クリスという男
少しばかりご無沙汰しておりました。真実の章、「ジャッジの闇」開始です。
「Hello, little lady.(こんにちは、お嬢さん)」
自動翻訳がついているはずなのに、英語で聞こえたことにカナリアは驚いていた。
そして目の前に現れた男に、知らぬうちに恐怖を覚える。
「驚かないで欲しいかな? お嬢さん。二つの限定クエストクリアおめでとう」
にこやかに微笑んでいるはずなのに、アイスブルーの瞳は笑っていない。
「え……」
誰がクリアしたかは知らないはずだとジャッジたちが言っていたはずだ。そしてそれにまつわる称号や加護は他人から見えないように、ジャッジがしてくれた。
「My name is Chris. Nice to meet to you.(私はクリス。君に会えて嬉しいよ)」
「あ……あ、あ」
「君の名前はカナリア。間違いじゃないね。……君は何が望みかな? 金? 地位? 名声?」
片手でタブレットをいじりながら、茶色の髪をかきあげる仕草は、かなり様になっていた。
「ミ・レディ。戻りましょう」
硬直から救ってくれたのはセバスチャンだった。
「へぇ。一般プレイヤーのサポートAIが自立思考型とはね。どうやって作ったのかな?」
「ミ・レディは何も考えておりませんよ。私が保証します。この世界を楽しみたいだけのミ・レディに構わないでいただきたい」
「そう。私は驚いているだけだよ。あのクエストをクリアできたということにね。
面白い話だ。アレは私が組んだ。今回初クリアだ。それどころか隠しクエストすらクリアしている人間がいないというのにね。
限定クエストに移行させるには条件が多すぎる。まずはドラゴンの巣が複数存在するフィールドを引き当てること。それから一番遠いドラゴンの巣から卵を納品しようとすること、持っている卵が孵化しそうになること。そしてドラゴン種に囲まれ絶命すること、その時に持っている卵をかばうこと、孵化した幼生を守ること。満足させること。幼生のドラゴンの卵があった方向と同じ方角で再度卵を納品すること。
あげただけでもこれくらいある。それを全てクリアしているという時点で、何か知っているのかと勘ぐられてもおかしくないということだ」
「それに関しては我々では答えられませんので、次の機会に」
「ではlittle lady。私とフレンドになってくれるかね」
「お断りさせていただきましょう。また何かの機会にお会いした時で十分です」
セバスチャンがあっさりと言い切り、カナリアを連れて神殿へと向かった。
数ヶ所移転を繰り返して、ギルド本拠地へとたどり着いた。
「ただ今戻りました」
「遅かったの」
「申し訳ございません。厄介ごとの匂いがしましたので数ヶ所移転を繰り返して戻ってまいりました」
もっとも、気休めですけどね。そうセバスチャンは呟いていた。
「本日はすぐにログアウトしてください。暫くミ・レディはログインしないほうがいいでしょう。
次、ログインする時はジャッジ様の他に、ディッチ様たちもいらしたときに限らせていただきます」
「左様か」
セバスチャンがここまで警戒する理由は、間もなくカナリアも知ることとなる。




