飛んできた。
一瞬その意味がわからなかったけど、すぐに炎岩なんてどこにあったんだと彼女が訊いてることに気づく。
素直に今クリエイトしてリリースしたんだよと私が答えると、なぜか手綱を握ってたルシエラの動きがピタリと止まった。
「……炎岩を、作った?」
「うん」
「爪の、力で?」
「ん、そうだけど? てか、氷水晶とかも作れるけど」
「……」
「あれ? ルシエラ知らなかったっけ……?」
「………………」
「………………」
そこで急いで記憶を辿ってみる。
紙の生産工場では乾燥の工程で炎岩を使ってはいるけど、あれは正規のルートから入手した物だし、洗浄に使う水も氷壁ダンジョンの雪を溶かした物を使ってる。
パメラに首を刎ねられるぞって言われて自重してたこともあって、たしかに振り返ってみたらルシエラに報告した記憶はなかった。
うん、ヤバいね。
完全に余計なことを口走ってしまったっぽい。
「エミカ、なぜ黙っていた?」
「あ、いや……別に黙ってたわけではなく。てか、前見ないと危なくないですか……?」
「炎岩。氷水晶。それ以外は?」
「え? え、えっとぉ~……一応、浄化土も風珪砂も作れる、かな……。光石はすでに取りこんだやつなのかどうか判別したことないからわかんないけど……もしかすると、たぶん?」
「………………」
そこでまた無言になり、プルプルと肩を震わせて怒りをあらわにするルシエラ。その瞳は見る見るうちに失意の色が濃く、深くなっていく。
これまでのことでなんとなく予想はできてたけど、まさか打ち震えるほどに怒るなんて。
いや、たしかに釘を刺されてたのにもかかわらず、情報共有を怠ってた私が悪いっちゃ悪いんだけど……。
「あまりに重大な契約違反。憤怒、超絶憤怒。これはもうどう落とし前をつけたものか」
「ご、ごめんってば……てっ、落とし前って何!? 怖いんだけど!」
「とりあえずの処置。エミカがまだ秘密を隠し持っていないか、ただちに身体調査を要望する」
「……え、今?」
「今」
「ここで?」
「ここで」
「で、でもほら……調べるようの技能スクロールもないでしょ? アリスバレーに帰ってからにしたほうが……」
「問題ない。こんなこともあろうかと」
そこで黒いローブの胸元に手を突っこむと、ルシエラは一本、また一本と次々にスクロールを取り出していった。
ほんと用意のいい魔女っ子だね。
てか、決闘のときも気になってたけど、そのローブの中どうなってるの……?
「エミカ。まずは服を脱いで全裸に」
「えー! 本気で言ってるの、ルシエラ!?」
「私は、いつでも本気」
御者台の隅のほうに私が逃げると、ルシエラは馬車を止めることもせず両手を意味深げにわなわなとさせながら近づいてくる。
うん、なんかものすごい既視感。
その目は失意を通り越して、すでに狂気の域にあった。
そしてさらに言えば、こんな状況で私に逃げ場なんてものはなかった。
「は、話し合おう……ルシエラ! 話し合えば人は誰だってきっとわかり合えるはずだよ!!」
「うるさい。往生せいや」
「またなんかキャラ変わってる!?」
目的のためならばどこまでも卑劣になれる。それが魔術師という人間の本質なのだろう。
三泊四日のホマイゴスの旅。
その最後に、私はそれを教訓としてこの身で学ぶことになりそうだった。
「ちょっ、待っ――い、嫌あ”あ”ああああああぁ~~~!!」
薄暗い地下道に私の悲鳴が木霊した。
>「んー、変だね。もっと長い時間あそこには居たような気がするよ」
・本当に申し訳ございません……。
というわけでまさかのバッドエンドでした。
次話ホマイゴス編のエピローグになります(すぐ投稿します)。











