183.今は夢中
「もう、エミカさんも姉さんも何考えてるんですか! 相手はケガ人なんですよ!?」
「はい。大変申しわけありませんでした……」
「謎。なぜ私まで叱責を?」
いやいやいやいや、今回のことは八割ぐらいルシエラの責任だよ。
てか、そういうとこも含めてだよ。今、妹ちゃんに怒られてるのはさ。いい加減ちゃんと反省しようよ。じゃないとマジでいつまでも終わらないやつだよ、これ。
「二人とも本当に反省してるんですか!」
「も、もちろんですとも!」
「チッ」
「あ、今姉さん舌打ちした!?」
「してない、してないよ! してないよねっ、ルシエラ!?」
「ふん」
「姉さん!!」
ルシエラパパとの決闘後、先ほどから私たちは廊下の壁際に立たされ、トリエラからお説教を受けていた。
正直、ルシエラの反抗的な態度のせいでかなり長引いてる。
昔テレジア先生によく怒られていた経験を持つ私としては、こういうときは下を向いて『ものすごく反省してます感』を前面に押し出していきたいのに。幼少期からずっとエリートだったルシエラにはそれができないらしい。妹から怒られてるこの現状に、ただただ反発感を剥き出しにしちゃってる。
いや、ほんとにどうしよう。
トリエラの怒りのボルテージも下がるどころかさっきから上がりっぱなしだし、これじゃマジでいつまでもお説教タイムが終わらない……。
なんて思ってると、そこでようやく助け船がやってきた。
「トリエラ、もうその辺にしておきなさい」
両肩を女中さんたちに支えられたルシエラパパだった。どうやら治療を受けてなんとかギリギリ自分の足で歩けるまでには回復したみたい。
いや、あの高さから墜ちてほんと大事に至らずよかった。
「でも、パ……お父さん! この二人まったく反省してなくて!」
「え、私も!? 私は心の底から反省してるよ!?」
「決闘を望んだのは当主であるこの私自身だ。落ち度があるとすれば圧倒的な実力差を測れなかった私のほうにこそあるだろう」
「お、お父さん……」
「エミカ君、約束どおり君を我がルル家の代表として認めよう。そして、どうかお頼みする。その力を持って窮地に立たされた当家を救ってほしい」
「あ、はい。あくまで私にできるのであれば、ですけど」
「……」
真剣な眼差しのルシエラパパに私が頷くと、怒ってたトリエラもようやくそこで矛を収めてくれた。そのまま背後にいた魂の家のメンバーの傍まで下がって、そこから彼女は一切意見せず静観に回った。
「エミカがルル家の代表になることはこれで決まりね。それで、今夜はどうするの?」
「ん、どうするって?」
リーナの質問に疑問符を浮かべると、すぐに「宿よ」と短い言葉が返ってきた。
「エミカにはポウポウドリのお礼もあるし、できれば今日もウチに泊まっていってもらいたいけど」
「否」
キャスパーのありがたい申し出を断ったのは私ではなくルシエラだった。
「副将戦と大将戦は連日開催。つまり、最終決戦は明日行なわれる。時間がない」
ルシエラたっての希望で、これから明日の決闘に向けて作戦の打ち合わせというか特訓を行なうことが急遽決まった。
結局、リーナたち魂の家の面々はそこで帰宅。それでも明日は仲間として応援に駆けつけてくれるらしい。パーティー経験が乏しい私としては、それは何よりもうれしい言葉だった。
「サドクレゲは危険な相手。禁忌に触れ、火・光・風の属性を完全習得したトリプルエキスパート。その上、おそらく肉体すらも魔術で強化している」
再び中庭に移動後、私はルシエラから決闘のアドバイスを受けた。
「父と異なり、サドクレゲには本当の意味で手加減は不要。渾身の一撃を叩きこむべし。そして、その初撃ですべてを終わらせ、手の内の公開は最小限に控えること」
「うっ、思ったより注文が多いね……。んー、たしかに相手はルシエラに勝って油断してると思うし、初撃から全力はいいと思う。でもさ、手の内を抑えて勝つ必要ってあるの?」
「ある。敵は、サドクレゲだけではない」
「はえ?」
あれ、ラルシュアーノ家を負かせば終わりじゃないの? もしかしてラル家にはサドクレゲ以上の魔術師がいるとか?
「否。今回の他四家に対する全面抗争決闘、サドクレゲは大将として全試合を一人で勝ち抜いている。サドクレゲの敗戦はイコール、ラル家の敗北と同義」
なら別に問題ない気がするけど、ルシエラには何か懸念があるらしい。
ま、なんでもありならありでルシエラパパみたいなことになったら嫌だし、人相手には爪の力は極力最小限に抑えるってのは決して間違ったことではないか。
「奇襲ならモグラホールって手もあるけど、やっぱモグラアッパーが一番かな?」
「是。父同様、それで幕引きを。エミカ、再度明言する。手加減は不要。渾身の一撃を」
「ん、おっけー」
そう口では返事しつつ、やっぱルシエラパパとのあの結果もあって、はばかられるところが多々あった。
本来、モグラの爪の力は人に向けてはいけないもののはず。非道な大魔術師が相手とはいえ、それを全力で使わなければいけないなんて。
相手を死なせてしまうのではないか。その怖さはそう簡単に拭えるものじゃなかった。
問題は、私自身がどれだけ非情に徹せるか。
一番の敵は相手ではなく、自分に思えた。
「あとは万一に備え、魔術防御の訓練を」
そのあとは中庭で特訓を実施。ルシエラの指導の下、魔術を受ける練習を数時間ほど行った。
バリア系のスクロールを用意して対策するって手もあったけど、〝絶対に壊れない盾〟のほうが性能も使い勝手もいいってことで、私はルシエラが放った魔術をひたすら赤黒い盾で受け続けた。おかげでリリースと防御のタイミングのコツはばっちし。魔術を目前にしたときの恐怖心もかなり克服することができた。
「これにて、全過程終了……」
「ふぃ~、おつかれぇー」
特訓が終わると魔力を浪費したルシエラは、疲労困憊といった様子で中庭のタイルの上に仰向けになった。その傍に近づいて、私もあぐらをかいて座りこむ。
そのまま決闘時の受け攻めについてさらに話しこんでると、日も暮れて世界が薄っすらとオレンジ色に染まりはじめた。やがて西の空が人の心を奪うまでの深紅に変わったところで、私たちは示し合わせたかのようにそこでしばし黙りこんだ。
「ねえ、ルシエラはなんで家を出たの?」
「………………」
ふと、思い浮かんだ疑問が赤い世界の静寂を破る。
その答えはすぐに返って来なかったけど、ルシエラはたっぷり熟考したあとで本心らしい本心を語ってくれた。
「ただ、つまらなかった。退屈だった。ずっと、モヤモヤしていた。この巨大なバリアに鎖された場所が、自分の居場所だとは思えなかった。ただ、狭く、乏しかった。そして何よりも、容易かった。もっともっと、世界は好奇で満ち溢れているものだと信じていたかった」
この地で生まれ、神童と呼ばれ生きてきたルシエラの人生がどういったものであったのかを私は知らない。
それでも、彼女が器用すぎるせいで不器用なことを、私はこれまでの付き合いの中で何度も見てきた。
それは、頭が良すぎるがゆえの弊害。
恵まれすぎて生き難い。
そういうことも、誰かの人生には起こり得る。
「今も、退屈だったりする?」
「否」
次の質問は即答で返ってきた。
「今は、夢中。心底楽しい」
「そっか」
なら、良かった。
そして、ならばこそだった。
「私、明日は勝つよ。絶対にね」
「んっ」
私が爪を握ってゆっくり前に突き出すと、ルシエラも頷きながらそれに合わせてくれた。モグラの体毛に覆われた私の拳と小さな魔女の拳。それが互いにそっと触れ合うようにぶつかると同時、私たちは不敵に笑った。
※ご報告
副題を『~暗黒土竜の力を手にした〝もぐらっ娘〟の成り上がり英雄譚~』から
『―もぐら少女のダンジョン攻略記―』に変更しました。
だいぶ短くなりました。
私もまだ慣れておりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。











