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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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外伝その3 温泉に入りに行こう


 女神タツキは西部諸邦全域を庇護下に置く守護女神である。

 この世界に舞い降りてから一年もたたないうちに、わりと成り行きでそうなった。

 彼女が最初に守護を約束した水の都アトランティエなどでは、その人気は大変なもので、地味に国王などより知名度が高かったりする。しょっちゅう都の空を飛んでたり船で移動したりしてるし。


 とまあ、そんな偉大な女神様であるところのタツキは、ある日、こう思った。



「温泉に入りたい……!」



 思いたったが吉日、なのだろうか。

 女神タツキは即日南東の空へと飛び立った。







 アトランティエ王国盟下、白の都市ヴェスタ。

 南部大山脈の火山帯に近接するこの都市は、古来湯の湧く地として有名である。



「つまり温泉!」



 荒ぶる勝利の女神のポーズを取りながら、女神タツキは叫んだ。

 ものすごく目立った。騒ぎになった。太守が飛んできた。



「め、女神様!? 白の都市になんの御用で……?」



 太守とは、エレイン王の即位式やら何やらで、面識がある。



「温泉に入りに来ました!」



 極上の笑顔でそんなことをのたまう女神様に、太守はたっぷり数呼吸、機能停止してから、温泉に入る準備と食材の調達を部下に命じた。

 正直いい迷惑なのだが、この一件が噂になって、西部諸邦の有力者たちがこぞって白の都市に湯治に来るようになるのだから、世の中わからないものである。







 さて、万難を排して太守自らが管理する温泉に案内された女神タツキは、しかしちょっぴり不満だった。



「混浴じゃない……だと……?」



 この場合の混浴とは彼女以外全員女性ということだ。

 いや、女神タツキも性別的には女性なので、女湯というべきなのだろうが、転生前の男性の記憶を持ってる彼女にとっては心理的に混浴である。


 用意された温泉は、あたり前だが女神タツキの貸し切りであり、他の人間が入る余地はない。

 太守の一族の娘だという若い女性がついてくれているが、とてもではないが「いっしょに入ろう」と言える雰囲気ではない。なんだかやたら無表情なお姉さんだし。



「……まあいいか。温泉だわーい!」



 タツキは白の長衣を脱ぐと、元気よく温泉に駆けていく。

 湯船は、よく磨かれた巨大な一枚岩で出来ており、そこに絶え間なく注ぎこまれる湯は、牛乳を溶かし込んだように白く乳濁している。



「……ふうー」



 白い湯の中に、白い裸身を泳がせて、タツキはゆっくりとため息をつく。


 温泉、といっても、タツキのよく知る日本の温泉とは違う。

 神殿の中心に風呂を据えたような造りで、これが御本尊だ、と言わんばかりだ。


 まわりは柱ばかりで壁は無く、外の光景がよく見える。

 山の中腹にあるらしい神殿温泉からは、白の都市が見下ろせる。

 山の斜面に建つ都市の、各所に温泉があるのだろう。あちこちから立ち昇る湯気で、薄くもやがかかったようになっている。



「……ん? こっちから見えるってことは、あっちからも見えるってことじゃあ……まあいいか」



 肉眼で人の姿を判別できるほど近くはない。

 なにも問題はないと、女神タツキはつぶやきながら湯船に沈んでいく。



「あー……きもちいいー」



 白い湯に黄金色の髪を浮かばせながら、タツキは心地よさげにつぶやく。

 髪に優しくない行為だが、その程度で痛むほど、女神の髪はヤワではない。



「これはぜひアルミラさんたちも連れてくるべき……おっぱい風呂……うむ……うむ……」



 うんうんとうなずく女神様。

 お付きの女性はひたすらに無表情だ。



「でも……うむ。私の髪が、白い湯の中で金色に輝いてて……なんかいかがわしい?」


「とても神秘的でございますわ」



 あまりにもアレな女神様の言葉に耐えかねたのか、女性が口を挟んできた。



「そう……後の世にも語り継がれるような光景と申しましょうか」


「語り継ぐの?」


「お望みならば」


「お望みじゃないです」


「まあ、女神様が望まずとも、町の人間が勝手に想像して勝手に語り継ぐでしょうけれど」


「ですよね!?」



 欲望に任せて白の都市にダイナミックエントリーした女神様の自業自得である。







「そういえば、女神様」



 と、お付きの女性が口を開く。



「――ただいまお食事などを準備させておりますが、なにかお好みのものはございますでしょうか?」


「美味しい物ならなんでも欲しいです。魔獣とかでもいいです――と」



 思いついて、タツキは手を打つ。



「食事の前に、温泉でなにかつまみたいんだけど……いいかな?」


「承知いたしました」



 女性は無表情のまま、ぺこりと一礼した。


 それから、待つことしばし。

 用意されたのは、魔獣らしい野鳥とその卵を茹でたもの。そして温かい葡萄酒だ。



「おさけ……」


「女神様、お酒は苦手でらしたでしょうか?」


「いや、好き嫌いで言えば、たぶん好きなんだろうけど……弱い」


「弱い、ですか」


「すこしで酔っちゃうし、酔うと奇行が増える。この状況だと……解放感で、全裸で街中を飛び回ったりとかありそう」


「それは……望む所ですが」


「望む所なの!?」


「伝説になりますので」


「そんな伝説要らないよね!?」


「女神が全裸で飛びまわった都市、ヴェスタ……よいではありませんか。うわさだけで人が呼べます」


「たしかに呼べるかもしれないけど! なんか! なんかもうちょっと私に配慮とかあっていいんじゃないかな!?」


「女神様が全裸で飛びまわらなければ済む話ですが」


「そうだよね!」



 ぐうの音も出ない正論だった。



「しかたない。ワインはあきらめるか……」


「強めに熱を加えて酒精を飛ばして、それから味を調えさせましょう。雰囲気は味わえます」


「じゃあそれでお願いします」


「では、そのように……こちらは、わたくしが頂いてよろしいでしょうか?」



 ホットワインを片手に、女性が首を傾ける。

 とくに反対する理由もないので、タツキは了承の意を示す。



「うん、いいよ」


「では、女神様に下賜された葡萄酒として、この街の葡萄酒を語り継いでもよろしいですか?」



 なにやら商魂たくましげなことを言ってくる。



「……いや、まあ、そうしたいならいいけど」


「わーい」



 無表情のまま万歳して、彼女はホットワインに口をつけた。

 それほど強いわけではないのか、彼女の顔はすぐに真っ赤になった。



「……大丈夫?」


「大丈夫です。酔いが顔に出やすいだけですので」


「……それって酔ってるってことじゃない?」


「そうともいうかもしれません」



 彼女は、やはり無表情のまま答えるが、足元がだいぶ怪しい。



「料理はこっちに貰っておくね。落としたら天罰モノだし」


「ふやぁ?」



 酔いがまわった彼女から、料理の入った木皿を奪い取り、湯船に浮かべてみる。

 深めの木皿は、それ用に作ってあるのだろう。白い湯にぷかぷかと浮かんで、都合がいい。



「うん。風流風流」



 満足げにつぶやくと、タツキは茹でた鳥肉をつまむ。

 皮をつけたまま細切りにしてあって、つまむのにちょうどいい。

 噛むと、じわりと旨味が浸み出てくる肉は、塩コショウと、少量の油で味付けされている。



「うん……おいしい」


「女神様、温かいお飲み物が準備出来ました」


「グッドタイミング! ちょうだいちょうだい!」



 タツキが興奮気味に声をあげると、彼女は千鳥足になりながら、なんとか温かい葡萄汁を手渡した。

 口をつけると、ワインの名残のほかに、酸味の強い果物や、胡椒など、様々な風味を感じる。

 これがまた、濃厚な魔鳥の茹で卵に非常に合う。



「おいしい……!」


「お喜びのようでなによりです。この逸話を語りながら、こちらをお客様に供すれば、みな喜ぶことでしょう」


「……いや、お世話になってる身だし、観光に利用するのはいいんだけど……ちょっと押しすぎじゃない?」


「御不快でしたら申し訳ございません。しかし、女神様の来訪は、あまり裕福でない白の都市にとって千載一遇の好機なのです! なんとしても町興しを成功させねばならないのです! もう伯父上にごく潰しあつかいはさせないのです! おかわりくらい堂々と言えるようになりたいのです!」



 彼女はぎゅっと両拳をにぎる。

 なんというか、彼女にも立場とか、いろいろ事情があったりするらしい。



「……まあ、アトランティエのことだし……ちょっとだけ、協力しようか。変なうわさを広められるのもアレだし」



 苦笑交じりにつぶやくと、女神タツキは立ち上がり、眼下の都市に向けて両腕を広げる。

 白い湯に濡れた神々しい裸身をさらしながら、彼女は唱えるように言った。



「白の都市ヴェスタに――祝福を!」







 白の都市ヴェスタ。

 女神タツキに祝福されたという温泉を求めて、僻地ながら多くの人が訪れることになる。

 彼女が入ったとされる湯船――かつては守護神猿エンキの湯と呼ばれていたそれは、以降女神の湯と呼ばれる。


 女神の湯を守り、その長い来歴を語るのは、神猿エンキ最後の巫女。その娘である。



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