トールの焦り
ディッチたちが消えたあと、そこを訪れたトールたちは迷い道へと嵌っていた。
トールたちがやるはずだったのは「地竜と赤竜の討伐」だ。難易度も高く、それなりの装備でないと難しい。そのクエストをやろうとしていたところに、カナリアたちが「死に戻り」で来た。そしてジャスティスの腕の中にはドラゴンの子供。これは、隠しか限定クエストだとすぐに思い立った。
思いたってしまえば、己たちのクエストをキャンセルし、カナリアたちのあとを追う。ジャスティスが休息場へ残ったのが不思議だったが、ぼんやりしているようにしか見えなかった。
そして、戻ってきて暫くすると、卵を持っていた女がディッチに卵を渡し、カナリアがなにやら作業を始めていた。そしてそのあとカナリアが岩の上に座り、卵を抱きかかえた。
それと同時に全員のAIも集まってきた。AIがカナリアを守るようなかたちで布陣して、あっという間にいなくなった。そしてジャスティスの腕の中にはドラゴンの子供。それを見てトールは思ったのだ。隠しクエストをするつもりなのだと。
だったら、その隠しクエスト条件とやらを見ておこう。パーティメンバーも了承し、あっという間にディッチたちを追うことになった。
ただ、休息場付近にも己の仲間は残してある。そちらをカナリアにけしかけ、ある程度分かったらクエストを無理矢理クリアさせるか中断させればいいだけ、そう思っていた。
特にクエストクリアの方へ持っていけば大丈夫なはずだ。
ループに嵌ったトールは休息場付近にいる仲間へ連絡を入れ、実行に移す。
それが覆されるのは、それからわずか五分後。カナリアがドラゴンの卵を納品した時だった。
「くそっ」
どうやってやり取りをしたのか分からないが、仲間が絡んで間もなくあっさりと納品していたのだ。そして、クリア後に町か休息場に現れるはずのディッチたちが現れないと報告があった。
ドラゴンの卵の納入は、トールから見れば「初心者向け」のクエストだ。だからこそ、クエストの受注主がカナリアだと疑わなかった。
「違反行為だ」
仲間の一人が言う。
そうだ。ディッチたちは違反行為をしたのだ。GMコールしてやればいい。
幸いにも、トールは己専用のGMラインがある。
「あ、もしもし? なんか一部で違反行為してるよ。クリア条件満たしても、近くの町や休息場に仲間が行かないって変だよね」
『基本的にはそうだが……』
「俺らの目の前で起きたの。ログ見ていいからさ。それに捕まえられないはずの幼生のドラゴンを連れてたし。もし、あれだったら方法教えてよ」
『私の力が及ぶところならな』
「あんたの力が及ばないところなんてあるの?」
『……ないとは言い切れん。実際一部カウンター業務の連中は言うことを聞かないからな』
そして、それを黙認せざるを得ない状況だと男は言った。
「あっそ。じゃ、よろしく」
その問い合わせも虚しく、ディッチたちは限定クエストをあっさりとクリアし、「竜神に守られし存在」という称号を得ていた。
「くくく。お前のところのは本当にガキだな」
コールを受け取った男の前で、クリストファー=ジャッジが楽しそうに笑っていた。
「うるさいっ」
「一つ言っておこうか。これは私が組んだ限定クエストだ。クリア条件はお前に教えない」
赤い髪に青い瞳という姿からは考えられないほど流暢な日本語で、高坂 嘉一に話しかける。
「他の誰かには?」
「教えるわけがない。教えてどうなる? ゲームは楽しむためのものではなかったのか? 嘉一よ」
「……クリス……」
「お前と組んだのが間違いだと思わせないでくれ。身内を贔屓するなら、尚更教えるな。
ヒントを教えておく。私が組んだクエストは通常のゲーム的発想では無理だな。私は捻くれ者だ」
そのヒントを徹志に教えたところで癇癪を起こすだけだ。嘉一は黙っておくことにした。
それをクリストファーが軽蔑した眼差しで見ていた。
だが、嘉一はそれに気付くことはなかった。
トールの名前は「徹志」です。んでもって嘉一の身内。嘉一は「TabTapS!」のメインプログラマーの一人でした。




