その33 お風呂に入ろう
問題。
武人の栄誉を重んじるっぽい妙齢の女性がいます。
彼女に、他国の王子様の前でおもらしさせちゃうという、とんでもない恥辱を与えてしまい、なおかつ彼女を死なせたくない場合、どうすればいいんでしょうか?
誰か答えて欲しい……
「ひとまず、手を使えぬよう、後ろ手に縛りましょう。タツキ殿、ファビア殿が暴れぬよう、そのまま、そのまま……」
王子様が、無駄に手なれた感じでファビアさんを縛る。
「とりあえず、わたくしオールオール様を呼んでまいりますわ! 記憶を削除するか自殺を封じないと本気でマズイですわ!」
アルミラが脱兎の勢いで外にかけ出していく。猫だけど。
ファビアさんは、なんというか、もう涙も枯れつくした、みたいな表情になってる。
隙あらば私の指をかじかじしてくるので、自殺はあきらめてないっぽいけど。
「王子様、どうしよう……?」
「ひとまず、姉貴の帰りを待ちましょう。とりあえず、人払いはしておきますので、この部屋での出来事が、外に漏れることはありません」
「漏れてるの、拭いてあげたり出来ないの?」
漏れ、という言葉で、私の指を噛む力が強くなった。
「男のボクが拭くのは、火に油を注ぐようなものです。侍女を呼ぶのも彼女にとっては恥の上塗りでしょうし、かといってタツキ殿にお願いするわけにもいきませんし」
「いや、正直責任感じてるから、おしっこ拭くくらいならやるよ?」
おしっこ、で、また私の指を噛む力が強くなる。
痛くはないけど、ちょっとむずかゆい。
「文字通り手が離せないみたいですし、まあ、やめておきましょう。それが彼女にとっても望む所でしょうし」
エレインくんの言葉に、ファビアさんはこくこくと何度もうなずいた。
◆
アルミラが、陋巷の魔女オールオールといっしょに帰ってきたのは、それから一時間くらい経ってからだった。
「風に乗って大急ぎで来ていただきましたわ!」
「あんまり便利に使われても困るんだけどねえ……まあ、王室がらみじゃ取っぱぐれもないだろうし、いいがね」
なんというか、「つまらないことで呼びだすな」って顔に書いてある気がする。
「魔女様、お手柔らかに」
「王室連中は嫌いだけど、アルミラの弟分のあんただ。特別に吹っかけるのはやめといてあげるよ」
「感謝いたします」
なんというか、銀髪幼女の前だと、エレインくんがしおらしい。
「……アルミラ、エレインくんってオールオールちゃん苦手なの?」
「昔、オールオール様にいたずらしようとして、ネズミに変えられたことがありますわ」
アルミラと、こそこそ会話してると、銀髪幼女がこちらを見て天使の様な笑みを浮かべた。
「アルミラ、人ごとみたいに言うねえ。いっしょにネズミになったのは、どこのどいつだったかねえ?」
「オールオール様! それはないしょ! ないしょですわ!」
なにやってんのアルミラ。
というか、いい加減甘噛みが気持ちよくなってきたんだけど。早くなんとかしてほしいんだけど。
「ま、さきにこっちかねえ。自殺しないようにすればいいんだね?」
さっすが幼女様!
私の心が通じたのか、銀髪幼女はファビアさんに近づいて、逃れようともがく彼女の頭を、つん、つん、とつっついた。
「はいよ。自殺に関して考えることを封じた。これでこの娘は、どんな状況に陥ろうと、自殺しようって結論に至れないよ。ついでに逃げるのも封じておこうかね」
「……またえげつない封じ方を」
王子様が眉をひそめたけど、幼女は「はん」と鼻を鳴らして笑う。
「このアトランティエを攻めようとしたんだ。それくらいの罰は当り前さね」
前から思ってたけど、オールオールちゃん、水の都の事大好きだよね。
とりあえず、自殺は出来なくなったみたいなので、指を離す。
「殺して……お願いだから殺して……」
心理状況はむしろ悪化してる気がするけど、ひとまず自殺は止めたみたいなのでよし。
立ち上がると、足元がべたべたする。
まああれだけ密着してたら、おしっこで濡れるのも仕方ない。
「アルミラ、ごめん。借りてた服、濡らしちゃった」
「それはよろしいのですけれど……タツキさん、お風呂にお入りになってくださいまし」
「その方がよさそうだね……ファビアさんも、先に入る?」
「さすがに捕虜を一人にして、というのは……お風呂は広いですし、いっそ一緒に入りましょうか? よければオールオール様も」
おやおや、アルミラさんから大胆な提案が。
◆
世界屈指の物流インフラが整った都市、アトランティエ。
ここはその貴族の屋敷である。当たり前のように、銭湯みたいに広いお風呂がある。
さすがにコストと人手がかかりすぎるので、非常時な現在は使われていない。私が毎日入ってるのは、タライサイズの小さなお風呂だ。
なので、アルミラさんと一緒におふろ、というのは、実は初めてだったりする。
「さすがに広いですわ」
たゆん、と、揺れる。
うむ……うむ……
「野良神様よ……」
ごめんなさい。
銀髪全裸な幼女にジト目で見られたので、心の中で謝る。
というか、なんの意外性もなくぺたんこですかそうですか。
「よし、じゃあ入ろうか」
と、ファビアさんを促す。
私とファビアさんは体が汚れてるので、さきに体を洗わなきゃいけない。
「……」
ファビアさんは死んだ魚のような目で、促されるままに歩いてく。
その体は平坦だった。私と幼女を合わせて、フラット3&1たゆんだ。
「彼女とタツキさんのお体は、わたくしがお流しいたしますわ」
と、たゆんさんが湯を汲んで来て、笑顔。
私は神に感謝しながら、アルミラに体を預ける。
まずは私、続いてファビアさんの体を、アルミラは洗っていく。
船の長旅だったんだろう。ファビアさんの体はけっこう汚れてたけど、丁寧に洗うと、健康的に日焼けした肌も淡い金髪も奇麗で、よいものだと思います。
「……アルミラよ、あたしの体も、流しちゃくれないかね?」
様子を見ていたオールオールちゃんが、拗ねたように言いだしたので、アルミラさんは大忙しになった。たゆん。
◆
「……ふう」
湯船に浸かり、息をつく。
気持ちいい。やっぱり肩まで浸かれるお風呂は最強だ。
軽く伸びをする。
隣にはアルミラさん。
その向こうには銀髪幼女。
そしてファビアさんが並んでる。
一人だけ突出してるのは、たいへんけしからんと思います。
「それにしても、タツキさんのお体、美しいですわ。うらやましい」
アルミラさんが、私の体を見て、うらやましそうに言った。
たしかに、私の体が美しいことには異論ない。
顔なんかもドストライクで、正直結婚したい。
でも、私は私なので、私とは結婚できないのだ。かなしい。
「でも、アルミラさんのおっぱいもすてきだと思います」
と、私はアルミラに返す。
「……」
ファビアさんが死んだ目のまま、自分の胸を押さえた。
オールオールちゃんに将来性があるのかないのかわからないけど、とりあえず私は二番です。




