幕間 ~とある転生者の現実・参~
決闘開始、直前。
ラル家陣営はサドクレゲの爺さんの雄姿を刮目すべく、東側の選手入場門前に大集合していた。取り巻きたちが「どうか御武運を!」だとか口々に叫んで士気を鼓舞している中、俺は俺で反対側の入場門から出てきたルシエラたんをはぁはぁとした目付きで追うので忙しかった。
てか、ルシエラちゃんってば、すげえ人気。
アイドルの武道館ライブかっつーくらい観客が沸きに沸いてやがる。登場と同時にもうコールレスポンスでもはじまりそうな勢いだ。てかてか、今時ピンでここまで客呼べるとかマジもんのスター確定じゃね? 本音を言えばこれで一気に全国区になっちまうのは一抹の寂しさを覚えるが、そこは一信者として素直に祝福すべきなんだろう。とりあえず俺、ルシエラちゃんのファンやっててよかった。マジ感涙。
「嗚呼、今日もよく聞こえるのぉ~」
そんなルシエラちゃんの登場後、美少女とは完全に対極の位置に存在する生き物――もとい、我らが当主様の満を持しての入場となった。
「吾輩への賛美と称賛の声がっ……!」
そんなことを宣いながら昭和のヤンキーよろしく肩で風を切って出ていく爺さん。直後、会場に響いたのはブーイングの嵐と罵詈雑言だった。
「ラル家のクソ爺めぇー!!」
「死にぞこないの老いぼれがぁー!!」
「さっさとくたばりやがれ!!」
「殺すぞ!!」
「死ねー!!」
「×××××!!」
うん……なるほど、賛美と称賛ね。
たしかにヒールのレスラーとかだったら間違いでもないか。本当に爺さんがヒールのレスラーだったらの話だけどな。てか、なんだよこの人気の差は……。人望なさすぎだろ、あの老いぼれ。どれだけ周りから恨み買ってんだ。
『これより、ルルシュアーノ家代表ルシエラ・ルルシュアーノとラルシュアーノ家代表サドクレゲ・ウ・ラルシュアーノによる決闘を行う――』
しかし、その後の展開は人気の格差に比例せず、白熱した互角の戦いが繰り広げられた。
ダイジェストでまとめるとこんな感じだ。
①ルシエラたん、疑惑の先制攻撃。
俺の感想:ずるいけどそんな小悪魔的な側面もあるとか最高かよ!
②サドクレゲ爺さん、黒い炎を出して応戦。
俺の感想:カイザーフェニッ●スじゃん、マジかっけー!!
③ルシエラたん、爺の魔術を完全に無効化。
俺の感想:その童顔な見た目にもかかわらず刺青とかちょっとその意外性というかギャップに興奮しました、まる
④ルシエラたん、ローブの裾をめくる。
俺の感想:普通にめちゃくちゃ興奮しました、まる
⑤サドクレゲ爺さん、セクハラ発言。
俺の感想:おいこら、エロ爺! もうとっくに涸れてやがるくせに子種とか言うな!
⑥ルシエラたん、スクロールによる怒涛の攻撃。
俺の感想:やったか!?
そして――
『――血肉を切り裂け、風の刃よ』
観客の誰もがもうルシエラちゃんの勝利を確信していたであろうそのとき、逆襲がはじまった。
それはルル家陣営には想定外の、風の魔術。目視不可の風圧がルシエラちゃんの肩口を切り裂き、フィールド上に血飛沫が舞う。
同時、さらなる無数の風の刃が噴煙を一気に晴らしながら飛んできた。
――ザシュ!
――ザシュザシュザシュ!!
まさしく疾風怒涛。
サドクレゲの爺さんの魔術により、ほぼ一瞬でルシエラちゃんの衣服はズタズタに切り裂かれていき、ところどころその柔肌が露出していく。
出血箇所が初撃の肩口以外見当たらないのは幸いか、それとも……。
『ほぉ~、今のでも悲鳴を上げんか』
『非常に不可解……。なぜノーマル種に素養のない属性を、このレベルで……』
『キヒヒ、絶え間ない研究の成果よ。先に否定しておくが、これは貴様が得意とする魔術印の類いではないぞ。より直接的なアプロ-チによって齎された宿願よ。まぁ、ちぃ~とばかしエルフの濃い血を持った連中を犠牲にする必要はあったがな』
『直接的なアプロ-チ……まさか……』
『おっと、これ以上は同じく企業秘密とさせてもらおう。キヒヒ!』
『腐れ外道』
『ん? 何を激怒しておる。魔術師としてこのホマイゴスで生を受けた者ならば探究は当然の使命であろう? 吾輩はありとあらゆるものを犠牲にしても火と光のダブルエキスパート、そしてそこに風を加えたトリプルエキスパートへと昇り詰めた! やがてはさらに水をもこの身体に刻み込み、クアドラプルエキスパートという極限体へと至るのだ!! それこそ魔術師としての本懐であり魔術師としての――おっと』
そこで一瞬の隙を突いてだった。ルシエラちゃんは足元のロール紙を拾おうと咄嗟に動く。しかし新たに放たれた風の刃によって、それはあっさりと阻まれてしまった。
ビリビリに裁断され、ただの紙屑へと変わるスクロール。現状唯一の攻撃手段を奪われたルシエラちゃんはそこから完全に防戦一方となった。
『まったく人が気持ちよく語っておるときに、油断も隙もないのぉ~。ほれ小娘、仕置きだ』
直後、三度の風の魔術がルシエラちゃんを襲った。衣服であるローブはさらに切り裂かれ、彼女の姿はもはや半裸に近いものへと変わっていく。
そうだな、艦これで言えば中破くらいの――って、そんなこと言ってる場合か! クソ、やっぱあのエロ爺、わざとルシエラちゃんを傷付けずに……。
外道の考えは外道にはよくわかるもんだ。
俺の予感はやはり的中していた。
『楽に敗北できるとは思わんことだ。まずはこの大衆の面前で徹底的に辱めてやろう、二度と人前に立てぬほどにな』
『……殺す。絶対に、お前だけは』
『キヒヒ、まだまだ威勢がいいのぉ~。しかし所詮は小娘。どこまでその強情が続くか見物よ。嬲るように啄め、一閃の疾風!』
サドクレゲの生み出した魔術によって、そこからさらにルシエラちゃんはローブの布地を剥ぎ取られていく。
連撃ではなく、今度は一撃一撃。
規模も小さく、ジワジワと。
残虐行為に観客たちも完全に引いているのかさっきまでが嘘のように静かだった。それだけ決闘はイーブンな戦いではなく、もはや完全に一方的な制裁に変わっていた。
なんとか最初は気丈にその両足で踏ん張っていたルシエラちゃんもローブがはだけそうになったその瞬間、ついには膝を屈してしまう。
両手で胸の前を押さえ、小さく縮まっている女の子。
殺意を露わにしていた先ほどまでの彼女はもうそこになかった。
『ほれ、さっきまでの威勢はどうした? さっさと立たんか、小娘』
『……』
そこで不意に様々な感情が入り混じって、俺はらしくもなく拳を握った。
思った以上に力が入り、爪が内側にギュッと食い込んでいく。
果たして、これは何に対する怒りなのか。
俺はその答えを知っている。
知っていながら知らない振りをし続けている。
前世から、そして今日も明日も、これからも。
果てはこの取るに足らない魂が消滅するまで、永遠に……。
しかし、だとしてもこれは一対一の決闘だった。
誰もルシエラちゃんを助けられない。
もちろん、一目でファンになってしまった俺だってその例外ではない。
彼女が甚振られていく様を、誰もがここで指を咥えて見ている他ないのだ。
「いや、これは違うな……」
訂正のため、そして自分の立場というものを再認識するため、俺はそこで静かに呟いた。
そうだ、タイマン云々は言い訳に過ぎない。とどのつまり俺にはないのだ。苦しんでいる人を助ける資格が。虐げられている人を救う資格が。
これは精神的な弱さとか、肉体的な弱さとか、そういう問題だけの話じゃない。なぜならば、俺はパープルのような人間ではないし、どう足掻こうがそのような稀有な存在にはなれないからだ。
そう。もしこの場であのサドクレゲからルシエラちゃんを救える人間がいるとすれば、それはパープル以外にいない。
例外中の例外。
異質中の異質。
特別中の特別。
言うなれば、この世界の、或いはこの物語の――
『つまらんのぉ~、興が醒めたわ! 小娘、そのまま屈していろ。次はその手足を切り落として遊んでくれる』
――シュババッ!!
それは今までより遥かに強力な風の刃が放たれた瞬間だった。
『うおりゃあああああああー!!』
突如掛け声とともに、文字通り観客席から飛び出してきた黒い影。そのままルシエラちゃんを庇うようにフィールド上に颯爽と降り立つと、その謎の人物はサドクレゲの放った風の魔術を手にしていた盾だけでいとも簡単に防いだ。
まるで彼岸花を連想させるような、不吉で鮮やかすぎる赤だった。
気づけばそんな髪色の少女が舞台の中心に躍り出ていた。
『ルシエラ、無事っ!?』
『困惑。なぜ、エミカ……』
ああ、これだよ。
これ。
「てか、パープル以外にもいたのかよ」
本物を知っているからだろうか。なぜだか俺はすぐに直感できた。
こいつはこの世界の、或いはこの物語の――主人公だと。











