186.燃ゆるホマイゴス
多忙によりお待たせしました。今話になります。
またブックマーク4000突破、ありがとうございます(これ書いてるときジャストなのでまたすぐ3000台に戻るかもしれませんが……)。
日頃お読みいただいてる皆様にこの場にてお礼申し上げますm(_ _)m
「うわわわわわっ! い、今の何っ!?」
「わ、わかりません……! エミカさん、今はとにかく外へ!!」
突然襲ったすさまじい轟音と震動に驚いた私たちは、我先に正面玄関の扉を開け放ち屋外へと飛び出す。
最初に覚えた違和感は、こんな夜更けなのにもかかわらず空がやけに明るいこと。
それと、背筋に感じる妙にザワついた気配。途方もない魔力が一ヵ所に集中して大爆発を引き起こしてるような。魔術に疎い私ですら何か良からぬ事態が進行中であることはすぐに確信できた。
「姉さん!」
ルル家の広い庭先をトリエラと一気に駆け抜けて敷地の外に出ると、二頭立ての馬車を用意して待ってくれてたルシエラと正門前で合流できた。
「………………」
でも、彼女は妹であるトリエラの呼びかけにも応じず、めずらしく驚きの感情をあらわに北の方角をただジッと見つめるばかり。
一体そっちに何があるのか。注意を引かれる形で同じ方向を見つめると、そこには赤々と燃える夜空があった。
火事。
それも、この遠距離から確認できるほどの大火事だった。
「ま、街がっ!? ルシエラ、一体何が起きてるの!?」
「まさか、そんなはず……いや、否。その可能性は、高確率……」
私が問いかけてもルシエラは答えてくれず、独り呟くだけだった。それでも、あの火災に関して何か心当たりがあるみたい。なので、今はその考えが整理されるのを待つことにする。
「うおーいっ! お前らぁ~!!」
燃えるホマイゴスをただ固唾を呑んで見守るしかない中、やがて尻尾を振ってトタトタ走るコツメを先頭に、魂の家の四人もやってきて私たちと合流した。みんなぐっすりおやすみ中のところ、先ほどの衝撃で跳ね起きたらしい。
いや、それもそうだ。あの騒ぎで目覚めない人なんていない。
おそらく今、ホマイゴス中の人たちがこうして何事かと屋外に飛び出してるはずだった。
「てかなんなのよ、あの火は……?」
「わかりません。今はなんらかの魔術が暴発した可能性が高いとしか……」
「あっちはラル家の方角だね。逃げ遅れた人がいないといいんだけど……」
「お空まで、あんなにまっ赤っか……」
しばらくみんな北側の状況を見て愕然としてた。あまりの事態にどうしたらいいのかわからない。私も含めて全員が全員そんな感じだった。
「ここでは情報不足。脱出計画は一旦保留し、現場を確認したい」
「それなら私も行くよ。何もできないかもだけど、ここでジッとはしてらんないし」
「同意ね。トリエラのお姉さん、私たちもついて行っていいかしら?」
「今は緊急事態。各々の判断と自由意思を尊重する。ただし、自分たちの身は自分たちで守る。それが大前提」
「オッケー、了解したわ」
結局ルシエラの行動に追随して、とにかく北で何が起きてるのかみんなでそれを確かめにいくことになった。
急いで二頭立ての馬車に乗りこみ、中央の大きな通りに入り北上。ホマイゴスの中心地である円形闘技場を通り過ぎた辺りからだった。轟々と燃えてる遠くの火柱の熱とともに、焦げ臭い空気を強く感じるようになった。
「これ以上の馬車での進入は危険」
ラル家の領土の手前までくると、北から避難してきた群衆の波とぶつかった。
噴水が設置された広場は人で溢れ返ってて、火傷を負ったケガ人も大勢いた。みんな舗装された地面の上で横たわったりうずくまったりした状態で治療を受ける順番を待ってる。それは間違いなく、私が直接この目で見た中で一番ひどい惨状だった。
それでも、さすがは魔術都市だ。けっこうレアな存在なのに、治癒の魔術が使える人がそこかしこにいる。
ただ、これだけ負傷者が多いとさすがに手が回らないこともありそう。なので、すぐにその場でモグレムを一チーム召喚。ヒーラーさんに手を貸すよう指示を出しておいた。
「エミカ、決闘で用意した治癒のスクロールが一部未使用。モグレムたちに合わせて使用許可を」
「あ、うん!」
止められるかなと思ったけど、緊急事態だけあってルシエラも賛同してくれた。
「みんな、ここは任せたよ。できるかぎり多くの人を救って」
私が荷台の木箱に積まれてたスクロールを運び出すと、モグレムたちは各々それを手にして負傷者の下へと駆け出していった。
「よっし、ここからは徒歩だなっ!」
「予想以上に事態は深刻みたいね……。急ぎましょう。逃げ遅れた人がまだ大勢いるかもしれないわ」
「リーナさん、私はここに残って負傷者の治療にあたりたいです。たぶんそのほうが役に立てると思うので」
「それならチサのこともあるし、僕もこっちをサポートするよ」
治癒魔術が使えるトリエラとともにキャスパー、そしてさすがにこの先は危険ということで幼いチサを含めた三人は広場に残ることになった。
途中でパーティーを半分に分ける形になったけど、その後も私たちは迅速に北上。やがてラル家の領地である入場門に辿り着いたけど、すでにそこはもぬけの殻だった。
「いよいよ震源地に近づいてきたわね……」
「お前ら油断すんじゃねぇぞ! この先はマジでヤバい予感ビンビンだぜっ!!」
まだ領地の外側には火の手は迫ってなかったけど、中心部に進むに連れてさらに被害は深刻さを増していった。
家財を運び出してる人。なんとか火を消そうとしてる人。燃える家屋の前で呆然と佇んでる人。遠くのほうからは断続的に助けを求める声や悲鳴が響いてた。
都度、私はモグレムを召喚。何度も救助命令を出しつつ先を急ぐことようやくだった。
これが被害の中心部。轟々と立ち昇る巨大な火柱。それを間近で見上げられる位置にまで私たちは辿り着いた。
そして、この距離まで近づいたことでハッと気づく。それが普通じゃあり得ない、異様な炎の渦であることに。
「み、みんな見て! あの火の中っ!!」
「げっ、何あれ!? きょ、巨人がいるっ!?」
「ひえぇ~、バッカでけぇー!!」
ラル家の領土の中心を覆う、巨大な火の柱。さらにその中心にはヤギみたいなグルグルの角を生やした巨大なシルエットがあった。
まるで、渦巻く炎をまとうようにして浮いてる。
すぐに私の脳裏を過ったのはアリスバレー・ダンジョンの鎧の巨人だった。サイズとして現実離れしすぎてて上手く遠近感がつかめないけど、たぶん大きさ的にあれに匹敵するクラスだと思う。
てか、ダンジョンのラスボスと同じ大きさって……。
火柱の熱を感じつつも、その事実に私の額からは一筋の冷や汗が流れ落ちていった。
「やはり、火の魔人……」
ふと、隣のルシエラがポツリと呟く。
プロメ、テ……?
え、何? やっぱあれってモンスターなの?
「ルシ――」
疑問符でいっぱいになって訊こうと思ったけど、次の瞬間だった。見上げてた渦の中で動きがあった。
――ヴォ”オ”オ”オオオオオオオオオオオオオッーーー!!
巨人がその大きな両手足を伸ばし、地響きみたいな雄叫びを上げた。
直後、火柱からはいくつもの巨大な火球が生み出され、そのまま四方八方へと飛び散るように放たれていく。
炎の塊は家々の屋根、タイルで舗装された地面に爆炎とともに飛来。街は破壊され、火の勢いは増し、ラル家の領内はさらに赤く燃え上がった。
「うわっ!」
――ズドドドォー!!
背後では火球が落ちた近くの家の屋根が崩れ、燃え上がる木の柱が道を塞いでた。
ああ、これはまずい。
このままモタモタしてたら逃げ道すらなくなるかもだ。
「とにかく、火を消さないと……!」
「へっ、そういうことなら俺の出番だぜぇ~!」
私の言葉に真っ先に反応したのはコツメだった。怖い顔の怪獣は自信満々で私たちの前に立つと、これから大魔術を放つことを堂々と宣言した。
「超がつくスーパーな魔術だぜっ! 巻きこまれたくなかったら全員離れてな!!」
って、その魔術ってもしかして火に対抗できる水系統の魔術だったり? たしかにコツメには立派な水かきがあるし、見た目からして如何にも水属性っぽい。うん、それなら適材適所だね。これは期待してよさそうだ。
「行っっくぜぇ~!!」
牙が生えそろった口を、これでもかとあんぐり開くコツメ。直後、その顎を中心に魔力が集約していく。
おお、なんかすごそう。てか、もう間違いない。
「喰らいやがれっ、俺様の秘技! 超獺砲――!!」
これはとんでもない威力の大魔術だ!
――チョロ、チョロチョロチョロ……。
「「「………………」」」
そう思った矢先、コツメの口元から出てきたのはわずかな水。
それは湧き水が漏れ出てる程度の水量で、正直ウチのお風呂場の女神像のほうが遥かに優秀だった。
もちろん、それで倒壊した家々の火なんて消せるはずもない。周囲の火災はさらに激しさを増す一方だった。
「どうだ! これが俺、コツメ様の超獺砲の威力よぉ~!!」
「どうもこうもしてないわよ、この生物っ!!」
「ぎゃっ」
すかさずリーナがコツメの背中を蹴りつけて大声で罵倒した。地面に転がって痛がるコツメ。そんな顔の怖い怪獣に頼るのは無謀だと悟った私は、もう焦りを隠せなくなった。
さっきからモグラの爪でなんとかできないか考えてるけど、さすがにあそこまで巨大な相手では手の打ちようがない。
モグレムを大量に召喚してモグラウォールで火柱を囲めば多少の時間稼ぎにはなるかもだけど、難度が高そうな上に根本的な解決にもならない。
ここは時間はかかるかもだけど、今から急いで家に戻ってサリエルを連れてきて鎧の巨人のときみたく倒してもらうのが一番現実的? でも、それだとサリエルの正体を大勢の人に知られる危険があるかもだね……。
「てか、そもそもなんなのっ!? あの火の巨人はさ!!」
「たぶんラル家が秘匿してた禁術の一つなんでしょうけど、それ以上は五紋章家の末端も末端だった私には皆目見当もつかないわね。まっ、トリエラのお姉さんは何か心当たりがあるみたいだけど」
「あ、そうだった! さっきルシエラ、プロなんとかって言ってたよね? あれのこと、なんか知ってるの?」
「……あの火の化身は、ラル家最大の秘匿事項に該当する。故に詳しいことは認識外。それでも、倒す方法に関しては一つだけ心当たりがある」
「え、ほんとに!?」
「ただ、それを実行するには実家に戻る必要がある」
「んじゃ、急いで馬車で引き返そう!」
「否。それだと大幅に時間を消費し被害がさらに拡大する。エミカに家まで穴を掘ってもらう方法が最適解」
「あ、そうか。おっけー、その方法で行こう!」
「私なんかじゃ手に負えなそうだし、火元であるあの巨人は二人に任せるわ。私はあいつと一緒に逃げ遅れた人がいないかもう一度この近辺を見回ってみる」
「それなら一応モグレムを残していくけど、気をつけてねリーナ」
「大丈夫、ヤバいと思ったらさっさと逃げるわ。ほら、というわけだから寝てないでさっさと行くわよ、生物」
「あっ、おいコラ! 俺の大事な尻尾をつかむんじゃねぇ~、リーナ!!」
巡回に向かった二人の背中を見送ると、私はさっそく足元の地面を掘った。
「ルル家のどの辺に出ればいい?」
「地上に出る必要はない。実家の下には秘密の地下室がある。そこに向かってほしい」
大きな地下室なんてウチかハインケル城ぐらいにしか無いものだと考えてたけど、どうやらルシエラの実家にもあるらしい。
モグラチェンジの影響というか効果で自分が歩いた場所の地形は地下を含めて網羅できる。頭のスコープを下ろして実際に暗黒土竜の魔眼で確認してみると、たしかにルシエラの家の地下には巨大な楕円型の空間が不自然なまでにぽっかりと広がってた。
果たして、その場所に一体何があるのか。
「モグラショートカット――!」
考えを巡らせるより早く、私はそこに向かって一直線に穴を掘りはじめた。











