101.契約ノルマ達成
「それでしたら、一番に私を頼ってくれてもよかったでしょうに」
「あ、いや、さすがに身から出たサビといいますか、私的なことなので女王様のご厄介になるわけには……」
お城に入ったあと、すぐに女王様の部屋の前まで案内された。
今はテラスに用意された席で紅茶とお菓子をいただきながら、ミリーナ女王とミハエル王子の2人と雑談中。早々に王都にきた目的を訊かれたので、私はワインの件を掻い摘んで説明した。
「それは水臭いというものです。それともエミカ、あなたは私に今後も義理を欠いたまま生きろと仰るのかしら?」
「あう、そんなつもりは決して……なんか、すみません……」
「申し訳ない気持ちがあるなら、私がその話に乗ってもなんら問題はありませんよね?」
「そ、それはもちろんです。てか、本音をいえばむしろありがたいというか……。でも、ほんとにお言葉に甘えていいんですか? せめて試飲した上で決めていただいたほうが……」
「品質に関してはエミカを信用します。そうですね……私の個人資産で自由に購入できる量とすれば、これぐらいでしょうか」
「そんなにっ!?」
契約書の束を持って微笑むと、ミリーナ様は丁寧に1枚ずつサインをしてくれた。
これで期せずして超大口契約をゲット。手ぶらだと落ち着かないのもあって、なんとなく契約書の入った布袋を持ってきたのが功を奏した形だ。
そのあと私から最近のリリの様子や例の地下道の件の話をしたり、女王様から近況のできごとを伺ったりしてると、時間はあっという間に過ぎていった。
「今日はお招きいただきありがとうございました。それに、ワインの契約まで結んでもらえてなんてお礼をいったらいいか」
「あなたには一生かけても返し切れない恩があります。だから、気にする必要はないわ。それよりもまた遊びにきてくださいね。いつでも歓迎しますので」
「……はい、女王様」
テラスを出て室内に入り、出口へ向かう。
その途中、不意に腕をつかまれて私は立ち止まった。
「あの、エミカさん……」
背後を振り返ると手招きするミハエル王子の姿。その場で屈むと、王子様は私の耳元でコソコソと小さな声でいった。
「きょうは、てんしさまはいらっしゃらないのですか?」
「いないよ」
短く答えて、なぜそんなことを訊くのか私が首を傾げてると、王子様は衝撃的なことをいった。
「じつはてんしさま、こないだぼくのへやにあそびにきたんです」
「っ!?」
なん、だと……?
あののほほん天使、何やってんだ!
「だ、大丈夫だったの!?」
「はい。しばらくおはなししたら、そらをとんでかえられていきました」
「……」
問題がなかったならいいけど、ちょっと聞き捨てならないね。王子様の部屋に無断で侵入とか。あの天使、捕まったら自分がどうなるかわかってんのかな? いや、たぶんわかってないんだろうけど……。
これは久し振りに呼び出して、説教しないとダメかもだね。
「2人でなんのお話?」
「ごめんなさい。おかあさまにも、このことは……」
「あら、私にも秘密なの?」
「いえいえ! 取るに足らないただの世間話ですんで、お話しするまでもないといいますかそういう意味でして……あは、あはは」
女王様にヒソヒソしてるのを不審に思われて、慌ててごまかす。
女王様とはリリのことが内緒で、王子様とはサリエルのことが内緒だ。
私って案外、秘密の多い女なのかもしれない。
「この階は防犯上、大変入り組んでいます。階段まで私が送りましょう」
気を遣ってそう申し出てくれた女王様と一緒に、私は部屋を出た。入口で元気に手を振るミハエル王子に手を振り返しながら、刺繍のほどこされた赤い絨毯の廊下を進む。
途中、ミリーナ様からこのあとの予定を訊かれた。
「女王様のおかげで目標額まで一気に近づいたので、もう一頑張りしようかと思ってます。契約ノルマの達成は早ければ早いほどいいですし。んで、そのあとは……あ、そうだ! コロナさんにも仕事が一段落したら会いにいこうかと思ってたんですけど」
「コロナなら数日前から王都を離れていますが、予定どおりなら今日戻るはずです。私のところにも報告にくるでしょうし、今日は早く屋敷に帰宅するようにいっておきましょう」
女王様のありがたいご配慮だった。これなら行き違いにならずに済みそうだ。よし、ファンダイン家には最後に立ち寄らせてもらうことにしよう。
「それでは女王様、また会う日までお元気で」
「ええ、あなたもどうか息災でね」
階下に続く階段の前でミリーナ様と別れて、城門の方角へと向かう。
ふと、ティシャさんにも顔を見せておこうと思ったけど、この広い城内のどこにいるかもわからないのですぐに断念。お城をうろつく不審者と間違われて、また地下牢に連行されたら笑い話にもならないしね。
でも、突然目の前に私が現れたらコロナさんもティシャさんもびっくりするだろうな。
「フヘヘ……」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら長い通路を進む。
考え事で注意が散漫になってた。2つの通路が交差する曲がり角。そこで不意に現れた人物と私は激しくぶつかった。
ドンッ――!
「――ぷぎゃっ!」
「あっ、済まない! 急いでいたもので……ケガはな――ん?」
「あうぅ……」
「エミカ? エミカじゃないかっ!?」
「ふぇ?」
顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「あっ、コロナさん! あとで会いにいこうと思ってたんですよ、ちょうどよかった! てか、お久し振りです!!」
「……あ、ああ、久し振りだね。でも、どうして君が城に? アリスバレーからわざわざやってきたってことは、もしやあっちで何か……」
「ん?」
あれ、なんか不安にさせちゃってる?
あ、そっか。数日前から王都を離れていたってことはコロナさん、まだ地下道のことを知らないのか。
「えっと、それはですね。んー、話すと長くなるんですが――」
もろもろの事情を説明しながらゆっくり会話のできる静かな場所を求めて、私たちはお城の中庭まで移動した。
数ヶ月前のあのお別れ以降、今日までそれなりにいろんなことがあった。なので今回のスカーレットの件も含めて、コロナさんにはできる限り事情のすべてを打ち明けた。
「そんなことが。しかもローズファリド家の令嬢と、君が……」
「ローズファリド家って、やっぱそんな有名なんですか?」
「……ああ。有名といえば、有名だよ」
私が訊くと、コロナさんはなぜか気まずそうに頷いたあとで続けた。
「借金の返済まで、あとどのぐらい契約を結ぶ必要がある?」
「ええっと、さっき女王様がいっぱい買ってくれたんで……残りは1/6以下ってところですかね?」
「ならばその残りはすべて私が買い取ろう」
「……へ? あの、それだと1000万以上……てか、本気ですかコロナさん?」
「ファンダイン家の女は代々酒好きが多い。特にワインはどれだけあろうが困らない。それにこの程度で君の力になれるのなら、私にとっては断然に安い買い物だよ」
「あう……」
まさかここまでトントン拍子に進むとは。
ノルマまであと少しとはいえ余裕をかましてる時間はない。私はありがたくその申し出を受けることにした。
「ありがとうございます。でも、無理なら無理で早めにいってくれればいいんで、その……」
「いや、私のほうは問題ない。契約どおりに前金は支払おう。それより、問題はダルマ・ポポン伯爵のほうだ」
「え? コロナさん、あの太った伯爵のことも知ってるんですか?」
「ああ、悪い噂しか聞かない男だ。奴の目的がローズファリド家の乗っ取りならば、借金を返せる準備が整ったとしても何かしらの妨害をしかけてくるだろう。脅すわけではないが十分に気をつけたほうがいい」
「……」
たしかにそれはありえそうだ。これはコロナさんの助言に従って、前もって手を打っておくべきか。
「わかりました。スカーレットにもローディスでは絶対に単独行動はしないようにいっときますね」
「ああ、それがいいだろう。伯爵については私のほうでも探っておく。何か有益な情報を掴んだら提供しよう」
「何から何までありがとうございます」
「気にする必要はない。君が窮地の時は私が助ける。そういう約束だったはずだ」
「……覚えててくれてるんですね」
「当たり前だ。私の大切な友人の言葉だからね。忘れるはずがないさ」
「コロナさん……」
名残惜しかったけど、いつまでも引き止めていては迷惑がかかる。再度しっかりお礼をいったあと、私はコロナさんと別れた。
「ただいまー♪」
「あ、おかえりなさい」
城門で待ってたぺティーと合流後、目標の契約ノルマを達成したことを伝えると、彼女はめちゃくちゃ驚いてた。
「女王様とそこまで懇意な間柄って……。前から疑問に思っていましたけど、エミカさんって一体何者なんですか……?」
「フッフッフ」
リリの件もあるので、その質問はいろいろとまずい。そこは不敵に笑ってごまかしておいた。











