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番外編:オルタナティブ・クイーン

 前話が前話だったので、いきなりのシリアスもちょっとどうかと思いワンクッション。

 次話でコロナ視点の番外編をやって【もうちょっとのんびり編】は終了の予定です。



 王都、ハインケル城。

 謁見の間にて。

 女王の御前では赤薔薇隊隊長であるカーラ・ラッセルが厳かに跪き、下される命令を拝聴していた。


「よって、貴女たち王立騎士団赤薔薇隊三十九名を無期限でエミカの下に派遣します。今後は彼女を私だと思い、その命に従うように」

「はっ、了解しました! 我々赤薔薇隊、これより死力を尽くしエミカ様の下へ突撃して参ります!!」

「……突撃はしなくていいのよ。それと、くれぐれもエミカの枷になるような行動は慎むように。貴女も彼女に会えば自ずとその力量を知ることになるでしょうけど、自分たちができる範囲というものを心得た上で常時対応して頂戴」

「畏まりました! ならばできる範囲で突撃して参ります!!」

「いや、だから突撃は……えっと、とにかくこれは大事な命令よ。赤薔薇隊の総力を持ってエミカを支援するように」

「はっ、この命に替えましても必ず!」

「ここにある二通の手紙はエミカとイドモ・アラクネ会長に宛てた物です。アリスバレーに到着次第まずは冒険者ギルドを訪ねなさい」

「謹んでお預かりします!!」

「それでは頼みましたよ、カーラ」


 手紙を受け取り、頭を垂れて恭しく退出していくカーラ。

 その後姿を見送りながら女王であるミリーナは、「これでよかったのかしら……」と思わず不安に駆られて呟いた。それでも、これが今の精一杯であることもまた事実。

 自分ができることなど、所詮この程度が関の山である。

 だが、護衛を欲している恩人に対し、何も行動を起こさないよりはずっとマシだろう。

 僅かでもいい。

 微力でも力は力だ。


「我ながらこの国の君主とは思えない言い訳ね……」


 ミリーナは後ろめたい気持ちを引き摺りつつも、最後にはそれを振り払い玉座から立ち上がった。


「陛下――」


 直後、タイミングを見計らったように玉座の影から女の声が響いた。

 あまりに唐突ではあったが、その〝先代諜者〟の出現はいつも唐突である。

 コロナが北方辺境の調査に向かってもう数週間。いい加減慣れもする。ミリーナは顔色一つ変えることなく背後を振り返った。


「どうしましたか、ティシャ?」

「例の件につきまして続報がございます。悪い知らせです。辺境北方にて地元協力者との()()()が途絶えました。現在、必然的にコロナとも連絡が取れない状況です」

「……」


 ここでの地元協力者というのは、各地に散らばっているファンダイン家の者たちを指す。つまりはティシャーナの妹たちである。

 情報収集のため潜伏している彼女たちの音信が途絶えるなど、通常では絶対に起こり得ないことだった。


「何かの間違いではないの?」

「辺境北方と小国(シュネー)――現地には合わせて二名の人員が滞在しています。連絡用の魔道具の紛失や故障が重なったとあればそれも否定できませんが、それにしてはあまりにもなタイミングです。おそらく、もう協力者たちは生きていないと考えるべきでしょう。下手をすればコロナすら消された可能性もあります」

「そ、そんな……」


 事は、ダルマ・ポポン伯爵の失墜から始まった。

 彼が犯した大罪が明るみとなり、そこからコロナが隣国犯罪組織との接点を発見。信頼している彼女たっての希望もあり、女王であるミリーナは現地での調査を許可した。

 その時点ではまだ、普段から尽くしてくれている諜者に久し振りの長期の休養を与えたようなものだと考えていた。

 だが、ミハエル王子の誘拐未遂事件の数日後。協力者を通じ、コロナから衝撃的な報告が齎された。




 〝シュテンヴェーデル辺境伯の私兵部隊が隣国小国(シュネー)に侵攻。

  また、北方辺境の独立を宣言した模様。

  背信の可能性大。

  今後の対応指示を求む――〟




 失墜した伯爵の余罪追及が、一変して辺境領主の叛逆にまで話が膨れ上がった瞬間だった。

 さらに協力者と共にコロナが諜報任務を進めていくと、反乱はより確定的な情報として伝えられた。




 〝背信者であるシュテンヴェーデル辺境伯の姿、未だ確認できず。

  兵士は市民を強制的に連行している。

  また略奪の末、壊滅させられた村も複数確認――〟




 〝都市シュテンデルートでは大貴族家の屋敷で大量殺人も発生。

  辺境一帯すべてが不穏な雰囲気に包まれている――〟




 〝ただの一辺境の反乱とは思えない。

  異様である――〟




 結果として、それがコロナたちからの最後の連絡となった。


「シュテンヴェーデル辺境伯単独の企みで、我々ファンダイン家の者が出し抜かれるとは到底思えません。やはり、何かしらの存在が背後で糸を引いていると考えるべきです」

「どちらにせよ、反乱は鎮めなければなりません……。近隣の大領主たちには派兵の準備を進めさせた上、一刻も早く協議の場を設けなければ……」

「すべては陛下の意のままに」

「頼みましたよ、ティシャ。今は貴女だけが頼りです」

「はっ。それでは、また進捗があり次第ご報告を――」


 次の瞬間、目の前の影がサッと動いて気配が消えた。

 謁見の間で再び独りになったミリーナはしばし俯いたあと、ゆっくりと顔を上げて歩き出した。


「ダメよ。君主たる私が弱気になってはいけないわ……」


 それに自分がコロナの身を按じたからといって事態が良化するわけでもない。

 今は第一に、女王としての務めを果たさなければ。


「………………」


 しかし執務室に向かう途中、無性に最愛の息子の顔が見たくなったミリーナは、そのまま王子の部屋に足を向けた。


「ミハエル?」

「おかあさま……」


 護衛が開けた扉を通って奥の部屋に進むと、窓辺に立つ息子が頬を濡らしていた。

 喚くような子供の泣き方ではない。まだ幼いミハエルは、何かを弔うように静かに涙を流していた。


「嗚呼、ミハエル。こないだの怖い出来事を思い出していたのね? もう大丈夫だから怯えることなんてないのよ」

「……ちがうんです、おかあさま。あっちでおおぜいの人たちがかなしんでて……それで、ぼく……」


 ミハエルは窓の外を指差すと口を噤み、そこからはまた弔うようにただ静かに暮れゆく空を見つめていた。

 彼が指し示した方向は、北西。

 まさに今現在、反乱が起きている北方辺境の方角だった。


「ミハエル、貴方……」


 偶然などではない。

 女王ではなく、ミハエルの母親としてミリーナは直感した。

 王家の血を受け継ぐ者たちの中には、稀にこのような不思議な感覚を有して生まれてくる者が存在する。

 そして、それら特別な才覚を持った王の子らは、これまで皆例外なく偉大な王として後世にその名を残していた。


 ならば、この子もいつかは必ず――


 本物の資格を有した者にこそ、王位は相応しい。

 だが、まだその時ではない。少なくともミハエルが、或いは姉の子であるリリが成人するまでは、なんとしても君主としてこの国の安寧を維持していかなければ。

 所詮、自分は代替品(オルタナティブ)

 代替の女王である。

 できて精々が、世界の調和を乱さず次の世代に想いを繋げること。

 女王の座に就いて以来、ミリーナは己が君主の器に満たない偽者であることを心の底から強く痛感していた。



 それでも、偽者だからこそ――



「なんとしても、貴方たちに繋ぐわ……」

「おかあさま?」

「いえ……なんでもないのよ。それよりミハエル、いつまでも冷たい風に当たっていたら体に障るわ」


 女王であるミリーナは窓を閉めると息子の涙を綺麗に拭い去った。


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