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159.もぐらっ娘、村長から事情を聞く。


 しばらく薄暗い森を進んでると、やがて視界のとおる開けた林道に出た。


「ここを抜けた先がラーネ村だよ」


 遥か前方に木の柵がずらりと並んでるのが見える。どうやらあそこが村の入口みたいだ。


「ん? なんかやたらと人が……」


 まだ距離があるけど、村の入口ではけっこうな数の人が集まってた。

 10人近くはいるかも。大きな身振り手振りを交えて話してる様子から、何やら言い争ってるような感じだ。


「あ、おじいちゃんだ!」


 顔が確認できる距離まで近づいたところで、ノノンが声を上げてソリから飛び下りた。そのまま村のほうに手を振りながら駆け出していく。

 子供って突然走るからびっくりするよね。

 いきなりの行動に驚きはしたけど、私もサリエルもすぐにノノンのあとを追った。


「おじいーちゃーん!!」

「ノノン、どこにいっとんたんじゃ!? みんな心配しとったんじゃぞ!!」


 木製のゲートの下で飛びついてきたノノンを抱き止めたのは、白い口髭を蓄えたお年寄りだった。状況から見てノノンの家族――てか、お祖父ちゃんで間違いなさそう。


「お前、この矢筒は……!?」


 ノノンのお祖父ちゃんはノノンが背負ってる弓に気づくと、自分の孫が森で何をしてたのかをすぐに悟り、語気を荒げた。


「まさか1人で狩りに!? なんと無謀なことをするんじゃ!!」

「ご、ごめんなさい……。でも、みんなおなかすいてると思って……」

「村の問題をお前1人がしょいこむ必要はないといつもいっておるだろ! それよりケガは!? 獣に襲われんかったか!?」

「うん、ケガはしてないよ。ウリウリをやっつようとしたら逆に追いかけられちゃったけど、そこの旅人のお姉ちゃんたちが助けてくれたの! すごいんだよ、大きなウリウリを一撃でドカーンって!!」

「なんと、そうじゃったか……そちらの旅のお方々、孫が危険なところを救っていただき感謝します」

「お姉ちゃんたち紹介するね、わたしのおじいちゃん! 村で一番えらい村長さんなの!」

「テテスと申します。見てのとおり何もない村で大したもてなしもできませんが、よかったらウチで休んでいってくだされ」

「あ、えっと……それじゃ、お言葉に甘えさせていただきますね」


 それから少ししてモグレムたちも村の入口に到着。ノノンを心配して集まってた村の人たちは、引き摺られてきた巨大な猪を見て一様に歓声を上げてた。なんでも森の主級の大きさだとか。


「猪はここに置いてっちゃっていいの?」

「うん、運んでくれてありがとう! 今夜はごちそうだからお姉ちゃんたちも楽しみにしててね!!」


 これから村人総出で解体して料理の準備をするそうだ。てか、予定になかったけど、なんか夕食をごちそうしてもらえる流れになった。

 念のため、モグレムたちには村の人が困ってたら手伝うように指示。

 私とサリエルはそのままテテス村長の案内で村の中央にある大きな平屋のほうに移動した。

 途中、呼ばれて猪の解体に向かう人や、騒ぎを聞きつけて家の外に出てきてる人をたくさん見かけたけど、そのほとんどが女性だった。

 異性はノノンぐらいの子供か、テテス村長ぐらいの老人だけ。

 なぜか若い男の人の姿がまったくといって見当たらなかった。


「旅のお方々、改めて礼をいわせてくだされ」


 客間らしき部屋の椅子に腰を下ろすと、テテス村長は机に手をついて深々と頭を下げてきた。その切実な態度からノノンをほんとに大事に想ってることが伝わってくる。

 顔つきも穏やかでいかにも優しそうなお祖父ちゃんって感じだし、やっぱ村長さんだけあって人徳のある人みたいだね。


「そういえばまだ名乗ってなかったですね。私はエミカでこっちがサリエルです。この国には山の中腹にあるダンジョンの探索でやってきました」


 淹れてもらった少し苦味の強い紅茶に口をつけつつ、ノノンを助けた経緯なんかを補足。

 自分たちが何者なのかというか、怪しい者じゃないってことを理解してもらえたところで、私はさっきからずっと気になってたことを切り出してみた。


「それにしても、ノノンはどうして1人で猟に? しかもわざわざあんな大きな獲物を狙うなんて」

「元来、村のためなら精一杯働く子です。しかし、まさかあんな無茶をするとはワシも思いませんで。やはり先日の――いや、これは旅のお方に聞かせる話ではありませんな……」

「それって、もしかしてこの村に男の人がいないことと関係あったりします?」

「……気づかれましたか」

「はい。子供とお年寄りを除いたら女の人しかいないですよね、この村。男の人たちはみんな出払っちゃってるんですか?」

「本来、異国の方にこのような村の惨状をお伝えすべきではないのでしょう……。だが、あなた方は孫の命の恩人です。事情を説明するのもまた1つの誠意と考え、お話しいたします……」


 そう前置きすると、テテス村長は1週間ほど前に起こった悲劇をゆっくりと語りはじめた。


「それはあまりに突然でした。白昼に大勢の兵士たちがラーネ村を取り囲み、あまりに無茶な要求を突きつけてきたのです」


 やってきた兵士たちは村の男手を全員連行する旨を一方的に告げると、ただちにそれを実行した。


「抵抗すれば村に火を放つと脅され、大人しく従う他ありませんでした」

「え? 男の人を全員って、なんでそんなこと……」

「〝徴兵〟だといっておりました。兵士たちの隊長はもうすぐ戦争がはじまるとも」

「……戦争?」


 戦争って、大昔やってたあの戦争だよね?

 500年間平和な世の中だったのに、なんで今さら……?


小国(シュネー)が別の国と戦うんですか?」

「ワシにも詳しいことはさっぱりでして……。しかし、徴兵にやってきた兵士たちがいうにはこの村が属していた小国(シュネー)という国はすでに消滅し、救国(ニヴルヘイム)という新たな国家に変わったそうです」

「へ? ここってもう小国(シュネー)じゃないんですか!?」

「その辺については辺境にいるワシらよりも、旅のお方のほうが何か詳しい情報をお持ちではないかと思っておったのですが」

「……」


 救国(ニヴルヘイム)

 いや、まったく知らないよ。てか、国の消滅とか徴兵とか戦争とか、話が穏やかじゃなさすぎる。


「ごめんなさい。私、社会情勢にはまったく疎くて……」

「いえ、決して責めてなど。こちらこそ恩人に対して情報を求めるような真似をしてしまい申しわけない。しかし、連れていかれた者たちの行く末も心配でして……」


 そこで重い沈黙が流れた。

 途中で一か八かサリエルが何か知ってるかもと思ったけど、隣を見ると当ののほほん天使様はこっくりこっくり舟を漕いでた。どうやら殺伐とした話はお気に召さないらしい。てか、道理でさっきから静かだと思ったよ。


「一部抵抗した村人もいた中でなんとか最悪の事態は免れましたが、兵士たちは冬を越すための食糧や家畜も村からすべて根こそぎ奪っていきました」

「そっか、だからノノンは……」


 食べる物も男手もなくなった村で、みんなを餓死させないために危険を冒したってわけか。

 なるほど。

 ようやく今、彼女の気持ちがわかった。


「村は大丈夫なんですか?」

「先ほど村に運んでくださったあのウリウリがあれば、なんとか冬は凌げましょう。すべては旅のお方のおかげです。代金のほうは少しお待ちいただくことになるかもしれませんが、必ずお支払いしますので」

「お金はいらないです。あれはもうノノンにあげた物だし」

「しかし、旅のお方にそこまで甘えるわけには……」

「それより村長さん、他に何か困ってることはないですか? 情報は疎いんで無理ですけど、もし力になれることがあるならお手伝いしますよ。私、こう見えても冒険者なので」


 事情を聞いちゃったからにはただでは帰れない。しかも、今回は事情が事情だ。この村にくる機会なんて早々ないだろうし、もし今のうち手助けできることがあればしておきたかった。


「実は……息子や夫を連れていかせまいと必死に抵抗した末、大ケガを負った者が複数おりまして……。村の診療所で療養させていますが神官も薬師もいない村ですので、大した治療もできず……」


 治療か。

 一度アリスバレーに戻って回復魔術のスクロールを取ってきてもいいけど、一刻を争う状況なら急いだほうがいい。なので、ここは隣で寝てるサリエルにお願いしよう。


「起きてサリエル」

「むにゃ……あれ、もうごはん……? エミカ、お肉はー?」

「お肉はまだだよ。それよりね、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」


 そのままテテス村長の案内で、私たちは村の端にある診療所に移動。

 中では高熱を出して衰弱してる若い女性と、全身に傷を負った老夫婦がベッドに横たわってた。

 すぐにサリエルが魔法での治療に当たり3人を癒す。


「治したよー♪」

「おつかれー」

「ま、まさか……こんな高位の奇跡まで使っていただき村の者の命を救ってくださるとは……もうワシは村長として、なんと礼を申したらよいのか……」

「治療に関してのお礼はサリエルにしてあげてくださいね。ま、たぶん猪の肉で十分だっていうと思いますけど」

「うん、お肉がいいー♥」


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