168.もぐらっ娘、衝撃の事実を知る。
「まったく、今回はベルの奴にまんまと嵌められたわ」
「はぁ、それは災難でしたねー」
帰還の一報を受けて会長室にお邪魔すると、挨拶する間もなくいきなり愚痴を聞かされた。
なんでも向こうにいるあいだ、アラクネ会長は王国の大領主様たちが一堂に会する臨時の会議に出席してたらしい。
てか、元々はすっぽかす気まんまんだったらしいんだけど、会長の行動を先読みしてたベルファストさんに手練手管で騙されて、気づけばお城まで連れていかれたんだとか。
「領主が何人もトラブルで招集に遅れて待たされるわ、逃げ出そうとしたら妙なメイドに何度も先回りされるわ、いざ会議がはじまれば無能な要職どもにネチネチ口撃されるわ……本当、散々な年末よ」
「でも、すごいじゃないですか。そんな偉い人たちばっかの席に呼ばれるなんて」
「全然すごくなんかないわ。大層な雁首そろえて、ただ一辺境の反乱について延々とあーだこーだ不毛な議論を重ねるだけの会議だったんだから。というか、たかだか領主1人の離反であの女王もビビりすぎなのよ。まったく王家の箱入り娘は肝っ玉が小さくていけないわ」
王都に滞在中、相当鬱憤が溜まってたらしい。苛立った様子でまくし立てる会長だった。
てか、さらっと王族批判してるし……。
不敬な発言は聞かなかったことにして、話題を変えよう。
「反乱って何かあったんですか?」
「くだらない話よ」
訊くと、アラクネ会長は「ここだけの話ね」と断ってから教えてくれた。
「王国の北西部――辺境北方を治めてるシュテンヴェーデルって男が王家に反旗を翻したの。すでに領土を独立させた上、勝手に新しい国家の樹立を宣言。周辺諸国の平定にも乗り出してるって話よ」
「えっ……それって、この先どうなっちゃうんですか?」
「領主の背信は死罪が適用されるわ。ま、そんなのあっちも承知の上でやってるわけだから、少し締め上げられた程度じゃ白旗は上げないでしょうね。控え目にいって大きな戦闘は避けられない状態よ」
「うわ、なんかとんでもなく物騒な――って、あれ?」
不意に違和感に気づき、ハッとする。
この話、最近どっかで聞いたような……というより、これこそテテス村長が求めてた情報の真相なんじゃ?
え? ってことは、救国っていう新国家が戦争しようとしてる国って――!?
「か、会長! ご報告があります!!」
アラクネ会長が留守中にあったことを、私はそこで洗いざらい伝えた。
「ふーん、異国の村人をね」
「会長の許可が必要だと思った案件については全部止めてはいるんですけど……やっぱ、まずかったですか……?」
「いいえ。ちゃんとモグラちゃんが面倒を見てるなら難民の受け入れはまったく問題ないわよ。だけど、モグラちゃんってば相変わらず、すごいタイミングですごいことをしてくれるわね」
「いやいやいやいや、そもそもそのなんとかっていう領主が反乱を起こしてるなんて知らなかったですし、ましてや村の人たちを徴兵していったのも王国と戦争するためだったなんて……あ、てか、これって敵国から人を攫ってきたとも誤解されかねないんじゃ!?」
「ま、誤解されようがそれも問題ないわね」
ふと頭に過ぎった不安を口にするも、会長は私の心配を杞憂だと断言した。理由を訊くと、そもそも今回の一件は誰がどう見ても無謀な反抗なんだとか。
「どうあがいても一辺境程度の戦力じゃ、近隣大領主の派兵の準備が整った時点で詰みよ。先に侵攻しようが待ち構えようが内乱が鎮圧されるのも時間の問題。そうしたら国家樹立も取り消されて何もかも元通り。ま、それまでに多少の犠牲は出るでしょうけどね」
「犠牲……」
「一辺境の反乱であっても戦争は戦争よ。人死には避けられないわ。ただ、腑に落ちない点があるとすればそこでもあるのよね。あまりに強引で無計画。シュテンヴェーデル家は王家の遠縁にあたる血筋ではあるけど、近隣の大領主たちを取りこむ求心力もなければ王族に代わって国家を統べるカリスマ性もない。そんなこと、最初から反乱を起こした本人が一番理解しているでしょうに」
「正常な判断ができないほど乱心しちゃったんですかね?」
「それなら話は早いけど、王都で聞いた噂だとかなりしたたかな男らしいのよね。絶対に自分の手を汚さないような狡猾な人間が、ここまで大っぴらに大胆で無謀な真似をするかしら。
もしかして、本人の意思じゃなかったりして」
「へ?」
本人の意思じゃなかったら一体誰の意思だっていうんだろ?
少なくとも、その辺境には領主以上に偉い人なんていないはずだ。
「ま、ここで確証のない話をいくらしても意味がないわね。遥か遠くで起こってることなんて放っておいて、この街のことを片づけないと。で、モグラちゃん、さっきいってた私の許可がほしい案件っていうのは?」
「あ、えっと……許可っていうか、その前にご相談なんですけど――」
やけに含みのあるいい方が気になったけど、その場は地下道路網とモグラホテルの件を優先。前向きな回答をもらって話を終えると、私はそそくさと会長室を後にした。
「ねえ、世界地図ってある?」
「世界地図? 王国全土を網羅したやつならあるけど……」
その足で受付に移動。
ユイに頼んで地図を持ってきてもらうと、私は反乱が起きてる王国辺境北方地区の位置を調べた。
元小国内に存在するラーネ村と氷壁ダンジョンは、ちょうどその辺りで地図が途切れてしまってて載ってなかったけど、山岳に囲まれた北方辺境の地形はしっかりと確認できた。
「うわ、こんな端っこなんだね……」
王国本土とは隔絶された場所にあって、まさに陸の孤島だね。そして噂で聞いてたとおり、南部の渓谷にある街道が辺境に入る唯一の経路みたいだった。
「どうしたのよ? そんな極寒の辺境ばかり見て」
「いやさ、もうすぐこの辺りで戦争が――」
そこまでいいかけて、会長に内緒だと釘を刺されてたことを思い出す。
「戦争?」
「あ、いやいや! そのなんていうかさ、こんなに国土が広いと守るのも大変だなって思って!」
「守るって何からよ? まさか、この平和の時代に近隣諸国が攻めてくるとでもいうわけ?」
「いやいやいやいや! 例えばの話だよ、例えばの!!」
「何、ただの妄想? いきなり戦争とかいうからビックリしたじゃない」
「あはは……いやー、ごめんごめん……」
ユイに非難のこもったジト目で見られたけど、なんとか誤魔化しには成功。すぐに話題を変えると怪しまれそうだったので、私はそのままできるだけ自然に会話を続けた。
「でもさ、こんな遠い場所で戦争が起きたら王都の騎士団も駆けつけるのにすごい時間かかっちゃうよね」
「王立騎士団は原則、王都とお城を守るための兵力よ。派兵されることはないと思うけど」
「え? んじゃ、王都以外の場所で争いが起きたら誰が戦うの?」
「他国の侵攻を受けたり内乱が起きた場合は、まず前線で戦うのはあなたたち冒険者ってことになっているわね」
「はい?」
なんかユイが、さらっと衝撃的なことを口にした。
「……ナンデ?」
「なんでって、登録時にサインする規約書にもそう書いてあるわよ」
「初耳なんですけど!?」
「どこの冒険者ギルドだろうと、最初に書面を見せてしっかり説明しているはずよ。どうせあなたのことだから登録時にちゃんと話を聞いていなかったんでしょう」
「……」
いわれてみれば事変に際しての召集がどうのとか、募兵がどうのとか難しいことをいわれた気がする。それに渡された紙もなんか細かい字でいっぱい書いてあったから、ついつい全部読み流しちゃったような……。
「安心しなさい。戦争なんてこの500年間起きてないんだから。冒険者の召集なんて今となっては形骸化したも同然の規則よ」
いや、それがね、起きちゃってるんですよ。なんて事実はもちろんいえず、私はただ引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった。
てか、今回の場合、辺境とその周辺地域の冒険者たちがその対象になってるってことだよね。
さっきアラクネ会長がいってた派兵の準備っていうのはつまりそういうことで、このままだと無理やり徴兵された人たちも含めて、たくさんの冒険者が戦場に駆り出されることになる。
遠くの出来事だったとしても、それを想像するとなんだかとても嫌な気分になった。
「なんだか顔色悪いわよ、大丈夫?」
「あ、うん。ちょっと考え事しすぎて頭痛くなっただけ。私、そろそろお店に戻るね」
ユイと別れてギルドを出たあと、私は気分転換もかねて少し外を歩いた。
モグラ屋さんのある大通りでは年の瀬の祭典の準備が進められてて、すでに数日前から多くの屋台が出てる。
街は、観光客も含めて大勢の人たちで賑わってた。
子供のはしゃぐ声。
すれ違う人々のやわらかい表情。
1年の終わりを前に、アリスバレーは平和そのもの。遠い場所の同じ世界で大きな争いが起きようとしてるなんて、まるで思えなかった。











