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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第二十八話 別れた明暗と新たなる戦い!? 神楽先生の敗北宣言ととともに、明確化されたベコノベにおける勝敗。その上で、次は神楽先生がホームとする商業の舞台において、再び競い合うことを誓った件について

「すいません、お待たせしてしまいましたか?」

 透き通るような声がビルの屋上に響く。

 途端、僕の隣から彼に向かって言葉が返された。


「いや、通告してきた時間通りだ。問題ない」

「そうですか、なら良かった。何しろ、最下位の僕が遅れる訳にはいきませんから」

 自信家でありながら、それでいてどこか世の中を斜めに見ている神楽蓮。

 だがどこか影を感じさせる目の前の青年の姿からは、いつもの面影を欠片も見出すことはできなかった。


「あの……神楽先生」

 僕はどう声をかけていいのかわからず、ただ名前だけを口にする。

 すると、神楽先生はすぐに小さく首を左右に振った。


「黒木くん、そんな顔をしないでくれ。逆にこっちが困ってしまう。勝者は勝者として振る舞うのが義務だよ」

「いや、でもまだ勝ったか負けたかは――」

「負けたよ。僕は認めた。別に君が日間一位を取ったからだけじゃない。ベコノベ作品として明確に敗北した。そのことはたぶん津瀬先生もわかっている」

 神楽先生はサバサバとした口調で、僕の言葉を遮りながらそう言い切る。

 すると、彼に名指しされた津瀬先生も、苦笑交じりに一つ頷いた。


「コンテストと違い誰かが勝敗を決めるものではない。だが当人たちにはわかるものだ。戦略的にも、ベコノベ的な意義としても、そしてランキング順位的にも……な。それで、蓮。私たちをここに呼び出したのはどういう風の吹き回しだ?」

 手にした煙草の煙を虚空へと漂わせながら、津瀬先生はそう尋ねる。


 僕たちがいるのはあの日と同じ予備校の屋上。

 できるならこの場所で会いたいと神楽先生が言い出したためだ。


 そしてそんな呼び出した本人は、ゆっくりと僕たちの方へ歩み寄ってくると、その理由を口にする。


「いえ、負けたと認識しておきながら、知らないふりもできないと思っただけです。だから、あなた方の勝利を賞賛しておきたいと思いまして……ただそれだけです」

「そうか。で、まだ続けるつもりなのか?」

「何をですか?」

「物書きをだ」

 津瀬先生のその問いかけ。

 それを受けて、神楽先生は軽く肩をすくめる。


「……なるほど、さすが津瀬さんですね。ご指摘の通り、夏から始まるドラマ放映が終わり、来年にフレイルの漫画連載が終わればそこで一区切りにしようと思っています。多分その頃には、医師としての肩書を得ているでしょうしね」

「肩書……か」

 淡々とした口調で、津瀬先生はそう問い直す。

 すると、神楽先生はやや苦味のある笑みを浮かべた。


「将来の為に必要でしょ?」

「作家、医師、政治家……あまり肩書が増えすぎると、君が一体何をしたいのかがわからなくなる気がする。私はあまり肯定的には見られないな」

「そうかもしれません。でも、津瀬さんはわかっているはずです。僕が本当に何をしたいのかを」

「ああ。だからこそ、先に釘を差しておく。事後法では、故人の名誉は回復しない」

 津瀬先生が口にしたその言葉。

 それを受けて、神楽先生は自嘲気味に笑った。


「はは、それでもいいのですよ。兄のことはともかく、明菜さんの様な人が一人でも減るのならば、やはり目指す意味がある。そのためなら、僕はなんでも使います。漫画だろうと、ドラマだろうと、そしてベコノベだろうと」

 神楽先生が口にした言葉の意味するところ。

 僕にはその全てがわかるわけではなかった。

 でも、一つのことはすぐに理解できる。だからこそ、思わず詰問調で彼へと詰め寄った。


「ということは、由那と付き合いたいといったこともその一環だったのですか?」

「音原先生のことか……もちろん否定はしない。彼女の読者の心に訴求する作画を見た瞬間、例えプライベートを使ってでも絶対にこの子を手に入れたいと思ったからね」

 その言葉が発せられた瞬間、僕は思わず目の前の青年に詰め寄ろうとする。

 だがその行為は、隣に立つ眼鏡姿の男性によって静止させられた。


「だが、それだけではないだろう。彼女はよく似ているからな」

「似ている?」

 津瀬先生の口にした言葉の意味がわからず、僕はそのまま聞き返す。

 すると、そんな僕の疑問に答えてくれたのは、申し訳なさそうに頷く神楽先生であった。


「否定はしません。髪の色こそ違いますが、彼女の話し方や振る舞いを目にした瞬間、あの人のことが脳裏をよぎりました。多分それは湯島さんも同じだったと思います」

「以前にその名字を聞いた時まさかと思っていたが……そうか、君たちはだから彼女にこだわったのか」

 なぜか津瀬先生は納得したかのようにそこで押し黙る。

 一方、あの日に父が話してくれたことが脳裏をよぎり、僕は眼前の二人に向かって胸の中に漂う疑問をぶつけた。


「もしかして、亡くなられた湯島明菜さんって、あの湯島さんご兄弟なんですか?」

「ああ、そのとおりさ。そして僕たちは二人で地盤を築こうと取り組んできた。今後、政治の道に進んだ時に僕を支えてくれる地盤をね」

「作品を通して自らの思想を読者に浸透させ、さらに知名度もあげる。そうして地盤を築いていき、いずれ政治の道へ舵を切る……か。なるほどな。その上で、私に何か言いたいことがあるんじゃないか?」

 津瀬先生から向けられた突然の問いかけに、神楽先生が息を呑むのが僕にはわかった。


「……流石ですね。でも、言えませんよ。僕は勝てませんでしたから」

 小さく頭を振ると、神楽先生は力ない声でそう答えた。そして小さく息を吐き出すと、彼は改めてその視線を僕へと向ける。


「黒木くん、改めておめでとう。色々と勉強になったよ」

「もうベコノベでは書かないつもりですか?」

「どうかな。でも必要なら書くさ。例え君たちに負けたとしても、僕自身の戦いが終わったわけじゃない。もっとも君たちに勝って、お手伝いを頼みたかったのが本音ではあるけどね」

 神楽先生はそう口にするなり、苦笑を浮かべる。

 すると、津瀬先生がそんな彼に向かい思いもかけぬことを口にした。


「蓮、勝負の相手ならまたいつでも付き合おう。そして万が一、私が負けたなら君の下に応じることも吝かではない」

「……本当ですか?」

「ああ。ただし一つ条件がある。あくまでエンターテイメントに重きをおいた作品ならばだ」

 その津瀬先生が付けた条件の意味。

 それは僕にもすぐに理解できた。

 同時に、神楽先生の表情が僅かに険しいものとなる。


「つまりサブリミナル的に思想を込めるのをやめろと?」

「そうだ。医療問題を取り上げるのもいい、自らの知名度を上げるために作品を書くのもいい。でも光一のことと向き合うなら、あくまで正面からにすべきだ。作品内で読者に感じさせた義憤を、本質的に無関係な現実の政治へ向けさせるのは、決して正しいやり方ではない」

「貴方は変わらないですね……それですぐお返事は必要ですか?」

「いや、別に君の好きな時でいい。さっきも言っただろう。いつでも付き合うと」

 両手を左右に広げながら、津瀬先生ははっきりとそう宣言する。

 途端、神楽先生は一瞬迷った表情を浮かべるも、その後にあの見慣れた余裕のある笑みを彼は浮かべた。


「そうでしたね。では、天秤にかけて考えさせてもらいます。作品を通して支持者を得ることと、貴方の協力を取り付けること。そのどちらが有効かをね」

「ふふ、それでこそ、光一の生意気な弟だ。結構、実に君らしい。次は私に負けないと考えていそうなところが如何にもね」

「当然です。反省は今日限り。明日からはまた、神楽蓮として走り続けるつもりですから」

 先程までと異なり、その言葉は力強かった。

 そんな二人を前にして、僕はいつの間にか拳を握りしめていた。そして思わず自らの中にある思いが口から出る。


「でしたら、次は商業で……商業の舞台で戦いましょう!」

「へぇ、僕のホームで戦う……か。黒木くん、それは勝者の余裕かな?」

「いえ、余裕なんてありません。でも、僕が次に見据えるのはそこですから」

 もちろん余裕も確信もない。

 むしろ僕は一度失敗した身でさえあった。

 でもだからこそ、僕は前に進もうと決意する。

 すると、そんな僕の表情をまじまじと目にして、神楽先生が思わず呟いた。


「なるほど、津瀬さんが目にかけるわけだ」

「似ているだろう?」

「ええ。こうと決めたら真っ直ぐ走る。あの人にそっくりです。その意味では、なるほど音原くんとは実にいい組み合わせだ」

「え?」

 突然引き合いに出された由那の名前。

 僕はそれに戸惑いを覚えるも、神楽先生はそれ以上言及することなく、僕に向かい感謝の言葉を口にする。


「黒木くん、改めて良い機会をありがとう。いつもはどれだけ人々に自分の考えを浸透させるかばかりを考えて小説を書いていた。でも、ベコノベでは純粋に小説というものに向き合えた瞬間が多かった。実に良いオアシスだったよ」

 それだけを口にすると、軽く手を上げて神楽先生は屋上から立ち去っていった。

 そうしてその場に残された僕は、津瀬先生へとその視線を向ける。


「あの、勢いで戦うなんて言っちゃいましたけど、先生……ご迷惑ではありませんでしたか?」

「いや、最初にいつでも受けると言ったのは私さ。それにだ、あれでも昔は可愛い親友の弟で、そして教え子だった。ならば、面倒を見なければならないだろう」

 メガネを人差し指でズリ上げながら、津瀬先生は僕に向かって微笑みかける。

 そんな彼に向かい、僕は正直な感想を口にした。


「なんというか……津瀬先生らしいです」

「ふふ、そうか」

 津瀬先生の言葉と同時に、僕たちはお互いの顔を見合って軽く笑う。

 すると、そのタイミングでスマホのメッセージ着信音がなった。そしてそれを確認しようと画面を覗き込んだところで、僕は思わずその姿勢のまま固まる。


「どうかしたのかね」

 身動き一つ取らぬ僕に向かい、津瀬先生は軽く首を傾げる。

 僕はその声を受け我に返ると、胸に沸き立つ興奮を抑えながら、その口を開いた。


「いえ……たった今、連絡がありまして」

「ふむ、その表情だと良い連絡のようだね」

 僕の所作からメッセージの内容を見透かしたのか、津瀬先生はそんなことを言ってくる。

 改めてこの人にはかなわないと思いながら、僕は大きく頷いた。


「はい。正式にシースター社から書籍化が決まりました。『異世界国家再興記』と『異世界駄菓子屋シオン』がです」

「そういえば書き下ろしも準備していたんだね。つまりいよいよ商業の舞台でも再始動か」

「もちろんそのつもりです。ですので、次も負けません」

 ほんの少しだけ冗談めかして、僕は津瀬先生に向かいそう告げる。

 すると、すぐに津瀬先生は口元を僅かに歪めてみせた。


「結構。では、私も頑張るとしよう。教え子に負け続けるのは、残念ながら趣味ではないのでね」


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