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ラストバトルの隅っこで・前

タイトル考えるの苦手なのでそのうち変えるかもしれません。



 前世の記憶の取りこぼしを確保した現場は、最終決戦の真っ只中でした――――


 トンネル抜けたらホワイトアウトのほうがまだマシだったわ!!!!



 遠い、遠すぎるいつかに見た文学を茶化したファニーラは、今、彼女含めたこの場すべての――いや、王都を丸呑みできるのではないかと思えるほどの巨大な魔力が暴れ狂う様に混乱する生徒たちを一瞥した。つづいて、自分たちがいる場所も改めて確認する。


 ここは王都のほぼ中央、王城にも近い一等地を広く確保して設立された国立の学園だ。王国全土から適齢の貴族子女、適切な学費と教育をおさめられるだけの一般市民の子女が生徒として在籍する。教育者も一流の面々が揃えられ、たとえ力及ばず中退となったとしても難関たる入学試験をクリアできたというだけで後々の人生の選択肢は増えるともっぱらの噂。わりと事実。


 その学園のど真ん中で。

 今年度の卒業生たちを送り出す、厳粛な式の最中に。


 世界を混乱に陥れる存在であるという黒竜が、ひとりの王子を媒介にして顕現しやがったのだった。


 いや知ってる。ファニーラ知ってる。

 いつか、この日は来ると思ってた。だが、それはあくまで、今を生きるファニーラとしてのことだ。なにしろこの日に備えるために、去年、この学園から雇用関係を結んでほしいと打診を受けて承諾したのだから。一年程度の準備期間しかなかったが、備えはそれなりに固めておいた。

 そして知ってた。ファニーラの前の人も知っていた。

 ということに、気がついたのはたった今。

 前世でプレイしたゲームのラストバトルBGMのイントロが、ちょうどいい感じに脳内で流れ始めた。要らねえ。



「皆落ち着きなさい! まず講堂から順に出――」

「学園長それは却下です! 屋根は吹っ飛びましたが王子はすでに宙に出ました!」


 恐怖に飲み込まれて逃げ出そうとする者、怯えて動けない者、勇ましくも攻撃を放とうとする者――いずれも現状では望ましくない生徒たちの振る舞い、恐慌に陥った精神をどうにかせねばと声を張り上げる学園長へ、無礼千万ながらもファニーラは叫ぶ。

 だって他の教員の皆さん、生徒をおさめるのに手一杯だから!


「ついでに巫女ともうひとりの王子も飛び立ちました!」

「なんと!?」


 手っ取り早く説明すると、現状に至った経緯はこうだ。

 百年に一度、王家に生まれる双子の王子のどちらかに、破壊の黒竜の意志と力が。そうでないほうには、再生の白竜の意志と力が宿るという。

 成人する十八歳の年にそれは必ず目覚めて、彼らは戦うさだめにあるという。

 ふたりのどちらが黒で白か、人である間に見分けるすべはない。

 研究は少なくとも数百年来続いているらしいが、顕現するまでその魔力はまったく同質だというのだ。

 だからといって一人殺せばいいというわけにもいかない。人道に悖るし、器をなくした力がどうなるか――実は分かっている。数百年前、王位継承の騒動で賊に拐われた双子王子の一人が儚くなったその結果、現地を中心にとんでもない面積が光に灼かれて荒野になった。

 つまり、亡くなったのは白の王子。

 残された黒の王子はどうなったというと、おそらくほぼ同時刻に悶え苦しみ黒い球体になって光荒れ狂う荒野に飛んでいったとか。そして光に突入し相殺し、……この百年目は、そこでひとまずの収束を見たのだとか。なおその荒野は百年を数えるころやっと植物が芽吹き始めたらしい。おそろしい。


 と、このあたり――黒白の区別だの研究だの荒野だのの云々は、今生におけるファニーラの知識である。

 彼女が前世で愛読していた漫画『竜巫女の奇蹟』や派生ゲーム『竜巫女の奇蹟~祈り輝く日々~』では、そんな怖い歴史にまで触れていなかった。

 学園で竜巫女(白竜のパートナーとして黒竜と戦う運命)の力に目覚めるヒロインが双子王子はじめ攻略対象と友愛やら親愛やら恋愛やら育んで、学園を去る最終日に覚醒した黒竜を倒すまでが原作およびゲームの流れだ。

 原作では第五王子がヒロインの恋愛相手であり白竜として、黒竜となった第六王子と戦った。

 ゲームでは第五王子を選べば原作ママ、第六王子を選べば第五王子が黒竜となり、他のキャラと結ばれれば進行中の好感度が低かった王子が黒竜になる。ちなみに結ばれたキャラは白竜の騎士として戦闘を援護してくれるぞ! 魔術師キャラもここばかりは騎士扱いだぞ!


 そんな伝承を抱えた王家に今年成人する約束の双子王子が通うこの学園こそが作中の舞台であり、卒業式たる今日が――最終決戦の場であった。


 原作を読んでいた当時、前世のファニーラは思ったものだ。


(ぶっ壊した学園の修繕費、どうしたんだろう)


 描写された範囲では講堂全壊は確実で、周囲の建物の被害も大きかったはずだ。なにしろ、戦闘後に王子と巫女が並んで見上げた背景は空一色。少なくない建物が林立していたはずの学園では、ありえないほど広大な青だったから。


 そしてもうひとつ、前世のファニーラが思ったことがある。


(第六王子の扱いがひどい)


 ゲームではどちらになるかヒロイン次第だが、原作での黒竜化は第六王子一択だ。そしてファニーラは原作寄りの嗜好で、かつ、第六王子推しだった。

 作中徐々に第五王子と仲を深めていくヒロインを諦めきれず、それでも応援してし、兄の背をも押して、それでも思い切るには時間が必要だとさみしげにしていた第六王子の原作最後の描写は――倒された黒竜が物言わぬ躯となり、灰のように音なく崩れていくというものだったので。

 当時の第六王子ファンが、どんだけ阿鼻叫喚を演じたかは割愛する。


 そして今回は――第五王子の扱いが、ひどいことになりそうだ。


 第五王子から黒いモヤが生まれた瞬間を学園関係者席で目にしたファニーラが前世の記憶を思い出すに要した時間は、数秒程度だった。たぶん。

 超高速走馬灯を終えた彼女の目には、どごーんと講堂の屋根をぶち抜いてその巨体を学園敷地の空へ運ぶ黒竜が映っていたので。

 そして、現場が恐慌に陥る前。奇妙な静寂が場に落ちたほんの数秒に、ファニーラの思考は再び大回転した。ちなみにその間にヒロインと第六王子も変身して第六王子を追った。

 展開が記憶どおりなら、いつの間にやら暗雲漂い雷鳴迸る空の下、学園上空が決戦現場になるはずだ。学園長や教師や生徒一同、ならびに一部子女の家族も揃うこの場で!


 原作! ゲーム! 作者様! このへんのフォローはどうなってるの!?


 などと胸中で叫ぼうとした瞬間、ファニーラの思考は落ち着いた。

 自分であればできる。というか、このために自分はいる。

 根拠は前世知識でもあるし今生能力と伝手でもあるし、つまりはあわせ技である。

 ちょっとだけ、本来のストーリーから乖離した場合の未来予想が思考の片隅に生まれるが黙殺した。だって実際のところどうでもいい。ここまできといて改変などと、ぐだぐだ言っていられるか。

 そもそもおそらく、ここはゲーム側の方だ。


 理由その1。黒竜化したのが第五王子であること。

 理由その2。ファニーラが、学園購買部の責任者であること。

 ゲーム中で好感度をちょびっとだけ上げる恋のアイテム『らぶきゅん☆うさぎクッキー』を、ゲームの自分でも今の自分でも販売していたからである!

 なお、この現実では、ただ美味しいだけのクッキーだ。そんな、他人の心をいじるようなアブナイものなど、この由緒正しい学園で扱っていいはずがない。すべての商品は厳重なチェックを経て売り場に並ぶのだ。


 ともあれここは、この現場は、ゲーム側の世界だ。そう認識して間違いない。

 マルチエンドたるゲームがベースであれば、イレギュラーのひとつやふたつやみっつやよっつ、大きな度量で受け入れていただけるだろう。


 だからして、学園長案を却下したファニーラは速攻で行動を開始していた。

 まずは足踏みをひとつ。靴底に仕込んだ魔術具、結界陣を起動させる。関係者全員が集う講堂を覆う半透明の光がそれで出現した。

 突然の光景に驚く声が上がる。まだ狂乱に呑まれた声もある。それでも、光の壁がいつしか飛び交い始めた戦いの余波を立て続けに弾いたことで、講堂の面々はひとまずの安全が確保されたと悟って少しずつ落ち着いていった。

 その合間に、ファニーラは動く。

 結界生成者を探しているだろう視線は小柄な背丈を生かしてかいくぐり、こっそり空けておいた結界の隙間から身を滑らせて外へ出る。日常的に着用している腕輪型アイテムボックス(空間魔法を贅沢に使用した王侯向け同等の逸品だ)から、本命の結界術具を取り出した。


 深呼吸を繰り返して心拍をととのえ、ファニーラはそれを起動する。


『――呼応障壁起動』


 六角形を描く光網がファニーラを起点として水平に広がり、上へと伸びて、すでにある光壁を覆うように重なっていく。

 余波を受けつつも削られていた光壁をそのまま、さらなる守りとして重なった光網は十分にその頑強さを発揮した。講堂内の面々の耳を苛んでいた轟音も、足元を揺るがす振動も、光網は遮断する。

 もっとも、重なる光のおかげで外の光景はますます見づらくなったが――そこは、遠見の魔術具を持つ先生がどうにか実況してくれることだろう。持っていればの話だが。


「ビット主任! あなた何を!?」


 おっと、見つかった。

 結界の外にいるファニーラに気づき、重なる光の隙間から強い声で呼びかけたのは、魔術学の教員のひとりだ。非難よりもファニーラの安全に対する懸念が強いことをすぐに察したファニーラは、すいませんと頭を下げた。


「すいませんではなく! 戻ってください!」

「いや、それがですね。この結界――」

「貴女が!?」

「まあ、魔術具なので。相応の魔力をぶちこめば、はい」


 でも、とファニーラは講堂に戻る動きを見せないまま笑って言った。


「これまだ開発中でして。内包する人数に応じて強度増大が高まるんですが、術者が中にいると結界自体が成り立たないのです」

「最悪の蟻の穴ですね!?」


 文句を言う教員だが、さすがは魔術学担当。現状がおそらく最善であり、ありもしない解決策を探す時間を割く余裕もないと理解した彼はすぐさま、無防備に見えるファニーラに彼が用いることのできる最大強度増大の防御結界をかけてくれた。

 だから、再びファニーラが頭を下げた理由は、ありがとう、だ。

 心配そうに見守ってくれる彼に学園長への報告を頼んだファニーラは、会話の間にも絶えず結界に走らせていた意識を、本格的にそちらへ全振りした。


『補強』


 頑強極まる結界だが、世界へ迫る破壊の力やそれに匹敵する浄化の力の余波を受け続けて万全を保つことは難しい。

 ひびが入れば修復し、穴が空けば埋めたてて、と、一秒一刻、油断ならない時間がつづく。


『効果追加。強度増大。強度増大。強度増大。領域拡大。領域拡大。補正。修繕。部分再構築。強度増大付加。強度増大。反射――――』


 猛り狂う魔力で自分が立っていることも分からなくなってきたし、目は閃光と暗黒の応酬で霞んできたし、耳はもうたぶん外界の音を拾えていない。

 同族をして驚愕させた貯蔵量を誇る魔力すらも、そろそろ危うくなってきた。

 それでも、動員できるすべての感覚で戦いの行方を見守っていたファニーラは、そのときが来たことを察知する。


『効果追加!』


 竜巫女と白竜が、最後の力を奮うその瞬間。


『強度増大強度増大強度増大強度増大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大領域拡大――――』


 記憶に笑うひいひいじいさま(生きてる)とその仲間たちが五百年の昔に造り上げた傑作たるこの学園の建物を、講堂以外ひとつも破壊させてたまるかと――前世の知識だけではどうにもできない自身の望みを叶えるべく、ファニーラは理論と希望的観測上ほぼ無敵と化した光網結界を、大きく大きく広げてのけた。

 講堂を守り、校舎を守り、戦いの余波から学園の外を守るため。


 がむしゃらに展開した結界のなか、――そうして、次の百年へ至る戦いの決着は着く。


「…………」


 それをある意味特等席で眺められたのが、今生のここでファニーラが前世を取り戻した理由であり、特典だったのかもしれなかった。

 が。


「あれ?」


 かろうじて結界を維持しつづけるファニーラの眼前で、白竜と竜巫女がふわりと地面に舞い降りた。

 彼らの頭上では、黒竜がのたうって苦しんでいる。第六王子とヒロインによって竜核を破壊された黒竜――第五王子は、ほどなくその身を地に横たえるはずだ。もう心配はない。

 原作でスルーされた黒竜化の王子は、しかし、ゲームでは力尽きた黒竜が崩れ去った魔灰の山から救出される描写がある。だから心配はない。

 ない、はずなのだけれど――

ファニーラ・ビット:

学園購買部主任。有事には有り余る魔力を魔術具に叩き込んで対処する。

販売するお菓子は彼女の手作り。うさぎクッキー、つまり、ファニー・ラビット。

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