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125.もぐらっ娘、未知なる天獄ツアーへの巻1。


 地下のスペースを拡大して以降、1日の売り上げは連日過去最高を次々に更新。メイドさんたちはみんな美人で働き者だし、ミニゴブリンたちは相変わらず私に忠誠を尽くしてくれてる。

 そして、何よりも家内安全。厳しくなりつつある冬の寒さにも誰1人として体調を崩すことなく、家族みんなが元気な毎日だ。


 てか、怖いぐらいにここ最近、何もかもすべてがうまくいってる気がする。

 昨日なんて栽培所を作ってる時に思いついた植林場の建設計画をロートシルトさんにもっていったら大絶賛された上、街の重役としてどんな協力も惜しまないとまでいわれちゃったし。

 やっぱ発想の転換っていうの?

 それができるかどうかではっきり分かれちゃうよね、人生の明暗ってやつが。


「いやー、ヤバいね私。とどまることを知らないってのは私みたいなことをいうんだろうね、がはは!」


 そんな自画自賛のご機嫌気分で、今日はちょっくらまたダンジョンの鉱山地帯へ。モグラメタルの材料がそろそろ尽きるかもって心配もあって、念のための追加の採掘って感じだ。


「――ヴオ”オオォォー!」

「先制のモグラパーンチ!」


 地下11階層を通りかかった時、偶然ゾロ目階層ボスのミノタウロスが出現。辺りに誰もいなかったので殴り倒すと、少しして血溜まりの中から小石ほどの光り輝く緑の宝石が、ぽーっと浮き上がってきた。


「おっ、ドロップアイテム! やっぱ今の私は波に乗ってるね!!」


 順風満帆。

 風にも乗って私はダンジョンを駆け抜ける。


「よっし、今日はこの辺一帯ぜ~んぶ平地にしちゃうぞー!」


 でも、鉱山に到着してすぐ、乗ってたのは波でも風でもなく〝調子〟だったことを、私は知ることになる。



「――モグラクロー!」



 鉱山の頂上で作業中、下りるのが面倒だったので最後に残った端っこ部分は自分の足元の地面を消す感じで掘削。

 ま、落ちても4~5フィーメル程度の落下。

 華麗に着地すればなんの問題もない。


 はずだった。




    ヒ

    ュ

    ウ

    ウ

    ウ

    ウ

    ウ

    ウ

    ゥ

    ゥ

    ゥ

    丨

    丨

    丨

    丨

    丨

    ン

    !




 ん?

 地面がヤケに遠いな。

 てか、これ落ちてない?

 あ、やっぱ落ちてるわこれ。



「んっと――」



 たぶん鉱山のてっぺんがちょっと歪な形をしてて、さっきまで絶壁から突き出た場所に私は立ってたっぽい。

 だからその足元を掘れば、崖下に落ちるのは至極当然のこと。

 うん、おっけー。何が起きてるのか完全に理解した。てか、いつの間にか頭が下になってるし。ちょ、地面もうすぐそ――



 ――ドガア”ア”ンッッッ!!



 人は死の直前、過去のあらゆる思い出が一気にフラッシュバックするとかよくいうけど、少なくとも今日に限ってはそんなことは起きなかった。

 怖いとか、あー死ぬとか、思う間もなくすべてがあっという間のできごと。

 崖下に落ちて数瞬後にはもう、私は思いっきり頭から地面に突っこんでた。


「んっ、んっ~~!!」


 かなり深くめりこんだので、私は両爪で地面を押した。そのまま土に埋まった首から上をズボッと引き抜く。


「うぎゃっ」


 勢い余ってそのまま後ろにでんぐり返し。

 ゴロゴロと地面を何度か転がって、最後には仰向きで止まる。


「………………」


 しばし、ぼーっと平穏な空を仰ぎ、いい天気だなーっと軽く現実逃避。そのあとで、私は力いっぱいに叫んだ。



「う”わ”あ”あ”あああああああ危ねえ”え”ええぇぇーー! 絶対死んだと思ったあ”あ”あ”あああぁぁ~~!! てか、なんで生きてるの私ッ~~!?」



 安堵、後悔、懺悔、恐怖。

 驚き、怒り、嘆き。

 今さらになっていろんな感情がぐちゃぐちゃになって押し寄せてきて、これでもかとパニック。

 笑っていいのか、泣いていいのか、それさえもわからない。

 あわわ、と頭を抱えながら苦悩する私。


 それでも、しばらくしてなんとか少しは頭も回るようになってきたので、一度冷静になって考えてみた。なんで落ちても無事だったのかを。


「えっと、ここがダンジョンだから……?」


 いや、きっとそれは関係ないよ。

 もっとよく考えるんだ、私。


「あ、もしかして暗黒土竜の後脚のおかげとか……?」


 いや、違う。

 落ちたのは頭からだった。


「一体、私の身に何が……」


 得体の知れない怖さが勝って、一気に背筋が寒くなる。

 ガタガタと震えながら、なんとなしにここまでダンジョンで取り乱したのもいつ振りだろうと考えてると、あののほほん天使に無理やり地下99階層に連れていかれた時のことを思い出した。あれはたしか、もう半年ぐらい前の話だ。


「……ん、天使?」


 ふと、そこで思い至って自分の左爪を見る。手の甲のブヨブヨしたところ。そこにあるのは〝翼を模した刻印〟――王都であの怪物と戦う直前、サリエルが私にくれたお守りだった。

 その効果は、私が受けたすべてのダメージをサリエルが肩代わりするというもの。あの時も怪物の舌で胸を貫かれたにもかかわらず、私はこれのおかげで死なずに済んだ。


「あー……」


 完全に忘れてた。

 いや、忘れてたけど。


「これって、まだ有効だったんだ……」


 そういや時々パメラに思いっきり叩かれたり蹴られたりしてるけど、痛いって感じた記憶がないね。それに仲魔にする前、ミニゴブリンたちにもボコボコにされたけど、今考えたら精神的なダメージ以外はなかった気がする。

 最初に王都にいって戻ってきてからを少し振り返っただけでも思い当たる節がちらほらと。

 これはもう間違いなさそうだったので、私は掘削作業を中止して一旦我が家へと戻った。

 今日は教会で授業のない日。なので、シホルもリリも家にいた。とりあえず帰って早々、心の中で謝りながら妹2人をギュッと抱擁。んで、流れで近くにいたパメラにも同じことをしようとしたら思いっきり殴られた。

 うん。

 やっぱ、ぜんぜん痛くない。


「パメラ、もっかいお願い」

「は?」

「次はもっと強く私を痛めつけて!」

「お前、今日はマジでキモいな……」


 ただサリエルのお守りの効果を調べようとしただけなのに、なんか妙な誤解を生んだっぽい。ものすごい嫌悪の目で見られてしまった。


「えっと、たしかこの引き出しに……お、あったあった」


 自室にいって隠しておいた大量の天使の羽根の中から1枚を選んで、そのままトンボ返り。

 ダンジョンに戻って人気の少ない静かな場所まで移動すると、王都での一件以来、私は久々に天使を呼び出すために羽根を放り投げた。


「お~い、サリエルー」


 彼女の姿を思い浮かべつつ名前を呼ぶと、次の瞬間、ボンッという音とともに天使サリエルは降臨した。


「………………」

「………………」


 翼を広げて神々しくみたいな登場を期待してたわけじゃないけど、のほほん天使はダンジョンの冷たい床にまっすぐ俯せの状態で現れた。

 予想の斜め上の登場に、普通に声をかけていいのか迷う。

 だけど、その翼の生えた身体がピクリともしないのを見て、私は思いっきり不安になった。


「サ、サリエル! まさか、さっきの私の落下のダメージで!?」

「……ん? あ、エミカだー!」

「うわっ、生きてた!!」


 ちょっと焦ったけど、サリエルはピンピンしてた。私に気づくと翼をバタバタさせて上昇、彼女はそのまま私の周囲をぐるぐるとものすごいスピードで回りはじめる。


「うわぁ、エミカー! 本物のエミカだー! エミカエミカエミカーー!!」

「あー、はいはい。わかったからちょい落ち着こうね」


 相変わらず人懐っこい天使だ。

 だけど、私の目も回りそうなので止まってもらう。


「久しぶりだね、サリエル。元気だった?」

「うんっ! エミカはー?」

「元気だよ。ま、さっき死にかけたというか命拾いしたけど……」


 そのままサリエルに事情を説明しつつ、私はさっそく左爪の刻印の件について訊いた。


「あ~、あの時のだー」

「そそ。まだ効力があるとは思わなくてびっくりしたよ」

「あはは、まだ続いてるんだね。あたしもびっくりー」

「……」


 いや、そこは付与した本人が驚いてちゃダメなのでは?

 あ、てかこのパターンは、もしかすると……。


「ねえ、この刻印の効果をなくすことってできる?」

「えっとね~、あたしも〝天使の祝福〟を使ったのはあれが初めてでー、だから解除方法とかまではちょっとよくわかんないやー」

「さ、さいですか……」


 マジか。

 ってことは、ずっとこのまま?

 いや、痛みを感じないだけならともかく、一切ケガしないってのはいいことなんだろうけど、そのダメージはずっとサリエルが肩代わりしてくわけだし、さすがにそれはおんぶにだっこで申しわけない気がする。

 それに今後、もしさっきのような場面を誰かに見られたりしたら大変だ。私は間違いなく怪物扱いされるだろうし、追及されたら最悪サリエルのことを白状しなくちゃならなくなるかもしれない。


「エミカは天使の祝福を解除したいのー?」

「ん? ああ、刻印のことね。うん。できれば解いといたほうがいいと思うんだよね。今日助かったのはこれのおかげだし、ほんとサリエルにも感謝してるけどさ、今日みたいなことがもう二度と起こらないとは断言できないし……」

「わかったー♪ それなら解き方をお父さんとお母さんに訊きにいこー」



 ――ガシッ!



 えっ、お父さんとお母さんって誰の?

 頭に浮かんだシンプルな疑問を私は直ちに呑みこんだ。

 なぜならサリエルが私の腕をつかむと同時、あのなんともいえない異音が聞こえたから。



 ――ドウ”ゥ~~~ン。



 不吉な既視感。

 てか、これ完全にまた移動(ワープ)してるよね。

 なんて思う間もなく、私はもう別の場所にいた。


「あっ……」


 最初に気づいたのは足元に地面がないこと。

 そして、不吉な既視感が二重になった次の瞬間、私はどこへともわからない場所へ真っ逆さまに落ちていった。


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