173.壁の前で佇む
せめて今月中にあともう一話……
書きたかったのですが、ちょい無理かもデスm(_ _)m
――ボコッ!
スロープを掘って地面に顔を出すと、そこは草原。
一面くすんだ黄緑色の枯れ草が広がってる。
「ん、街道からかなり外れたっぽい……? ま、そのほうがかえって都合がいっか」
ルシエラのお願いは、実家のある遥か西の街まで地下道を掘ってほしいというものだった。
暗黒土竜の力を手にしたばかりの私なら大陸の反対側まで穴を掘るなんて相当な日数がかかっただろうけど、今じゃモグラショートカットもモグラサモンも習得済み。効率よく進めれば午前中には済ませられちゃう仕事だった。
『お安い御用だよ!』
『超感謝』
なので、即答で了承。さっそくモグラーネ村の西門から街の外に出て、そこを起点に掘削を開始。
モグレムを大量召喚後、掘削チーム・補給チーム・照明チームにわけて一度命令を出しちゃえば、あとはもうほとんど何もしなくてよかった。
掘削と同時進行で馬車を進めること数アワ。
やがて暗黒土竜の魔眼にはルシエラの故郷である街が。
とりあえず最低限の安全を確認したあとで、私はぱぱっと地上に繋がる出口を作った。
「信じられません……こ、こんなことって……」
「ほんとにお昼前に戻ってこれたわね……」
「あの大量のゴーレム含めて書物の中の魔術だ……。現〝五紋章家〟の当主たちだってできない芸当をどうやって……」
「詮索禁止。そういう約束のはず」
御者台から身を乗り出して唖然としてる冒険者三人組。その背後からスッと現れたルシエラがブスリと釘を刺す。
出発前、これから起こることはすべて他言無用だと彼女はみんなに固く誓わせていた。
「でも姉さん、その人……一体何者なの?」
「エミカは共同経営者。私とは一蓮托生の関係。よって、今回の私の帰郷に際してもし彼女に不利益が生じた場合は断固とした処置を取る。それがたとえ血の繋がった妹であろうとも、たとえ他〝五紋章家〟の次代当主候補であろうとも」
「姉さん……」
「は? 何よそれ……私たちは今さら当主になろうなんてこれっぽっちも思ってないし。てか、あんなクソみたいな実家のことなんて知らないわよ!」
「よしなよ、リーナ。完全に僕たちの落ち度だ。トリエラのお姉さん、すみませんでした。先ほどの誓いはこの場で改めて厳守することを誓います。……ただ、各々の出自は関係ありません。冒険者パーティー〝魂の家〟としての約束です」
「……了解した。こちらはそちらが反故にさえしなければそれでいい」
到着早々ちょっと雰囲気が悪くなりかけたけど、盗賊職ルックの男の子(やっぱ女の子? 未だに性別がわかんにゃい……)の大人の対応ですぐに丸く収まった。
ケンカの原因が原因だったので一安心。ホッと胸をなで下ろしつつ、整備した出口に見張り役のモグレムを数体残してから私もまた荷台へ乗りこんだ。
「おー、見えてきた! あれがルシエラの故郷?」
「肯定。魔術都市ホマイゴス」
ゆるやかに続く丘陵を登ると、眼下に銀色の壁に囲まれた大きな街が現れた。
さすがに王都よりは少し小さいかな? だけど、都市というだけあってかなりの規模だ。
きれいに区画整理された五角形の街中は大小様々な建物で埋め尽くされてて、栄えてる様子が一目でわかった。
「あれ? でも、なんか街が歪んで見えるような……ただの気のせい?」
「気のせいじゃなく、魔術防壁のせいね」
「魔術防壁?」
「ホマイゴスの壁には守護の魔術印が施されていて、地上と同時に上空からの侵入も許さない設計になっているんです」
「早い話が魔術による防壁――バリア。ホマイゴスの周辺は昔から飛行系害獣の巣窟だからね」
「おー、バリア!」
言われてよくよく目を凝らしてみると、都市をすっぽり覆う半球状の膜が確認できた。
薄っすらと虹色に光を反射してる。
まるで巨大なシャボン玉みたい。
触れればすぐにはじけちゃいそうだけど、凶悪と呼ばれる大陸西のモンスターや害獣を寄せつけないのであればその防衛能力に疑いの余地はなさそうだ。
「あ、ダンジョンだ」
ホマイゴスに近づく途中、東の森の向こう側に聳える見慣れた赤黒い塔の存在に気づいた。この辺で唯一の迷宮で、そのまんまホマイゴス・ダンジョンって呼ばれてるらしい。
いいねいいね。街を観光したらあとであっちのほうにも行ってみたいね。
そんな感じでわくわくしてたら街の入口である門に到着。
入場の許可をもらうため一度外に出る必要があるそうだ。冒険者一行に続き荷台から降りようとする――と、そこで背後からルシエラにガシッと肩をつかまれた。
「感謝。願いは叶った」
「いやー、こんなん朝飯前だよ」
「見送りはここまでで十分」
「ふぇ?」
「エミカはアリスバレーに帰還を」
「帰還って……えぇー! せっかくここまできたのにー!?」
出発前、万が一のときのために家にも店にも数日ほど不在にするかもという旨は伝えておいた。
てか、最初から観光する気満々だったり……。
「それはないよ、ルシエラ! もしかして最初から私を捨てるつもりだったの!?」
「私はこれから多忙必至。よって、エミカの相手は物理的に不可」
「大丈夫だから、私ちゃんと大人しくしてるから!!」
「しかし」
「ちょっと、あなたたち何してるのよ……?」
なかなか馬車から降りてこない私らを不審に思ったのか、そこで同乗の三人が戻ってきた。
「ふーん。それならウチのパーティーハウスで預かってもいいけど」
私が涙ながらに事情を説明すると、金髪の子が助け船を出してくれた。
おお、やった。
やっぱ泣き落としは効果絶大だ。
「いいの!? しかも観光の案内まで引き受けてくれるなんて!!」
「や、私そこまでするとは言ってないんだけど……」
「悪いことは言わない。考えを改めるべき」
「へーん、別にルシエラのお世話にはならないもんね~」
「エミカ……」
なぜかルシエラはご機嫌斜めな様子だったけど、人の好意は素直に受けるのが一番だ。
私は意気揚々、ホマイゴスの門をくぐって一般向けの検問所に向かった。
中では受付がいくつかあって人が列を作ってる。
なんでもここで簡単な検査を行なうらしい。受付の卓上には漏れなくスイカ大の巨大な水晶玉が置いてあった。
「数値67――入場を許可します」
私の前に並んでたルシエラ妹が水晶玉に両手を添えて検査を難なくパス。どうやら何かしらの基本能力値を調べてるっぽいね。
ま、みんな簡単な検査って言ってたし、変に気を張る必要もないか。
そう考えながら軽い気持ちで両爪を水晶玉にピタリと添えてみた。
「数値1――入場を許可できません」
「え?」
「再度検査なさいますか?」
「あ、はい」
「では、もう一度水晶玉にお手をどうぞ」
――ペタペタ。
「変わらず数値1――入場を許可できません」
「え?」
「魔術都市ホマイゴスでは特例を除き、魔力数値50以下の〝魔力なき者〟の入場は認められておりません。ただちに壁の外側までお引き返しください」
「ええっと、私は街に入れないってことですか?」
「はい」
「……」
いやいや、入場規制とか聞いてないよ!
てか、その前に私の魔力って1なの!?
低いのは知ってたけど1ってどういうことだよ!!
「エミカ」
言葉にできない感情でふるふる震えて立ち尽くしてると、そこでまた背後からルシエラに肩をつかまれた。
「残念。非常に残念」
「……」
その慰めの言葉とは裏腹に、どこかホッとした表情に見えるのは気のせい?
もしやその〝残念〟ってのは私の存在そのものを指してるわけじゃないよね?
「魔力数値が1の人なんて実在するんですか?」
「現に1だったじゃない」
「僕は何かの間違いだと思うけどな」
「エミカ。帰路には細心の注意を」
「う、うぅ……」
結局、壁の前で、ぽつーん。
見知らぬ場所でひとりぼっち。
しょんぼりと佇む以外ない私だった。











