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幕間 ~諜者と竜殺し~


 教会を出ると、パメラとコロナの二人は街の中心に向かってゆっくりと歩き出した。

 不仲な両者のあいだに会話はない。アリスバレー郊外の長閑な景色が、ただ静かに彼女たちの背後へと流れていく。


「……」

「……」


 妹の〝竜殺し〟は最初の言葉を探し、姉の〝諜者〟は最初の言葉を待った。

 永い永い沈黙。

 やがて、パメラが話を切り出した時、教会の時計台はもう二人の遥か後方にあった。



「――贖罪のつもりか?」



 贖罪。

 姉のコロナはピタリと足を止めて、頭の中で言葉を反芻する。妹がなんのことをいっているのかはすぐに理解できた。


「そうだな、王都での一件ではエミカに多大なる迷惑をかけた。このぐらいの手助けは当然だ」

「おい、とぼけんな。わかってんだろ? 今、オレが訊いてんのがエミカのことじゃねぇことぐらいよ」

「……」

「スカーレット。さっきお前が顔を合わせたローズファリド家の娘の話だ」


 ローズファリド――王国に名を馳せた大貴族の名家。

 四年前、当時のローズファリド家の当主は国家の乗っ取りを策謀する勢力の中心に立ち、国賊一派を主動していた。男が持つ権力は王室に迫るほど強大であり、即位したばかりのミリーナ女王の地盤は大きく揺らいだ。

 もはや、闇に葬る以外の手は無し。

 諜者だったコロナに特命が下ったのはキリル大臣に化けていたあの名も無き怪物の陰謀はあれど、半ば必然的なことであったともいえる。

 そして、あの夜コロナは命令を遂行し、初めて人を殺めた。

 結果、国賊一派は支柱を失い瓦解。

 ローズファリド家自体も偉大な当主を失ったことで同鷹派貴族勢力の裏切りに遭い、密告により反王室主義の実態が露呈。嫡子をはじめ次男三男が罪に問われたことで没落の道を歩んでいくこととなった。


 すべては王国を護るため。

 成果を考えればコロナの仕事は完璧だった。

 ただ一つ、暗殺現場をあの小さな女の子に目撃されたことを除けば。


「スカーレットは、お前がむかし悔やんでた……」


 あの夜を発端に、志を共にしていた二人の姉妹もまた大きく道を違えることになった。

 一方は、理想的な正義を貫くために。

 一方は、現実的な正義を成すために。


「妹よ。あの時、すべてを打ち明けてしまったのは諜者として恥ずべき失態だった。姉としても最大の汚点だ。忘れてくれればありがたい」

「はっ、やなこった。お前が惨めったらしくボロボロ泣いてる姿は思い出すだけでも笑えてくる。誰が忘れてやっかよ」

「しばらく会わないうちにまた一段と性格が悪くなったようだな」

「それはお互い様だろ。お前だって今回のこと、エミカに何もいってねーじゃねぇか。エミカを手助けするフリして自分の罪を贖ってんじゃねぇよ!」

「なるほど。何に苛立っているのかと思えば、お前は私がエミカをいいように利用したと考えているわけか」

「……違うのかよ?」

「いや、違わない。たしかに私はローズファリド家の子女が窮地に立たされている事実をエミカから聞かされた時、これは運命だと悟った。あの夜、あの子に絶望を齎した私が、今度は希望を与える立場になるのだと」


 失うこともあれば、得ることもある。

 人生はその繰り返し。

 数奇な巡り合わせを前に、コロナは自らの役割を全うすることだけを考えた。そして各地に散らばった多くの姉妹たちの協力を得た上で、短期間でポポン伯爵の悪事を白日の下に晒すことに成功した。


「その代償に、今後姉上たちからはとんでもない無理難題を押しつけられそうだがな」

「いい気味だ」

「それで妹よ、私から言質は取れたわけだが、これで満足か?」

「……」

「まだいい足りないことがあれば聞くが、生憎私も忙しい身だ。できれば単刀直入に頼みたい」

「……オレはただ、お前に文句をいってやりたかっただけだ。地獄に突き落とすようなマネしといてあとで勝手に救うぐらいなら、最初から自分の手なんか汚してんじゃねーってな!」

「私自身、今でもあの男を抹殺したことは過ちだとは思っていない。当時問題があったとすれば、私の精神構造(メンタリティ)だ。背負う覚悟が足りなかった」

「今ならその覚悟があるっていうのか!?」

「ああ、ある。それは今回のことで確信した」


 そこでコロナはゆっくり頷くと、まっすぐにパメラを見つめた。


「正直、贖罪に値する行為だったとも考えていない。そもそも犯した罪を善行で贖うことなど、ただの自己満足に過ぎないのだから。しかし、これが自分が果たすべき責務だった。それだけは自信を持っていえる」

「……」


 モグラの爪を手にしたエミカは強い。

 それでも、たとえ相手がダルマ・ポポンのような悪党だろうと、平気で人を傷つけられるような人間ではない。どれだけ力を持っていようが中身は普通の女の子だ。今回そうはならなかったが、もし命のやり取りが避けられない局面にまで事態が及んでいたら?

 コロナの危惧は、同時にやるべきことを明瞭にした。


「だから、そうなる前に、お前が代わりに手を汚すってのか?」

「ああ、おそらくそれが私と彼女(エミカ)が出会った理由だ。私は私の役割を全うする」

「……」

「そして、エミカだけじゃない。パメラ、それはお前も同じだ」

「……どういう意味だよ?」

「お前も手を汚す必要はないということだ。この先、また今回のようなことが起きたら私がすべての始末をつける」

「そんなんでオレに恩を売ってるつもりか? 話にもなってねー」

「いや、綺麗ごとだが、ただ友人と妹を人殺しにさせたくないだけだ」

「……」

「以前から思っていた。お前と彼女は似ているよ。だから、これからも傍にいたいのなら近しい人間のままでいろ。その上で、お前はお前にしかできない役割を果たせばいい」

「ちっ、勝手なことをベラベラと……! もういい、さっさと王都に帰れよ、このボケ!!」

「話が済んだのならそうさせてもらおうか。引き続きリリ王女とキングモール家を頼む」


 そんなことはいわれるまでもないことだった。

 去り行くコロナの背中に向けて怒鳴り散らすように言葉を返す。

 徐々に離れていく姉である諜者の後ろ姿。


「オレとエミカが似てるだと……」


 しばらくその場を動かず一点を見つめていた妹の竜殺しは、やがて、ぽつりといって思った。もしそうだとしたら、こんなクソみたいな自己犠牲はこれっぽっちだってあいつも望んじゃいねぇよ、と。


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