132.聖杯の儀
「――あ、ご主人様!」
「ん? 何、ピオラさん」
「そ、それが……今、玄関先にご主人様にお会いしたいという方がいらっしゃってまして……」
「あー、お客さんね。モグラ屋さん関係者なら別に許可なしで大広間まで案内しちゃっていいよ」
「あ、いえ、それが初めてお目にした方でして。どうも私たちと同じ女中さんのようなのですが」
「え、メイドさん?」
外に出れば、もうたしかに感じる冬の匂い。
この年、最後の月に入って最初の日だった。
我が家に、最強のメイドさんがやってきた。
「エミカ様。ご無沙汰しております」
「あ、ティシャさん!?」
ファンダイン家当主代行にして、コロナさんとパメラのお姉さん。その突然の来訪だった。
ただ、ご無沙汰といってもあのローズファリド家での一件以来。実際はそんな久し振りってほど久し振りじゃなかったりする。ま、あれはちょっと変則的な再会だったから、ティシャさんの中ではノーカウントなのかもしれないけど。
「パメラに会いにきたんですか?」
「それもついでの用事ではありますが、本日はエミカ様にお伝えしたいお話がありまして参りました」
「え、私に?」
どうやら本命の用事があるのは実の妹ではなく私らしい。てか、わざわざ王都からきたわけだし、けっこう大事な話なのかも。
とりあえず木枯らしが吹く玄関先でこのまま立ち話ってのもなんなんで、私はティシャさんを招き入れて地下の大広間まで案内した。
「ピオラさん、お茶の用意お願いしてもいい?」
「はい、ご主人様! 直ちに!」
私たちが食卓の西側の角席に腰を下ろすと、メイド長のコントーラバさんを筆頭に残りの家チームのメイドさんたちが集まってきた。そのまま階段側の壁に1列にピシッと整列していく。
その数、総勢4名。
「……あれ、4人?」
ローディスと王都への地下道が開通したばかりの頃、お店で働く従業員さん(特にルシエラ)に重い負担がかかってしまった反省から労働環境を見直し、現在はみんながきっちり休みを取れるような体制になりつつある。
そしてそれはモグラ屋さんに限らず、この家に係わる仕事についても一緒だ。
今日はシフト上、イオリさんが妹たちと〝プラスアルファ〟の面倒を1日見てくれることになってる。
なので、調理場にいるピオラさんを差し引くと、メイドさんはこの大広間に最大で3人しかいないはずだった。
え、怖い。
1人増えてるじゃん……。
謎を解決すべく、並んでるメイドさんたちの顔を順番に見た。
「――あっ!」
すると、コントーラバさん、ピュアーノさん、オルルガさんときて、最後にあったのは青ざめたパメラの顔だった。
「……」
「……」
冒険者として磨き上げた危機察知能力の賜物だろう。どうやら地下にいながらにして事前にティシャさんの存在に気づいたらしい。格好も普段のおヘソ丸出しの装備じゃなく、王都からくる時に着てたあのメイド服姿に早変わりしてる。
「どうやら、妹はしっかりキングモール家に仕えているようですね。安心しました。しかし、リリ様の姿がお見えにならないのは気にかかります。パメラ、護衛の仕事のほうはしっかり全うしているのですか?」
「ガ、ガガガ……」
「ガガガではわかりませんよ。質問にはきちんと答えなさい」
「あ! え、えっと、それに関しては最近〝シフト制〟になったので! 今日はパメラには家の仕事を中心にやってもらってるんです。ね、パメラ?」
「……」
「なるほど、エミカ様のお考えでしたか。これは出過ぎた真似をしてしまいましたね。謝罪いたします」
「い、いえいえ……」
「……」
あー、そうだったね。思い出したよ。
王都を出発する時、ティシャさんは粗相があれば〝再教育〟しにいくとかいってたっけ。
リリの護衛はしっかりやってくれてるけど、たぶんティシャさんはパメラが普通のメイドさんとしても我が家で奉仕してると考えてるわけか。だけど、残念ながら現状パメラのメイドさんとしての実績はゼロ。てか、メイド服だって初日から脱ぎ捨ててるし。
ぶっちゃけるとパメラが困ってる姿は私的に嗜虐心をそそられるところがあるんだけど、さすがにこの状況はちょっとシャレにならなそう。
しかたないからこの場はもう1人の心優しいお姉ちゃんとして、フォローに徹してあげることにしよう。
「ティシャさん、とりあえず紅茶をどうぞ! ウチのお店で売ってるイチゴとレモンのジャムもありますよ!」
「とてもいい香りですね。では、お言葉に甘えて」
姉への恐怖心でもう完全に目が死んでるパメラから注意を逸らしつつ、まずは近況の話題をいくつか提供。
やがてティシャさんのカップに2杯目の紅茶が注がれる頃には粗方話も出し尽くしたので、私は頃合いを見つつ本命の用件について触れた。
「それで、私に伝えたい話ってなんですか?」
「申しわけありませんが、非常に内密なお話ですので」
「ん?」
「……ご主人様、それでは我々は席を外させていただきます。地下農場のほうで収穫作業をしておりますので、ご用があればお呼びつけください」
「あー、そういうこと。ごめんね、ありがとう」
要するに人払い。
でも、一切部外者には聞かせられないってことは、やっぱかなり重要なお話っぽいね。
「エミカ様、妹だけはこの場に残しておいてもらいたいのですが」
「――っ!?」
その言葉に、メイドさんたちの列に並んでいそいそ退散しようとしてたパメラの動きがピタリと止まる。
彼女の目は必死に「断れ!」と訴えかけてきてたけど、私もティシャさんに要求されては無言で首を横に振るしかなかった。
「んじゃ、パメラは残って……」
「ご対応痛み入ります。パメラ、早くこちらにきなさい」
「ガ、ガガガ……」
ダラダラと尋常じゃない量の汗を噴き出してるパメラ。そんな妹がぎこちない動作で隣に着席するのを待ってから、ティシャさんは本題を切り出した。
「本日、私は女王様からの言伝を預かって参りました」
「ってことは、リリのことですか?」
「ご明察です。来週挙行される〝聖杯の儀〟につきまして、女王様はリリ様のご参加をご熱望されております」
「聖杯の……儀?」
「はい。王都におきまして王位継承権を持つ王族の方々が、齢7歳を迎えられる月に行なう儀式でございます」
「はへー」
詳しい話を訊くと、それは王都の東にあるレコ湖という湖の近くの祠で行なわれるという。
ただ、儀式といっても幼い王子様や王女様が特に難しいことをするわけでもなく、現地で簡単な礼拝と儀式をするだけらしい。
「しかしながら、初代国王の時代より500年間続く歴史ある儀でございます。そして仮のご年齢とご生誕日であれ、この最後の月にリリ様も齢7歳を迎えられることはこれも何かの〝縁〟なのではないかと、女王様はそうお考えになられておいでなのです」
正確なリリの誕生日はわからないけど、私とシホルの生まれた月日が2日違いなこともあって、その間の日をリリの誕生日にしてる。
そういえば、これはこないだお城で雑談した際、女王様に伝えたことだ。
なので、たぶんあの時からリリを儀式に誘うかどうか、女王様は考えてたんだと思う。
「……あの、それってお断りすることは?」
「もちろん可能です。女王様からはくれぐれも無理強いはしないようにと仰せつかっております。お返事も今この場ですぐにというわけではございませんので」
うーん。
でも、挙行は来週か。
それなら、返事がダラダラ遅れて迷惑をかけるよりは今ここで決めちゃったほうがいいような気がする。リリも、私と一緒ならどこに遠出しても嫌がらないだろうし。
「んー……」
てか、女王様にはこないだワインを購入してもらった大きな恩もある。
それに、こうしてわざわざ儀式に誘ってくれてるのは、リリを本物の王家の人間として丁重に扱ってくれてる証拠だと思う。その気持ちをムゲにしちゃいけないような気がするし、できるなら最大限応えたい。
「わかりました。参加する方向で調整してもらえますか。リリには私から話しておきますので」
「寛大なお心、女王様に代わりまして深くお礼申し上げます」
そのあと日程などの細かい話も訊いた。
儀式の前日にはお城入りして、翌日レコ湖へ移動。儀を執り行なって王都に戻ってくる頃には日も暮れてるってことで、当日もお城に宿泊した上、3日目の早朝にアリスバレーへ帰還。
というのが大まかな予定だそうだ。
2日程度なら私がいなくてもお店やワイン造りは大丈夫だろうし、王都へまでの移動は以前みたく王立騎士団の面々が馬車で送迎してくれるとか。ま、今回は地下道があるからあっという間だけど。
「あ、でも、ついてく場合、私とリリはどういう立場に……?」
リリが王家の血を引いてることは内緒だ。
ただの一般人が王子様が参加するような儀式に、同行してよいものなのかどうか。今さらながら疑問が浮かんだ。
「王都からレコ湖間の移動には、護衛として王立騎士団とともに信頼できる冒険者のパーティーが2組参加する予定です。エミカ様にはその中のメンバーの一員となっていただき、リリ様には王子様の従者の1人となっていただく予定です。もちろん、すべて表向きの話ではありますが」
つまりは全部偽装した上で参加しちゃえってことらしい。
「そういうことなら、リリとがんばって装ってみますね」
「お手数をおかけして申しわけありませんが、よろしくお願いいたします」
その他の詳細に関しては前日入りした際、直接の担当者さんと相談していろいろ決める運びとなった。
「それでは、私はこれにて失礼させていただきます」
「もう帰っちゃうんですか?」
「はい。女王様にいち早くご報告しなければなりませんので」
「どうせなら晩ごはん食べていってもらおうと思ってたんですけど」
「そのお気持ちだけで十分でございます。本日は突然の訪問にも係わらず、お話を聞いていただきありがとうございました」
そこで隣のパメラの首根っこをひょいっとつかんで立ち上がらせると、ティシャさんはそのままその後頭部を深く押さえつけ、姉妹ともに頭を下げてきた。
「また、私事ではありますが、今後ともこの愚妹のことをどうかよろしくお願いいたします」
「ガ、ガガガ――!?」











