189.正しい大精霊の活用法
最初の大爆発が収まったあとも小さな爆発が断続的に続いた。ボンボンとホマイゴスの夜空に火花が散っていく。
結局、すべてが収束するまでにけっこうかかった。
「火の魔人の完全消失を確認。勝利。V」
「はへー、なんか最後までヤバかったね……」
地上からでも夜に咲く大輪の花は美しく見えたはず。見世物として十分なお金が取れちゃうぐらいのショーだったと思う。
だけど、何があそこまで爆発したんだろ? やっぱ魔力の暴走であーなったとか? んー、わからん……。
召喚術で呼び出された大精霊。ほんと最後の最後まで謎だらけだ。
「ま、もう終わったわけだし、めでたしめでたしっと」
完全勝利に安堵したところでホッと一息。私は背後にあった水の乙女のコアに寄りかかった。
うん、丸みがあって背中を預けるにはちょうどいいね。
「ふぅ~」
――ピキッ!
え?
「否。まだ終わっていない。依然、地上の火災は拡大しつつある」
「……」
「エミカ? 顔面蒼白。何故に?」
「いや、そ、その……今、ピキッて音が――あっ」
なんて言ってるとだった。元々あった亀裂がビキビキと音を立ててさらに広がっていく。そして次の瞬間だった。コアは、あっさりと砕け散った。
同時にその場所からは大量の水が溢れ出すというか、すさまじい勢いで噴き出していく。それこそまさに温泉噴出事件の湯柱の如く。至近距離でその衝撃に巻きこまれた私たちは一瞬で弾かれるように飛ばされた。
「ひぎゃあああぁー!?」
直後、何もない空の只中へ。
それまで私たちを包んでた水泡もコアの崩壊とともに消失。眼下にはただ燃えるホマイゴスの街並みがあるだけだった。
そして、浮遊感の終わりとともにやってくる落下。
いや、これは〝墜落〟と呼ぶにふさわしい。
だって、この高さだもの。
落ちてるなんてレベルじゃ足りない。
――ひゅーん。
「あばばばばばばばっ!?」
とりあえず空中で両手足をバタバタしてみたけど、当たり前のことながら意味なんてなかった。
でも、不幸中の幸いだね。こういう経験は初めてではなかったりするよ。たぶん四度目ぐらい……? いや、多すぎでしょ! どんだけ空を泳いでるんだよ、私は。やっぱモグラを空に上げてはいけない。
「え”え”っとぉ~……あ、そうだっ! 地面に大量のモグラスポンジをリリースしておけば!!」
なんとこの土壇場ですばらしい名案。ルシエラパパを助けたときの経験が活きたとも言う。
「エミカ。その必要はない」
「へ?」
自画自賛の中、地面に向けて両爪を伸ばしかけたところだった。同様に隣で墜落中だったルシエラ(逆さま)に呼び止められる。
「こんなこともあろうかと」
決め台詞っぽくそう言いながらローブのネックに手を突っこむと、ルシエラはその私と同程度に慎ましやかな胸元から一本のスクロールを取り出した。
「風翼――」
魔力に反応して紙のスクロールが燃え尽きた瞬間だった。突如、ルシエラの背中に二つの風の渦が発生。
それは天使の翼のように羽ばたくと、彼女を宙に舞い上がらせた。
「手を」
「あ、うん!」
すぐに手を繋いで私も上昇。そのままルシエラに抱きつく形でなんとか九死に一生を得た。
「ふぃ~、危ない危ない――って、うわ! 水の女神様もなんかすごいことになっちゃってるよ……」
安堵したと同時に、ふと頬に強く感じたのは水の飛沫。コアが破砕したその空間を中心に、今も大量の水が轟々と噴き出し続けてた。
夜空の何もない場所から流れ出る不自然な滝は溢れ、さらにその範囲を広げてどんどん巨大化していく。
「計算外。しかし、これで地上も鎮火される」
「あ、ほんとだ!」
眼下を見ると、地上のラル家の領内では広範囲にわたってバケツをひっくり返したような雨が降り注いでた。ルシエラの言うとおり狙ったわけじゃないけど、この水量なら火の勢いも相当弱まるはず。最低でも被害がこれ以上拡大することはなさそうだった。
「よかった。でも、最後まで大爆発したり大噴出したり、ほんと大精霊ってなんなの……?」
火の魔人も何が爆発してああなったのか定かじゃないけど、水の乙女もどこにあんな大量の水があったんだろ? てか、ほとんど蒸発しかけてたよね。秘匿されるだけあってやっぱこっちも最後まで謎すぎる存在だ。
「空から被害状況を確認する」
「おっけー。んじゃ、私はもうしばらくこのまま大人しくしてるね」
ルシエラに胴回りを支えられる形に落ち着いて、そのまましばらく空を大きく旋回しながらゆるゆると下降。遠くの景色を眺めると、ホマイゴス・ダンジョンがあるほうの空はもうだいぶ白んできてた。
朝焼けの向こう側から今にも煌々としたお日様が昇ってきそう。ホマイゴスの長い夜ももうこれで終わりだった。
キランッ、ピューン――
「――あぱっ!」
感傷的な気分に浸ってると、そこで朝焼けの光を反射させながら飛んできた何かが頭にコツンとぶつかった。
いや、別にまったく痛くなんてなかったんだけど、思わず驚いて変な声が出たよ。当たって宙に跳ねたそれを反射的にナイスキャッチした私は、まじまじとその小さな物体を眺める。
材質的には石というかガラスっぽい何か。
そして、色は半透明の青。
なんかの破片だね。
てか、ものすごく見覚えがあるような気が。
「あ、もしかして、これって氷水晶のかけら?」
少しして気づく。
毎日見てる生活必需品だ。見覚えがあるのも当然だった。
「でも、なんでこんなとこに……?」
「知らなければいいことは知らなければいい。だからこそ黙っていた」
「ふぇ? いきなり何、ルシエラ?」
「その氷水晶は水の乙女の消滅時に発生した物。即ち、大精霊を倒した際に生まれるドロップアイテム」
「ドロップアイテムって……へ? 氷水晶ってどこの家にもある日用品の氷水晶のことだよね?」
「是」
「神々の恩恵の、あの氷水晶のことだよね?」
「是」
「えっとぉ……」
最初期のダンジョン攻略で齎されたという、人類の営みに必要欠くべからざる魔道具。そんな物がなぜ消滅した水の乙女からドロップされたのか。
混乱して頭の上でクエスチョンマークをたくさん浮かべてると、ルシエラはさらりと核心に触れた。
「水の乙女を召喚し、同時に顕現とともに自壊させることで大量の氷水晶が生み出される。それが本来の大精霊の活用法。つまりルル家の地下室は王国西側の供給を満たす氷水晶の製造拠点」
「せ、製造って……え? なら、火の魔人のあの爆発は?」
「火の魔人の消滅時にドロップした大量の炎岩が魔力に反応して連鎖爆発を引き起こした結果だと推測される」
「………………」
そのあとも続いたルシエラの説明によると、五紋章家はそれぞれの紋章に対応した大精霊を召喚と同時に自滅させることで、定期的に大量の魔道具を製造してるらしい。そんでもってそれを需要に合わせて大陸西側の大きな都市や街に輸出してるんだとか。
担当として、ラル家は火の魔人から生み出される炎岩を。
リル家は光の王から生み出される光石を。
ルル家は水の乙女から生み出される氷水晶を。
レル家は風の騎士から生み出される風珪砂を。
ロル家は土の老人から生み出される浄化土を。
そんな感じで五つの名家が王国西半分のインフラ事業を担う形で製造と販売を独占。長きにわたってホマイゴスを管理すると同時に、五紋章家はそれによって莫大な富を築いてきたんだそうな。
「それがホマイゴスがここまでの都市に発展した裏の背景」
「な、なるほど……」
さっき実家の地下室で言ってた〝利権〟っていうのは、つまりそういうことかと私は腑に落ちた。
でも、同時にすっきりしないことがまた一つ生まれてた。以前、ウチの庭でしたパメラとのやり取り。
それが、私の脳内で鮮明によみがえる。
『――その国家機密ってやつ? もし誰かにバラしちゃったりしたらどうなるの? 怒られちゃったりするのかな?』
『死罪』
『へ?』
『死罪だ』
『……』
『首を刎ねられる』
断首。
極刑に値する秘密。
つまり、これって知っちゃった時点で相当にまずいことなのでは……?
「わ、わわわ私っ、何も見てないよ! 何も見てないからね!?」
「この魔術都市の核心に触れ、我が家の秘密を洗いざらい見ておいて。何を今さら」
「えー!? てか、ルシエラが見せたんじゃん! ひどいよー!!」
「一蓮托生とは、悪くない言葉」
そう言い切ると、ルシエラはいつもの気だるそうな目で遠くを見つめた。なんか一人、達観した感じになっちゃってる。でも、巻きこまれたこっちとしては堪ったもんじゃない。
「わーん、死罪なんてやだー!!」
空中でじたばた暴れる私の叫びが朝焼けの空にこだました。











