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30、ボタンを押せばわかる

 『今の私は何なのかは自分もわからない。君が言うウィルスかもしれないが、以前の私なら人間だよ』


 ロイリネはリペーの誘導で視線を私の方に向けてきた。


 「以前は人間? どういうこと?」


 『さあ、私は死んだはずなのに、気がついたらなぜかこんな得体の知れない存在になった』


 「お前はもう死んだのか……やはり外はもう誰も生きていないようだ」


 ロイリネは悲しそうに視線を下げた。


 『なぁ、聞いてもいいか』


 「いいよ。何を聞きたい?」


 『何故私のことをウィルスと呼ぶのだろうか』


 「それは……」


 「お前! 奴隷の分際でよくもここでサボりやがって!」


 ロイリネが説明しようとした途端入り口から1人の男が現れた。そしてずかずかとロイリネに近づきて襟を掴んだ。


 どうやら支店の店員のようだ。多分ビンヘが戻ったのにロイリネの姿が見当たらないせいで探しに来たのだろう。

 しかし、今は邪魔しないでもらいたい。


 「申し訳ありません」


 殴られる覚悟でもしたのか、ロイリネは目を強く閉じった。


 「もう大丈夫だ」


 私はそう言いながらロイリネを離した。


 「え?」


 ロイリネは怪訝そうに私見ている。正確に言うと私に憑依された男を見ている。


 「私だ。この男の体に憑依した」


 「それって! お前は権限を持ってるのか!」


 さっきと逆に今度はロイリネが()の襟を掴んだ。


 「待って、私の質問に答える前に他の疑問を抱かせるな」


 「リペー」


 ロイリネは私を無視してリペーを呼んだ。

 そして、2人はしばしアイコンタクトというより見つめ合ったあと……


 『ワカリマシタ』


 相変わらず無表情なリペーだが、何となく一層冷たく感じる言い方でそう言ってどこともなく黒いボタンを出して浮かし、私の前にゆっくりと飛ばしてきた。

 どうやらロイリネはリペーにこのボタンを出させたようだ。しかし、街に居る時もそうだった。テレパシーでもしているのだろうか、2人は言葉を交わさずに意思疎通できるようだ。


 「このボタンは何だ?」


 「このボタンを押せばお前の知りたいことのすべてを知ることができる」


 私の当たり前の疑問にロイリネは胡散臭く説明してくれた。


 ……ポチッ

 謎の笑みを浮かぶロイリネとどこか悲しそうなリペーを見て少し悩んだが、私はボタンを押した。


 なっ!?


 すると私は立っていられないほどの目眩に襲われ、気を失った。




 私は何故こんなことをしているのだろう。

 学生の頃から時々そんなことを考えていた。

 特に興味もないのに受けさせられる授業、今のを終わらせてもまた出される宿題。そんなつまらないことのために時間を割り当てなければならないと思うと、どうしようもなく暗い気持ちになる。


 そして、担任の先生は大体「皆仲良くしましょう」なんてありえないことを言うけど、私から見れば、管理の都合のためにクラスメートという素性の知れない他人たちとクラスになっただけだ。


 まぁ、だからか。時々イジメのニュースや新聞記事があるのは。

 人を化学物質で例えればクラスはビーカーだ。適当に混ぜればそんなことになるのも当たり前か。何の法則でクラス分けしているのかは知らないが、時々ニュースになるほど危ないシステムであることは間違いないだろう。


 結局、社会人になってもそれらはただ仕事という名に変わっただけ、根本的は何も変わらなかった。

 いつも通り毎日のほとんどの時間はつまらないことのために費やさせられた。

 子供の頃は遊ぶ時間はあるのに、大人になっていくにつれてそんな時間はなくなっていった。気がついたら、自分にあるのは終わらない仕事と疲れきった心だけ。


 休日になってもまるで呪われたように心が落ち着かなかった。好きな本やアニメを見ている時もイライラは消えなかった。そのせいで内容が全然頭に入らなかったり、飛ばし読みしたりしてしまった。


 私は何をしているのだろう。

 私は何をしたいのだろう。

 いや、改めて考えるまでもなかったか。


 私は何もなかったのだ。


 家族が嫌い、嫌いになった理由すら忘れたのに今も嫌いなままだ。だから連絡することはなかった。

 友達はいない。小学校の時はいつの間にかクラスメートと友達になったのに、中学校になってからずっと1人ぼっちだった。そして、知らないうちに1人でいる方が好きになった。

 好きな人もいない。オヤジとおふくろを見て人を好きになるのはとてつもなく骨が折れることだと思うから。まぁ、ちょっとした人間嫌いともいえるだろう。


 そんな私だからか、他人の記憶を実際に体験するような映画の感覚で受け入れられた。


 あのボタンを押したあと、ロイリネの記憶が忘れたものが次々と思い出していくような感覚でどんどん私の中に入ってきた。しかし、その量は普通なものではなかった。


 一生は生まれてくるから死ぬまでというなのに、少女にしか見えないロイリネの記憶は幾つもの生と死の記憶があった。それらは全部違う人に思えるほど多種多様だった。


 裕福、貧困、努力、怠惰、善行、悪行、男、女……もはや数えるのは不可能なぐらいの量だった。

 私は気を失ったのはそれらを整理するためなのだろう。


 そして、ロイリネの言った通りに私の質問の答えは一番古い記憶にあった。

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