179.ルシエラvs.サドクレゲ
※ユーザー番号しかわからないので、ここにてお礼を。
誤字報告いただきありがとうございます。
喧噪渦巻く闘技場。
大歓声の中、これから一対一で決闘を行うルシエラとサドなんとかっていう大柄のお爺ちゃんが向き合い、互いに言葉を交わす。
パクパクと動く二人の口元。観客席の声援にかき消されて何をしゃべってるのかまったくわからないけど、あのルシエラの表情がいつもと比べて険しいことからとても穏やかな内容でないことは間違いなさそう。
「あ、正面側の入場口からも誰か出てきた」
決闘者が登場して少ししてだった。睨み合う両者のあいだに割って入るように、赤色と灰色のローブをまとった三人の魔術師がやってきた。
そのまま闘技場のド真ん中に立つと、跪き両手を胸の前に合わせる。どうやら何かしらの魔術を唱えてるっぽい。
「彼らは調停者です」
「あれって何してるの?」
「音に干渉する魔術を行使してるのよ」
「音?」
「円形闘技場の赤土の下には肉声を増幅させる魔術印が施されているんだ。ほら、見てごらん」
キャスパーに促されて視線を正面に戻すと、ルシエラたちがいる地面が煌々と光りはじめた。幾重にも複雑な線が伸びていき、それはたちまちフィールド全体に広がっていく。やがて決闘場と観客席の境界線上で薄い光の膜が昇ると、騒々しい観客席の中からでも調停者の声が大きくはっきりと響いてきた。
『これより、ルルシュアーノ家代表ルシエラ・ルルシュアーノとラルシュアーノ家代表サドクレゲ・ウ・ラルシュアーノによる決闘を行う! 両者の了解の下に定められたルールは無制限! しかし、故意如何を問わず相手を死に至らしめた場合は即刻その陣営側の敗北と見なす!!』
調停者が力強い口調で説明する中、観客席はさらに熱を帯びていった。大歓声と野次が入り混じって、なんかもうすごいことになっちゃってる。音に干渉するって魔術にも驚いたけど、今はちょっとそれどころじゃないかも。
でも、この熱気と声援。さすがは都市の行く末を決める決闘だね。ルシエラ、気負ってないといいけど。
――カーンカーンカン、カンカーン!
そんな心配をしてるとだった。また観客席の四方の天辺にある鐘が鳴りはじめた。
「あれ、調停者の人たち引き揚げて行くけど……?」
「勝敗を厳正にジャッジする立場というよりは、彼らは見届け人みたいなものだからね。それに、あの二人の魔術師としてのレベルを考えたらフィールドに残るのは自殺行為だよ」
たしかにこれからあそこでルシエラたちが魔術を撃ち合うわけだし、近くにいたら危ないか。
でも、もし万一ルシエラが負けるとしたら相手が卑怯な手を使ってきた場合ぐらいだと思うから、傍で不正を監視してくれる人がいないのはちょっと心ぱ――
『光の矢』
――ピカッ!
心配だなぁ~、なんて思ってたら不意に何かが眩しく瞬いた。反射的に顔を上げると、手のひらを翳したルシエラが対戦相手に向かって魔術を放ってるとこだった。
直後、ヒュンッと伸びた一筋の光は対峙するサドなんとかってお爺ちゃんに直撃。同時、激しい衝撃と震動とともに噴煙が上がった。
「あ、これってもう決闘はじまってる!?」
「正式にはさっきの『鐘が鳴り止んだら』のはずだけど……」
「決闘お決まりの前口上もなかったわね……」
「えー、ルシエラずるい! てか、心配して損した!」
「ずるくなんかありません! 先手必勝です! というかエミカさんはどっちの味方なんですか!?」
「へ? あ、うん……だ、だよね! もちろん私はルシエラの味方だよ!!」
憤るトリエラにぐわっと詰め寄られ、堪らず同調。ま、身内を悪く言われていい気分になる人はいないもんね。
だけど、まさか瞬殺とは。
さすがにこれは拍子抜けの決着だった。
『キヒヒ……』
でも、またすぐに私の予想できないことが起こった。
土ぼこりの向こう側、薄っすらと浮かぶシルエット。噴煙が完全に晴れると、そこにはまったく無傷の対戦相手の姿が。
ルシエラの攻撃魔術を受けても余裕しゃくしゃくで笑ってる。完全に白く染まった髪や皺だらけの顔からもわかるとおり、かなりの高齢のはずなのに。その姿は奇妙と形容する以外なかった。
『せっかちな小娘め。決闘の作法も知らぬか』
『絶無。狂人と交わす言葉など』
『キヒヒ、よかろう。ならば魔術師同士、魔術で語らおうではないか!』
ルシエラの対戦相手であるお爺ちゃんは声高にそう叫ぶと、右手を天へと翳す。次の瞬間、肌が粟立つほどの魔力がその頭上に集約していくのが離れた観客席からでもはっきりと感じ取れた。
魔力たった1の私が比較するのもおこがましいけど、あのブライドンさんの大技すら遥かに超える規模の魔力が迸ってる。詠唱も短時間で終わった。
魔術の発現と同時、フィールド上空に現れたのは黒い炎の塊。
それは瞬く間に巨大な鳥の姿へと形を変えた。
『吾輩に盾突く者、そのすべてを灰塵と化せ! 偉大なる黒き鳳凰!!』
――ボボオ”オ”オオオオオオオオォォォーーー!!
巨大な炎の黒鳥が羽ばたくと、激しい熱風が観客席にまで巻き起こった。そして、そのまま黒鳥は天へと昇っていく。
すべては一瞬の出来事だった。
黒鳥はグルグルと目まぐるしく回転し、完全に黒い炎の渦となるとルシエラをその頭上から容赦なく呑みこんだ。
「あ”ぁー! ルシエラー!?」
空から降り注ぐ業火を見て、私はそこで思わず叫んだ。てか、こんなの聞いてない!
魔力で作られた炎は対象を呑みこむと、爆炎をともない赤土の地面を広範囲に亘って焼き尽くしていく。
なんておぞましい惨状だろう。
果たしてこの業火の中、ルシエラは無事なのか……?
あまりの魔術の破壊力に静まりかえる観客席。
それでも、爆炎が止むと同時だった。
「「「うお”お”お”おおおぉぉぉっーー!!」」」
再び会場に歓声が巻き起こった。
『無駄。すでに対策済み』
両腕を天に掲げるその姿。ローブの両袖は肘の辺りまで完全に焼け焦げてしまってはいたけど、ルシエラは無傷だった。
「生きてるっ、ルシエラ生きてるよ! わー、よかったぁ~!!」
「あ、当たり前ですっ! 姉さんがあの程度の魔術でやられるはずありません!!」
そんなこと言いつつ爆炎と同時、反射的に隣にいた私にしがみついてきたトリエラ。てか、今もその両手で私のキングラクーンのコートをガッチリつかんでるし。
お姉ちゃんが心配なら素直にそう言えばいいのに。ま、不安を強気で隠してるとこはなんかかわいいけど。
『ほー、今のをほぼ無傷で防ぐか。どうやったかは……キヒヒ、その露出した細腕を見れば一目瞭然だな』
『防壁魔術の応用。私オリジナルの印。詳しいことは企業秘密』
決闘が行われてるフィールドに視線を戻すと、対戦相手のお爺ちゃんはルシエラの腕を指差してた。その両腕にはビッシリと複雑な紋様――魔術印が施されてる。
裸の付き合いというか一緒にモグラの湯にも入ったことがあるから知ってるけど、元々ルシエラの腕にそんな刻印はなかった。つまりここ最近入れたものであることは間違いない。
「姉さんが昨日言ってた準備って……」
「あのレベルの火属性魔術すら完全に打ち消す魔術印か。なるほど、ノーマル人種の魔術師に対するこれ以上の対策はないね」
「だけど、相手はあのサドクレゲよ。あいつは光属性のエキスパートでもあるわ」
「え、光の属性って、一人で二つも……?」
適性上、ノーマル人種は火と光の属性以外はほぼほぼ持ち得ない。それぐらいなら魔術に疎い私でも知ってること。
でも、同時に二つの属性を極めてる魔術師がいるなんて初耳だ。今さらだけどルシエラが戦ってるお爺ちゃんがほんとにヤバい相手だということを、私は真の意味で実感しつつあった。
『ならばこれならどうだ! 無慈悲なる白き稲妻!!』
今度はバチバチと音を立てて、フィールド上に白く光る巨大な球体が現れた。
前に家で見た光の精霊召喚術に似た魔術っぽいけど、規模が段違いすぎる。
巨大な光の球は閃光をともない、強襲。これもまた、すべては一瞬の出来事だった。
『同様に、無駄――』
バチバチと迸る光線をその細い両腕で受け止めるルシエラ。直後、光の魔術は嘘みたいに霧散して観戦者から新たな大歓声を生んだ。
『おぉ、すばらしい……実にすばらしいぞ、ルル家の娘よ!』
『賞賛も無駄。求めるものは降参、その一言のみ』
『キヒヒ、威勢もすばらしいのぉ~。しかし、防戦一方ではこの吾輩を負かすことは叶わんぞ? しかも見たところではその防壁魔術、多大な魔力を浪費するようだな。果たして攻撃に回せるほどの余力が貴様に残っているかどうか』
『無駄。その心配も』
そこでルシエラはローブの裾を両手でつかむと、おもむろにたくし上げはじめた。別の意味で観客席からまたドッと歓声が沸く……って、ルシエラ!?
「ね、姉さんっ、なんてはしたないマネを!?」
トリエラや私の戸惑いをよそに、ルシエラの表情は変わらない。
そして、次の瞬間だった。どうやって隠していたのか、太ももまで捲り上げたローブの中から筒状の物が次々と落ちていく。
モグラ屋さんの店主である私にはそれがなんなのか一目でわかった。
「ウチのスクロールだ!」
もっと詳しく言えば、最近素材を羊皮紙から北の工場で生産した紙にチェンジしてコストを抑えることにも成功した当店ご自慢のスクロール。
それが今、ルシエラの足元に大量に転がってた。
『ルールを無制限に設定した時点で、この決闘の勝敗は決定済み』
『ふん、スクロールか。弱者らしい策だ。存分に使うといい、興醒めだがな』
『……』
『それよりも、いきなり扇情的なポーズをするものだから勘違いしたではないか。決闘中にも関わらず優秀な吾輩の子種が欲しくて欲しくて堪らなくなったのかとな。まったく小娘が色気づきおって! キヒャヒャヒャ!!』
『死ね』
いつも無表情のルシエラが、そこで明らかに不快感をあらわに眉根を寄せた。そのままいつの間にか両手に持っていたスクロールを同時に開封し、内部に籠められた魔術を解放していく。
無数の光の矢に、巨大な火球。
そして、精霊召喚術に至るまで。
初撃がはじまるとスクロールによる攻撃は連続で途切れることなく続いた。次々と放たれる高位の攻撃魔術によって東側のフィールド半分は徹底的に破壊されていく。
次々と舞い上がる噴煙で視界が遮られていく中、その頃には会場の誰もがもうルシエラの勝利を確信してたと思う。もちろん、私も含めて。ルシエラが怒りに任せて相手を死に至らしめてしまわないか、みんなの心配はもうそっちに移ってた。
「うわ~、トリエラのお姉さん容赦ないわねぇ……。ま、あんなクソエロ爺に手心なんて加える必要一切ないけど」
「サドクレゲももうこれで完全に終わりだね」
「私、姉さんがあんなに怒ってるの、初めて見ました……」
少なくともルシエラには油断も慢心もなかったと思う。
それでも、まだだった。
まだ、この勝負は――
『――血肉を切り裂け、風の刃よ』
それは、土ぼこりが舞う死角の向こう側からだった。不吉を孕んだ詠唱ははっきりと観客席に響くと同時、赤土のフィールドに鮮血を迸らせた。











