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163.もぐらっ娘、ぺティーに相談する。

 投稿して二年近く、ついに一万ptを超えました。

 この場にてブクマや評価いただきましたこと改めて感謝申し上げます<(_ _)>



 新鮮な冷たい朝の空気。荒涼とした大地の上には、一昨日降った雪がまだところどころに溶け残ってる。

 階段を上り切ると、私は倒れるように地面に寝転がって空を仰いだ。


「やっと着いたぁ~!」


 現在地はアリスバレー最西端。

 少し離れた場所に閉ざされた防壁の西門が見えるけど、それ以外はマジでなんもない。人の気配もなくて動いてるのは空の雲か、壁の上をテクテク歩いてる警備中のモグレムぐらいだった。


「なんか、のどかだね……」


 少し風が冷たいけど、冬の日射しが気持ちいい。

 静かだし、お昼寝には最適の場所かも。


「って、休んでる場合じゃなかった。もうひとがんばりしないと」


 徹夜で正直すごく眠いけど、えいやっと起き上がり、階段に落下防止用の柵と雨避けの屋根を設置。それからモグレムに入口の見張りを命じたあと、私は遠くに見えるダンジョンの塔を目指して街の中心部に向かった。

 途中、移動で楽をしようと見よう見まねで車輪つきの台車をクリエイト。召喚したモグレムに押してもらったけど、終始振動でガタガタ。揺れがきつくて乗り心地は最悪だった。なので、途中からはやっぱ自分の足で歩くことに。

 凸凹すぎる荒れ地が原因だろうけど馬車はあそこまで揺れない。車輪の構造をもっと理解する必要ありと、その点は今後の宿題にした。


「ふー、やっぱ徒歩だと遠いね」


 計算外もあったけど、そのままなんとかギルドに到着。建物に入ると、私はまっすぐ会長室に向かった。


「――あ、ぺティー」

「おはようございます、エミカさん」

「おはよ~。って、あれ? アラクネ会長は?」


 ノックして部屋に入ると、ぺティーが執務机の傍で書類の束を整理してた。秘書官なので会長室にいるのは別に珍しくないけど、今日はなぜか彼女1人。部屋の主であるアラクネ会長の姿がどこにもなかった。


「会長でしたら今朝早くこちらにベルファスト様がお見えになられまして、そのまま同行する形で王都へいかれましたよ」

「え……?」

「なんでも女王様から直々のお呼び出しだそうで、しばらく留守にするかもとも仰ってました」

「えっー!?」


 げげ、これは想定外。

 王都冒険者ギルドの会長であるベルファストさんがきてまでアラクネ会長を連れてった理由も少し気になるっちゃなるけど、ラーネ村の件は街の有力者である会長の協力が必要にして不可欠。不在となると帰ってくるまでどんどん先延ばしになっちゃうよ。

 こうなったらしかたないね。急いで王都に向かおう。


「私いかなきゃ! またね、ぺティー!!」

「エミカさん待ってください」


 別れのあいさつをして扉に走りかけたところで呼び止められた。振り向くと、ぺティーは「これ会長からです」といって紙の切れ端を渡してくる。そこには走り書きで私宛てのメッセージが綴られてた。




 〝ハロー、親愛なるモグラちゃん♥

  そろそろモグラちゃんがまた面倒ごとを持ってきそうな予感がしたからぺティーを呼んでおいたわよ

  私が不在のあいだは彼女にいろいろ相談して


  追伸:とりあえずモグラちゃんがしたいようにしなさい〟




「こ、これは……」


 会長からのありがたいご配慮だった。

 でも、先読みが神がかりすぎて正直怖い。

 ほんと何者なんだ、あの人……。


「そういうわけでして、私でよければ相談に乗りますよ」

「うぅ、なんかタイミング悪く巻きこんじゃってゴメンね」

「いいえ、全然です」


 くすくすおかしそうに笑うと、ぺティーは「それで?」と短く言葉を続け、私の説明を促した。


「ええっと……昨日から長い地下道を掘って、ちょっと遠出をしてたんだけど――」


 ラーネ村のことは話さないとだけど、サリエルの力のことは話せない。

 なので、きっかけについては嘘を混ぜて誤魔化しつつ、私は昨日あったことをぺティーに伝えた。


「たった1日でそんな遠くまで……」

「ほとんど私が掘ったんじゃないけどね」

「しかし、徴兵とはまた物騒なお話ですね」

「うん、そうなんだよね。だからどうにかこっちで村の人たちを受け入れられないかと思って」

「会長からはよほどの無茶ではないかぎり、エミカさんをサポートするよう仰せつかりました。それに、もしこの場に会長がいたとしても受け入れに反対はされないかと。ほとんど女性だとしても貴重な労働力とお考えになるでしょうし、それとアラクネ会長はなんというか……その、女性がお好きですから」

「あー……」


 なんか別の問題が浮上したような気がしないでもないけど、とりあえず第一関門はクリアでよさそう。

 なら受け入れたとして、総勢80人近い村人をどうするか?

 さっそく私たちはその先の話へ進んだ。


「まずは基本的なところで〝衣・食・住〟をどうするかですね」


 着る物についてはみんな暖かそうな毛皮を着てた。向こうの冬は間違いなくアリスバレーよりも厳しいだろうし、ちゃんと引っ越しさえできれば〝衣〟はなんの問題もないはず。

 続いて、〝食〟に関して。これは簡単だ。モグラ農場があれば解決できる。

 さらに〝住〟だけど、これもモグラの爪で家を建てちゃえば済む話だ。


「となると、唯一の問題は()()ですね」


 アリスバレーに新たなラーネ村を作る。

 そのために何よりも必要なのは広い土地だった。


「村と繋がってる地下道の入口は西門の近くにあるんだけど、あそこに作っちゃったらダメかな? あの辺なんもないし」

「西方は特に危険な害獣が多いですからね。西側の街道からやってくる人も稀ですし、冬季のあいだは門も閉鎖することが決まりました。移住先を作っても誰かに迷惑をかける心配がないですし、立地としてはいいかもしれませんね。それに――」


 ぺティー曰く、私が防壁を建設したあと、あの一帯の土地はアラクネ会長がすべて一括で購入したそうだ。

 厳密には土地を買ったというか、防壁の完成に伴い街の範囲が拡大したことで権利を主張できたとかなんとか。ま、とにかく南東の地下道周辺と同じく自由に使えるらしい。

 それにしても、会長ってばいつの間にそんなことを。

 ほんと抜け目ないね。

 いや、それともまさか、これもすべて予見してのこと……?

 完全に否定できないのが恐ろしいよ。


「んじゃ、とりあえず場所は西門周辺で決定だね。あとでアラクネ会長にダメっていわれても、最悪奥の手でまた地下に村を作ればいいし」

「そうですね。ただ村ができれば周辺の土地の利用価値も上がりますし、会長も間違いなくご納得すると思いますよ」


 よし。

 これで衣食住という大枠の方針も決定。

 続いて私たちは、村の人たちの具体的な生活の話に移った。


「環境が大きく変われば暮らしも大きく変わります」

「……だよね。ラーネ村の人たちは基本自給自足で生きてきたと思うけど、アリスバレーで暮らすならやっぱ日用品含めて最低限の買い物ができないと絶対に不便だよ」


 火に関しては火起こしでなんとかなっても、飲み水とかは井戸がないので大変。離れた川まで汲みにいくとか、私が貯水場を作るって方法もあるけど、ちょっとした手洗いにも便利な氷水晶は必須だ。

 それに闇夜を照らす光石や、トイレに使う浄化土も。


「日用の魔道具については、会長からロートシルト代表にご相談してもらえれば一定の便宜を図っていただけると思います。ただ、それでも街の財政に負担がかかるわけですから、やはり将来的には村が自立できる形にしないといけないでしょうね」


 たしかに無償で助けることが当たり前になってしまったら、それはそれでとってもまずいことだよね。

 なんとか村の人たちが街に貢献できるような仕組みを作らないと。


「手っ取り早い方法としては、私のお店とかモグラホテルで働いてもらうとか?」

「それが一番いいでしょうね。ホテルが開業できれば会長の利益にもなることですし、なおさら賛成してくれると思いますよ」


 ただ、さすがに人数的に80人は雇い切れないね。

 2号店含めてモグラ屋さんで多くて6~7人。

 清掃業務とかモグレムを最大限活用することを考えると、モグラホテルでも大体20人前後ってところかな? しかもホテルはどういう経営をするかまだ白紙の状態だし、開業するにしても時間がかかっちゃいそうだ。


「あ、そういえば、村にはこの辺じゃ見たことない珍しい野菜があったよ。それを教会みたいに栽培してもらって私のほうで買い取るってのもありだね」

「自給自足の暮らしをされてるなら酪農や養鶏の知識も豊富なはずですよ。設備などの初期投資の問題や、あとあと揉めないために近隣同業者との話し合いなども必須ですが、それらをクリアできれば卵、牛乳、バターにチーズ、さらに規模が大きくなれば精肉の仕入れ先にもなってくれるかもしれません」

「おお、牛に鶏! それすっごくいいね!!」


 今まできっかけも知識もなくて、そっち方面には一切手を出してこなかったけど、村の人たちで家畜をたくさん育ててくれればモグラ屋さんの商品ラインナップもまたぐんっと増える。

 雛とか子牛代なんかの最初にかかるお金は全部私が出してもいいし、畜産関係者との交渉の場は顔の広いロートシルトさんにお願いすれば用意してもらえるはず。

 うん。

 なんか一気に眠気が吹っ飛んできたね。


「えっとえっと、村に提示できる条件をまとめると……」

「まずは移住先の土地ですね。それに加えて住居となる建物とインフラ。また魔力土を利用した特別な農場と、その他暮らしに必要となる施設。そして人数制限はありますが働き口の斡旋。それと村で生産した農産物と畜産物を正当に売買する権利の保障――といったところでしょうか」


 悪くない条件だと思う。

 でも、今はまだ設計の段階。村長含めて村の人たちと交渉するなら、ちゃんと目に見える物を用意しないとだ。


「では、書類など契約の準備はこちらで進めておきます」

「お願いするね。それと私だけじゃ不安だからさ、テテス村長との話し合いの場にはぺティーにも同席してもらっていいかな?」

「はい。もちろん構いませんよ」

「ありがとー!」


 ロートシルトさんにも今のうち話をとおしておけば、日用の魔道具や畜産の話はより確実なものになるけど、一旦ストップしてる製紙の件もある。混乱させてしまうかもなので、その辺はまた後日改めてお伺いしよう。


「んじゃ、村作ってくるね!」

「え、今からですか? 徹夜したなら少し休まれたほうが……」

「あはは、大丈夫だって。1日ぐらい寝なくても平気へーき!」


 俄然やる気が出てきた私はそのまま会長室を飛び出すと、再び街の最西端に向かった。


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