第三十話 エピローグ!? 第二文芸部室にて偶々二人きりとなった僕と由那。プロとして神楽先生に勝つと由那に宣言した僕に対し、由那は僕に向かって自らの思いを告白してきた件について
日曜日の夕方。
僕は約束していたこの場所へと足を運んでいた。
第二文芸部室でもあり、由那の自宅でもあるこのタワーマンションの最上階に。
「夏目は?」
「バイトが長引いてるから遅れてくるみたいだよ」
先ほどから落ち着きない由那に首を傾げながら、僕は彼女の問いかけに対してそう答える。
すると、どこか上の空の調子で、彼女は相槌だけを返してきた。
「そうなんだ。へぇ……」
「そういえば如月さんは?」
由那の様子に違和感を覚えながらも、今度は逆に僕が彼女へとそう問いかける。
「あの子は図書館に寄ってから来るって言ってたんだけど……たぶんいつものやつね」
「ということは、出会っちゃったか……」
如月さんが好みの本に出会うと、しばらくは本を手放せなくなり、その場から一歩たりとも動かなくなる。
下手をすると、呼吸をすることさえ忘れているんじゃないかと思うその姿に、僕は最初戸惑いを覚えていた。もっとも今となっては、遅刻確定だと判断する材料としか解釈しなくなってしまったが。
「本が絡まなければ、素直ないい子なんだけどね」
「まあ、仕方ないよ。何しろこんな僕たちの部長なんだからさ」
僕は苦笑を浮かべながら、由那に向かってそう告げる。
途端、由那の表情が僅かに歪み、ほんの少しばかり棘のある声が僕へと向けられた。
「こんな僕たちって……なんかその言い方だと、私たちが普通じゃないみたいに聞こえるんだけど?」
「はは、そうかな?」
「少なくとも私は普通……だと思う」
ほんの少しだけ自分でも迷いがあったのか、由那の言葉は若干歯切れが悪かった。
そんな彼女に向かい、笑いながら望まぬ別の例を告げる。
「はは、そうかもね。もっとも、優弥もたぶん同じことを言いそうだけど」
「ちょっと、あいつと一緒にしないでよ。その普通って、世間一般の普通とは違う意味になるじゃない。それに人のことばかり言うけど、昴も同類なんだからね」
「同類か……そうかもね」
僕は彼女の言葉を特に否定すること無く受け入れる。
すると、由那はやや心配げな眼差しを僕へと向けた。
「今日、何か変よね。昴、予備校で何かあったの?」
「ちょっと神楽先生と……ね」
ポーカーフェイスに定評がない事は理解していたものの、あっさりと内心を由那に指摘されたが故、僕は苦笑混じりにその名を告げる。
「なに、またあいつ何かしたの?」
「津瀬先生とともにあの人に宣言しただけだよ。今度完全に貴方に勝つってね」
「え……マジで」
「うん、いやマジだけど。あんまり良い言葉遣いじゃないよ、由那」
以前優弥から受けた指摘を、形を変えて僕は彼女に行う。
しかしそんな僕の言葉を、彼女はバッサリと切り捨てた。
「そんなことはどうでもいいの。それよりも、なんでそんな話になったのよ」
「ベコノベを踏み台として見られたのが悔しくて、つい……ね」
僕はそう口にすると、誤魔化すように軽く頭を掻く。
それに対し由那は、真顔で僕に向かい口を開いた。
「昴、今回は相手がベコノベをアウェイとしていたからどうにか勝てた……でも次は、状況が違うと思うわ」
深刻な色彩を帯びた彼女の声。
それには間違いなく僕への気遣いに満ちたものであった。
でも、そんな彼女の言葉に対し、僕は首を左右に振る。
「でもね、由那。これからプロ作家として生きていくと誓った以上、常に上を目指して戦っていきたいんだ。やるからには中途半端にはせず、いつも全力で結果を求めたい。だからこそ、、僕は神楽先生に勝ちたい」
父さんからいつも言われ続けていた言葉。
そしてサッカー部時代からいつも自分に言い聞かせ続けてきた言葉。
常に結果を求める為に、前へと踏み出す勇気を僕は持ちたいと思っていた。
そして今、僕にははっきりとした目標がある。
ベコノベ出身ということに誇りを持って、商業であの人に勝つという目標が。
「本気なのね」
「うん。ベコノベを代表するなんて言うつもりはないし、背負うつもりもないよ。でも、あのサイトは僕を救ってくれたんだ。それどころか、このポンコツになった左足の代わりを、つまり僕に夢を与えてくれた。だからそれを踏み台としか見ていないあの人に負けたくはないんだ。だからさ、由那。力を貸してくれないかな? 僕には、君が必要なんだ」
優弥も、如月さんも、そして由那も。
今回の戦い、漫画原作コンテストにおいて、僕はかけがえのない絆というものに気づくことが出来た。
だから、僕はまっすぐに彼女を見つめながら、その想いをはっきりと口にする。
すると彼女は、その瞳に僅かにイタズラっぽい色を浮かべた。
「嫌よ」
「えっ?」
思いもしない返答に、僕は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「改めて言うわ。嫌なの。私は昴にとって、ただ作品を一緒に作っていく仲間ではいたくないの」
「どういうこと?」
頭の中が疑問符で埋め尽くされ、僕は彼女に向かってまっすぐにそう問いかける。
だが彼女は、今度は少し怒ったような表情で僕に返答した。
「昴! 昴にとって、私は何?」
「え? 何って、一緒に作品を作っていく仲間で、友達で……」
「そっか。昴にとってはそうなのね。でも、私はちょっと違うか……なっ」
由那は急に走り始めると、部屋のカーテンを思いっきり開いた。
窓からは西日が差し込み、部屋の中をセピア色に照らし出す。
由那は窓の前に立ち、そんな夕日を背にしながら、僕に向かい口を開いた。
「昴は今回、いっぱいいっぱい頑張ったよね。だから、今日は私が頑張る番」
「由那?」
彼女の頬は、少し赤く色づいているような気がする。けれど、それは西日のせいかもしれなかった。
とにかく、彼女が何か重要な事を、とても大きな決心で言おうとしている。
それは僕にもわかった。
だから、僕はそれ以上あえて何も言わず、彼女の言葉を待つ。
「昴は私にとって、一緒に作品を作っていく仲間。そして、私をこの檻から出してくれた、ファンタジスタ、そして……そして……」
彼女の緊張が伝わってくる。
「言うのよ、由那。拒絶は怖くない……私はもう檻から出たのだから……きっと駄目でも、また一人になっても、きっと大丈夫。だから……だから……」
由那はうつむいて何かを呟いていた。彼女がしようとしていることは僕にはわからない。
夕日がとても綺麗に街と、彼女を照らし出し、辺りはまるで時間が止まったようにさえ思われた。
そしてそんな止まった時は、彼女の言葉と頬を伝う涙とともに動き始める。
「昴……怖いね。人に何かを伝えるのって、こんなに怖いんだって、こんなに切ないんだって。私知らなかった。昴、私はね、私は……音原由那は、あなたが、黒木昴が好きです」
突然の告白。
それはあまりに突然過ぎて、あまりに真っ直ぐなものだった。
思考は停止し、真っ白になってしまった僕の脳裏。
だが、まったく考えることも身動きすることもできなくなった僕に向かい、彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。
そして彼女は立ち尽くす僕の胸にそっと顔を埋めた。
どう言えばいいか、何を言えばいいのかわからなかった。
でも何かを言わなければいけないことだけはわかる。
だから僕は――
「はい、私の話はおしまい」
開きかけた僕の唇は、彼女のその言葉によって遮られる。
そして同時に、彼女はニコリと微笑みながら僕から距離をとった。
「返事はさ、いつかまたでいいよ。だって私は、昴のことをとても良く知ってるから。私のファンタジスタは、今は小説のことで頭が一杯で、恋愛のことなんて考えたことありませんって」
「由那、僕は……」
答えなければ。
そう、僕の中にもう答えはあった。
彼女と服を買いに行って、手を繋いだ時。
その時に僕の心に初めて湧き上がった、名前の無い感情の正体。それが、今ならはっきりとわかる。
「コーヒー、入れるね」
「待って、由那。僕は」
キッチンに行こうとする彼女の手を取る。少しだけ左足が重かったけど、僕はなんとか彼女の左手を捕まえた。
「由那、僕も……」
けれどその言葉は、最後まで紡ぐことができずに終わった。
何故なら、その絶妙のタイミングで、マンションのインターホンが鳴ったからだ。
「おーい、開けてくれ。偉大なるお前たちの敏腕編集者様が、わざわざ原稿をチェックしに来てやったぜ」
聞き覚えのある声。
まったく空気を読まず、それでいて彼らしいこと極まりない。
それを耳にした僕らは、お互いの顔を見合わせると可笑しなって笑ってしまった。
こんなタイミングでやってくるなんて、まるで小説みたいだって。
彼女もそういう風に思ったかどうかはわからなかったけど、でもその時は、なぜだか由那も同じように思ったように僕は感じていた。
「はいはい、今開けるわよ、編集者様」
由那は僕の手を引きながら、玄関先に向かい駆け出す。
彼女の華奢な細い手。
そこから彼女のぬくもりがはっきりと僕に伝わっていた。
ベコノベに出会わなければ、決して交わるはずのなかった点と点、線と線。
でも、こうして重なることが出来て、ともに肩を並べてあることが出来て本当に良かった。
このポンコツの左足はもう満足に動かないけど、みんなと一緒なら、そして何より彼女と一緒なら、どこまでも駆け抜けて行ける気がする。
さあ、新たな扉を開こう。
あの日描いた夢を掴み取るために。
当エピソードにて第2章は終幕となります
終章となる3章は来月後半頃より更新再開予定となりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
また星海社様から発売となる書籍版2巻『ネット小説家になろうクロニクル 2 青雲編』は本日発売となります。おそらく明日以降順次全国の書店様に並んでいくかと思います。
フライ先生の素敵なイラストが目印となりますので、手にとって見て下さい!
それでは今後共、ネット小説家になろうクロニクルをよろしくお願いいたします!




