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91.その結婚ちょっと待った!

※羊皮紙を破く描写を修正しました(超怪力じゃないとたぶん無理ってふっと気づいた)。



 邸宅に入るとメイドさんたちに奥へと案内された。貴族の家だけあってすごい広さだ。

 やがて鉄製の重々しい扉の前に到着する。


 それにしても、つい心配で一緒にきちゃったけど、ほんとによかったのかな?

 なんて扉の前で今さらながらに不安に思う。

 ほんとよく考えてから動けばいいのに、たまに直情的になるのは私の悪い癖だよ。ま、もう後悔しても遅いから腹は括らなきゃだけど。


「伯爵様が中でお待ちです」

「……」


 緊張した面持ちで室内に入っていくスカーレット。そのあとに次いで私も入室する。

 細長い部屋の一番奥にはまるで玉座のような大きな椅子があって、ブクブクに太った丸いおじさんが座ってた。

 指輪にブレスレット。

 着てる服にまでキラキラの装飾がついてる。

 うん。如何にも貴族っぽいし、この人がポポン伯爵で間違いなさそう。


「ホホッ、これは我が麗しのスカーレット嬢! 今日出会うこの瞬間を余は待ち焦がれていたホ!」


 なんかずいぶん気取った挨拶だけど、貴族のあいだじゃこれが普通なのかな?

 でも、喋り方といい、ゾワッと肌が粟立つ感じ。なんというか生理的な嫌悪感がすごい。


「伯爵……」


 不快に思ったのはスカーレットも同じだったみたい。彼女は表情を歪めると、その場で伯爵をキッと睨みつけた。


「我が女神、何をそんなに怒っているホ? 綺麗な顔が台無しホイよ?」

「……別に怒ってなどいませんわ。伯爵、本日は報告に伺いましたの。まずはこれを見てくださいまし」


 そういって伯爵に近づくと、スカーレットは手にしてた羊皮紙を差し出した。


「フン、なんだホ? この汚らしい紙は」

「証書ですわ。アリスバレー商会と小麦の買い入れについて契約を結びましたの」

「ホホ~ん? どれ」


 伯爵はスカーレットから奪い取るように証書を手にすると、椅子に肩肘をつきながら目を通しはじめた。

 太ってるから余計にそう見えるのかもだけど、ものすごくふてぶてしい態度だ。やっぱこの人、見るからに性格に難がありそうだね。


「……はぁ~」


 やがて内容の確認を終えて、伯爵は心底呆れたようにため息を吐いた。そして直後、手にしてた証書を投げ捨てる。


「何をしますの!? その証書は――!」

「スカーレット嬢、こんな悪足掻きになんの意味があるホ?」

「悪足掻きなどではありませんわ! その小麦さえ届けば経営も立て直せますの!」

「本気でいっているホイか? この程度の量で?」

「……」

「しかも届くのは数週間もあとの話だホ。一体どれだけ返済を先延ばしにするつもりだホ?」

「そ、それは……」

「もう観念しろホ。そもそもの話、今日までに全額を返す約束だホイな」

「お願いしますわ、伯爵! どうかあと数ヶ月だけ猶予をくださいまし! お金はたとえどんなことをしても必ず返しますから!!」


 スカーレットが伯爵の前で頭を下げて懇願する。不意に、それが半年ほど前の自分の姿と重なって胸が痛んだ。部外者ながらに、なんとか話がまとまってくれればと祈る。

 だけど、彼女の願いは聞き入られなかった。


「ホホッ、数ヶ月だけ猶予をくれだとホ? ずいぶんふざけたことを抜かすホイな。なんの見返りもなく、なぜ余がそんな身勝手なわがままを聞いてやらねばならないんだホ?」

「で、ですが……」

「スカーレット嬢、もういい加減気は済んだホイよ。ほれ、こっちにくるホ!」

「きゃ! い、嫌っ、放して――!」


 伯爵がスカーレットの腕を乱暴につかみ、引っ張る。どこかに連れていくつもりなのか、そのまま椅子から立ち上がってこちらに向かって歩いてくる。

 痛みで顔を歪めるスカーレットを見て、私は咄嗟に伯爵の前に立ちはだかった。


「ちょっとちょっと、いくらなんでも暴力はダメでしょ!」

「……ん? なんだホ、この汚らしい庶民のガキは。どっから入ってきたホイな?」

「へ?」

「ホ?」


 うわ、マジか。

 このおじさん、今初めて私の存在に気づいたらしい。

 ずっと部屋にいたのに眼中になかったわけか。一体どういう神経してんだろ。太りすぎていろんな感覚が鈍くなっちゃってるのかな?


「エ、エミカは、私の護衛ですわ……」

「フンッ、それはご苦労であったホ。だが、もうスカーレット嬢は――いや、スカーレットはポポン家の()()だホイな。お前の仕事は終わりだホ」

「は?」


 あれ?

 なんかこのおじさん、今とんでもないこといわなかった?


「ん? なんだまだ何かあるホイか? あー、護衛料ホイか。それならウチのメイドに請求しておけホ」

「いやいや! お金とかそんなこともうどうでもいいし! てか、今スカーレットがモノだとかなんとかって!?」

「あ? スカーレットは今日から余の妻になるホ。もう挙式の準備も済ませてあるホイな」

「え、ええっー!?」

「わかったならさっさとそこをどけホ。ガキだからといって余は容赦せんホイな。庶民がポポン伯爵様に道を譲らぬなど言語道断だホ。痛い目に遭い――」


 なんか凄んでるけど、伯爵の言葉はもう頭に入ってこなかった。


 えっと、ちょっと待って待って。

 妻? 挙式?

 結婚するってこと?

 スカーレットとこのおじさんが?

 いや、嘘でしょ。だって親子ぐらいの歳の差あるよ?

 しかもすごい太ってるよ?

 悪口でいうと超デブだよ?

 え、マジで?

 マジなの?


『家が乗っ取られてしまいますわ』


 あ、そうか。

 あれって、そういう意味だったのか。


 今さらになってスカーレットの発言の真意を理解する。

 そして、私は発狂した。



「いやいやいやいや、ダメでしょぉぉぉぉ――!?」



 突然目の前で大声を張り上げた私に、伯爵もスカーレットもビクッと驚く。そんな2人に構わず、私は畳みかけた。


「はい、質問です! 伯爵様はおいくつであられますか!?」

「よ、余は今年で42になるホ」

「42!? 42って!!」

「それがなんだというんだホ……?」


 いや、私と同い年のスカーレットと30近くも違うじゃん!


「完全にアウトじゃん! アウトですよこれ!!」

「ぐっ、一体なんなんだホ。このガキ、いい加減――あ、コラお前!?」

「スカーレットこっちきて!」

「エミカ!?」

「貴様、いきなり何をするホ!!」


 隙を突いてスカーレットの手を握った。そのまま背後に隠すようにして彼女を守る。


「余のスカーレットを返すホ!」

「いえ、返しません!」

「返すんだホー!!」

「返しませーん!!」


 互いに押し合い睨み合い、ひと悶着。


「ホぬぬっ!」

「うぬー!」


 とりあえずスカーレットを伯爵から離せたのはよかった。

 でも、このままじゃ埒が明かないね。

 逃げるのも選択の1つだけど、それじゃなんの解決にもならないし、この場を穏便に切り抜けるにはどうしたものか。


 あ、そうだ、アレを使えばいいじゃん!


 一瞬の閃きで、私はゴーレムの身体をリリースする。より美しく見えるようにモグラクリエイトでそれらしくカットもしておいた。


 ――キラキラキラ。


 燦然と輝くコブシ大の宝石。

 それを目の前に差し出すと、伯爵は争ってることも忘れたようにピタリと動きを止めた。


「その宝石は!? こ、この輝き……なんて美しさだホ!?」

「あのー、さっき見返りがどうたらこうたらっていってましたよね。それならこの宝石あげるんで、スカーレットのわがまま聞いてあげてくれません?」

「ホッ!?」

「エミカ! あなた何をいってますの!? それにそんな高価な物――」

「わかったホ! 今回は特別にわがままを聞いてやるホー!!」


 私の手から宝石を強奪すると、伯爵はニタリと顔を歪めて笑う。まさに醜悪そのもの。完全に悪い人の顔だった。


「ただし、猶予は2週間だホ! それ以上は絶対に譲らんホ!!」


 んー、2週間か。

 借金がどのぐらいあるのか知らないけど、ようはそれまでに経営を立て直してお金を返せばいいだけの話だし、ま、なんとかなるでしょ。


「よいかホ! 2週間後、返済が果たされなかった場合は今度こそスカーレット嬢は余と結婚だホイよ!?」

「あー、はいはい。そんな何度もいわなくたってわかりましたっての、伯爵様」

「エミカ……」


 ちゃんと契約書を書き換えてもらったあと、私はスカーレットを連れて邸宅を出た。


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