幕間 ~終焉の解放者8~
あけまして、おめでとうございますm(_ _)m
小国首府議事堂。
地下、特別審議室――
「失敗したとはどういうことだ!?」
「ですから、先ほどから何度も説明しているとおり、祠の奥に抜け道があったのです」
「信じられるかっ!」
「聖杯の儀に関する情報は確かな筋から得たものだ!」
「そうだ! 間違いなど絶対にありえん!!」
「失敗の責任を我々に転嫁するつもりか!?」
「……いえ、決してそのようなことは」
「到底謝罪だけでは済まぬ問題だ。わかっているのか?」
「はい。もちろんです。再度ご命令をいただければ次は必ず――」
「黙れっ!」
「我々はすでに千載一遇のチャンスを失ったのだぞ!!」
「それすら理解できぬ無能か、貴様ら!!」
「……」
蝋燭の炎が揺らめく薄暗い地下室に呼び出されたジーアたちは、小国代表委員会のメンバーから激しい叱責を受けていた。
先ほどからジーアが幾ら説明しようとも一切聞く耳を持たず。ミハエル王子の誘拐が未遂に終わり自らの立場を危ぶむ彼らは、実行犯である終焉の解放者をどうやって始末するか、もはやそれだけしか考えていなかった。
「互いにとって非常に残念な結果になったな。おい、入れ!」
五人の中で一番高齢の代表者が入口に向かって叫んだ。
直後、両開きの重い扉がゆっくりと動いて、下卑た笑みを浮かべた人相の悪い男たちが入ってきた。
これまで議事堂内で顔を合わす度、再三に渡りユウジらにちょっかいを出してきた犬骨のメンバーたちである。厳つい顔をしたボスのブブドロゴスを先頭に、彼らは審議室に入ってくるなりパープルたち三人の前に立ち塞がった。
「おいおい、連中武器持ってんぞ……」
「代表者様方、これはどういうことでしょうか?」
「どうもこうもあるまい。失敗の責任は取ってもらわねば」
「つまり、死で償えと?」
「……」
代表者たちは誰一人としてジーアの質問には答えなかった。
ただ目を逸らし、沈黙を貫く。その様子を見てブブドロゴスは堪らず声を出して笑った。
「ガハハ、安心しろ! お前らはタダじゃ殺さねぇ! たっぷり楽しみ抜いたあと、さらに時間をかけてジワジワと嬲り殺しにしてやるからよぉ~!!」
「……はぁ」
こういった類いの輩からもう何度聞いた言葉か。
目眩を覚える中うんざりとした表情で溜め息を吐くと、ジーアはそこで隣のパープルの様子を窺った。
(普段から無表情だけど、今日はいつにも増して感情が読み取れないわね……)
すらりとした体型に、長い手足。
そして、ピンッと伸びた耳。
背中まで伸びた紫紺の美しい髪は、その異質な存在感を一段と際立たせている。
彼女は暗く冷たい双眸で今、虚空だけを静かに見つめていた。
「特にそこのエルフの女! てめぇは念入りに犯ってやるから覚悟しとけ!!」
「……ん、なんだ? 私に言っているのか? なぜだ? お前に怨まれる覚えはないぞ。というか、お前は誰だ?」
「なっ!? 今朝会っただろうが!!」
「今朝?」
「おいおい、なんで覚えてないんだよパープル……。ほら、廊下で俺を投げ飛ばした奴だって。犬骨のボスで、確か名前がブブなんとか」
「犬? ブブ……?」
「なんでここまでヒント出してんのに少しもピンと来ないんだよ。てか、やっぱ俺と一歳違いとか絶対嘘だろ? エルフの定番設定で実はすげー生きてて何百歳です的なやつ。それで脳の記憶容量がもう限界にきてるって話なら納得だしな」
「何度言ったら理解するんだ、ユウジ。エルフが他種族と比べて異様なほど長寿だというのは根拠のないでたらめだぞ。未だにそんな流言を信じている世の中の人間はお前ぐらいだ。それにあまり人を年寄り扱いす――」
「てめぇら、俺を無視すんじゃねえぇー!!」
ブブドロゴスは声を張り上げると、そこで肩に担いでいた大棍棒を床に叩き付けた。
地下室に響く轟音。怒りの収まらない彼は眉間に皺を寄せつつ、そのギラ付いた眼光をパープルたちに向けた。
「状況がよくわかってねぇみたいだから教えてやるぜ! てめぇらの人生はもうここで終いだってことをな!!」
その言葉が合図となり、取り巻きの男たちが各々の武器を手に一斉に前へと出てくる。
下卑た笑いが起こる中、パープルはジーアに無言の視線を送った。
「わかってるから、そんな眼で見ないでよ……。はぁー、結局いつも最後はこうなるのよね……」
「いいんだな?」
「ええ、もういいわ。流血沙汰解禁よ。存分にやっちゃって」
「ギャハハ! おい、聞いたかよ!? 誰をやるだってぇ~?」
「犯るのも殺るのも俺らのほうだぜ!!」
「ガハハ、違いねぇ!!」
「あれ? ボス、その首の輪っかなんすか?」
「あ?」
手下に言われ、顎を引き視線を下に向けると、そこでブブドロゴスは自分の首回りに紫色の輪がピッタリと張り付いていることに気づいた。
掴もうと手で触れるも、すり抜ける。
次の瞬間、輪は唐突に消えたかと思えば、触れていたブブドロゴスの指先と首を切断した。
「あぇ――」
最初に、左手の人差し指と中指が静かに床へ落ちた。
遅れて首が時計回りにゆっくりと回転。やがてあり得ない方向を向いたところで、ブブドロゴスの頭部は背中側に転がった。
――直後、鉄の臭いと共に噴き出す鮮血。
「ぎょえええええぇぇぇ~~!!」
「ボ、ボスの首があああぁぁーー!?」
地下室に響く絶叫。
混乱の最中、犬骨の構成員である彼らは誰も気づかなかった。
ボスであるブブドロゴスを即死させた紫の穴。
それが自分たちの首元にもすでに輪のようにかかっていることを。
「終わったぞ、ジーア」
同じようにまた一瞬で首が切断され、幾つもの血の噴水が上がったところでパープルは背後を向いた。
「あっちも殺していいんだよな?」
その冷たい視線の先には小国の代表者たちがいた。
「ちょっと待って」
ジーアはパープルを手で制すと、慌てふためくメンバーの中で唯一ジッとしていた南方の代表者に向けて呼びかけた。
「来なさい」
命令に応じて歩き出し、ジーアの前で跪く。
他の代表者たちが驚きの声を上げる中、その反応を無視してジーアたちは会話を続けた。
「一人はもう隷属済みよ。残りの連中は……そうね、とりあえず一人は生きたまま残しておこうかしら? 防腐処理してもそんなに持たないし」
「三人殺せばいいんだな」
「ゾンビにするからさっきの連中みたいな殺し方はしないでよね。頭がないと私の命令も聞かないんだから」
「ああ、わかってる」
無表情のまま頷くパープル。
代表者たちの中には腰を抜かしながら命乞いをする者もいたが、彼女は一切耳を貸すことなく適当に三人を選んで殺した。
殺害中、黒幕であるシュテンヴェーデル辺境伯の名前を出す者もいたが、そんな情報はすでにゾンビとなった南方の代表者から入手済みである。当然、彼らを見逃す理由にはならなかった。
「ひぇ、マジで地獄絵図だ……」
「いい加減慣れなさいよ」
「いや、これに慣れたら人間終わりだろ。そもそも俺はな、お前らと違ってすっげー平和な国の生まれなんだっての。日常でこんな修羅場ありえ……うっ、おろろ!」
「ちょっ!? 吐くなら隅のほうで吐きなさいよ!!」
青ざめた顔でいきなり嘔吐くユウジから、ジーアは慌てて離れた。
「まったく、今日は災難続きだわ……」
何一つとして上手くいっていない。
計画もこうなってしまえば、別案を一か八かで実行せざるを得ない状況だった。
「――アレク、私よ。聞こえてる?」
『聞こえてます』
「こっちは〝決裂〟で片が付いたわ。皆の状況を教えてくれる?」
『はい。えっと、ダリアさんは王国の北方辺境地区内ですでに潜伏済みだそうです。もうはじめていいかって、さっきからすごい催促がきてます』
「まだ待つように言って。ラッダたちのほうは?」
『予定の地点には着いたそうですが、やっぱりロコちゃんとモコちゃんとはまだ合流できてないそうです。彼女たちには俺のほうからもずっと連絡を取り続けてはいるんですが……』
昼前にアリスバレーという街に入ったところまではアレクベルも報告を受けていたという。
しかしそれ以降、メンバーのドワーフの双子とは連絡が取れない状況が続いていた。
『あのダリアさんの知り合いだって話ですし、勧誘相手と揉めた可能性も……』
「十分ありえるわね」
『どうしますか? 俺のほうから〝通話〟はできてるんで彼女たちが無事なのは間違いないですけど』
「そうね……ロコはともかく、モコがいないとラッダたちもこっちに戻せないし、今はもう少しだけ連絡を待ちましょう」











