128.もぐらっ娘、未知なる天獄ツアーへの巻4。
黒い箱1つ1つに浮かぶ――顔、顔、顔。
歳を取った男の人や若い女の人もいれば、小さな子供も交じってる。
老若男女。
私の周囲には、年齢も性別も様々な顔が並んでた。
「えっと……」
だけど、それらはどれも私が知ってる〝人〟の顔とはちょっと雰囲気が違ってた。肌は雪のように真っ白だし、どこか鼻筋も不自然に角張ってて、違和感というか上手くいい表せない奇妙な印象がある。
耳の尖ったエルフ族とか犬耳の獣人族とか、人類のかなりの割合を占める私たちノーマルとは明らかに異なる特徴を持つ種族もいるけど、それともまた違った感覚だね。なんというか、〝根本の差〟みたいなものを感じる。
「……す、すみません! ちょっと作戦タイム! サリエルこっちきて!!」
たくさんの生暖かい目に取り囲まれて、さっきからものすごい居心地の悪さも感じてた私は、のほほん天使の手をつかんで逃げるように目の前の塔から距離を取った。
「どうしたの、エミカー?」
「どうしたもこうしたもないよ! あの黒い箱の中にいる人たちがサリエルのお父さんとお母さんなわけ!? なんか想像してたのと全然違うよ!!」
サリエルをちょっと大きくして、同じくのほほんとした感じの人たちを想像してたのに、現実は予測不能だ。
てか、ちょっとお父さんとお母さん多すぎません? 何人いるの……?
「そうだよー♪ でもね~、実際に黒い箱の中に入ってるわけじゃなくて、あれは〝TV〟っていってね~、情報を映像として出力してるだけだよー。お父さんとお母さんたちはもう身体がないからー」
「……は?」
身体がない?
ふむふむ、なるほど。さてはまたなんかの比喩だねと深読みしてると、足元に転がってた黒い箱の1つにまた光が灯った。不意を突かれた私は思わずビクッとなる。
「ひぇっ!」
『親愛なる星の子よ。驚かせたことを謝罪する』
――ブゥン。
また近場にあった黒い箱が1つ点灯。
そして、浮かび上がった顔が次々に言葉を繋いでいく。
『しかし、サリエルの説明ではあなたを悪戯に混乱させるだけでしょう』
――ブゥン。
『だから、その役目を我々が担おう』
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
『これから僕たちが話すことは、遠い遠い過去の物語』
『それは私たち種族の悲しい記録であって、虚しい追憶でもある』
『そして、この星の〝記憶〟にも係わること』
――ブゥン。
『この星の正統なる後継者として、初めてここにやってきたあなたにはそれを知る資格がある』
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
『だから、あなたに伝えよう』
『だから、あなたに委ねよう』
『だから、あなたに託そう』
『我々の真実を』
『そして、この星の秘密を』
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
『『『親愛なる星の子に、今こそ祝福を――!!』』』
無数の黒い箱から発せられる人々の声。
それが1つに束ねられて、仄暗い世界に反響していく。
同時、一斉に箱の光が消えたかと思えば、頭上にあった赤い双子の月が明滅を繰り返し、強く輝きはじめた。
「あわ、あわわ!?」
「きれいだね~♪」
ヤバい。
星の記憶とか秘密とかわけわかんないけど、なんかこれからヤバいことがはじまるってことだけはわかる。
てか、サリエルのお父さんとお母さん、もっと意思の疎通をお願いします。だって、これじゃいきなりすぎるよ。
「うがあぁー! そんなとこだけ娘と似てるってどうなのぉーー!?」
「あはー♥」
――ドッガアアァーン!!
ヤケクソ気味に叫んでると、唐突に頭上にあった赤い月が落っこちてきて私たちを潰した。
比喩とかじゃなく、マジで。
「うぅ……」
あー、これはさすがに死んじゃったかな? なんて思いながら恐る恐る目を開けると、私は赤い水の中を漂ってた。
それ以外、辺りには何もない。
ただどこまでも、景色とも呼べない景色が広がってた。
『ここは遠い遠い、もうあまりにも遠い場所――』
今度は頭に直接だった。
たくさんの声が響いてくる。
『天獄とも、あなたが生まれた地上とも異なる場所』
『もうすでに永遠に失われてしまった場所』
『我々の故郷だった場所』
知らないところなのに、どこか懐かしくて悲しくて、落ち着く。
私の感情じゃない感情が入り交じる中、〝ゼロ〟だった世界は進む。
赤い水が徐々に青へと変わり、上方からは希望とも思える美しい光が射しこんできた。
『まだ〝時間〟という概念すらもなかった』
『それでもある日、それは海に顕現した』
『ものすごい偶然だった』
『でも、ただの必然でもあった』
『それは我々の祖先』
『この母なる星に、最初の生命が生まれた日――』
目に見えないほどの微小の粒。
それが青い光の世界に漂い、爆発的に数を増やしていく。
やがて形を変えて1匹の魚になると、それは水中を自由に泳ぎはじめた。
『生命は進化し、多様性を獲得していく中で数多の〝分岐〟を生んだ』
『それらの中には海を去り、偉大なる大地に立つと、大空を目指すものまで現れた』
『幾度かの絶滅の危機に瀕しながらも、生命は不屈の意思のもと絶え間ない進化を続けた』
『そして、最初の生命が生まれて、気が遠くなるほどの年月が過ぎ去った頃』
『ついにこの星の支配者となる分岐が生まれた』
『それが、我々の直接の祖先』
『$%◇&#%――』
『大きな罪を犯した種』
『その罰により、〝学名〟すら抹消された種』
『彼らはその繁栄とともに、自らがこの母なる星の後継者だと信じた』
『それが、悲劇のはじまりだとも知らずに』
海を去り、大地に立ち、翼を獲得した私は眼下にその〝記憶〟を見た。
地は塗り固められ、山は切り崩され、海は埋め立てられていく。
そして、美しかった世界はあっという間に変貌した。
――灰色。
それだけが、私の足元に広がる光景だった。
『支配者たる我々の祖先はさらなる繁栄を築いた』
『しかし、それは母なる星の寿命を吸収した上で成立する、偽りの栄華でした』
大空を高く高く飛んで、また地を見下ろす。
もう星の表面はどこまでも灰色に塗り潰されてた。
『その頃になってようやく、祖先の中にも警鐘を鳴らす者が現れた』
『疲弊した母星を休ませるため、彼は仲間とともにある計画を実行に移すことになります』
ふと、そこで私の眼下に現れたのは、あまりにも巨大な〝船〟だった。
王都の何倍もあるそれがあっという間に建造されていく。
そして、完成すると同時、船は空高く浮上した。
『我々の祖先の一部は、母星の代替となる星を探すために宇宙へと旅立った』
『それは結果として、8世代以上にも亘る長い長い航海となったのです』
『船団員は船の中で次の世代を育み、条件に適合する星々を巡った』
『そんな中、新たに生まれた1人の天才により、有史上にすら類を見ないほどの技術革新が船団内に齎されました』
『男が残した功績は多岐に亘り、我々の祖先は〝宇宙の最果て〟に到達する技術を得るまでに至った』
『数十年後、それを実行した我々の祖先は、自分たちの神をも超越する存在となったのです』
その真っ暗で何もない場所に船は浮かんでた。
多くの人たちが喜び騒いでる。
そんな最中、白髪のおじいちゃんだけが1人、どこか悲しげに暗い空間をジッと見つめてた。
『男の齎した技術革新の副産物によって数世代後、祖先は疲弊した母なる星を直ちに蘇らせる方法も発見した』
『これにより当初の計画は白紙となり、船団員たちは獲得した成果とともに母星へ帰還することを決めました』
『星に残った同胞たちは自分たちを万雷の拍手で迎えてくれるだろう』
『船団の誰もがそう考えていた』
でも、現実は違った。
船は万雷の拍手ではなく、激しい光の攻撃を受けた。
『船団の技術はさらなる革新が進んでいたため、大きな被害は出なかった』
『しかし、同胞たちから攻撃を受けたという事実は、彼らにとってあまりにも衝撃的な出来事でした』
船の中にある一際高い建物。
そこで若い女の人が大勢から説得を受けてる。
どうやら、女の人のほうが何か無理を押し通そうとしてるみたい。
彼女は引き止める声を無視して、そのまま小さな船に乗りこんでいく。
『事態を打開するため、船団側は代表者自らが母星に赴くことを決断しました』
『同胞たちは何か誤解をしているに違いない』
『それさえ解ければ我々はこの地でまたともに幸せに暮らせるはずだ』
『しかし、そんな強い想いは彼女が母星に辿り着いて早々、潰えます』
地上に下船すると同時だった。
まばゆい光が乗ってきた小さな船ごとすべてを吹き飛ばす。
地表は深く抉られ、ほんの一瞬でそこは死の大地と化した。
『死亡した船団側の代表者は技術革新を齎した天才の孫であり、初代船団代表者の末裔でもあった』
『そして、船団の英雄を無残に殺されたことで、平和的解決を望んでいた者が圧倒的多数を占めていた船内の状況は一気に変わりました』
黒い海に浮かぶ船の底から無数の光の矢が地上に降り注いでいく。それは地表をバターのように溶かして突き刺さると、地の奥深くに暮らしてた同胞ごとすべてを焼き尽くした。
『当初、戦闘は船団側が圧倒的に優位に進め、早い段階で終結することが予想されていた』
『しかし、星の同胞側は徹底抗戦を貫き、事態は地上戦にまで発展』
『なぜここまでして彼らが抗うのか、船団側は理解できませんでした』
それでも、先祖代々1つの目的のために費やしてきた。
すべては母なる星を救うため。
今さら何もかも投げ出して手を引くわけにはいかない。
『使命を託された末裔たちは士気高く地上に下り立つと、地下へと潜り、次々に主要エリアを制圧』
『そして、彼らは同胞側の指導者を発見すると、それを追い詰めました』
包囲されてもなお抵抗を続ける男に、船団側の1人の兵士が叫ぶ。
「母なる星の指導者よ!
なぜ、俺たちを拒絶した!?
同胞として、俺たちはこの星を救うために帰ってきたんだぞ!!」
攻撃を受け、全身から血を流す指導者はそのスイッチに手をかけながら答える。
「お前らはもう同胞ではない。
そこに横たわっている、お前らの仲間の躯を見ろ。
我々と、違うではないか」
兵士が視線を向けると、戦死した仲間の兵士の周辺は鮮やかな緑色で染まっていた。
たしかに、星の同胞が流す血と彼らの流す血とでは、その色が違っている。
しかし、指導者が言おうとしていることを、兵士は最後まで理解できなかった。
「船団の中には血が虹色の奴だっているぞ。
それが一体なんだっていうんだ?」
それ以上、指導者は兵士の言葉には答えなかった。彼は途切れかけた意識の中、手元のスイッチを押す。
その瞬間、地下世界は母なる星の核とともに崩壊した。
『血の色の変質は、数世代前に彼らが獲得した人体改造技術の副作用だった』
『そして、進化することが当たり前になっていた彼らからすれば、もう変化を望まなくなっていた同胞たちの考えは到底理解できるものではありませんでした』
『母なる星とともに潰える』
『星の寿命はイコール、この世界と自分たちの終焉である』
『船が宇宙へと飛び立って長い年月が経ち、星に残った同胞たちの考えもまた、船団員たちの血のように歪に変質していたのです』
『結果、狂信的ともいえる思想は母なる星の破壊へと帰結した』
灰色だった星に大穴が開き、マグマが赤黒く輝いている。
大地は崩れ去り、天は消え、今まさに1つの星の寿命が尽きようとしてた。
もうこの場に留まる理由はない。
それでも、船で脱出を果たした人々は母なる星の最後を悲しみとともに見届けた。
『やがて母なる星が爆発し隕石群となったあと、生き残ってしまった我々の祖先は宇宙の海を彷徨いはじめました』
『今度は目的も、帰る場所もない航海』
『そして、またさらに長い長い年月が過ぎ去った頃でした』
『私たちは、この星に辿り着いたのです』











