181.いざ、ルルシュアーノ家へ
「支度を整える。しばし待機を要望」
対戦者控え室で新しいローブに着替えてきたルシエラと、その後これからの予定を相談。
肩の傷は魔術スクロールでなんとかしたそうで、これ以上の治療の必要はないそうだ。んで、ルシエラの実家までは控えてたルル家の従者さんたちとともに馬車で向かうことになった。
「姉さん!」
対戦者用の出口から闘技場の外に出たところ、そこで魂の家のメンバー三人とばったり。
「ケガはっ!? 治療なら私が!」
トリエラは今にも泣きそうな顔でルシエラに駆け寄ると、その身を案じる。対してルシエラは素っ気ない態度で「不要」と短く返すだけだった。
あー。でも、これはあれだね。
冷たくあしらうってよりは合わす顔がないって感じだ。
ルシエラとしては今回のことは一人で解決しようとしてた手前、敗北は一切想定してなかっただろうし。
「姉さん、これからどうするの?」
「……父に会いにいく。助力を得た旨を伝える」
「助力って?」
「エミカの」
「えっ!?」
あんぐりと口を開けて驚くトリエラだった。
うん。ま、そりゃそうだよね。金級の冒険者でも敵わなかったのに、最低ランクの冒険者の力を借りるなんて完全に捨て鉢と思われてもしかたないよ。
ごめんね。
こんな大変なときに、こんな底辺冒険者が出しゃばって……。
「姉さんっ、ルル家の人間ならまだ私だっているんだよ! だから家のことでエミカさんを巻きこむのは!」
「トリエラは家出中の身。姉として資格はないと判断」
「それを言ったら姉さんだって出奔中の身でしょ!」
「……」
理詰めで妹を言い包めようとするルシエラに見事なブーメランが突き刺さった。手痛い敗北の直後のせいか、やっぱ調子は悪いみたいだ。
「とにかく、実家に戻るなら私も行くから! エミカさんもそれでいいですよね!?」
「……ふぇ?」
「いいですよねっ!?」
「あ、はい!」
自分の家に帰るのに私の許可は必要ないと思う。あと、そんなにぐいぐい詰め寄られたらノーと言えと言われても言える状況じゃないよ。
てか、昨日出会ってから思うところはあったけど、トリエラってちょっとシホルと似たタイプなのかも? 妹を愛でることなら右に出る者はいないと自称するこの私がその剣幕に要所要所で気圧されるとは……フフッ、実に面白い!
今後、絶対に怒らせないよう細心の注意を払っていこう。
「エミカたちが行くならもちろん私たちも同行するわ。いいわよね、トリエラのお姉さん?」
「妹はともかく他の家の者を招くのは憚られる。リーナ・リルシュアーノ。そして、キャスカ・レルシュアーノ」
「あはは。僕の名前はキャスパーです、ルシエラさん。どうかお間違いなく」
ありゃりゃ、人の名前を間違えるなんてほんとルシエラらしくないミスだ。しかもキャスカなんて完全に女の子の名前だし。
やっぱ決闘で相当疲れてるっぽい。
これは揉めてる暇があったら早く休ませてあげたほうがいいね。
「トリエラは私たちの大切な仲間。それにエミカは今、お察しのとおりだと思うけど私たちのほうで預かってるわ。昨日はダンジョンに一緒に狩りにも行ったし、もう臨時のパーティーメンバーと言っても過言ではないわ」
「エミカ……」
何かお気に召さないことがあったらしい。こっちを見て不機嫌そうに眉根を寄せる魔女っ娘だった。
てか、こっちに到着したときから節々には感じてたけど、どうもルシエラは私がホマイゴスで目立つのを極端に嫌ってるみたいだね。ま、どっちにしろさっきの闖入騒ぎでもう何もかもって感じだけど。
「ええっと、みんなにはお世話になっちゃったし、ここは私の顔を立てるというか……そんな感じでお願いできないかな?」
「……はぁ。致し方ない」
リーナ側に私がつくと、ルシエラもやれやれと折れてくれた。
「あ、ところでさ、さっきの他の家の者って、もしかして――」
ふと、そこで今さらながら遅れて先ほどのルシエラの言い回しが気になった。それと、リルシュアーノとレルシュアーノっていうファミリーネームもだ。
「――ラル家、リル家、ルル家、レル家、ロル家。それらが昨日説明した五紋章家だよ」
その疑問は移動中の馬車の中でキャスパーが解消してくれた。
「ラル家は真北を、リル家は北東を、みたいな感じでそれぞれが五つのエリアに分けられたホマイゴスを管理してる。まー、僕らもなんやかんやでそんな家の出自ってわけ」
「はへー」
「別に隠してたわけじゃないのよ。ただ、言う必要がなかったから」
「ちなみにチサもね。いろいろと事情はあるんだけど、あの子もれっきとしたロル家の出身だ」
「ということはその流れでいくと、まさかコツメも……?」
五家中、残るはラル家のみ。
たしかにあの見た目の迫力を考えれば、あのサドなんとかってお爺ちゃんの孫(ペット?)であってもおかしくはないかもだ。
「いいえ。あれはただの生物よ」
でも、すぐきっぱりとした否定の声が返ってきた。リーナはそのまま憎らしそうに同じ言葉を続ける。
「どこからやってきたかも定かじゃない、ただの生物」
「そ、そうなんだ……」
なんでそんな得体の知れない存在と一つ屋根の下で暮らしてるのか、いろいろと他に訊きたいことが出てきちゃったけど、本筋と一切関係ないだろうから今は自重しとく。
ま、人それぞれに出会いがあって、それぞれに複雑な過去があるってことだよね。うん、きれいにまとまった。
「そろそろ家の領内です」
そんな感じでキャスパーたちと話してると、やがて都市の南東側に位置するルシエラの実家だっていう場所に到着。イメージとして一際大きな貴族の邸宅的な建物を想像してたんだけど、そこはもう完全に街の一部分だった。
さすがにハインケル城ほどの広さはないにしても、ファンダイン家のお屋敷以上の面積は優にある。どうやら領内という言葉は伊達じゃないみたいだね。ちゃんと入場用の門もあって警備もホマイゴスの外壁と同じぐらいに厳重なのには驚きだった。
「門を潜ってけっこう経つけど、まだかかりそう?」
「否。あと僅か」
ルル家の領内に入っても馬車はしばらく止まらなかった。窓の外に流れる景色を眺めていると、灰白色の壁が特徴的な大きな建物が見えてきた。
どうやらその豪邸がルシエラたちの正式な実家らしい。
「先にエミカを紹介する。他は客間で待機を」
「姉さん、私も……?」
「父は療養中。負担はかけず話は手短にしたい。だが、状況は即時共有する」
「……わかった。それじゃ、みんなと待ってるから……」
実家に到着後、トリエラ含めた魂の家のメンバーが別の部屋に案内されていく中、私はルシエラのお父さんが療養中の寝室に向かった。
絵画に彫像。高そうな調度品が並ぶ長い長い廊下をルシエラとともに進む。
てか、紹介してくれるってことだけど、具体的にはルシエラのお父さんと何を話せばいいんだろ? あ、ヤバい。なんかちょっと変に緊張してきたかも……。
結局、心の準備はできることなく目的の寝室へと到着。どっちにしろここまできたらおなかを括るしかなかった。
「いざ」
「んっ」
寝室の扉の前で一度ルシエラと目を合わせると、私はそこでゆっくりと頷いた。











