第二十三話 まさかの大学合格!? センター利用で大学に合格した自称編集長が文芸部に戻ってきて、僕たちのシェアードワールド計画が一層活気づき、改めて四人で勝利に向かい走り始めることになった件について
「あの……揃って良い報告があるって、一体何があったんですか?」
如月さんはそう口にすると、期待に満ちた目を僕たちへと向けてくる。
駄菓子屋というモチーフと出会ってからはや二週間。
僕たちは久しぶりに、四人揃ってこの文芸部室で放課後を過ごしていた。
「ふふん、愛ちゃん。聞いて驚けよ」
「だから何よ。あんたのはどうせ大したことじゃないんだから、もったいぶらないでさっさと言いなさい」
やや自慢気に胸を張る灰色の男に向かい、由那はバッサリとそう切り捨てる。
途端、優弥は頬を引きつらせた。
「おま……いや、せっかく良い報告があるって来たのに、ひでぇ……」
優弥はそこで絶句すると、ややすねたように机の上でのの字を書き始める。
そのあまりにかまってほしそうな素振りに苦笑を浮かべながら、僕は敢えて先に自らの案件を口にした。
「じゃあ、とりあえず僕から言うね。『異世界駄菓子屋』だけど、先日作ったプロットが無事編集会議に通ったみたい!」
「本当ですか! おめでとうございます!」
「やったわね、昴!」
僕の報告を耳にして、如月さんも由那も次々と祝いの言葉を口にしてくれる。
「うん。これでもう一度、プロとして挑戦できる。本当に二人のおかげだよ、ありがとう」
そう、これでもう一度切符を手に入れた。
商業という舞台で戦うための切符を。
一方、僕たち三人が喜びに浸る脇で、もう一人の主役は何故か寂しそうにその口を開いた。
「めでたいのはめでたいけど……なんか俺が居ない間に、お前らだけでシェアードの話を進めすぎてねえか」
「居なかった方が悪いんでしょ。同じ受験生だったけど、私はずっと顔出してたわよ」
「だから、ここぞとばかりにその話を……ともかく、次はおれの番だ!」
優弥はそう口にすると、一度気を取り直すかのように大きく深呼吸する。そしてスマートフォン操作すると、自慢げに僕たちへと突き出してみせた。
「受かった、受かったぞ! 戸山文化大学!」
「あ、そうなんだ」
「おめでとうございます。それで黒木先輩のプロットの件なのですけど――」
「待て、お前たちちょっと待て。違うだろ、もっとほら、なんかないのかよ」
自らの発言をサラリと流された優弥は、明らかに狼狽しながら僕たちに向かってそう語りかけてくる。
それに対し僕たちはお互いの顔を見合わせると、こっそりとポケットに隠し持っていたある道具を優弥に目掛けて思い切り引っ張った。
途端、部屋の中には三発の祝音が鳴り響く。
「え……え……」
突然、僕たちが鳴らしたクラッカーを前に、優弥は驚くというよりも思考停止した素振りを僕たちに見せる。
その姿を目にして、由那は意地の悪い笑みを浮かべながら、そして如月さんはやや申し訳無さそうな表情で祝いの言葉を口にした。
「さっきのは嘘よ。夏目、おめでとう」
「あの……おめでとうございます、先輩!」
二人が口々に優弥に向かってそう告げる。
だが優弥は何のことかわからず、呆気にとられたように戸惑いを見せていた。だからこそ僕が、彼に向かいトリとしてネタばらしを行う。
「別に昨日は黙っていろって言わなかっただろ。だから昨晩のうちにこっそりと……ね」
そう、優弥から最初に合格の連絡があったのは昨日。そして二人に向かってサプライズの報告をしようと彼が提案してきたのは、今日の昼休みである。
そのタイムラグの間に、彼女たちに合格のメッセージを送っていたことはルール違反では無いと、僕は確信を持っていた。
「ふふ、私たちにサプライズしようとした罰よ。要するに、身の程を知りなさいってことね」
「何だよ、なんで合格したオレが負けたような雰囲気になってるんだよ」
虚を突かれ戸惑っていた優弥も、ようやく状況を把握したためか、言葉とは裏腹に心底嬉しそうな笑みをこぼす。
すると、そんな彼に向かい如月さんがまったく邪気のない微笑みを向けた。
「でも、合格の夢がかなって本当に良かったです!」
「うう、愛ちゃんまでオレを騙そうとしたこと、今の言葉で忘れることにするよ」
冗談めかして優弥はそう口にし、わざとらしく目元を拭ってみせる。
だけど僕は気づいていた。
彼が本当に涙をこぼしそうになっていたことに。
そしてそれは由那も同様であったようで、僕に向かって一つ目配せをしてくると、敢えて再びいつもの憎まれ口を彼へと向ける。
「嘘泣きもいい加減にしなさい。結局、全てあんたの日頃の行いのせいなんだから」
「お前にだけは言われたくねえ!」
拭った涙を隠しながら、優弥は必死に涙をこらえる素振りを見せつつ、わざとらしい大声を上げる。
本当に彼らしいし、僕たちらしい。
改めて、すごく幸せな日だと僕は思う。
そして同時に、ここが僕たちの新たなスタート地点なんだと再確認した。
「優弥、ともかくお互い新たな一歩目が踏み出せたんだ。頑張ろうね」
「くそ、そんな爽やかなこと言われても、騙されねえからな、裏切り者」
半泣きの表情のまま、優弥は僕に向かいそんな非難を口にする。
すると、そんな彼に由那がニコリと微笑んでみせた。
「昨日の夜の内に、口止めしなかった貴方の負けね。ともかく、本当にゴールにたどり着けるかは知らないけど、これで一歩目は踏み出せたんじゃない?」
「まあ……な。所謂、積み重ねの勝利ってやつだ。あとは就活に受かるだけだな」
「就活は流石にちょっと気が早い気もするけど、でもまあその為のグラウンドには立てたのかもね」
大学に行くことだけが、編集者という一つの目的地にたどり着くためのパスルートではないと僕も知っている。
でも、夢にたどり着くための試合会場に彼が立ったことは、紛れもない事実だった。
一方、これから進学を控える僕たち三人と違い、唯一の在校生となる如月さんは少し寂しそうにその口を開く。
「しかしこれで、先輩方三人とも東京の大学ですか……ほんと離れ離れですね」
「まあな。でも、離れ離れじゃない気がするぜ」
如月さんの言葉に対し、優弥は意味ありげにそう告げる。
途端、如月さんはキョトンとした表情を浮かべた。
「え?」
「シェアードワールド、企画を立ち上げたら終わりってわけじゃないだろ」
そう口にすると、優弥はニコリと微笑む。
そんな彼に続く形で、由那も大きく頷いてその口を開いた。
「そうね。その意味では、今回のシェアードがある限り、一緒みたいなものよね。夏目は別に落ちていて、ここにいなくても良かったけど」
「お前なあ……本当に落ちててそんなこと言われたら、絶対立ち直れなかったと思うぜ。とにかくだ、小説の方の出来はどうなんだ?」
由那に向かい苦言を呈しながらも、優弥は話を本題に戻すとばかりに、僕に向かいそう問いかけてくる。
それに対し僕は、迷うことなく一つ頷いてみせた。
「そうだね。うん、良いものは作れたと思ってる」
「へへ、自信があるってわけか。これは読ませてもらうのが楽しみだ」
「そう? じゃあ、とりあえずこれが『異世界国家再興記』の原稿ね」
僕はそう口にしてカバンの中から厚みのある紙の束を取り出すと、そのまま優弥へと手渡す。
一方、手にした分量を目にして、優弥は何度も僕と紙に打ち出した原稿とを見比べた。
「マ、マジでもうこんなに書いたのかよ?」
「うん。ストックは二十四話。転生英雄放浪記の時以上が最低限の目標だったからね」
あの時、投稿開始前に用意できたのは十六話だった。
でも途中から準備が足りなくなって、一話の中身を薄くしようなんてバカげたことを考えたこともあった。
正直言って、あのときの自分を恥ずかしく思う。
目先のランキングに釣られ、自分の描く作品を傷つけようとしていたのだから。
だからこそ、今回はそんな鉄は踏まない。
あえて言うならば、自分に妥協しないためのストックでもあった。
一方、僕がそんな思いを胸の内にたぎらせている間にも、優弥は原稿をパラパラとめくっていく。そしてあるページでその手を止めると、その視線を一人の女性へと向けた。
「この赤ペン入れてるのって……まさか」
「はい、私です。あの……第三者の視点から、気になったところを指摘して欲しいと言われまして」
如月さんは恥ずかしそうにそう口にすると、更に彼女に預けていたシェアードワールドの設定資料を優弥の前にドサリと置く。
「え……これも!?」
「ふふ、頑張ってたのはあんただけじゃなかったってことよ」
驚く優弥に向かい由那はそう口にすると、最後の紙の束を設定資料の上へと積み上げた。
そう、今回のシェアードワールドのイメージイラストたちである。
「お前……本当に受験生かよ」
優弥は首を左右に振りながら、信じられないものを見る視線を由那へと向ける。
だがそんな疑惑を向けられた当人は、涼しい顔をしたまま敢えて先程の優弥自身の言葉を引用してみせた。
「誰かと違って、ずっと準備してきたからね。積み重ねってのは、本来こういうことを言うのよ」
「ぐぅ……ムカつくけど、くそう」
拳を握りしめてはいたものの、由那の凄さを彼自身が一番理解しているためか、優弥はそれ以上何も言い返しはしなかった。
そんないつもながらの二人のやり取り。
それに苦笑を浮かべながら、僕は優弥に向かい口を開いた。
「ともかく優弥、一度これをまっさらな気持ちで見てほしいんだ。そしていけそうだと思うなら、この企画を始めたいと思う」
「結局のところ、編集長が許可を出さないと、私たちは待つしか無いからね」
苛め過ぎたと感じたのか、僕の発言に続く形で由那は優弥のことを立ててみせた。
途端、優弥はいつもの調子を取り戻す。
「そうか、やっと俺の偉大さがわかったわけだな」
「まだ何の実績もないけどね」
上げては落とす。
その見本を由那は僕たちに見せつける。
僕はそんな彼女のやり口に苦笑しつつ、優弥を軽くフォローした。
「はは、それはひどいよ。優弥が居なかったら、僕たちもデビューできなかったのは事実な気がするしね。ともかく、君に判断して欲しいんだ。シェアードワールド、そして僕の『異世界国家再興記』が戦えるものに仕上がってるかどうかをね」
「……わかった。読み終わったら連絡するぜ。もう自由の身だからな」
僕の目を見ながら、優弥は大きく一つ頷く。
すると、そんな彼に向かい由那が横から茶々を入れた。
「自由って言いながら、入学手続き忘れたら笑えるけどね」
「忘れねえよ!」
優弥の苛立ち交じりの声がすぐに発せられる。
僕はそんな二人の間に割って入る形で、彼に向かい本題を告げる。
「はは、ともかく君が表に出せるものと判断したら、僕はあの二人に連絡するよ。そこから投稿開始さ」
「……本気でケリを付けるつもりなんだな」
その優弥の表情は真剣だった。
だからこそ、僕は視線をそらすことなく首を縦に振る。
「昔、Jリーグには引き分けがなくてVゴールっていうのがあったらしいけど、今回は必ず勝ちという形で決着を付けたいと思う。神楽先生と、そしてあの津瀬先生にね」
そしてその宣言を行った翌日、僕はあの二人に連絡を取った。
二人はその連絡を待ちわびていたかのように、承諾の回答を送ってくる。
こうして僕にとって、ベコノベ内での最後の戦いがその始まりを告げた。




