155.もぐらっ娘、モグラ屋さん２号店を建てる。
令和初投稿です(・∀・)
「現時点で大きな問題点は２つです」
紙の生産は在庫用倉庫と隣接する一番大きな作業部屋で進められてた。
「①紙料を作るまでの工程に想定以上の人手と手間がかかること。②大量の水が必要であること。この２点により目標にしていた価格帯での販売実現が厳しくなりそうなのです」
「ん～、赤字で売るってわけにもいきませんもんね……」
紙を大量に作って、なおかつ安く売るっていうのは、この地下施設を建設した最大の理由でもある。
価格を高くして売ることもできるけど、それだと『誰もが飢えず、誰もが人並み以上の生活を送れる世界』にするっていう私とロートシルトさんの夢も実現できないままになっちゃう。
これはコストを抑える方法を考える必要があるね。
「単純作業ならモグレムにも手伝えますし、力仕事についてはなんとかなりますけど、紙の生産工程って具体的に何をするんですか？」
「まずは加工場で発生した端材の粉砕。次に特殊なキノコから作り出したポーションと混ぜ合わせ煮こみます。そこから洗浄などの作業を幾度か繰り返し、さらに切ってすり潰した上で水を加え、紙漉き・圧搾・乾燥などの工程を経て紙となります」
「うわ、難しそう……」
モグレムたちに複雑な工程を任せるのはちょっと不安が残る。
それにモグレムたちの動きの源は魔力だ。モグラの爪の中に蓄えられてる魔石を活用すれば、もっと効率のいい方法があるかもしれない。
「となると、この件はルシエラに相談かな」
そこでさすらい魔女っ子の、あの幼い顔が思い浮かんだ。
以前、彼女とは保冷器や乾燥器などの魔術印が施された便利アイテムを作って売ろうって話もしたことがある。
きっと何かいいアイデアを出してくれるはずだ。
「キングモールさんのお店で働いている、あの魔術師の格好をした子供ですか？」
「はい。てか、童顔で小柄なだけで私より４つ――あ、今は３つか、年上なんですけどね。ファミリーネームはたしか〝ルルシュアーノ〟だったかな？ ルシエラ・ルルシュアーノです。ま、とにかく今度連れてきますね」
「ルルシュアーノ……」
「ん？ どうかしました？」
「あ、いえ、なんでもありません。良い解決策を出していただけることを期待しております」
とりあえずこれで作業工程の見直しについてはルシエラに相談ってことで、次は②のお水の問題へ。
ギルドの温泉や川の水を引っ張ってくるのはどうかなって考えたけど、施設が地下にあることを考えるとかなりリスクが高そうだ。もし引いてくる水量の調整を誤れば植林場含めてすべてが水没しかねない。
「この際どっちにしろ大量の水を使うなら、紙の生産所は地上に移しちゃったほうがいい気が……」
「換気の問題や乾燥の工程もありますし、たしかに地上のほうが何かと利便性も高い。妙案だと思います」
「ただ、結局のところは水をどうやってより安く手に入れるか、ですね」
製造に使用する大量の水を生活必需品である氷水晶で補うと、これも人手と同じくコストがかかって販売価格に影響を与えてしまう。
ま、ここだけの話、実はモグラの爪で氷水晶は作れちゃうんだけどね（こないだのモグラホテルの水回りも実は全部自作のやつだったりする）。
だけど、炎岩や浄化土と同じく製造方法をばらしたら死罪らしいし、無断で販売や転売したりしてもいけないとか。
なので、さすがにロートシルトさんが相手でも、この秘密はちょっと怖くていえない。首と胴体は繋がっててこそだからね。
「それでは、水の件も次回に先送りということで」
「はい。それまでに何かいい方法がないか考えておきますね」
結局、その日は解決策を出せずに解散となった。
だけど、木材製品の生産が軌道に乗り出したのはたしかな朗報だ。私は小躍りしながらお店に戻ると、閉店後に考えてたお店の増築――もといモグラ屋さん２号店の建設に取りかかった。
「――モグラショートカット！」
まずは地下に下りて、スクロールや武器防具を取り扱ってる売り場から出て右手側の壁（方角的には東）をぶち抜いた。
ついでに前から作ろうと思ってた会計所に繋がる従業員用の通路なんかも掘りつつ、私は計画どおり南東方向に向かってお店の地下通路を伸ばしていく。
暗黒土竜の魔眼で確認しつつ、ほぼ最短距離で掘り進めた先は先日建てたモグラホテルの隣の荒れ地。とりあえず仮の階段を設置後、地上に出た私は土でモグラ屋さん２号店の原型をぱぱっと作った。
今回はシンプルに１階建ての平屋。
でも、建材は豪華にモグラホテルと同じ大理石で内外をコーティング。
その上で何を売ってるのか外からでも一目でわかるように、北面と入口部分を除いた３面の壁すべてをガラス張りにした。すごい開放感だ。
「うーん、さすがにちょっと広くしすぎたかな……？」
いや、でも家具を売るわけだし、これぐらい余裕があったほうがいいか。
それに、食器類や冒険者向けアイテムはこれまでどおり本店の地下のほうに並べるけど、木製の小物入れや編み籠の雑貨類をはじめ、積み木なんかの玩具や木彫りの置物なんかの新商品も売る予定だ。売り場面積が大きくて困ることはない。
「やっぱ入口付近はメインコーナーにして、目玉のベッドやソファーを陳列するのが一番――って、このままだとお客さんの大半は外からじゃなくてお店の地下からきちゃうか……」
ならいっそのこと、ショッピングストリートと繋がる階段は２号店の外に設置したほうがいいかな？
あ、待てよ……でも、それだと本店が閉店してても、こっちの階段から向こうの地下売り場にいけちゃうのか。
モグレムに警備させとけば防犯面での心配はないけど、もしこっちで家具を見てるあいだに本店が閉まったりしたら最悪だね。お客さんにはここから地下道なしで普通に歩いて帰っていってもらうことになっちゃうよ。
解決策としてはモグラ屋さん本店近く――ダンジョンやギルドのある街の中心地にもう１つ別の階段を用意して地下のショッピングストリートと繋げることだけど、その場合は必要な土地をどうするかって問題も出てくる。
「これは会長とも相談だね……」
この場所に２号店を建てて本店と地下で繋げることはすでに許可をもらってるけど、モグラショートカットを使った地下道は無計画で掘ると、あとあとの管理も大変だ。
階段を作る土地含めて、ここは慎重に確認を取っておくべきだろう。
「あとは、こっちの保管倉庫をどうするかも決めないと」
別棟を建てるか少し悩んだけど、北側の壁からスロープを掘り、そのまま地下植林場＆加工施設にある在庫用倉庫に直接繋げてしまうのがベストだと判断。
その件も含めて後日アラクネ会長と話をすることにして、私は２号店での作業を終えた。
現状、多少の不具合はあるけど、商品を陳列さえすればもう立派なお店の完成。
ただほんと残念だけど、そのまま開店とまではいかない。
理由は１つ。
「もっと人がいればなぁ……」
モグラ屋さんは慢性的な人手不足。
今のままだと２店舗経営なんて夢のまた夢。
これも何か打開策を考えなきゃだった。
