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王子様もお年頃(というだけでもない)

ひとつ前の『お姫様より~』に下記の追加があります。

9/26 23:00 後半部分貼り付け忘れてたの入れました。

 レイルバートの身を侵して意識と自由を奪っていたのは、人の体では耐えられない量の、そして異質の魔力だった。

 つまりは、黒竜のそれである。

 だがそこはファニーラがまたがんばって事なきを得た。たぶん。というのも、処置したのはレイルバートだけに留まったから。彼が薄く意識を取り戻したところで、一行はその場を撤退した。レイルバートが言うには、あの場から黒竜の王子が離れれば浮かぶ魔力塊は姿を消すとのことだったので、放置を決め込んだのである。一時的な戦略撤退だ文句言わせない。

 ……去り際に振り返ったら、たしかに何事もなかったかのように、壁際の寂れた風景がそこにあった。


「えーと」


 なんとか帰り着いた宿の一室、レイルバートたちの部屋に集合した三人は、思い思いの場所に腰を落ち着けて向かい合う。椅子はファニーラに勧められ、レイルバートはベッドへ座らされた。いつ倒れてもいいように。本人は倒れませんと言い張ったが。ウェズは役目だからと扉のところで立ちんぼだ。疲れたら座れよ。

 えーとえーと、を繰り返しているのはファニーラだ。

 ほんとどういうことなんだとついさっきのことを問いただして返ってきた答えを、今がんばって整理しているところである。


「あそこは、今代ではなく昔起きた竜の戦いの現場で。あれは黒竜の残滓がずっと消えずにいたもの。ルーさんはそれを回収しようとしたんですね」

「はい。器としての機能は残っているので、できるだけ回収していけと」

「……どなたから?」

「内側から、です」


 掴みどころのない王子様スマイル(ぎこちない)を向けられたファニーラは、そうですかとうなずいた。心臓きゅっとなるやつですね。


「回収ということは、今ある場所からなくしてしまうことが目標ですか」

「はい」


 曰く。

 『百年ごとに』『成人となる双子の王子が』『白竜と黒竜の戦いを再現する』という法則が確定認識となる前、前述の事態はそれこそいつどこで発生するか分からない災害のような扱いだったと。

 今のように王都あるいは周辺に影響を留めるようなことも考えられず、遠征に行った王子がバーストしたとか視察中にスパークしたとか、あったらしい。

 ここエニアの外れのアレも、そのひとつ。

 あそこが戦いの跡地だと知っているのは、いまや王族の直系だけである。街の範囲内に入れたのは、きっとのちのち、何かがあったときのために。灼かれた荒野のことは遥か昔ではあるけれど、長く語り継がれることのひとつだ。

 ……とはいえ、残滓がホントに存在していると知っているのは王子様だけ。心臓きゅっとする内側が伝えたらしい。


「それを今、私たちに話しちゃっていいんですか?」


 問えば、「実は」とレイルバートがウェズを見て口元をいたずらっこぽく持ち上げる。


「何も言わないまま連れて行って目撃させました。察知や目撃は、ある程度仕方ない扱いになりますから」

「…………」


 ファニーラもウェズを見た。口元は、ひらがなのへの字に曲がった。眉はハの字だ。ではウェズの口はというと、きれいすぎる一文字に引き結ばれている。


「同情しても?」

「……ありがとうございます」


 何をするのかと着いていった先で主がいきなりヤバイ魔力喚びだして吸い込もうとしたら、さぞ驚いたことだろう。

 ぺこりと上下する黒頭巾との距離が空いてなかったら、よしよししてあげたかった。


 さて王子様の言葉はつづく。

 近代では魔術と魔術具の発展もあって、そのような残滓の懸念はないそうだ。余人では実在が分からないまでも、倒された黒竜の残骸は放置できぬということで、地脈に流されるようになっている。双子王子の戦いが王都に限定されるようになって以降、王都に敷き詰めてある魔灰を地脈に流す仕組みを黒竜のものにも対応するようにしてあるとのこと。

 そういえばファニーラも何度か、いち技術者として王都の魔灰処理大規模魔術具の改修工事に参加したことある。設計構想は既に組んであったので、言われるがまま作業したやつ。チラ見から解読しようとしたら、魔灰処理用としては意味不明な構築式がずらずらあって、偉い人の考えることは分からんと星空を眺めたっけ。あれだろうか。

 個人の思い出はさておき。たしかに、少なくとも今代のレイルバート王子とギルバート王子の戦いにおいては、そんなものなかったとファニーラも断言できる。もしあったなら、ファニーラが学園の復旧に竜核を使った時点で何か起きたはずだ。

 今考えると、けっこう危ない橋を渡ってたっぽい。

 うーむと腕を組むファニーラへ、レイルバートが言い添える。


「俺の前も、その前も、そうやって少しずつ、昔の分を回収して行ったらしいです」

「それでどうしてルーさんだけ倒れたんですか」

「……俺の代で、全部、どうにかできないかと。欲張りました」


 その言葉を聞いて、ファニーラは立ち上がった。照れたように後ろ頭へ手を添えるレイルバートの前へ移動し、ぺちんと頭のてっぺんをはたく。不敬罪? 知らんな。

 音も軽ければ衝撃も軽いが、平手をくらった驚きに瞠目する第五王子様を正面から睨んで――もうちょっと身長があれば威圧的(希望的観測)に睥睨とかできたのだけれど――強い口調で告げた。


「欲張ってあんなことになったら意味ないでしょう!」


 人体にとって、魔素は血液と同じようなものだ。減っても増えすぎても生命にかかわる。……遠い禁術には命を魔力として燃やすものもあったというくらい、密接につながりあっているのだ。

 いくらレイルバートが黒竜に成れた経験があるといっても、今はほとんど人間に戻ったようなもの。その残滓を限界無視して取り込むなんて、馬鹿げたおこないだ。現にファニーラはあのとき、彼にまとわりつく魔力を排除すべきだと判断した。放っておいたらきっと、レイルバートそのものが壊されていたおそれがある。

 同じ人族であっても、妖精種であるファニーラたちは人間よりもずっと魔素と魔力に馴染んでいるのだ。見極めだって、精度が違う。

 だから、レイルバートがやったことは自殺行為だ。ファニーラはたぶん、もっと叱ったりしていいはずだ。今のところ、暴力を振るわれた主を目の当たりにしたウェズがまだ動いてないし。


「……そうですね。でも、俺の次が、もうなければいいと思っていたので」

「それは……まあ、お気持ちは分かりますけど」


 百年。

 人間なら、二世代くらいだろうか。ファニーラたちにとっては、一生のうち何度も巡ってくる節目だ。そのたびに、黒いのと白いのがあんぎゃーって、どうにかできるものならしたいだろう。

 ゲームの記憶を思い出すこともなかったずーっと前は、あの国大変だなと思っていた。しばらく前からは苦い思いも抱きながら、なんとかならないのかなとは考えていた。それでも、人間の王家のことに、平民どころか妖精種がちょっかいをかけていいものではないくらいにはわきまえていたのだ。

 けれど。


(思い出しちゃったし。知り合っちゃったし)


 推しだった第六王子より、第五王子への印象が強くなってきてるのもそのせいだ。思い入れを再認識する前に眺めてた相手と、それはおいても一緒に行動して話したり触れたりしている相手。

 ……いや、これで第六王子が不幸になりそうだったら駆けつけて何かしますけどね。今なら第五王子に伝手お願いできるだろうしね。


 つまるとこファニーラは、目の前のこの男の子が困っているから、助けてあげたいと思う。


 ふー、と、息を吐く。レイルバートを叱責した勢いは、もうない。


「分かります」

「ファニーラさん? ……わ」


 ファニーラは未だレイルバートの前に陣取っていたのをいいことに手を伸ばし、おきれいな金黒髪をわしゃわしゃかき混ぜる。ウェズから咎められる気配はない。

 なぜいきなり髪をいじられたのか分からないでいる王子様と視線を合わせて、表情をゆるめてみせた。


「分かりますので。ファニーラ・ビットもお仕事します」

「……」


 レイルバートの表情が、戸惑いから変わっていく。

 理解と助力を得られることへの安堵と、そして、


「……!」


 必要になる行為を脳裏に浮かべたことによる、赤面だった。

 いや、赤面だけで終わるならそれでよかったのだけれど、急に大きなまたたきしたりちょっと肩震わせたりとかされたら、ファニーラだって焦る。


「え」


 以前はほんのり染める程度で刺激的でしたと流しただけだったのに、いきなりどうした。つられてファニーラまで意味なく手を右往左往させる始末だ。

 などと奇行を交わしながらも、レイルバートの反応に差が出た理由を探ってみる。


「やっぱりお年頃的には難しい感じでしょうか。でも魔力の譲受は、粘膜越しが手っ取り早いです。キスが困るとなると、目玉くっつけるとかそういうちょっとアレな手段しかないです」


 目玉同士とか言われたレイルバートの肩が、ちょびっと震えた。猟奇的だったねごめんね。でも性的なアプローチは嫌だろう若人。


 皮膚経由でがんばることもできなくはないだろうが、粘膜を使った場合と比較すると、扱える量が段違いに少ない。加えて、黒竜という異質の魔力。

 再びディープなキッスをすることにファニーラだって戸惑いは――ないといえば、ないつもりだけど。思い出してしまったので、ちょっと照れはあるけれど。だいじょうぶ、ファニーラつよいこエルフとドワーフのこ。若人を手玉にとるくらい、やってみせます。

 ただし相手の了承があればの話だ。

 つらつらと語りかけながら、そういえばお年頃の羞恥心を刺激しない方法もあったな、とファニーラは思い出した。別の神経が刺激されるやつだ。


「……なんでしたら、お互い怪我して傷くっつけてやってみてもいいですが」


 そう、痛覚神経である。

 魔術具でファニーラがやったように、傷口同士をぎゅっぎゅとやるやつ。確実に痛いが、羞恥心は傷まないはずだ。


「いやそれは、殿下にそれはちょっと。自傷はやめてください」


 おおっと、ここでウェズからストップがかかった。

 扉から離れてふたりの傍へやってきた黒頭巾が、ふるふると左右に揺れている。ちょっとかわいい。

 かわいいといえば、ここでようやく動いたレイルバートの雰囲気も、なんだかかわいらしいものになっていた。ウェズと同じように、頭を左右に振っている。


「ファニーラさんに、そんな傷はつけられません」

「残念ですがもうついてます」


 言わなきゃいいのに手のひらを――人差し指をレイルバートに見せるファニーラ。結界魔術具に魔力装填したときのものだ。

 針サイズのちっちゃなかさぶたを見た王子様は、「は」と、吐息ともつぶやきともつかぬ声をこぼして、ファニーラの手をひっつかんだ。


「誰にやられたんですか」

「殿下。要らない想像をしていると思いますが、暴漢だったらこんなものでは済みません」


(師父さんじゃなくて、ウェズさんが着いてきてくれて当たりだったかも)


 レディファーストが行き届きすぎてる紳士レイルバートをたしなめるウェズ。そんなふたりを眺めながら、ファニーラはふと、そう思ったのだった。

 ツッコミ役の確保は大事だよね。


「それでルーさん、どうしてさっきむやみに照れちゃったんですか」


 やっぱりハッキリさせたかったので、有耶無耶になる前に訊いてみた。

 ……またしても頬に朱を散らしたレイルバートは、それでもきちんと答えてくれた。


「最初はぼんやりしていたので曖昧だったんですが、今度はそういうのではないのだと思うと……照れが先立ってしまって」

「そっちかぁ」


 言ってしまえばすっきりしたのか、ほんわり笑うレイルバート。そんな彼の初心っぽさに思わず笑っちゃうファニーラだった。

 王子様もお年頃のようだ。

 相手が三桁年齢の妖精種でごめんなさいね。前座訓練だと思って、いざというとききっちりキメられるようになるといいね。


「…………」


 にっぶい。

 ウェズがフードのなかでつぶやいたとき、部屋の扉がノックされる。自室で食べると注文しておいたごはんを、宿の人がちょうど持ってきてくれたのだった。


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