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にぎりしめているもの

 乾いていた。

 目も口も喉も乾いていたけれど、それ以上に体が乾いていた。


 この世界の生き物は、酸素だけでなく魔素を取り込んで体内を循環させなければ生命活動を保てない。どちらも大気中にほぼ普遍に存在するものだから、枯渇の危険性はないけれど――魔素をめぐらせる、自身の魔力経路が損耗してしまえばおしまいだ。

 もちろん、他の器官と同じようにある程度の自己修復は望める。だが、その限度を超えた場合、怪我などであれば外科的対処ができようところ、魔力経路にはそれが望めない。他者の干渉を受け付けないのだ。

 だから普通に生きる分には問題ないとして、それでも、魔力経路にはけっして無理をさせないよう。それは、大人が子供に教えるなかでも大事なひとつだった。

 ちなみに、そもそも明確に存在を知られているのは魔素だけだった。けれどいつの間にか、酸素という物質もいつの間にか一般的な知識として広まっていた。稀にこの世界に訪れる、外の者がもたらした知識だと言われている。


 ……教えられていても、しっかり守っていても、どうしようもないことはある。


 だから、どうしようもなく乾ききっていた。

 同じ地で暮らしていた誰も彼もが、同様の憂き目に遭っていた。


 助けを求める知らせはたしかに送り出し、届いて、受け取った領主は可能な限りの速さで救出の手を伸ばしてくれたけれど、……そう、ただ、それは間に合わなかったのだ。

 かつて、ある竜が自死したと言われる不毛の地にようやく緑が芽吹き、人々が本格的に移住して開拓が順調に進んでいった矢先のこと。誰にも気づかれぬまま大地に残り沈んでいた竜の欠片が、突然目覚めた。

 滅びを招くほどの威力でなくとも、その地の生き物を再び灼き尽くすには充分だった。

 いや、いっそ灼きつくしてくれればよかった。

 滅した竜の力の欠片は植物や小型の生き物は薙ぎ払ったけれど、人間ほどともなると力及ばず、ただその身の表面と魔力経路を酷く、ほんとうに酷く……回復も不可能なほどに痛めつけるだけに留まったのだから。


 ――――などということを、このときにはまだ知らぬまま、目覚めることのない眠りについた。


 でもその前に、ひとつ。

 ほんのひとつだけ。


「……なにか、ほしいもの、ある?」


 たまたま傍に来ていたりんご色の誰かが、嗚咽まじりの優しい声をかけてくれた。


「……あまいの」


 水よりも魔素よりも。

 ただ消えゆく心を慰めるものが欲しかった。


「……飴は好き?」

「……好き」


 りんご色の誰かは飴が喉につかえることのないよう、崩れゆく体を傷めることのないよう、そっと抱き起こしてくれた。やさしい指先で、欲しいものを与えてくれた。


 霞んでいく視界に光った緑の輝き、支えてくれたぬくもりとやわらかさ。口と心を満たした甘露。頬をかすめた雨の一粒。


 ――末期のそれを、覚えている。

 ――生まれるときも生まれてからも、忘れないように握りしめている。


 ――ずっと。


ファニーラではない誰かさん。

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