お姫様より小麦袋【210926追加アリ】
9/26 23:00 後半部分貼り付け忘れてたの入れました。やらかし土下座。
一時間とかからなかった結界魔術具のお世話が終われば、次は商業担当者との会談だ。
王都から運んできた荷物をぽいぽいとマジックボックスから取り出し、分類して積み上げ、目録とともに確認してもらう。いくつかは荷を開けての実物検査も。ここではファニーラの出番はあんまりない。
珍しい品物の説明をしたり、質問があれば答えたり、といった程度。
とくに今回は一年のブランクがあるので、ファニーラから供出する量はそんなにないのだ。その代わり、各地へと運ぶものはたくさん預かった。
すでに目的地ごとにまとめてあるので、目録と照合しながら収納していく。緊急の案件はないので、ファニーラが予定している巡回ルートの変更はしなくてよさそうだ。季節の種など気にしなければいけないものもあるが、ずれこむようなら、ギルド支部経由で手の空いている者に依頼することも出来る。手数料は、もちろんファニーラ持ちだ。助け合いです。
順調に作業を進めていく間には、ちらほらと世間話もする。
どこどこの気候がどうのこうの、あっちでいい馬が育ってるだの、どこぞの金鉱に新しい鉱脈が見つかっただの。
「魔素銀の鉱脈とか出てきませんかね」
「そこ魔獣の巣窟になるんですけど?」
一般的には、銀に魔素を掛け合わせてつくる魔術素材だ。ほとんど人工物である。
自然の内に混ざり合って出来る天然物も稀に出るが、これが係員の言うとおり、なぜかほぼ魔獣どものおうちと化すので、そうそう手を出せる代物ではない。うっかり出してスタンピード引き起こした歴史もある。
「そういえば、しばらくお弟子さんを連れていかれるとか?」
「ええ。ご恩のあるご主人のところから。お店のほうで今まで働いてたので、これからは見聞を深めてもらいたいそうです。それで連れて行ってくれと」
結界魔術具のとこのケイルから話題は出なかったが、こちらはさすが商業ギルド直通。しっかり連絡が入っていた。まあ、言っておかないと不意のルート変更や人に協力を依頼したときの報告事項が多くなるし。
とうとう弟子をとるような立場になったんですね、なんて、感慨深く言われてしまった。発言者は今日の担当である恰幅と人当たりのいい中年の係員ラングス氏だったが、ファニーラ、あなたより数十倍は生きてます。
そんなこと言っても、最近はファニーラも、人間的な外見年齢に準拠した感覚で相手を見てしまっている気がするのだが。まあ、前世ネタを思い出した際にはよくあったことだ。そのうち落ち着くだろう、と、のんきに考えているのが正直なところだった。
大公邸での用事を終えて辞去する運びとなったファニーラは、軽い充実感とともに再び案内されて門へ向かう。時刻は、そろそろ夕方だ。宿に戻って荷物を片付けるうちに、食事の時間にもなるだろう。レイルバートたちは、時間に合わせて来るだろうか。バラバラでもいいけれど、せっかく同行しているのだから、同じ卓を囲みたい。
夕食に思いを馳せるファニーラの前を行くのは、往路と同じ従者さんだ。再び現れたのではなくて、最初から最後まで、ずっと付き添ってくれていたのである。
行きと帰りで違う案内人というのも落ち着かないだろうと、ここではいつものことだ。あと、不審な行動しないかの見張りも兼ねているに違いないとファニーラは思っている。お互いの体裁として、つっこんで尋ねたことはない。
お疲れさまでした、いつもありがとうございます、なんて当たり障りのない会話とともに、そろそろ外への扉が見えてきたあたりで、ふと、ふたりは人影に気づいた。
「ファニーラ・ビット様」
進行方向から、別の従者が小走りに、ファニーラの名を呼びながらやってくる。
「はい、私ですが」
「お迎えの方がいらしていて……あの、黒い頭巾のウェズとおっしゃるかたなのですが……」
「あ」
怪訝かつ心配を隠さない彼の声に、苦笑するファニーラ。
「大丈夫です。そういうしきたりのある土地から来たひとです。身元は保証します」
「ええ、立ち居振る舞いはご丁寧でしたので、……その、少々、驚きまして」
「お騒がせしてすいません」
そうだよなー。大公のところに来て顔も出さないって、すごく不審だよなー。
邸の敷地へ入る前の門はどうクリアしたのかと思ったら、そもそもそこで待機させられているらしい。伝言だけが、ここまでやってきたという次第。
ファニーラの前で足を止めた従者二号は、当初の一号から案内を引き継ぐようだ。ここまでの礼を言って別れ、今度は二号についていく。扉を抜けて、じわじわと茜色に染まりつつある空を眺めながら、来たときと同じくらいの時間歩いて――歩ききるより先に、聞き慣れた声がファニーラの鼓膜を震わせた。
「ファニーラさん!」
「ウェズさん! おまたせしました!」
距離があるうちから届くようにと声を張り上げる黒頭巾ちゃんが振る手に合わせて、ファニーラも腕を持ち上げた。ここまででいいです、と、今度は従者二号とのお別れだ。
腰を折って見送ってくれる二号さんに同じく礼を返したファニーラは、リズミカルにウェズの待つ門まで走っていった。門兵にも辞去の挨拶をしてから、一歩、敷地の外へ出たところで、首をかしげる。
「あれ? ルーさんはいっしょじゃないんですか?」
「それが、少々……」
「なにかありました? きれいなおねえさんに捕まったとか」
「師父ではありませんので」
意図して茶化した会話を聞いたらしい門兵が、ふくくと含み笑いする声を背に、ふたりは門から距離をとる。それだけではまだ足りず、壁をまわりこんだところでようやく、ウェズがファニーラに向き直った。
何を聞いても驚くまいと、その数秒であらゆるシミュレーションを脳内展開したファニーラは、けれど次の瞬間、「ひわぁ!」間抜けな声をあげることになった。
ウェズがファニーラの了解もとらず、その体を担ぎ上げたからだ。
なんだなんだと黒頭巾を覗き込もうとしたファニーラは、陰に鈍く光る輝きに目を見開いた。
(――血赤珊瑚のひとみ)
紅玉でもなく鮮血でもなく、深い青の底に育まれる赤を瞳に持つ種族。彼らといつかつなげた縁が記憶からふわりと舞い上がり、
「粗雑になりますが、ご容赦ください」
「うっわあ!」
その切れ端を掴むより先にウェズが走り出したせいで、あっという間に霧散した。
小麦袋を扱うように肩に担がれている体勢だからか、強く押された腹部が苦しくて声がこもる。うげぇとか言ってしまったが、運び人はファニーラの体調を考慮してくれる気はないようだ。
というより、余裕がないらしい。
道を駆けたのは、ほんの数十秒。そうしてウェズがひときわ強く蹴ったかと思えば、浮遊感がファニーラを襲う。眼下に流れる景色とさらなる浮遊感に跳躍したのだと悟ったときには、着地の衝撃。
「おなか……っ!」
「すみません、叱責はのちほど受けます」
そんな暇と気力がのちほどのファニーラにあればいいですね!
頑として己の都合を優先するウェズを見切ったファニーラは、せめてもと思い、自分の腹とウェズの肩の間に魔力塊を生じさせた。ちょいと細工したクッション風味だ。わずかばかりだが楽になった。
ふう、と息をつく。
ファニーラの抵抗がなくなったことで、ウェズが移動速度を上げた。いまさらだけれど、身長に比例した体重のファニーラを担いでこのスピードとは、さすが影だ。
しかし、こんなして街を飛び回る黒頭巾とか目立ってしょうがないのでは?
ふと気になって尋ねれば、隠形の応用で他人からは認識されづらくなっています、と、ほんの少しだけ荒くなった息とともに伝えられる。それってファニーラは対象外なのでは、と不安になったが、荷物扱いなので範囲内です、と、先に付け加えられた。
……小麦袋担ぎの理由って、それか?
小麦の気持ちになって身を委ねるうちに、ウェズが跳躍移動をやめた。空の青は、まだ赤に呑まれきっていない。
ふたりぶんの体重を感じさせない軽快さで地に足をつけたウェズの目的地は、だが、まだ先のようだ。再び走り出している最初の移動のような全力ではなく、あたりをはばかりながらといった雰囲気がある。
ことここにきて何を問う気もなくなったファニーラは、黙って彼に身を任せることにした。がんばれ若人。
ウェズの羽織るマントとともに後方の景色を眺めているうちに、それもだんだんとゆっくりになって……止まった。
「ん?」
完全に彼の足が静止する直前に肌をなでた感覚に気づいて、ファニーラは首をかしげた。
(……結界?)
エニアの街を囲む、対魔獣のものではない。弾くのではなくて、何かを隠す意図を感じるものだ。ファニーラが使うほど強力なものとは違う、言うなれば市販品レベル。購入するのは密談が好きなタイプが多い。個人調べである。
そもそも、ここはまだ街のなか。市場や住宅といった生活の中心部からはけっこう離れた、イメージとしては清潔なスラムといったところか。身を持ち崩した者というより、中央に住むには生活費の工面が難しい住民が、自分たちのできる範囲で助け合って暮らしている区画。とはいえ、もぐればおそらく不審者も不埒者も掘り出せる。街を覆う壁にもっとも近い場所にあり、万一外敵の進入時にはまっさきに被害を受けるところだ。
ファニーラは今自分たちが立つこの場所にこそ訪れたことはないが、他の方角の同じ環境の区域に足を運んだことがあった。大公の要請で、一定の生活資材を届けに行ったことは少なくない。商人たちは基本的に多くの物を持ち運べる魔術具を大なり小なり携えているから、こういった機会は多いのである。
さて壁付近の事情はともかく、ウェズがファニーラをここに連れてきた理由はまだ分からない。おそらく、いや確実に、レイルバート関連だろうけれど。
……というか、箱入りの王子様がなんでこんなところにやってきたのか。
どうやら結界の作用対象外らしいウェズが荷物ことファニーラを抱えて範囲内に移動した。それを機に、下ろそうとしてくれているのを待たず、肩あたりからひねるようにして彼の正面を見ようと振り返る。
そうしてファニーラの視線が吸い寄せられたのは――倒れ伏しているレイルバートの姿だった。
「でっ、ルーさんっ!?」
ウェズを跳ね台にして着地したファニーラは、全身を力なく地面に投げ出している彼のもとへ駆け寄った。一拍置いて、黒頭巾ちゃんもついてくる。
横倒しになっているレイルバートを覗き込む。顔色が悪い。瞳は閉じられて、眉間には苦しげなシワがある。は、は、と、肩や胸の上下で呼吸の乱れもよく分かった。
それから、
「……黒竜の」
じわじわと彼の体を這い回るようにうごめく魔力を、眼鏡に守られていない視界の外れに見て取った。
どういうことだ、と、意識もうつろらしいレイルバートから視線を引き剥がしてウェズを振り返る。振り返ろうとした。そうして動かした視野に入り込んだ異物に気づいたファニーラは、それを見た。
今の今までレイルバートに気をとられてすっかり意識の外だった、かつて黒竜となった王子の間近にふわふわと浮いている、黒い魔力の塊を。茜色に染まりつつある世界のなかで、一足早く夜を迎えたような――いや、夜よりも深く遠い、その黒を。
「どっ、」
「どうか殿下に力をお貸しください」
今度こそどういうことかとウェズを振り返れば、なんとこちらも伏していた。倒れてるのではなくて、いわゆる五体投地レベルの平身低頭、つまりDOGEZAというやつだ。イッツジャパニーズ。いやたぶん極東のあっちの礼だ。
いやそもそもここで殿下とか言ってもし誰かに聞かれてたら。――などとはさすがに思うような余裕もなく、ファニーラは再びレイルバートの容態をたしかめる。といっても、改めて触れたり魔力経路を走査したりする必要がないほど、彼の状態は明白だった。
「魔力過剰、しかも、黒竜の」
「はい」
「…………」
「貴女でも、無理でしょうか」
こめかみにぐりっと指を押し当てたファニーラを見たウェズの声は、失意がにじみ出ていた。けれど、ファニーラの行動はその理由ではないので、軽くかぶりを振って手のひらをウェズへ向ける。
「すいません。猥褻罪とか淫行罪とか執行猶予でおねがいします」
「……え」
お願いしながらもファニーラが何をやるかまでは、想像できなかったらしい。
「うわ」
ウェズの驚く声を背後に、ファニーラはレイルバートの身を抱き起こし――そうっと唇を重ねた。
――先の戦いの、焼き直しだ。




