第二十話 由那と交わした新たな決意!? 作品作りのために二人でウインドウショッピングを行った後、喫茶店で休憩していたら、突然由那からに近くの大学に進学するよう強く勧められた件について
「しかし、遅いなぁ。普段は遅刻嫌いなのに」
僕たちの衣山市から三駅離れた外側駅。
衣山市をベッドタウンとするならば、外側駅のある道山市は比較的大きなテナントやショップが立ち並ぶ中規模都市といえ、待ち合わせ場所となる銀天街というアーケードの入り口には無数の人が行き交っていた。
「何かあったのかなあ。意外と……あれ?」
確認するようにぐるりと周囲を見回したところで、僕は店舗が立ち並ぶ細い路地の隙間から、顔だけを突き出す形でこちらをチラチラと見てくる不審な人物に気づいた。
「あのさ……何してるの、由那」
「え……その……うん……」
僕に声を掛けられた由那は、少しバツの悪そうな表情を浮かべながら言葉を詰まらせる。そしてなぜか覚悟を決めたように一つ頷くと、彼女はようやくその姿を僕の前に現した。
「変じゃないかな……と思って……」
「変?」
彼女の言葉に僕は軽く首を傾げる。
すると、やや怒ったような口調で彼女は僕に迫った。
「私の格好が変じゃないかなと思ったの」
彼女のその言葉を受けて、僕は初めてその視線を顔から下へと動かす。
少し丈の短い真っ白なワンピースに、肩に掛けたグレーのカーディガンをストール風に巻く。そしてその足元には白のスニーカーを配置して、少しカジュアルダウンを計っていた。
「変というか、女子大生のモデルさんみたいだよね。もともと由那はスタイルがいいからなんでも似合うんだろうけど……って、どうしたの?」
「なんでもない。さあ、行くわよ!」
由那は急に僕から顔を背けると、そのまま足早に歩き始める。
僕はそんな彼女の反応に首を傾げながら、慌てて後を追った。
「変といえば、街中で顔だけだしてちらちらしてたのは結構変だったよ」
「その話はもう終わったの。というか、そのあたりが昴よね」
「どのあたりかはわからないけど、まあ僕はいつも僕だよ」
ようやく由那の隣まで追いついた僕は、苦笑を浮かべながら彼女とともにアーケードの街並みを歩いて行く。
そうして最初のアーケード街の終わりを左折し、大街道と呼ばれる次のアーケード街に差し掛かったところで、僕は由那に向かって抱いていた疑問をぶつけた。
「今日はなんで四越百貨店なの? 松前町のエラフルMINASEの方が、高校生はよく行くって聞いたことがあるけど」
「あそこは新しいからね。友達とはたまに行くけど、でも貴方の作品を考えるとちょっとね」
「作品を考えると?」
由那の言葉の意味がわからず、僕はそう問いかける。
途端、由那は苦笑を浮かべながら僕に向かってその理由を口にした。
「エミナが目指してるのは、プレタポルテでしょ。だったら、四越の方が品揃えの方向性が近いじゃない」
「あ、確かにそうだよね」
そう言われて、僕は初めて気づく。
確かに僕の作品の参考になるとしたら、四越の方だろう。
「あとエラフルの方が若い人が多くて、いつもちょっと面倒なの」
「由那は歩いているだけで目立つからね」
「まあね」
一緒に街を歩いていると、彼女へと少なからぬ視線が向けられるのを僕は感じていた。
だから傲慢故の言葉ではなく、それは彼女の本音なのだろう。僅かに疲れたような彼女の溜め息が、何よりも雄弁にそれを物語っていた。
「貴方は普段、何処で買い物とかしているの」
「そうだね、大街道の端のヤマベスポーツさんかな」
この道山市でも江戸時代から続くとされる用品店であり、明治期からスポーツ用品を取り扱っていたと言われている老舗中の老舗であった。
一方、そんな僕の愛用の店に対し、由那はなぜかやや引き気味の反応を示した。
「スポーツ商品店よね、それ」
「そうだよ。レガースとソックスも意外と品ぞろえが良くておすすめなんだけど」
由那の反応を訝しげに思いながら、僕は重ねてそう告げる。
途端、彼女の口からは深い溜め息が吐き出された。
「……はぁ、そうよね。昴だもんね」
そんな会話を重ねるうちに、私たちは目的としていた四越の前へと到着する。そして二人して入り口の自動ドアをくぐったところで、僕は思わず正直な本音を口にした。
「しかしいつも思うけど、この化粧品のフロアが苦手なんだよね」
「でも、ここ通らないと他の階にいけないでしょ?」
「そうそう。だから屋上にあるフットサル場に行くのがいつもちょっと恥ずかしくてさ」
「それってつまり、ジャージ姿でここを抜けてるってことね」
そう口にした由那は、僕の横顔をジト目で見つめてくる。
それに対し、流石にわかっているよとばかりに、僕は胸を張りながら彼女に向かって一つの事実を告げた。
「まあね。あ、でも僕でも流石にTPOはわきまえてるから。だから今日はジャージじゃないでしょ」
どうだとばかりに告げたその事実。
それに対し、由那はやや冷たい声で思わぬ問いを僕に放ってきた。
「……昴。お小遣いは財布の中に余ってるかしら?」
「まあ今年の夏はプロテインも買わなかったし、遠征にもいかなかったからね」
そう、今年は体を作る必要もなければ、他県の高校との合同合宿もない。
どちらかと言うと、家で黙々とモニターを見つめ続けているばかりであり、かつてないことに、僕の財布の中には夏目さんだけではなく諭吉さんまでが鎮座していた。
そんな僕の懐事情を確認した由那は、一つ頷くと僕に向かって思わぬ申し出を口にする。
「ならしばらく無駄遣いしないで、次回はエラフルMINASEに付き合いなさい」
「へ、それはいいけどなんで?」
話の見えない僕は、首を傾げながらそう問いかける。
すると、途端に彼女の険のある声が僕へと向けられた。
「貴方の服を買いに行く為によ!」
「実は『フクつく』を書き始める前に、現代の女性ファッションを勉強しようと思って、何冊か雑誌を買って読んでたんだけどさ、やっぱり生で見てみると違うよね」
由那に案内される形で、店内の女性服売り場をウィンドウショッピングしたあと、同じ二階フロアにある紅茶店に腰を下ろした僕は、正直な感想を彼女へと口にした。
「そりゃあね。というか、女性誌を貴方が買ったの?」
僕の言葉に驚いたのか、由那は心底意外そうな表情を浮かべる。
そんな彼女に向かい、僕は先々週の出来事を口にした。
「うん。そうだよ。恵美にお小遣いあげたら次の日には買ってきてくれたからさ」
「えっと、恵美ってのは誰?」
僕が笑みのことを口にするなり、由那の声のトーンがやや低くなる。
それを受けて、僕は自分の記憶違いかと思わず首を傾げた。
「あれ、会ったことなかったっけ? うちの妹」
「……そうよね。うん、わかっていたけどやっぱりそうよね」
なぜか納得したような表情浮かべながら、由那は何度も頷く。そして小さくため息を吐き出すと、彼女は目の前のダージリンを一口含んだ。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。貴方から妹さんのこと、聞いたことなかったからね」
「そうだったっけ。まあ、あいつのおかげで、下調べができていたようなものだし、あとでおみやげにタルトでも買ってやるかな」
この四越の地下に入っている二六屋は、道山市でも老舗の和菓子店であり、特にタルトには定評があった。
「そうね、私も自分の分を二つほど買おうかしら」
「美味しいからね、タルト。でもさ、それだけでいいの?」
僕はふと思った疑問を、率直に彼女へと告げる。
途端、由那の大きな瞳はスット細められた。
「なに、そんなに色々食べさせて、私を太らせたいわけ?」
「違うって、そういう意味じゃなくてさ。今日せっかく来たのに、本当に服を見るだけでよかったのかってこと。せっかく荷物持ちの僕がいるわけだし、何か気に入ったものがあれば買っても良かったのに」
そう、色んなブランドやセレクトショップの説明をしてくれながら由那に、気に入った服や欲しいものがなかったとは僕には思えなかった。
だから何か我慢させていたら悪いと思って、僕は率直にそう告げる。
しかし由那は苦笑を浮かべると、あっさりと首を左右に振った。
「別にいいの。買うとなると、自分に合わせた目線でしか服を見れなくなるから。今日はそのために来たんじゃないでしょ?」
「ってことは、僕のため……かな。ありがとう、由那」
彼女が気を使ってくれていたことに僕はようやく気づき、申し訳ない気持ちを抱きながら、感謝の気持ちを口にする。
すると、彼女は僅かに顔を赤らめ、僕からわずかに視線を外した。
「べ、別に気にしないで。最初に一緒に行こうって言い出したのは、私なんだから」
「そうだったね。でも由那が誘ってくれて、こうやって女性服を見て回ることができて本当に良かったよ。せっかくだしこれを活かすためにも、後半パートは気合を入れていかないとね」
僕は決意を新たにしながら、由那に向かってそう告げる。
すると彼女は心配そうな瞳を僕へと向けてきた。
「後半……か。じゃあ、まだ書き終わってはいないのね?」
「まあね。優弥に考えがあるみたいでさ、さしあたってもう少しペースを落とした方がいいって言われてさ。まあ今週いっぱいはまだ夏休みだからね。これが八月三十一日なら、流石にもう少し慌ててるかもしれないけど」
僕はそう口にすると、依然として心配そうな由那に向かって笑いかける。
そんな僕の反応に安心したのか、ほんの少しだけ彼女は表情をゆるめた。
「そっか。でも、来週からはまた学校なのよね」
「うん。のこり半年の高校生活の始まりかな」
「三年間って、あっという間ね。もっと早かったらって思うこともあるけど……ねえ、昴。貴方はどうするつもりなの?」
「どうするって?」
由那の問いかけの意味するところがわからず、僕はそのまま彼女へと問いなおす。
「高校を卒業したあとのことよ。流石にいきなり専業作家になるなんてつもりはないんでしょ?」
「うん、そのつもりだったら予備校はやめてたかな。というか、最初に書籍化の話をもらってからすぐ、担当編集の石山さんから、学業や仕事はできる限り別に持つようにってメールで念を押されたからね」
書籍化が決まったあと、自分が高校生で作家を目指していたと伝えた途端、大急ぎで学業を辞めないように連絡が来た。
出版業界がなかなか厳しい昨今において、高卒、もしくは高校中退で専業作家を志すことはなかなか難しいらしい。また出版社としても、企業として作家の人生に責任を持てない以上、作家業が完全に軌道に乗るまでは全ての新人作家に学業や仕事をやめないよう指導しているとのことであった。
「ああ、それは私も言われたわ。連載が安定するまではって。でも、もとから大学に行くつもりだったから、特に気にはしてなかったけど」
「大学か。由那はどこに行くつもりなの?」
「貴方のお父さんがいるところかな。あと戸山文化大学と三田義塾大学は考えているけど、戸山だと優弥と被る可能性があるのよね」
僅かに表情を歪めながら、由那は溜め息混じりにそう口にする。
一方、僕はそんな彼女の発言に思わず笑ってしまった。
「はは、腐れ縁ってやつかな」
「不吉なことを言うのはやめてよ。大丈夫、新都大学に絶対受かってやるから」
軽く拳を握りしめながら由那はそう宣言する。
そんな彼女を目の当たりにして、僕は思わず苦笑を浮かべた。
「受かってやるってはっきり言う辺り、本当に由那らしいよね」
「そうかしら。まあ私のことはいいわ。それより、さっきと同じ話だけど、結局昴はどうするつもりなの?」
私の番は終わりと言いたげな口調で、由那は僕に向かって再度将来を問いかけてくる。
僕は歩く鼻の頭を掻いたあと、最近出したばかりの結論を、彼女へと告げた。
「そうだね。今回、『フクつく』のために大学の図書館を使ってみてさ、やっぱり大学に行こうって思ったんだ。先生がいつも言っているんだけど、知っているものは選択できる。だから今後作家を続ける上で引き出しを広げるためにも、大学でしっかりと学んでおきたいと思ってね」
もちろん自分の引き出しを広げるために、必ず大学に行く必要はないかもしれない。
でも、効率よく知識を吸収する上で、大学という選択肢は僕にとって正しいものだと思われた。
「じゃあ昴、一緒の大学に行きましょうよ」
「はは、無理だよ、新都大学はさ。でも、小説を書いている時間以外は、もう少ししっかり勉強しようかなって思っている」
「いい心がけね。でもやっぱり昴も大学に進むなら、東京の大学にしない? 漫画家と原作家が離れていても仕方ないでしょ」
突然の由那の提案。
その意味するところを理解して、ぼくは軽く肩をすくめる。
「まだ賞を取れるかわからないけどね。でも、東京……か」
「出版社も近いし、今後作家をメインで食べて行こうと思っているのなら、悪くは無いと思うわよ」
今の時代、ネットが発達したから国内のどこででも、大きな違いはでない気もする。
でも作品を作る上で触れたい芸術や文化などは、東京でなければ容易に接することができないものがあることも事実だ。
そして何より、彼女たちが東京に行くというのなら……
「ネットが発達したから、どこでも困らない気はするけど、でもやっぱり東京の大学は便利かもね。無理すればここから通えなくもないし、優弥も由那も東京の大学に行くなら、それもありかな」
「でしょ。なら、決定ね!」
満面の笑みを浮かべながら、いつの間にかテーブルの上に乗せていた僕の手を、由那は握る。
彼女のその行為に、ちょっとだけ自分の胸の鼓動が早くなるのを自覚しながら、僕は努めて冷静に振る舞おうと努力した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。予備校で津瀬先生とも相談しなきゃ駄目だし、何よりもまずは目の前のことをやらないといけないからさ」
「目の前のこと……か。そうね、一歩一歩前にってのが昴らしいかも。それじゃあ、地下に寄って帰りましょうか」
由那はそう口にすると、僕に向かって微笑みかけてくる。
そんな彼女の表情を目にして、僕はほんの少しだけ気恥ずかしさを感じながらも、ゆっくりと頷いた。
「うん、そうだね。じゃあ、一緒に衣山に帰るとしようか」




