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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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88/125

その88 至高の料理を食べてみよう



「なんなのだあああああ!?」



 悲鳴を上げる赤髪幼女の襟首をひっつかみ、ロザンさんの店に文字通り飛んでいく。

 到着までは一瞬。華麗なる勝利のポーズで着地を決めた後、ドアをノック&オープン。驚く給仕さんに極上の笑顔をプレゼントする。



「こんにちは! 水竜を食べに来ました!」


「ひゃい!? よ、用意が出来ております! お部屋にご案内いたしましゅ!」



 かみかみだ。

 でもかわいいのでよし!



「よろしくおねがいします! ものすごく、ものすごく楽しみにしてます!」



 テーブルについて、待つことしばし。

 給仕さんが料理を運んできてくれた。



「ああ……」



 前菜は、いつもの神。

 続いて出てきたのは、見るからに存在感のあるスープだった。


 深めの皿に入っているのは、琥珀色の液体。

 よほど丹念に脂抜きしたのか、スープには一点の濁りもない。

 澄んだ宝石のように透明感のあるスープには、具が入っていない。


 でも、確信できる。

 一切れの肉も入っていないこれは、しかし水竜を使った料理だと。


 湯気は、上がっていない。

 たぶん、冷たいスープだ。


 匙ですくって、ひと口。

 目の前に、味の万華鏡が広がった。



「ふあああああああああっ!」



 口から洩れる声を押しとどめられない。

 声をあげて発散しなきゃどうにかなりそうなほどの、旨味の奔流。

 冷たいスープが、舌の中で解けていく、その過程で様々な味が顔を出す。そのどれもが、極上。


 野菜。それも二、三種類じゃない。

 すくなくとも十以上。それに干した貝や海藻の旨味、そしてそれらを伴奏者として、味の万華鏡の芯となっている、震えるほどの旨味。


 わかる。

 私が渡した食材だもん。なにを使ったか想像がつく。


 間違いない。

 水竜の骨から取った出汁。

 それが、私の心を震わせるこの魔法のスープのタネだ。



「ん……やばい……」


「女神様の顔がヤバいのだ……」



 幼女がなにか言ってる気がするけど、甘美な味の世界に浸ってる私は気にも留めない。

 ゆっくりとスープを飲み干して、切ないため息を漏らす。本当に、本当にとんでもない味だ。



「ふああああああ……」


「お、お待たせしました。本日のメインです」



 痺れるような陶酔感に浸っていると、顔を真っ赤にした給仕さんが、大皿に盛られた料理を持ってきてくれた。


 肉だ。

 この流れで出てくるんだ。間違いなく水竜の肉。

 こんがり焼き色のついた肉が、適度な厚さにスライスされて、同じく焼き色のついた葉野菜の上に盛りつけられてる。その上には、赤いソース。



「水竜の……ローストビーフ」



 竜肉だからビーフではない気がするけど、まあいい。

 見るからに美味しそうな料理に、ごくりと喉を鳴らす。



 切り分けられた肉を、ひと口、食べる。

 香ばしい風味とともに、肉汁が、あふれんばかりにこぼれ出した。



「んんんっ!」



 水風船のような独特の弾力だった水竜の肉。

 それが、熱を通すことで心地よい歯ごたえを加えている。

 焼くことによって生じる香ばしさ。大量に含んでいた肉汁も、熱を通すことで活性化し、しかも十分に寝かせたことで、残らず内に取りこんでいる。



 ――そして、このソース!



「く……ふっ!」



 おそらくは、肉汁とワインを絡めて味を調えたもの。

 そこに少量だけど、スープに使ったのと似た出汁が加えられてる。


 息が出来ないほど美味しい。

 体を締め付けるような切なさが、しだいに解けていき、快感に近い陶酔的な痺れが全身に広がっていく。


 あ、やばい。

 ファビアさんの気持ちが分かりそう。



「……ふう」



 せーふ。

 美味しすぎて失禁とかマジ勘弁です。

 ロザンさんの料理の腕がゴッドなせいか、それとも水竜の肉が冷質だからなのか。


 あ、なるほど。

 神器のおかげで熱を通せるといっても、水竜の身質はあくまで冷質。

 その性質を無視して熱々にするより、冷質を活かした調理をする方が、より適してる。

 だからロザンさんは冷たいスープとか焼いた後しばらく寝かせるローストビーフとかにしたんだ。


 素晴らしい味の世界ですロザンさん。

 ああ、ありがとう世界!



「すごくおいしそうなのだ!」



 と、赤髪幼女の声が、どこかに行っちゃってた私の心を呼びもどした。

 幼女の視線は残ったローストビーフに一点集中。そういえば食いしんぼさんだったね。



「……」


「……」



 すこしだけ、無言で視線を交わす。

 リーリンちゃんは、ものすごくもの欲しそうな顔。というかよだれが……



「……」


「……」


「……う、うう……食べる?」



 ものすごい葛藤の後、尋ねる。

 この一言を口に出せた私を誰か褒めてほしい。アルミラさんだとすごくいいです。



「無理なのだ!」



 赤髪幼女が、ぶんぶんと首を横に振る。



「リーリンは強い火の要素を持ってるから、より強い水の要素の塊をぶつけられるとどうにかなっちゃうのだ!」



 なるほど、そういうこともあるんだ。

 納得しつつも、ちょっとほっとしてみたり。



「――どうだ、女神様?」



 と、唐突に、声。

 いつの間に来たのか、戸口でロザンさん?が自信たっぷりに腕組してる。


 味の感動がよみがえってくる。

 この人は、なんて料理を、世界に生み出してくれたのか。



「最高に――おいしかった!」



 私は、あらん限りの感情を言葉に込めて、微笑みかけた。



「ありがとよ。最高の褒め言葉だぜ」



 ロザンさんがきょばっと牙を剥いて笑顔を返す。

 ちょっと怖いです。







「はっ!? そういえば、ご褒美がほしいのだ! 幻獣素材が欲しいのだ!」



 思い出したんだろう。

 リーリンちゃんは、ものっすごい笑顔で手を差し出してくる。


 ああ、そういえば、またこの幼女の手を借りなきゃいけないんだった。なら。



「うん、じゃあとりあえず神牛の骨と皮あたりでいいかな? 火の属性ならそういうのの方がいいでしょ?」


「ありがとーなのだー!」



 首飾りから取り出した素材の山を、幼女は小躍りしながら工房に放り込んでいく。


 そんな彼女に、私は笑顔で提案する。



「で、私の言うこと聞いてくれたら、水竜の骨とか鮫の歯とかもつけちゃうんだけど」


「女神さま大好きなのだー! なんでも言うこと聞くのだー!」



 がばっと抱きついて来る赤髪幼女。

 どれくらい生きてるのか知らないけど、この子の将来がとっても心配です。



「じゃあ、ローデシア西部、影の魔女シェリルのところまで、工房かなにかの中に入れて運んでほしいんだ」


「え、あいつのところなのか?」



 幼女はすっごく嫌な顔をした。

 返事も濁音交じりだ。



「嫌なの?」


「だって、あいつ妹のくせに口うるさいのだ! リーリンの方がお姉さんなのに!」



 ……ふぁっ!?


次回更新4日20:00予定です。

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