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158.もぐらっ娘、ラーネ村に向かう。


「え、お肉……?」


 はて、なんのこっちゃ?

 もしかして私のおなかがブヨブヨだよってこと?

 いや、それはないか。私はどっちかっていうとむしろスレンダーなほうだ。悲しいけど全体的にね。悲しいけど……。


「エミカー♪」


 女の子を目覚めさせようと声をかけたり揺り起こしたりしてると、ソリに乗ったサリエルが追いついてきた。

 とにかく回復魔術も使えない私じゃ門外漢。らちが明かないのでここは彼女に診てもらうことにする。


「この子どこも悪くないよ? おなかが減って力が入らないだけみたい」

「なんだ、よかった。ハラペコなだけか」


 そこで今さらながら俯せの女の子の背中に弓と矢筒があることに気づいた。状況から見て、たぶん狩猟の途中だったっぽいね。

 でも、こんなになるまで狩りを続けるとか、そんなずっと獲物が取れなかったのかな? 普通は動けなくなる前にあきらめて一旦帰るもんだと思うけど。


「エミカー、この子どうするの~?」

「とりあえず何か食べさせないと。あ、まだ胡桃の入ったパンなら残ってたっけ」


 お昼の食べ残しがあることを思い出した私は、荷物袋からそれを取り出して女の子の傍で屈んだ。


「ねえ、私の食べかけだけど、よかったらこれ――」



 ――ガバッ!!



 直後、女の子は目を光らせて起き上がった。そのまま口を大きく開け、間髪を容れず飛びついてくる。


「うわっ!?」

「ハグ、ハグハグッ!!」


 危うく手ごと――というか爪ごと持っていかれそうになった私はその場で尻餅。しばし唖然と女の子の食べっぷりを見守るしかなかった。

 てか、よっぽどおなかが減ってたみたい。ものすごい勢いでがっついてる。咽喉に詰まらせないかちょっと心配だよ。


「んぶっ!? ゲホ、ゲホゲホッ!!」


 案の定、最後の1口でむせる女の子。しかたないので背中をポンポン叩いてあげる。


「ふはぁ~、こんなおいしいパン食べたの生まれて初めてぇ……」


 恍惚とした表情を浮かべると、女の子は余韻を味わうように口をゆるませながら天を見上げた。

 パン1つでここまで喜んでくれるなんて、製造責任者であるスカーレットも感無量だろう。

 なんてことを思ってたらだった。

 そこで不意に女の子は正気に戻った。


「――はっ!? わたし、一体何を!? あれ、お姉ちゃんたち、誰……?」

「少しは落ち着いた? ま、とにかく無事でよかったよ」


 まともに話ができる状態になったので女の子と会話を試みる。状況がよく呑みこめてなかったみたいなので、まずは猪に襲われてるところを偶然見かけて助けた旨を事実どおり説明。

 できるだけ恩着せがましくならないように注意はしたけど、話を聞いた途端に女の子は居住まいを正し、雪の上に手をついて深々と頭を下げてきた。


「助けてくれてありがとう、パンのお姉ちゃん! いえ、パンの女神さま!」

「いや、パンって……」


 お姉ちゃんだろうと女神様だろうと、頭にパンをつけられるのはなんか嫌だったのですぐに自己紹介。名前とともに隣の国からダンジョンを探索しにきたことも合わせて話しておいた。


「お姉ちゃんたちは旅人さんなんだね!」

「あたしは天使だよー♪」

「え? テンシ?」

「あ、今のなし! こっちはサリエルね。ちなみにどこに出しても恥ずかしくない普通の人間です」

「えっと、エミカお姉ちゃんにサリエルお姉ちゃんだね。うん、覚えた!」


 私がシーっと口元に指を当ててサリエルを牽制してると、女の子はスクッと立ち上がる。そして、そのまま元気いっぱいに続けた。


「わたしはノノン! 〝ラーネ村〟のノノンだよ!!」


 詳しく話を聞くと、女の子――改めノノンはやっぱこの辺の子らしい。そのラーネって村の場所も訊いたけど、方角的にダンジョンの中腹から見たあの村でどうやら間違いなさそう。

 私が送っていくついでに案内をお願いすると、ノノンは快く引き受けてくれた。


「んじゃ、暗くなる前にいこうか」

「あれ? エミカお姉ちゃん、あの大きい〝ウリウリ〟は……?」


 ソリを担いでるモグレムたちのほうに向かおうとしたところでノノンに呼び止められた。

 え、ウリウリって何? って一瞬思ったけど、彼女が指差してる方向ですぐにその単語の意味がわかった。


「なんだ、猪のことか。あれはもう完全に死んでるから大丈夫だよ」


 手負いのモンスターや獣ほど恐ろしいものはない。底辺冒険者の私ですら知ってる常識だ。

 だから、ちゃんとトドメを刺したかどうかの確認だと思った。


「ううん。そうじゃなくて……もしお姉ちゃんたちが食べないなら村のみんなに持っていってあげたいの! もし金貨とか銀貨が必要ならおじいちゃ――村長さんともちゃんとお話するよ!」

「ん? あー、そういえばノノンは狩りの途中なんだったんだね」


 忘れかけてた背中の弓と矢のことを思い出す。

 たしかに狩人が獲物を放っておくわけにはいかないもんね。


「別にいいよ。てか、ここで腐らせるよりもちゃんと食べてあげたほうが猪のためだろうし。あとお金とかもいらないから」

「ほんとに!? エミカお姉ちゃん、ありがとう!! ならすぐにさばいて今持ってけるぶんは持ってっちゃうね!!」

「あ、たんま。解体するならここじゃなく村に運んでからにしよう」


 あの猪みたいな大型の獣がまだ近くにウヨウヨいるかもだ。肉食だったら血の匂いで誘き寄せちゃうかもしれないし、ここは安全な場所に移動してからさばいたほうが絶対いいはず。


「――モグラサモン!」


 さらに複数体のモグレムを召喚すると、続いてモグラメタル製の丈夫な鎖をクリエイトして用意。それを猪の胴体や前足に巻きつけたあと、私は新たに召喚したモグレムたちに死骸を村まで運ぶよう指示した。

 引き摺る形になるので一部毛皮とかは使い物にならなくなっちゃうかもだけど、猪が大きすぎてすっぽり収まる荷台を作れそうになかった。しかたないので今回はこれで妥協だ。


「すごい! エミカお姉ちゃん魔法が使えるの!?」

「え? あ、いや、魔法というか土の魔術だけどね……」


 禁魔法(ドグラ・モグラ)を見抜かれたんじゃないかと一瞬ドキッとしたけど、ノノンの様子を見るかぎり魔法と魔術を混同してるだけっぽい。

 ま、冒険者や魔術師でもなくちゃ違いなんてわかんなくて当然だよね。私も冒険者に成り立ての頃は明確に違いがあるものだなんて知らなかったし。


「んじゃ、これに乗って。2人乗り用だからちょっと狭いかもだけど」


 猪を運ぶ準備も完了したところで、そのまま3人ソリに乗って出発。

 高い景色が気に入ったのか、手摺りにつかまりピョンピョン飛び跳ねるノノン。目の前でモコモコでふわふわの髪が楽しげに揺れる中、私はまだ肝心なことを訊き忘れてることに気づいた。


「そういえばノノンって年はいくつ?」

「こないだ10歳になったよ。エミカお姉ちゃんとサリエルお姉ちゃんは?」

「私もこないだ15歳になったばっか」

「あたしはねー、ひゃくま――」

「サリエルも15歳! 私と同い年だよ!!」


 慌てて大声でサリエルの声をかき消す。

 危ない危ない。

 てか、ノノンは10歳か。比べると背は小さいけど、こっちはほんとにソフィアと同い年だね。

 そのあと村までまだ距離もあるとのことなので、こっちでの普段の生活なんかについてもいろいろ質問してみた。


「春から秋は畑のお手伝いが中心で、収穫のない冬は縫い物のお手伝いをよくしてるよ」

「はへー、ノノンはまだ小さいのにがんばり屋さんだね。冬は今日みたいに猟のお手伝いなんかもしてるんでしょ?」

「あ、えっと、実は狩りに出たのは今日が初めてで……」

「え? ってことは、いきなり1人で獣を狩ろうとしたの?」


 思えば今さらだけど、あんな巨大な猪が出る森で小さな子供1人が猟をしてるってのも変な話だ。

 大型のモンスターを仕留めるのだって基本はチーム戦。腕のある冒険者が複数で挑むもんだもんね。


「やるにしても、せめて誰か一緒じゃないと危ないよ。てか、事実危険だったわけだし」

「うん……」


 心配になって事情を探ろうとしたところで、ノノンは不意に表情を暗くして俯いてしまった。

 結局、雰囲気的にそれ以上のことは訊くに訊けず。

 なんでノノンが危険を冒してまで狩りに出かけたのか。その理由が明かされないまま、私たちを乗せたソリはラーネ村に到着した。


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