110.もぐらっ娘、鉱山を掘る。
次の日。
昨夜、別れ際にお願いしといたスクロールを受け取ると、私はそのまま単独でダンジョンに直行した。
もちろん、目的は鉄と砂の入手。
ガスケさんたちに護衛を頼んだり、ミニゴブリンたちを連れていくことも考えたけど、今回は1人で潜ることに決めた。私だけならピンチになったとしても暗黒土竜の後脚で逃げられるし、もしもの時は転送石を使ってサクッと脱出しちゃえばいいだけだからね。
それと、集団で潜るよりも、単独を選んだのは戦略上の理由からだったりもする。
少し前、スカーレットの部屋で侵入者を待ち伏せてた時に使った方法。
透明化の魔術スクロールと、気配消失の技能スクロールのダブルがけ。
それを今回のダンジョン探索にも流用し、目的の階層まで一気に駆け下りちゃおうという作戦を昨日のうちに練っておいたのだ。
『え、ズルい? いやいや、そこは賢いっていってほしいですなぁー(悪い顔)』
『……修正。狡賢い』
昨夜、お店の地下で透明作戦について説明したらルシエラからはそんな感想が返ってきた。
それでも、その方法なら中層階ぐらいまでなら余裕で実行可能だろうとのこと。ルシエラから花丸ももらえたので、私は無理をいって必要なスクロールの作成を彼女にお願いした。もちろん、お店の在庫分の生産に影響のない範囲でだけど。
「よし、いきますかー!」
気合を入れて、いつでもすぐ使えるよう転送石はオーバーオールのポケットに移動。
そして、スクロールの入った大きな布袋を背負い、私は正面入口から堂々とダンジョンの中に入った。
地下1階層~地下3階層は、普段から魔石クズを掘る時にもきてるのでそのまま通過。
モンスターの数が増える地下4階層からは予定どおりスクロールを使用しながら進んだ。
モンスターが周囲にいない時は通路を駆け抜けて、いる時はゆっくりと歩く。
途中、珍しく単体で行動してる〝スケルトン〟とすれ違ったので試しに遠くから小石を投げてみたけど、奴が私の存在に気づくことはなかった。
ルシエラの話では他の魔術やスキルを使ったり、大声を出したりなんかすると効果が薄れるってことだったけど、どうやらこのぐらいの攻撃ならしかけても問題ないみたい。
てか、これならこのまま近づいてモグラパンチで一撃って感じで簡単に倒せちゃいそう。
ま、今回の目的とはズレるからやらないけど。
「あっ、次もうゾロ目階かー」
問題なく最初のボスが出現する地下11階層へ到達。
ボスフロアだけあって多少身構えたけど、以前見たあの大きなミノタウロスはすでに他の冒険者たちに倒されてた。状況を見るに、今はいくつかのパーティーが談笑しながら新しいミノタウロスが湧くのを待ってるっぽいね。つまりコロナさんの依頼で最初にきた時と同じ状況だ。
たしか、あの時はマストンさんたち〝肉体言語〟のメンバーが倒してくれてたんだっけ。
「そろ~り、そろ~り……」
「あ? お前、今なんかいったか?」
「いや、なんもいってないけど?」
「(はぅ……)」
そのまま透明状態のまま他の冒険者とぶつからないよう、広間の奥にある階段を目指す。
アリスバレー・ダンジョンの場合、ボスフロアだけは下階層に続く階段は1つしかない(らしい)。なので、ここが唯一のルート。だからボスが倒されてなかったら、ちょっと面倒なことになってたかも。これは幸先がいいね。
ま、地下道が開放されてから王都の冒険者がこっちのダンジョンに挑んでるって話もよく聞いてたから、ある程度こうなることも期待してはいたんだけど。
「ふー、抜けたぁ~」
長い階段を下りて、12階層へ到着。
そこは見渡す限りの平原。
空を見上げれば、お日様があってポカポカ。
ここからはシンプルな迷路構造からフィールド構造に打って変わり、1フロアずつがものすごく大きくなる。
一説によると、その階層によっては私たちが住むこの世界と同じぐらいの広さがあるともいわれてるらしい。
つまりこの平原を同じ方角にどれだけまっすぐ進んだとしても、いつまでも外層に辿り着けないかもしれないってことだ。
そういや旧モグラ屋さんをやってた時も、地下12階層より下の入口は外層じゃなくて、全部何もない空間と直接繋がってたっけ。
いや、だけどさ、こんな巨大でわけのわからない物、一体誰がなんの目的で造ったんだろう。
ほんとに謎だね。
たしか、あののほほん天使はダンジョン自体が船で、その先が〝天獄〟と繋がってるみたいなこといってたけど、うーん。
「……ダメだ、わからん!」
考えてもわからないことは考えても無駄。
なので、先を急ぐことにする。
12階層からは迷子にならないよう、念のためこちらも用意しておいてもらった地図系のスクロールも使った。使用後、暗黒土竜の魔眼のスコープを下ろすと、思った以上に周辺マップが超広範囲に表示された上、複数の階段の位置まで把握できたのは嬉しい誤算だった。
一段とスイスイ進み、そのあと数回ほど透明化と気配消失をかけ直したところで、私はついに1つ目の目的地へ到着した。
――地下21階層。
ここは以前、コロナさんの依頼でもきた場所だ。
赤土の地面を駆け抜けて、そのまま鉱山地帯に入る。
辺りにモンスターの姿がないことを確認したあとで、私は目の前にある大きな黒い山を見上げた。
地面から切り立った崖がほぼ直角に伸びてて、それが頂上までずっと続いてる。目測するのは難しいけど、たぶん地上のダンジョンの塔部分と同じぐらいの高さはあるっぽい。
あと、植物の類が一切生えてないこともあって、山ってよりは超巨大な黒い塊が地面に深く根づいてるって感じにも見えるね。
「えいっ」
試しに軽く蹴ってみると、ゴンッという音がした。
なんか硬さ的に、いかにも鉄が含まれてるっぽい。
色も鉄っぽいし。
いや、もちろん鉱物に関して専門的な知識なんてないけどさ。
「ま、どっちにしろダンジョンの状態回復作用で元に戻るし、サクッと掘っちゃいますか」
まずは崖に近づいて、モグラクローで段差を作るようにして足場を確保。そのまま鉱山の外縁をグルグル回るようにして階段を上へ上へ伸ばしていく。
祝福も使ったおかげで頂上にはすぐに辿り着けた。
「おー、いい眺めー!」
しばし、鉱山の一番上から絶景を堪能。
やっぱ鉱山地帯なだけあって、見渡す限りゴツゴツでギザギザした山岳だらけ。なんかここと違って灰色だったり黄色っぽい山もあるね。次回はあっち側にも足を延ばしてみようかな。
「その前に、まずはこっちを掘らなきゃだけど」
軽く準備運動をしたあとで、私はいよいよ本格的な掘削作業に取りかかった。
まずは一番高い部分から最大出力でボコボコと掘り進めていく。イメージとしては山頂から徐々に鉱山を切り崩していく感じ。
飛行系モンスターの妨害もなく、作業はスムーズに進んだ。
そして、やがて鉱山はすべて掘り尽くされ、周辺一帯は完全な平地へと姿を変える。
「ふー、これだけ掘れば十分かな」
上空を確認。
うん、掘り残しもない。
綺麗に掘れた。
「あ、でもこれって、頂上部分を残してたらどうなってたんだろ……?」
ふと生じる疑問。
んー、爪の法則から考えると、掘り残した部分は浮く?
いやいや、これも考えても無駄だね。
次回、実験して調べてみよう。
「今はそれよりも――鉄、鉄、鉄、硬い鉄っと……モグラリリース!」
イメージを膨らませながら爪を前に。
次の瞬間、巨大な四角い塊が目の前にズドンと現れた。
「お、やった。成功ー」
その鈍く光る銀色の塊を蹴ると、キーンッと音が響くほどに硬い感触が返ってきた。
強度はかなりありそう。
これなら武器防具の素材にも使えそうだね。
「よし、この調子で次だー!」
目的の1つを達成した私は再度スクロールを使って透明になると、さらに下層に向かって進んだ。











