第二十二話 駄菓子屋の演出方法を考えろ!? 初めて僕の家を訪れた由那とともに、シェアードワールドである異世界において、駄菓子屋をどう演出し作品構成していくかを検討しあった件について
「お、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!?」
突然、意味のわからないことを口にしながら、恵美はまっすぐにリビングへと駆け出していく。
そうして玄関には僕たち二人が残された。
「はぁ……」
「元気な妹さんね。うん、すっごく良いと思う」
僕の深い溜め息をよそに、由那は何故か満足げな笑みを浮かべる。
その表情を見た瞬間、僕はたちどころにその理由に感づいた。
「その良いってさ、由那が作る服に合うって意味じゃないよね?」
「ふふ、さてどうかしら」
意味ありげな口調で、由那は僕に向かってそう口にする。だけど端正なその顔に浮かんだやや残念な笑みが、間違いなく図星であることを示していた。
「……やっぱり本気なんだ」
由那に気を使うような様子で、駄菓子屋前で別行動となった如月さん。
彼女だけでは、目の前の女性は飽きりないらしい。
だけど、この件に深く関わると、何故か我が身にとっていやな予感がしていた。だから僕は、それ以上何も言わず由那を部屋へ案内しようとする。
でもその瞬間、由那は突然僕の服の裾を掴んだ。
「待って、これを渡さないと」
そう口にしながら由那が僕へと見せてくれたもの。
それは先程の店で購入した駄菓子の詰め合わせだった。
「え……それ自分の為に買ったやつじゃないの?」
「違うわよ。これはね――」
「あらあら、本当に美人さんね」
突然僕らの会話を遮るように発せられたその声。
その方向へと視線を向けると、ニコニコと微笑む母さんの姿があった。
「昴の母の京子です。はじめまして」
母さんはそう口にすると、由那に向かって軽く頭を下げる。
途端、由那はパタパタと慌てながら、習うようにその頭を下げた。
「お、音原由那です。はじめまして」
「まさかお兄ちゃんが女の子を連れてくるなんて……信じられない」
その声の主は、エプロン姿の母さんをキッチンから連れてきた我が愚妹に他ならなかった。
「……恵美、その前に挨拶しなさい」
「はーい。黒木恵美です。えっと、お兄ちゃんが連れてきたのが美人のお姉ちゃんで嬉しいです」
「どんな初対面の挨拶だ、お前は……」
まるで中年オヤジのような物言いに、僕は呆れ果てる。
だがそんな恵美の物言いを、すごく喜んでいる人物がいた。
そう、僕の後ろに経っている由那である。
「お姉ちゃん……美人のお姉ちゃん……昴、もっと買ってきた方が良かったかしら」
「いや、太るからそれでも多いと思うよ」
手にしていた駄菓子の詰め合わせを見ながら、小声でそう問いかけて来た由那に対し、僕はあっさりとそう告げる。
すると、由那は僅かに戸惑いながらも、手にした駄菓子の束をそのまま恵美へと差し出した。
「えっと……ともかく、これ恵美ちゃんに」
「え、良いの?」
思わぬ土産物の存在に、普段は遠慮など見せない恵美が僅かにためらう。
しかし由那は、笑いながらそのまま恵美へと駄菓子の袋を握らせた。
「うん。これを渡しに来たのも目的の一つだから」
「ありがとう、由那お姉ちゃん!」
由那が目的などという言葉を口にしていたことなど気にもせず、恵美は喜びながらリビングに向かって駆け出していく。
そんな残念な愚妹の後ろ姿。
それを目にした僕は、あれが本当に受験を控えた中学生だと到底思えなかった。
「ともかく、初手は上手く行ったってとこかな」
「初手?」
僕の口にした言葉に、母さんが首を傾げる。
すると由那が僕の背中をこっそりつねりつつ、すぐに愛想笑いを浮かべた。
「いや、はは、ちょっと今度妹さんにお願いしたいことがありまして」
「そうなの? あ、そっか、音原さんって、うちの昴が原作を書かせてもらってる漫画家さんよね。その関係かしら」
「えっと、まあそんなところです」
母さんの言葉を受け、由那は苦笑交じりにそう答えた。
うん、それは近いようで全然遠い回答。
僕は知っている。
ほぼ間違いなく、如月さん共々、ローズムーンの服を着せることを目的にしているだろうことを。
「ともかく母さん、ちょっと打ち合わせをするから二階に行くね」
「わかったわ。あとでお茶菓子をあの子にもって行かせるから」
微笑みながら、母さんは僕たちに向かいそう告げる。
途端、由那が体の前で両手をブンブンと左右に振った。
「そ、そんな、気を使って頂かなくても大丈夫です」
「ふふ、あの子がお土産を頂いたんだし、うちの昴がお世話になってるんだから少しくらいはさせてくださいな。それじゃあね」
穏やかながらも有無を言わさぬ口調でそれだけ告げると、母さんはそのままキッチンの方へと歩み去っていく。
そうして途端に静かになったところで、僕は由那を自室へと案内した。
「へえ、結構意外ね」
「そう? もっと汚いと思ってた?」
「ううん。夏目ならありえるだろうけど……正直、もっと漫画のポスターとか、サッカー選手の写真を貼ってるのかなって」
「はは、優弥はアイドルのポスターを張ってないのがおかしいって言ってたけど、ポスター自体がなんか落ち着かなくて」
正直サッカー選手のポスター以外もっていないし、貼ったらどうしても体を動かしたくなる。
だからこそ、僕はできるだけ執筆に集中できるように、部屋の環境を整えているつもりだった。
「試験前に掃除がしたくなったりとかするものだから、普段からシンプルな部屋にしておくのは確かに良いのかもね。私も見習おうかしら」
「だったら、漫画と衣装を片付ける? なんだったら手伝うけど」
思わぬ由那の発言に、僕は念のためそう提案してみる。
すると、由那はすぐに首を左右に振った。
「……ごめん、今の無し。絶対に気力がわかないわ」
もともと牢獄なんて自嘲気味に呼んでいた部屋を、あのような可愛らしいものへと変えていったのは由那自身だ。
だからこそ、彼女のその言葉には説得力があった。
「まあ集中できる環境なんて、人それぞれだよね。ともかく、本題の要点だけ詰めようか」
「うん。私も帰ってすぐ、イメージイラストに取り掛かりたいし」
その彼女の返事を受けて、僕は部屋の中央にあるローテーブルの上にシェアードワールドの資料を広げていく。
そして一枚のレポート用紙を取り出すと、先程ひらめいたアイデアを一気にそこへと綴っていった。
「駄菓子屋が舞台で、再興記の隣の国あたりにあるのが理想だよね」
「そうね。同じ国にあるよりも、ちょっと情報が入ってきたり、少しだけ接点があるくらいがバランス良いと思う。ただ店自体はどうする。異世界で一から作る? それとも現実世界にある店をそのまま繋げるつもり?」
僕の意見に賛同しつつ、由那はもっとも根本的な問題を僕へと提示してくる。
しかしそれに関して、僕は自宅までの道すがら既に一つの結論を出していた。
「確かに、一から作るのも面白いとは思う。でもそれだと要素として再興記と被る気がするんだ。もちろん作るものが店と国でぜんぜん違うけどね」
由那に向かって僕はそう告げると、軽く右の口角を吊り上げる。
それを受けて由那も、土台となる設定をすぐに理解してくれた。
「つまり現実世界にあるお店を異世界に送り込む形ね」
「そうだね。それにそんな店の存在を提示することで、シェアードワールドの自由度も上がると思うんだ」
シェアードワールドに関しては、設定部分が詰めれたとこから適時、津瀬先生と神楽先生に送ってはいる。そして逆にあの二人の要望やフィードバックも受けているわけであるが、そこからは彼らがどんな作品を作ってくるのかまだ予想することができなかった。
だからこそ、他力本願ではなく自分の手で僕はシェアードワールドの幅を広げたいと考えている。
その為に今日手に入れたピースこそ、『異世界駄菓子屋』であった。
「一石二鳥ってわけね。それはわかった。あとは商品はどうするつもり? 現地生産? それとも倉庫なんかが現実世界と通じている形にする?」
「そこまでは帰り道だけじゃまだ考えてなかったな。でも、僕はどちらもありかなと思ってる。むしろ両方使うのもありじゃないかな」
「両方?」
僕の考えを耳にした由那は、以外そうな表情を浮かべながらそう問い返してくる。
そんな彼女に向かい、僕は大きく一度頷いてみせた。
「そう、両方。現実世界の駄菓子で異世界の人を驚かせつつ、地のものを使った駄菓子を作って異世界人と繋がりを深めていくのとか、色々と話が広げやすいかなと思って」
「……それもそうね。その意味なら駄菓子っていうのは、ちょうどいい塩梅かも。値段が安い上に、異世界では珍しいものだから、色んな客層を作中に出しやすくなりそうだし」
由那は納得したとばかりに小さく何度も頷いてくれる。
そしてそんな彼女に向かい、僕は胸のうちに秘めていた一つのことを切り出した。
「僕もそう思う。最初は上の世代に対するフックとして考えたけど、物語の展開も色々と作れそうだよね。でもだからこそ、一つルールを決めておこうと思うんだ」
「どんなルール?」
「うん。店の外と中を一話ごとに交互に描写すること」
そう、これは店物をやると決めたときから考えていた。店の中と外のそれぞれの視点から作品を描く、と。
一方、そんな僕の提案を耳にして、由那は困惑を露わにする。
「え、でもそれだと苦しくない? 話がぶつ切りになってしまいそうな気がするけど」
「確かにそうだね。でもシェアードワールドであり、再興記ともリンクしている以上、外の描写は欠かせないし、更に店の内側もしっかりと見せたい。その上で、店の中と外のギャップを見せることで作品の奥深さを演出することができると思うんだ」
もちろん制限を加えることで、書きづらいシーンや展開が発生することがあるかもしれない。
でも、この作品を手に取ってくれる読者の多くが、リアルにおいて共通認識を抱く駄菓子屋が舞台である以上、異世界とのギャップの面白みを前面に出すにはこの形式が最善ではないかと思っていた。
つまりみんながイメージするいつもと変わらぬ同じ空間、いつもと同じ場所、そしていつもと同じ駄菓子屋。
その中で色んな駄菓子にスポットを当てながら、普通ならば来るはずのない人物やゲストが様々な理由で店に訪れ、僅かな変化を生んでいく。
そしてそんな些細な変化の積み重ねを楽しんでもらう為に、僕は作品の作り方において一つの――
「わかった。つまり二話ごとで一エピソードの短編連載形式にするわけね」
「そう、正解!」
正直、嬉しかった。
僕のやろうとしていることがしっかりと伝わっていることも、そしてそれを肯定してくれることも。
彼女の言葉は僕に自信を与えてくれていた。
一度失敗した商業の舞台に、再びチャレンジするための自信を。
そしてだからこそ、できる限りいいものにしたい。
その為に、僕は改めて真正面からに彼女を見つめ直す。
「由那、お願いがあるんだ」
「なに、改まって?」
由那はキョトンとした表情を浮かべながら、軽く首を傾げる。
そんな彼女に向かい、僕は迷うことなく胸に秘めたお願いを告げた。
「明日もさ、僕と付き合ってくれないかな。一緒に二人であの店を見に行きたいんだ」
「え……あ、駄菓子屋ね。も、もちろんいいわ」
僕の言葉に一瞬戸惑いを見せるも、由那はすぐに向かう場所に気づき、首を縦に振る。
ただその仕草はまるで油の刺さっていない機械のようなものであり、ほんの少しだけ僕に精神的な余裕を与えてくれた。
だからこそ、僕は普段ならば言わないようなことを敢えて言葉にする。
「まるでデートみたいだね」
「えっと……みたいじゃなくて、デートで良いんじゃない? 私はそれで全然かまわないわ」
顔を真っ赤に染めながら、由那は僕から視線をそらすことなくそう口にする。
それに対し、僕は微笑みながら一度首を縦に振った。
「ありがとう、それじゃあ明日は僕と――」
「お兄ちゃん、お母さんが由那お姉ちゃんも一緒に晩御飯を、って……ごめんなさい!」
元気よく部屋を開け、そして僕たちの姿を目にした恵美は、何をどう解釈したのかすごい勢いで階段を駆け降りていく。
そんな彼女の姿を見送った僕たちは、思わずお互いの顔を見合わせると、どちらからともなく笑いあった。
「はは、ともかく母さんが気を回してくれたみたいだから、取り敢えず下に行こうか。結構美味しいんだよ、うちの母さんの料理」
僕はそう口にすると、床に座ったままの由那に手を差し出す。
やや迷った素振りを見せた由那は、意を決したように僕の手を握り返してくれた。




