その64 ユリシスの問題を知ろう
短い密談を終えて、王様は帰っていった。
王様が出ていくのと入れ替わりに、外で控えてたクラウディアさんが部屋の中に入ってきて、姉貴分であるファビアさんのそばに張りついた。
恋敵とでも認定してるのか、去っていく王様の背中に、殺せる視線を送ってたのがすっごく怖かったです。
というのはさておき。
ぐるりと、部屋を見渡す。
五人に対してテーブルひとつに椅子二つ。
王様に請負っちゃったことだし、さっそく今後のことをみんなと相談したいんだけど、ちょっと落ち着けない。
「えーと……これからのこと、みんなにいろいろ相談したいんだけど……ここじゃ狭いよね?」
「席がないのを気にしておられるのなら、どうかお気になさらず」
ファビアさんが気にしなくても、私が気になるんです。
あと使者さんやファビアさんや百合っ娘を差し置いて、空いた席にちゃっかり座ってる銀髪幼女は自重してください。
「ならば、私の部屋をお使いください」
見かねた使者さんの提案で、彼の部屋を使うことになった。
会談用の大きめの円卓に、人数分の椅子を揃えてもらって、席につく。
くるりと席を見回して、私は話を切り出した。
「さて、王様にはあんな感じで約束したわけだけど――使者さん。双璧の人たちを、どう説得したらいいと思う?」
尋ねると、使者さんは、ファビアさんの隣――椅子をぴたりと横につけてる美少女に目をやった。
「クラウディア殿は、このままでよろしいので?」
「いいよ。べつに悪意があって従わせたいわけじゃないし。聞かれて困るような手は、初めから打つつもりなんてない」
私が話すと、クラウディアさんは驚いたように目を瞬かせた。
「……お姉さま、女神様って、神様なんですよね? なぜこんなにわたくしたちに気を使うんですの?」
「女神様はこういう方だ。変に勘ぐらず、お言葉のままに受け取ればいい」
ファビアさんが説明する。
いや、ニワトリさんも気さくっぽいし、私が特殊ってより、どっちかっていうと守護神鮫のスタイルが特殊って気もしますけど。
使者さんが、こほん、と咳払いしたので、みんな使者さんに視線を向けた。
それを確認して、使者さんは口を開いた。
「ユリシス王は、双璧が協調を欠いている、とおっしゃいました。しかしそれは、私の見るところ、正確ではありません」
「と、言うと?」
「いま、双璧は……はっきりと割れています」
双璧――ユリシス王国を支える、勇者の家柄が。
ファビアさんの実家、マクシムス家と、百合っ娘の実家、マルケルス家が、割れている。
「深刻なの?」
「はい。盟約の要たる守護神鮫アートマルグを失った王への対し方で、両家は反目しています」
「……どういうこと?」
説明を求める。
使者さんは、クラウディアさんのほうをちらと見ながら、口を開いた。
「まず、双璧の一方、マルケルス家の当主は、王に惚れています」
「ほ、惚れ!?」
「惚れこんでいる、ということです。王に殉じ、王を支えて、ともにユリシスを立て直していこうという腹づもりかと」
ああ、びっくりした。
てっきり性的な意味かと。
胸をなで下ろしていると。
「――あのぼんくら王、死ねばいいのに」
クラウディアさんが思いっきり毒を吐いた。
目つきがヤバい。
「……あの、使者さん。そのマルケルス家の御令嬢が、王様を全力でディスってるんだけど」
「マルケルス家の当主は、国王に惚れこみすぎて、娘であるクラウディア殿との縁談を進めようとしておられます」
あ、そりゃ殺意わくよね。わかります。
ファビアさんも、納得したのか、深いため息をついた。
「うらやましいことだ。願わくば、当家もそうありたいものだが」
違った。
そして百合っ娘の目が曇った。
あの、クラウディアさん、ファビアさんが言ってるのは、王を支えたいって部分であって、ファビアさんが王様と結婚したいと思ってるわけじゃないと思うので人外めいた殺意を巻き起こすのやめてください、オールオールちゃんですら、ちょっと怯えてます。
「えーと、じゃあ、双璧の家の内、問題があるのはファビアさんの――マクシムス家のほうってこと?」
怖いので、使者さんと話を進めることにする。
使者さんも、目の前で放射される無限大量の殺意から目を逸らして、体ごと私の方を向いて、話し出す。
「いえ。マルケルス家の当主は、私が見たところ、王の意志よりも、王を支えることを重視しております。こちらが王の害になると判断されれば、敵対することになるかと」
「うーん。できれば潰したくはないんだけどなあ」
腕を組んで考える。
私だと、どうしてもアトランティエ目線で考えちゃうので、知らないうちに虎の尾を踏みかねない。
「あの、わたしも出来る限りのことはするつもりですので、どうかお見捨てなきよう」
ファビアさんがむっちゃ悲壮な表情で見てくるけど、心配しなくても、こっちも出来る限りは血を流さないよう頑張るから。
「ひとつ間違えれば族滅か……」
「その時にはわたくしもごいっしょいたしますわ……永遠にいっしょです……」
なにやらクラウディアさんが一方的に耽美な雰囲気を醸し出し始めたけど、ファビアさんは全然気づいてなさそうです。
◆
「マルケルス家のスタンスはわかった。つぎはマクシムス家について、使者さんの見解を教えてくれないかな?」
無駄に空気が重くなっちゃったので、軽い調子で尋ねる。
「はっ。マクシムス家は王よりも、むしろ守護神鮫アートマルグの意に重きを置いてきた家です。殊に、統領である牙の魔女トゥーシア様は……」
ぴくり、と銀髪幼女オールオールちゃんの眉が動く。
たぶん知ってる名前なんだろう。牙の魔女、なんて二つ名持ちなんだし、かなり有名っぽい。
と、使者さんが、言葉を止めたままになってる。
なんだろう、と思っていると、ファビアさんやクラウディアさんも、顔に緊張を走らせる。
そういえば、外が微妙に騒がしい気がする。
そう思って、窓辺まで歩いて、外の様子をうかがう。
二十人ほどの小勢を従えた少女が、門をくぐり抜けるところだった。
青ざめた顔で、ファビアさんはつぶやくように言う。
「我が母、牙の魔女トゥーシアは……アートマルグ様の、絶対的な信奉者です」
次回更新5日20:00予定です。




