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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第十三話 完璧な企画書を作り上げろ!? 担当編集者のみならず編集長さえも唸らせる企画書を作り上げるために、津瀬先生の研究計画書を企画書づくりの参考とさせてもらうことになった件について

 予備校近くのコーヒーショップ。

 そこで僕は、あの人を待っていた。


「やあ、待たせたようだね」

「いえ、お忙しい中すいません」

 ホットコーヒーを片手にゆっくりと歩み寄ってくる男に向かい、その場で頭を下げる。

 すると、そのメガネ姿の男性は向かいの席に腰掛け、そして僕の顔を覗き込みニコリと微笑んだ。


「どうやら、顔を上げたようだね」

「……はい。足元ばかり見ていても、ボールをゴールに向かって近づけることはできませんから」

 サッカーをやっていた頃に何度も指導されたこと。

 それはボールを持った際に、足元ばかりを見るのではなく、ボールを進めるべき先を見なければならないということだった。


 そしてそれは小説を書く上でも同じだと言える。

 なぜならば、小説を書く際にはいつだってボールは僕の足元にあるのだから。


 でも自分がボールを進めていく先は、視線を上げて自分で判断しなければならない。そしてどうせならばバックパスを送るのではなく、ゴールへとボールを近づけられるよう前を見つめるべきだった。


「良いことだ。で、君が前へ足を踏み出す切り札が、メールで書いていたオープンシェアードワールドというわけだ」

 今回の企画を優弥たちと立ち上げた上で、僕は目の前の人へと相談を持ちかけた。

 そう、誰よりも信頼できる津瀬先生に。


「はい。どう思いますか?」

「そうだな。悪くはないと思う。いや……違うな。使っていたかどうかは別にしても、私が書き始める時点で、指針と成るそんな世界があればよかったなと、本当にそう思うよ」

 津瀬先生はそう口にすると、僕に向かってニコリと微笑んでくれる。

 その言葉に、僕は胸のつかえが取れる感覚を覚えた。そして同時に、誤解を招かないように自らの意図するところを伝える。


「ええ、でも必ずしも全ての方に使って貰う必要はないと思っています。当然、強制力があるわけでもありませんし、そんなことを考えること自体間違ってると思いますから」

「でも、最初の一歩を踏み出すための後押しにはなると思う。その意味では、私は君がやろうとしていることに賛成だな。ふむ、ちょっと待ってくれるかな」

 津瀬先生はそう口にすると、手元のタブレットからスケジュールの確認を始める。そして一つ頷くと、再び僕へと向き直った。


「確認しておきたいのだが、いつ頃からその企画は稼働させるつもりなのかな?」

「そうですね。小説の準備も並行して進めなければいけませんので、すぐにとは……でも、二月には始めたいかなと」

 準備期間一ヶ月。

 正直言って、少しばかり甘い見積もりかもしれないとは思っていた。


 でも今まで立ち止まっていた分も、僕は全力で走る決意は出来ていた。

 だからこそ、僕は自分を追い込む必要のある期限をはっきりと口にする。


「二月か……なかなかタイトなスケジュールだな」

 津瀬先生は顎に手を当て、僅かに考え込む。そしてその後、僕へと視線を向け、再びその口を開いた。


「だが状況を考えれば、今が望ましいか……良いだろう、私も参加させてもらうとしよう」

「え、本当ですか?」

 思わぬ申し出の僕は声を裏返らせる。

 それを耳にした津瀬先生は、苦笑交じりに一つ頷いてくれた。


「君相手に嘘なんてつかないさ。最もその上で幾つか気になった点を言ってもいいかね?」

「も、もちろんです」

「なら遠慮なく言わせてもらう。メールで大まかなシェアードワールドの内容に目を通させてもらった。その上で、現状では決定的に一つ欠けているものがあるように思える」

「欠けているもの……ですか」

 津瀬先生の指摘に、僕は思わずつばを飲み込む。

 すると津瀬先生は、僕の目を見ながらその内容を口にした。


「ああ。君たちが作るのは架空とは言え一つの世界だ。だがあの設定を見るだけでは横への広がりはイメージできても縦への広がりがわからなかった。つまりあの世界の歴史がね」

「縦軸……ですか。確かに言われるとおりです。正直、舞台となる世界に関して、それ以前の歴史は後回しになっていました」

 現在のところ、シェアードワールドの設定は大まかな部分が出来てきた段階すぎない。だからこそ、今後は作品世界の設定として歴史も作っていくつもりはあった。だが現状として、その部分は殆ど手を付けてないに等しい。


「ふむ、どうやら作るつもりはあったわけだ。ならばなお、同時並行で進めた方が良いように思う。現実世界でもそうだが、物事とは過去から未来に向かって流れ、そして形作られていくものなのだからね」

「つまり過去の積み重ねによって今が存在するというわけですね」

「その通り。だからこそ、歴史の重みを加えることで、きっと君たちが作る世界は立体的なものとなる。もしよかったら検討してみたまえ」

 そう言い終えると、津瀬先生は優しく微笑んでくれる。

 僕はそんな先生に向かい、迷うことなく頭を下げた。


「ありがとうございます。早速、みんなで考えてみます」

「ふふ、期待しているよ。ちょうど『無職英雄戦記』を完結まで書き終わったところで、手持ち無沙汰だったから、個人的にも楽しみにしているのでね」

「完結って……でも、書籍版は順調と伺ってますし、良いのですか?」

 さらりと告げられた予想外の言葉に、僕は驚きながらもそう問いかける。

 すると津瀬先生は、小さく首を縦に振った。


「もちろん商業版の着地点は担当編集と相談が必要だ。だが『無職英雄戦記』は、元々完全に最初から最後までのプロットを組んで書いたものだ。だからネットでは引き伸ばしはしない。もっとも完結まで書き終わったと言っても、ストックがそれなりにあるから、最終投稿までにはもう少し時間があるがね」

 そう言い終えると、津瀬先生はやりきった満足げな表情を浮かべる。

 僕はそんな彼に向かい、僕は心からの感謝を率直に言葉にした。


「完結おめでとうございます。そしてありがとうございます、先生!」

「ふふ、何れにせよ、素敵なシェアードワールドに仕上がることを期待している。そのためにも世界観が完全に固まったなら、まずはきちんとした企画書を担当の編集者に送ることからだな」

 その津瀬先生の発言に、僕は一瞬そこで固まる。

 そして改めて自らのなすべきことを理解し、小さく息を吐きだした。


「あ……そうですね。しかし企画書か……」

「ふむ、書いたことがないから、どうしていいのかわからないってところか」

「はい。化学とかの実験レポートなどとは違うでしょうし……」

 授業でやったような実験レポートなら、僕もこれまでに書いてきた経験がある。

 だが流石に高校生の実験レポートと、編集者に対して送るような企画書が同じようなものだとはとても思えなかった。


 そんな僕の悩み。

 それに気がついたのか、先生は思わぬ提案を口にしてくれた。


「そうだな、ならばこれを君に見せようか」

「えっと、これは?」

 突然手渡された紙の束。

 それを手にしながら僕は津瀬先生へと問いかける。

 すると先生は、それがまったく予期せぬ物であると僕に向かって告げた。


「私の研究計画書だよ。実際に今やっている研究のね」

「研究計画書!? え、じゃあ、研究をする際にはこんなのを書くんですね」

 僕は手渡された紙の束を次々とめくっていく。


 『Ⅲ型受容体型チロシンキナーゼ変異を伴う若年性急性骨髄性白血病患者に対し、各種マルチキナーゼ阻害薬併用療法における多施設共同無作為割付比較試験』と題されたその研究計画書には、白血病と呼ばれる血液がんに対し、最も効果的な抗がん剤の組み合わせを模索する方法と、診療施設間における共同研究の提案が丁寧な字で事細かに記されていた。


「研究費は何もせず降ってくるわけではないからね。そしてそれは書籍を出版する際も同じだ。きちんと自らが行おうとすることの意味と意義を他者にプレゼンしなければならない」

「凄いですね。いや、細かい専門用語なんかはさっぱりわかりませんけど、でもこの開発が役に立つこと、そしてその価値がなんとなくですが、この企画書からわかります」

 その計画書に記されている一つ一つの専門用語自体は、当然ながら僕には何のことなのかわからない。

 でも専門用語にはある程度の解説が添えられてあり、さらにこの研究を行う事は如何に価値があり社会に寄与しうるのかが、そこには懇切丁寧に記されていた。


「それは大事なことだ。自分の上司はともかく、予算の審査をしたりする人物がその分野の専門家であるとは限らない。だからこそ、まったく造詣のない人物にでも自らの成したいことを正確に伝え、その後押しを得る事ができる企画書を書くことが必要だからね」

「造詣のない人にでも……ですか」

 先生の言いたいことは、この計画書を見れば何となく分かる。本来、先生が行っている研究は僕にはとても理解が及ばないことは容易に想像ができた。


 でもこの計画書を読む限りはそうではない。

 当然完全に把握することなど不可能だが、それでも僕にも研究の大筋がつかめるくらいには、この計画書は内容を一般化して書かれていた。


「ああ。研究の企画書で大事なことは、伝えたい人物にひと目で目的と要点を掴ませること、そしてその興味を引き出すことだ。今回の君のシェアードならば、なぜシェアードワールドを構築する必要があるのか、そしてそのメリットは何なのかをわかりやすく明確に提示することが必要だ」

「つまりベコノベにそれほど精通していない人にも、しっかりと内容を伝えることができなければならないということですね」

 確かに出版社の人たちの全員が、ベコノベの住民であるわけがない。

 だからこそ、今回のようなベコノベ内の共通認識を土台とする企画の場合、この津瀬先生の研究計画書の書き方はとても参考になる点が多かった。


「以前にも君に言ったことがある気がするが、出版社は慈善事業をしているわけではない。だからこそきちんと伝わる形で、彼らにも、君にも、そして読者にもメリットが有るということを提示することは、ある意味当然の義務だ」

「確かにそのとおりですね。小説でも独りよがりな文章を書いても仕方ないわけですし、ましてや相手に伝えることを目的とした文章なわけですから」

「そういうことだ。だからそのあたりを意識して書いてみることだね。実際の企画書のフォーマットなどに関しては、まずは担当編集に相談してみたまえ」

 津瀬先生はそこまで口にすると、軽くコーヒーカップに口をつけた後に、ニコリと微笑む。

 そんな彼に向かい、僕はすぐさま頭を下げた。


「はい、そうしてみます。ありがとうございます」

「なに、気にしなくていい。私自身、少しばかり君の企画を推したい気持ちが強くてね」

 もちろん先生のことだから、僕の事を思ってということはあるのだろう。

 だが、いまの先生の口調からは、それだけではない何かの存在を僕に感じさせた。


「推したい気持ちが強い……ですか」

「ああ。ここ最近のランキングデータを見る限り、例の蘇芳先生のやり口が広がり、目に見えてランキングを駆け上がる新規の作家さんの作品が減りつつある。正直望ましいとはいえないな。倫理的にも、そして感情的にもな」

「そんなになんですか」

「私が聞いている範囲では、既に百人以上のチームを組んで、集団でランキング工作を行っている。ドナウ同盟などと名乗ってな」

 僕はその津瀬先生の言葉を耳にした瞬間、思わず絶句した。

 確かに蘇芳先生のやり方は卑怯で汚いと、僕自身そう感じてはいる。しかしながら、まさかこれほどの規模で行っているとは完全に想像の範囲外だった。


「百人以上……それだと彼らの評価ポイントだけで千ポイントを超えますよ」

「そうだ。そして労せずして日間ランキングに上昇し、そこでアクセスを集めてランキングを一気に駆け上がる。つまり彼らだけ明らかにスタート地点が異なるわけだ」

「なんというか、まるで違うスポーツをやっているようなものですよね」

 そう、僕たちがやっているのがサッカーだとすれば、彼らがやっているのはラグビー。

 スポーツとしての原点は同じでも、相互の得点の付きやすさは明らかに異なる。それを同じ土俵で比べるのは、明らかにナンセンスなことだと言えた。


「最近まで、私もここまでのことをしているとは知らなかったし、特に干渉する必要性も感じていなかった。別に私があのサイトを運営しているというわけではないからね」

 津瀬先生はそこまで口にすると、一度コーヒーカップに口をつける。そして再び顔をあげると、はっきりと自らの決意をその口にした。


「だが彼らが既にこの規模まで勢力を拡大してしまったのなら話は別だ。このままでは彼らの同盟に入らなければランキングに登れなくなるし、その事実が彼らの同盟を一層拡大させる事となるだろう。そんなことはベコノベにあって欲しくはない。これでもあのサイトには少なからぬ恩義を感じているのでね」

「それは僕も同意見です。彼らを放置していると、ベコノベのランキングシステムは完全に崩壊してしまいます」

 彼らが食い物にし、そして壊しつつあるのはベコノベのランキングシステム。

 もちろんそれは書籍化を目指す作者にとっては言うまでもないが、それ以上にベコノベに作品を読みに来る読者にとって、その悪影響が如何に大きかは容易に想像ができた。


 好みなどの問題もあるだろうが、ランキング上位の作品は本来ならば多くの読者を引き付けるだけの魅力を有したことの証明でもある。

 だからこそ、ランキング上位の作品を安心して読む読者が存在するわけであるが、本来ならばランキング上位に来るはずのない作品が工作活動によって上位を占めるようになれば、当然のことながら読者はベコノベに対する信頼と興味を失うだろう。

 つまり規約の隙間を突いたランキング工作が、ベコノベの縮小や崩壊につながりかねないと言うことは、ある意味で自明の理と言えた。


「だからこそ誰かが証明しなければいけない。彼らのやり方でなくても、ランキングを上がることができるとね」

「それが失われつつあるベコノベの信頼を取り戻し、あの場の楽しみを取り戻すことにつながるわけですか」

「その通りだ。だからこそ、新たなベコノベの楽しみ方を提案する君のシェアードには期待しているよ」

 津瀬先生からまっすぐ向けられたその視線。

 そこから、彼が心からそう思っていることが痛いほど伝わってきた。

 だからこそ、僕は右の拳を握りはっきりと口にする。


「……分かりました。ランキングを弄ぶ彼らに、絶対一泡吹かせてやります」

「結構。それでは楽しみにしている。何しろ私は、誰かさん同様にジャイアントキリングが好きなのでね」


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