174.迷子の女の子と恐ろしい怪獣
私は悪くない。
悪いのは、魔力数値が低いってだけの理由で私を拒むこの壁だ。
だから、私は掘った。
地面を。
深く、深く。
――ボコッ!
そして、あっという間に壁の向こう側へ。
「あるぇ~? おかしいなぁ、ここはどこだろぉ~?」
潔く帰ろうと思ったけど、方向を間違えてしまった私だった。
「もー、私ってばおっちょこちょいダナー」
ま、間違ってしまったものはしょうがない。人は間違う生き物だもん。だからこれは不可抗力。
そして不可抗力ついでにまだ見ぬ大地を好奇心から散策してしまうのもしょうがないことだろう。だって、不可抗力なんだから。
「私は迷子……そう、罪なき迷い人! フッフッフ!!」
相当な悪人面になっていることを自覚しつつ、出てきた穴を埋めて証拠隠滅。完全犯罪を成し遂げた私は人気のない暗い路地を出た。
「さてと、とりあえず栄えてるほうに向かいますか」
しばらく家々が入り組んだ細い道を進み、善良な旅行者として都市の中心部を目指した。
やがて開けた大きな通りに出ると、見上げるほど高い白レンガの建物群と目を回すほどの人混みが私を出迎えた。
「わっ、すごい高さ……倒れたりしないのかな?」
どれも7~8階以上はある。アリスバレーではダンジョンを除けばお目にかかれない高さの建物だ。
それが幅広の道の両側で向かい合うようにして通りの奥のほうまでずっと続いてる。通りもきれいに舗装されてるし、見る限り凸凹した場所もない。
どうやらホマイゴスにはいい大工さんがたくさんいるみたいだね。アリスバレーの建築レベルじゃ到底マネできそうにないけど、私の爪なら話は別だ。今後モグラーネ村の改築や増築の参考になるかもだし、この建築様式は雰囲気だけでもしっかり目に焼きつけておこう。
「……人は、やっぱ魔術師っぽい人が多いね」
全体的に暗い色のローブにトンガリ帽子。
それと、宝石なんかで装飾が施された長い杖。
さすがは魔術都市と呼ばれているだけあるね。すれ違う人のそのほとんどがルシエラみたいな格好の人ばかりだった。
「もしかしてこの街、服装についても規定があるのかな?」
「じぃー……」
「ん?」
浮かんだ疑問を口にしたところで、ふと近くから奇妙な視線を感じた。
その場でゆっくりと左右を見渡すも異常なし。だけど続いて足元をのぞくと、そこで亜麻色の〝おかっぱ頭〟を発見。
何者かと思えば、それは白いスカートドレスを着た小さな女の子だった。
「コツメじゃない……」
歳はリリと同じぐらいだと思う。つぶらだけど今にも泣き出しそうな瞳で彼女は私の手の辺りを見据えていた。
「でも、このおねえさんにもトゲトゲのおツメがある。もしかして、おねえさんはコツメのおともだち?」
「……え?」
いや、コツメって何?
お友達って訊くぐらいだし、人の名前……?
「あっ」
そこまで考えてピコンっと思い至った。
ははーん、そうかそうか。
さてはこの子、迷子だなと。
「コツメって人を捜してるの?」
「うん。チサが目をはなすとね、コツメはいつもいなくなっちゃうの」
話を聞く限り、やっぱこのチサって子は街中で保護者らしき人物と離れ離れになってしまったらしい。
「はやく見つけてあげないと、コツメがかわいそう……」
「ありゃりゃ」
ま、より心配してるのは向こうのほうだと思うけど相手は子供だ。その辺は突っこまないでおこう。
「んじゃ、私が捜すの手伝ってあげるよ」
「……いいの?」
「うん、観光のついでだしね。別にいいよ」
思いもしなかった展開だけど、迷子は放っておけないし迷子の自覚がない子はもっと放っておけなかった。
私は女の子と手を繋いで一緒に歩き出す。
「おねえさんはどっからきたのー?」
「アリスバレーってとこからだよ」
「ありすばれー……?」
「えっと、ここからずっとずっと東のほうの街」
「ずっとずっと!?」
「うん。ずっとずっとだね」
「お~!」
私が遠くからきた旅行者だと説明すると、チサはキラキラと目を輝かせた。そして何を思ったのか、そのままいきなり私の手を引っ張り駆け出す。
「ど、どうしたの……?」
「こっちこっちー!」
理由を聞くと、どうやらこれから私をホマイゴス一有名な場所まで連れてってくれるらしい。
いや、ありがたいけど、先にコツメって人を捜したほうがよいような……。
「ここー!」
「うわっ、これまた大きな建物だね」
案内された場所は向かおうとしてたホマイゴスの中心部だった。そこには丸い形をした一際巨大な石造りの建物があった。
アーチ状の入場口の上には〝円形闘技場〟の文字列。
闘技場というぐらいだから何かを競う場所なんだろうけど、今一どういう施設なのかピンとこない。もしかしたら魔術師の街だけあって魔術用の訓練場とかだったりして。
「あ、いい匂い……」
円形闘技場の周囲は開けた広場になってていくつか出店も並んでた。
休憩がてら二人分の串肉と焼き栗を購入。私が食べ物を差し出すとチサは最初困った顔をしてたけど、「ここまで案内してくれたお礼だよ」というと嬉しそうに受け取って食べてくれた。
「うっし、遅めの昼食も済ましたことだし、そろそろ本腰でコツメって人を捜さないとだね」
完食後、腹ごなしのためにも再び動き出そうとその一歩を踏み出した瞬間だった。
不意に背後から響く人らしき者の声。
「おーーい、チサぁ~~~!!」
何事かと振り返ると、広場の向こう側から得体の知れない怪物が短い腕を振りながら迫ってきている光景が私の目に飛びこんできた。
「うわっ、何あれ!?」
ギョロっとした目玉に、下顎から突き出た鋭利な牙。
どこかたどたどしく感じる二足歩行。
まだ遠いからよくわかんないけど背丈は私より少し低いぐらいだと思う。丸みを帯びたその体躯は全身黒っぽい短毛で覆われている。その両手に立派な水かきがあることから水棲系のモンスター(もしくは害獣)であることがわかる。
もしかして、誰かが飼ってたペットが野生化した……!?
その可能性が頭を過ると同時、危険を察した私はチサを匿うように背後に隠す。だけどそうしているあいだにも得体の知れない怪物は距離を縮め、もうすぐ傍まで迫ってきていた。
「くっ!」
最悪だ。狙いは完全に私たちらしい。
他人のペットを傷つけるのは気が引けるけど、これはもうしかたないね。緊急事態だ。
「あー、コツ――」
「チサ! 私の後ろにいて!!」
しゃがんで技を放とうと舗装されたタイルの上に触れる。
前方の怪物が咆哮を上げんと牙の生えそろった顎を開いたのはそれとほぼ同時だった。
「やぁーっと見つけたぜぇ~!!」
え、嘘?
今このモンスターしゃべっ――
「――コツメー!」
「たくっ、勝手にいなくなるなって毎回口酸っぱくして言ってるだろー。こうやってチサはいつも迷子になんだかんよぉ~」
あまりのことに硬直していると私の背後からチサが飛び出していった。そのまま目の前の尻尾の生えた怪獣の胸元に飛びこんでいく。
「あっ!?」
一瞬肝を冷やしたけど杞憂に終わった。怪獣は一切危害を加えることなくその小さな体を短い両手で受け止めると、その場でぐるぐると大人が子供をあやすように回ってみせた。
「ちがうよぉー。迷子になってたのはチサじゃなくてコツメのほうでしょー」
「おいおい、俺をいくつだと思ってんだぁ~? こう見えてもチサよりずっとずっとお兄ちゃんだっつーの」
「……」
慈愛溢れる仕草。
まるで本物の兄妹みたいだった。
「え、えっと……チサ、もしかしてそのモンスターが、コツメ……?」
「うん、そうだよー!」
「あ”ぁ? おいおい、誰か知らねぇーがそこの姉ちゃんよぉ~、今聞き捨てならない単語が聞こえたんだが俺の空耳か……? 誰がモンスターだって?」
「違うの?」
「違ぇ”ーよ! こうやって人語解してる時点で人類確定だろ! そんなんこの世界の常識だろーが、ボケッ!!」
「ひっ!」
その悪魔みたいなギョロギョロとした目玉でにらまれ、思わず一歩二歩と後退してしまう私だった。
てか、なんなのこのコツメって人……しゃべってるけどやっぱ完全にモンスターだよ! だって顔がものすごく怖いもん!
「な、なんかすみませんでした!」
「あぁ~ん……? 『なんか』ってなんだ? 本当に悪いと思ってんならもっときっちり頭を下げるなりして誠意をこめた謝罪をだなぁ~!」
「コツメー! このおねえさんをイジめたらメッだよ! いっしょにコツメをさがしてくれたんだからー!!」
「あ? なんだよ、あんたチサを保護してくれてたのかよ?」
「え? あ、はい……。まぁ、そのなり行き的にそうなったっていう感じというか……」
「おいおい、水臭ぇーな! だったら早くそう言えっての。いきなりメンチ切って悪かったな。礼してやるから俺たちの家まで来いよ。弱小パーティーで大した歓迎はできねぇーが、まー歓迎してやるぜ!」
「あ、いや、私はその……」
「まーまー、そう遠慮すんなって!」
「おねえさん行こー!」
女の子と怪物に両腕をつかまれた私はそのまま広場から半ば強制的に連れ出された。
向かった先は一転、今度はホマイゴスの端の端。
中央街と比べて陰気で、建物もボロボロで見るからに貧民窟みたいな場所だった。
「あの……私やっぱ忙しいのでこの辺で失礼させていただきたく……」
「あー? 何、時間は取らさねぇーよ。もうすぐそこだっての。せめて茶の一杯くらいは飲んでけ飲んでけ」
「あう……」
このコツメって生き物、悪い人ではなさそうだけどやっぱ顔がすごく怖い。生肉とかカブっと平然と平らげる顔してるもん。それに場所の雰囲気的にもヤバい予感がひしひしと……。
でも、どうやら私に拒否権はないみたいだ。
ならば、しかたない。ここは出されたお茶を一気に飲み干すなりしてできるだけ早くお暇させてもらおう。
「うわっ!」
「きゃ!」
「おっと」
なんて作戦を練ってると、前方不注意。入り組んだ路地の曲がり角からやってきた二人組とばったりぶつかりそうになった。
「す、すみません!」
「いえ、こちらこそ――って、君は……」
「あっ!?」
「え? ちょっと、あなたがどうしてここにいるのよ……?」
金髪の女の子と盗賊職の男の子(いや、やっぱこっちも女の子?)。
なぜかルシエラの妹の姿はないけど、それは壁の入口で別れたホマイゴスの冒険者たち。
奇しくも数アワ振りの再会だった。
「あー、キャスくんとリーナ! おかえりなさい!!」
「なんだ、お前らずいぶん予定より早いご帰還じゃねぇーか」
「チサにコツメまで……あなたたち、どうしてこの子と一緒なのよ?」
「まいごのコツメをおねえさんがさがしてくれたのー」
「だから逆だ逆。この姉ちゃんが迷子のチサの面倒を見てくれてたんだよ」
「それでねー、今からおれいをするとこなのー」
「うわっ……何よそれ。すごい偶然じゃない」
「はは、どうやら僕たちには並々ならぬ縁があるみたいだね」
「……」
結局、狂った予定も元通り。
私は彼女たちのパーティーハウスへと、そこそこの歓迎ムードで招き入れられた。











