188.魔術都市空中大決戦
※一応クライマックスなので、ちょいいつもより長めになりました。
あと2~3話でホマイゴス編も〆って感じです。
――ザバーン!!
ぴ
ぎ
ゃ
あ”
あ”
あ”
あ”
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
ぁ
ぁ
ぁ
っ
!
荒れ狂う水流。
呑みこまれた瞬間には天も地もわからなくなって、世界が激しく回って回って回る。
「ゴボボボボボボボボボボッ――!?」
何これヤバいよ!
めっちゃ流されてるんですけど!?
なんて焦燥と同時に、なんかすごい既視感。あれなんだっけと思いつつ過去をかえりみると、状況はあの温泉噴出事件のときと似てた。
自分が掘った穴の中を、ものすごい速さで流され進んでる。
てか、この展開ってまた多額の借金を背負うハメになるやつだったり……?
あ、でも、よく考えたらあのときの二億マネンって未だに返してないんだった。だって私がマジメに返済の話をしようとすると、アラクネ会長ってばすぐに話題変えるんだもん。なんかもうあの人の中でもすでにうやむやになってそうで、それはそれでなんかものすごく怖いんだよね。
「――エミカ、エミカ」
「はっ!?」
新発見だった。恐ろしい目に遭ってるときは、どうやらそれ以上に怖いことを考えるといいみたい。
少し頭と心が冷えた私は狭まってた視野も回復。そこでようやく先ほどからすぐ傍で私の名前を呼び続けてたらしい魔女っ娘の存在に気づいた。
「あ、ルシエラ! てか、これどうなってるの――って、あれ? 水の中なのに、普通に話せてる……?」
既視感の次に来た違和感に戸惑う。周囲は完全に水で覆われてるのに、冷静になれば普通に呼吸もできてた。
「水っていうか抵抗もないし、なんか色のついた雲みたいだけど……これって、もしかして?」
「是。召喚した水の乙女の使役に成功。今、私たちはその体内にいる」
「おー、さすがルシエラ!」
「当然」
サムズアップしてにっと笑うルシエラと一緒に、とりあえずワイワイと成功を祝福。だけどこれから直面するであろう事態に気づいた私は、すぐにまたハッとなった。
「って、素直に喜んでる場合じゃないよ! 使役に成功したってことは……」
「是。もうじきエミカが掘った穴のスタート地点に到着。即ち、ラル家領内に戻る。火の魔人は目の前。接敵した瞬間、即戦闘となる。エミカ、今のうちに心の準――」
――バッッッシャアアアーーーーーーーン!!
ルシエラが注意を促し終える手前で私たちは地上へ、そして天高くへと噴き上がった。そんな中途半端なタイミングでは当然、心の準備なんてできるわけもなく。
「ぎゃああぁ~!? 高い高い高い高い高いっ! 高いってばー!!」
その先も例の温泉噴出事件をなぞらえるが如くだった。
地上に出たと思うや否や、瞬きする間もなく空高く噴き上がった私の眼下には一瞬にしてホマイゴスの都市が広がる。ただでさえ高所恐怖症になりかけてるのに、正直これは精神的にかなりくるものがあった。
ま、温泉噴出事件にしろ鉱山での墜落事故にしろ、半分は自分のせいなんだけどね。ちなみにもう半分はあののほほん天使のせいだよ。
「ひ、ひぇ……」
「エミカ。下」
一緒に噴き上がったルシエラに促されて示された場所を見ると、そこは火の海になってた。ホマイゴスの北側に位置するラル家の領内、その中心部だ。高いところから見下ろしてるからそう思えるのか、火の勢いは先ほどよりもかなり増してる気がする。
そして、さらにその中心も中心。まさに火の海のド真ん中といえる場所。そこに陣取る炎の巨人は、なぜか怒りに顔を歪めながらこっちをにらんでた。
「来るっ」
――ヴォ”オ”オ”オオオオオオオオオッーーー!!
ルシエラが短い言葉で警戒を発した直後だった。火の魔人の咆哮に、思わず身が竦む。
距離があるせいか、開いた顎に魔力が集約していくのを肌で感じる間もなかった。その口元に突如として出現するあまりにも巨大な火球。こっちがいる上空に向けてそれが撃ち出されたのも、ただ一瞬の出来事だった。
「水の乙女、迎撃せよ」
水流に呑まれてから今までよくわからなかったけど、どうやら水の乙女は地上に出てすぐ、また人型に戻ってたらしい。
ルシエラが下したその命令と同時だった。巨大な水の両腕が私の目前に現れる。
――ズズ、ズズズッ! ギュギュギュギュギュ~!!
手のひらの先で凝縮されていく水の渦。
同時に、強大で繊細な魔力が集約していく。
ちょうど位置的に胸の中に収まってた私たちは、その威力を特等席で目の当たりにした。
「撃てっ」
――バシューーーーーーーーーン!!
巨大すぎる水の塊が螺旋を描きながら放出されていく。それはすさまじい勢いでこっちに向かってきてた火球と空中で激突した。
次の瞬間、火と水が混ざりあった奔流がさらに巨大な塊となってホマイゴスの夜を激しく揺らす。かと思えばそれは数瞬後、嘘のようにパッと霧散した。
「かき消えちゃった……」
「相殺を確認。威力は互角。しかし、本番はまだこれから。水の乙女、地上決戦は都市に甚大な被害を及ぼす。このまま空中にて戦闘を継続せよ」
――ズズッ、ギュギュギュギュギュ~!!
命令を受けて、水の乙女は再び同じ技を繰り出そうと両手を前に突き出す。同じく眼下では、火の魔人も連続で二発目となる火球を放とうとしてた。
――ドガガガガガガッ、ブシューーーンッッ!!
そして二度、激突する火と水。結果はまたもや互角だった。相殺という同じ結果が繰り返される。
それでも、その直後の展開には変化があった。
強大な魔力同士が激突し、震える夜空。留まってた火柱の中から浮き上がると、自ら火の塊と化した火の魔人は、その中を切り裂くように信じられない速さで突き進みはじめた。
「うわ、飛んだよ!? あいつこっちに来る気だ!」
「相反する属性同士の習性。しかし、問題ない。迎え撃つ展開はむしろ望むところ。水の乙女、このまま近接戦闘にて対応」
避けられたときの都市への被害を考えてだと思う。ルシエラが遠距離攻撃をやめて接近戦に切り替えるよう指示を出すと、私たちを内包する水の乙女はさらなる上空へと上昇を開始した。
やがて月明かりすら眩しい高さにまで到達。そこは昼の決闘でホマイゴスのバリアを破壊したこともあって、まさに無限のフィールドと呼べる場所が広がってた。たしかに、ここなら縦横無尽に心置きなく戦えそうだ。
――ヴォ”オ”オ”オオオオオオオオッーーー!!
「って、もう来たし!」
「三時方向、下方。水の乙女、迎え撃て」
――ピキ”ャ”ア”アアアアアアアアッーーー!!
野太い咆哮と甲高い悲鳴。
それぞれがぶつかり合うと同時だった。二体の大精霊は完全に接敵すると、互いに両手で組み合う。
瞬間、触れ合った部位からはすさまじい勢いで白煙が立ち昇っていく。
「わわっ! なんかヤバくない!?」
「劣勢であることは事実。想定以上の火力……」
組み合った直後、水の乙女の全身からはボコボコと音を立てて水泡も噴き上がりはじめてた。
どうやら直接の力比べ――と呼んでいいのかは定かじゃないけど、接近戦では相手に分があるみたい。
そんなことを考えてるあいだにも水の乙女の両腕は炎の熱で沸き上がり、見る見るうちに細くなっていく。
「両腕を切除。一度距離を取れっ」
ルシエラの命令を受けるや否や、水の乙女は炎の巨人の腹部を目がけて蹴りを放った。
そのまま反動を利用して背後へ飛ぶようにして離脱に成功。
蒸発しかけた肘から上を相手の手中に残すことになったけど、さすがは変幻自在の水の身体だった。すぐさま新しい腕が伸びて再生。瞬く間に五体満足に戻った。
「すごい、不死身だ! これなら負けないね!」
「残念ながら、否。気化させられた魔力を他の部位から補ったに過ぎない。つまりこのまま行けばジリ貧確定」
「えぇ、そんなっ!?」
「しかし打開の手立てはある。それは相手のコアを狙うこと」
「コアって?」
「今、エミカの真後ろに」
「へ?」
言われて振り返ると、たしかに水の乙女の胸の中心部には、周囲の水よりも濃い大きな青色の球体がプカプカと浮かんでた。
同じく液体状なだけあって、なんかスライムのコアみたいだ。
「ん? ってことは、つまるところこれが召喚精霊の心臓ってこと?」
「是。それと類似した物があの火の魔人の体内にも存在する。それさえ破壊できれば――」
――ヴォ”オ”オ”オオオオオオオッーーー!!
それ以上、悠長に話してる時間なんてなかった。視線を戻すと、すでに巨大な炎の塊が私たちの前に迫りつつあった。
「長期戦はこちらが不利。ここで一気に決着をつける」
その呼びかけとともにだった。
水の乙女は人型からまた一瞬で姿を変えていく。
体内にいるおかげで何が起こってるのか即座にピンとは来なかったけど、なんか前後にものすごく長細く変形していってることだけはすぐに理解できた。
そして最後に、私たちがいるコアの部分からも上下に少しだけピンッと出っ張りが。
「あ、これって!」
そこに至ってようやく、私は水の乙女が〝一本の巨大な剣〟に変化したらしいことに気づいた。
「貫けっ、水の乙女――」
――ヒュンッッ!!
剣となった水の女神が夜空を斬るように奔る。
対するは、炎の大巨人。
一閃。その煌めきとともに、水の剣先がその胸元へと突き刺さった瞬間だった。衝撃とともに私たちを内包する液体はボコボコと激しく沸騰。炎に接する先端部分だけではなく、ブレード全体からもすさまじい勢いで白煙が立ち昇っていく。
これでは、完全にさっきの再現だった。
また同じことが繰り返されようとしてる。
「負けるなっ、そのままいっちゃえ!!」
それでも、水の乙女の剣先は炎渦巻く敵の胸部を切り裂きつつあった。巨大な両手で剣身をガッチリ受け止める火の魔人。その抵抗に遭いつつも、切っ先はジリジリとその胸元深く入りこもうと突き進む。
こっちが完全に蒸発させられるか、その前に相手のコアを破壊するか。
もう勝負はその一点にかかってた。
「あっ! あの丸いのって!?」
「是。露出に成功。あれこそ火の魔人のコア……」
燃えさかる炎の向こう側には、オレンジ色に輝く球体が見えた。そして、貫く水の剣がその中枢を捉える。
切っ先が触れた瞬間だった。
丸みを帯びたコアの表面に無数の亀裂が走った。
――ピキピキ、パキパキ!
「へ? げっ……!?」
前からだけではなく、なぜか後ろからも同じ音がして振り向くと、水の乙女の青いコアにも亀裂が入りはじめてた。
ヤバい、どうやらこっちも限界が近いみたい。
気づけば私たちを内包してる周囲の領域は狭まり、すでに剣の先端もそのほとんどが気化しつつあった。
「だが、あと一押し……行けっ、水の乙女!」
「うおぉ、がんばれぇー! 水の女神様ー!!」
私たちの声援を受けた直後、最後の力を振り絞るようにして水の乙女はそのあともう一歩を突き進みはじめた。
相手のオレンジ色のコアに切っ先が深く食いこんで、さらなる亀裂を生じさせていく。すでにその表面の一部はパラパラと剥がれ落ちはじめてた。
もう勝利は目前。
それはほんとにあとわずかだった。
ほんの、あと一押し。
それだけで、私たちは歓喜の瞬間を手中に収めることができた。
――ヴォ”オオッー!!
それでも、やっぱり手負いの獣ほど恐ろしく、しぶといものはない。
今までで一番短い咆哮とともに、火の魔人の顎が開かれたかと思えばだった。その口からは不吉なまでにどす黒い炎が吐き出されていく。
それは、この土壇場に及んでの必殺のブレス攻撃だった。射程は私たちがいる柄の部分にまで優に届いた。
――ボコボコボコボコボコボコ!!
――ジジッ、ジュジュジュジュジュ~!!
「これ以上は……水の乙女、切除!」
巨大だった剣はまるで爆発するように溶かされると、ほぼ一瞬でその質量のほとんどを失った。直後、命令を受けた水の乙女はコアとともに私たちを内包した小さな水の球となって、なんとかその場を逃れる。
あと少しでも遅ければ間違いなくやられてた。それは、ほんとにギリギリのタイミングだった。
――ヴォ”オ”オ”オ”オ”オ”オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッーーー!!
だけど、弾き出されるように脱出した私たちを、次は今までで一番長い咆哮が襲う。
それは極限の怒りを表してるかのようにも思えたし、まるで勝ち誇ってるかのようにも感じられた。
ラルシュアーノ家が秘匿する召喚術によって生み出された大精霊。
火の魔人。
その顎がゆっくりと開いて、強大な魔力とともに巨大な火球が渦巻いていく。
「くっ……」
この状況でルシエラがなんの命令も出さないことからも、水の乙女にもう戦う力が残されていないことは明らかだった。
つまり、万事休す。
もう、これで――
「………………」
いや、違う。
そんなことはない。
だって、ルシエラがここまでしたんだ。
それなら、私たちが負けるはずがない。
まだ、
まだまだ、
勝利は、まだ――
「――目の前にあるっ!」
勝機は今まさに最後の一撃を放とうとしてる火の魔人の胸元。罅割れたコアは依然、剥き出しのまま。
勝ち鬨を上げるには早すぎだよ。
あと一撃だって条件は一緒なんだから。
そして、もちろんこの場で私が選択する技は、必殺の一手。
モグラシュート。
左爪で七色に輝く杭をリリース、即座に右爪で打ち出していく。
水の乙女の体内から撃って大丈夫かなとか、射程距離の問題もあったはずだけど、そんな心配は咄嗟の行動の前には思いつかなかった。
「うおりゃあ”あ”ぁっー!!」
すべては、この一撃に賭ける。
――バッシュウウウウウウウゥーーーン!!
放たれ、ホマイゴスの夜空を一直線に駆け抜けた杭は次の瞬間、あっさりすぎるほどに火の魔人のオレンジ色のコアをこれでもかと粉々に打ち砕いた。
まるで時間が停止したようにピタリと身動きを止める炎の巨人。
直後、破壊されたコア周辺から燦然と煌めく光が四方八方へと放出されていく。
そして行き場を失った強大な魔力が、その体内から漏れ出すように溢れはじめた瞬間だった。
――┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨カ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーンッッ!!
起きたのは耳を劈くほどのすさまじい大爆発。それと同時に、火の魔人は完全にその姿を消した。
「あわわ! なんか爆発した!?」
「エミカ、なんて無茶を……。否。とりあえず今は私の後ろへ」
まるで夜の空に大輪の花が咲いたみたいだった。
ルシエラの防壁魔術に小さくなった水の乙女ごと守られながら、私はその嘘みたいに美しい光景をしばし食い入るように見つめた。











