第十八話 潰された作戦を立て直せ!? 投稿開始をわざと他の作品から遅らせて後の先を取る作戦は破綻し、新たな作戦を立案しようとしていたら、シースター社の僕自身の担当編集者からメールが来た件について
この蒸し暑い夏も、ようやく終わろうとしていた。
僕たちに残された夏休みは残り一週間。
そんな僕たちは、暑さとは無縁のこの場所にいた。
不必要なまでにクーラーが効いたこの由那の部屋に。
「で、あなた達の話がよくわからないんだけど、そうして神楽の奴が宣伝したら、昴が不利になるって言うの?」
僕の新作が日間ランキングの十位まで上がったその日、由那はお祝いをしようとばかりに僕たちを部屋へと招いた。
しかし彼女が目にしたものは、依然として悩みの中にいる僕たちの姿だった。
「あの……先輩。ベコノベは読んでいますけど、私もわかりません。宣伝してもらってポイントがたくさんついたほうが、多くの方が読んでくださるみたいですし、いいんじゃないですか?」
「普通なら、確かにそうなんだけどな」
如月さんの常識的な疑問を耳にした優弥は、苦い表情を浮かべながらそれだけを口にする。
一方、そんな彼の言葉に、由那は疑問を呈した。
「普通なら? どういうこと?」
「今回、ベコノベの漫画原作部門はほとんど新作ばかりで戦うことになっている。応募要項を満たさなければいけないから、当然と言えば当然だけどな。で、その作品のほとんどがほぼ同時に投稿されるわけだ。しかも同じ主人公やキャラを使ってな」
「同じ主人公やキャラをですか……あ!」
優弥の説明を受けて、如月さんは何かに気づいたように顔を上げる。
その気づきを肯定するように、僕は大きく首を縦に振った。
「うん、似た傾向の作品がランキングに密集して、全体的にポイントの伸びが低調になり始めてるんだ。まあ主人公の名前とか外見だけでなく、主要キャラまで共通なんだから仕方ないけどね」
苦笑を浮かべながら僕がそう解説すると、由那はハッとした表情となり、その口を開く。
「待って……じゃあ。あなた達がこの夏休み終了ぎりぎりまで投稿開始を遅らせたのは、もしかして……」
「ああ、そうだ。つまり同じ漫画原作部門に投稿された作品群が、今みたいにランキングで団子になったこの時期を外すためだ」
「……なるほど、あなた達にしては考えたものね」
優弥の肯定を受けて、由那は本当に感心したのかゆっくりと首を縦に振る。
そんな彼女を目にして、僕は笑いながら補足を口にした。
「はは、まあね。あと、作品のターゲット層の問題もあったしさ」
「ターゲット層?」
「ああ。正直に聞くぜ。ファッションと商売をメインテーマにした昴の作品は、中高生向きだと思うか?」
いまいちピンと来ない様相を見せる由那に向かい、優弥は顎に手を当てながらそう問いかける。
すると由那は、ほんの少し考えこんだあと、僕の方を気にしながら正直な感想を口にした。
「……違うと思う。たぶん大学生とかのほうが好みそうな気がするわ」
「その通りだ。実際今回の作品を投稿するにあたって、昴が津瀬先生から以前見せてもらった統計データを参考にしたんだ。年齢別の好みのジャンルやキーワードに関するな。で、結論から言えば、この八月中に正面から戦うのは不利だと俺たちは判断した」
優弥の言うとおり、今回の投稿スケジュールを決定するに当たり、出版社でプレゼンする際に使用した統計データを非常に参考させてもらっていた。
おそらくこの場に先生がいれば、苦笑を浮かべながら知っているからこそ選べたわけだとでも言ってくれるところだろう。
そんなことを僕が考えている短い間に、由那はすぐその理由に気づく。
「八月中が不利……あ、夏休み!」
「そうだ。春休み、夏休み、冬休み。この時期にポイントの伸びる作品は、ターゲット層を若くしている作品が多い。実際、他の漫画原作に応募中の作品はそういうものが多いんだが、昴の『フクつく』はそれと被らないように作ってる。まあ意図的に外した面が大きいんだがな」
更に付け足すならば、この長期休暇時期は投稿作品数が増える傾向にもある。
ポイントを先行されるリスクを冒したとしても、後出しジャンケンを行うべきだと僕たちが判断した理由は、これら要素を総合的に判断した結果であった。
「なるほど。まさに後の先ってわけね……そっか、わかったわ。だからあいつにやられたって話になるわけね」
「そういうことなんだよ。ランキングの上が支えている状態で、無理やりランキング戦線に引きずり出されてしまった。本当なら一次選考の直前でかつ他の応募作品の投稿が一段落したあと。その絶妙なスイートスポットに、作品のピークを合わせたかったんだけどね」
まさにそれこそが僕たちの投稿戦略。
応募締め切り一週間前から作品投稿を開始し、ランキングを少しずつ登って行って、一次審査直前にピークを合わせる。そしてその上で、一気に他の作品を抜き去っていくことこそが、僕たちの描いていた理想像であった。
「もしかしたら、あいつは最初から僕たちの戦略を見きっていたのかもな」
「……十分ありえる話だね。実際に津瀬先生も、一瞬で僕たちの狙いが後の先にあることを見抜いていたし」
そう、予備校の屋上で津瀬先生に投稿開始を遅らせていると話した際に、あの人は一瞬でその目的が『後の先』にあると看破していた。
「というか、あの人はちょっと別格だろ。作品はもちろんだけど、データの処理とか分析は正直頭がおかしいレベルだぜ」
「まあ、津瀬先生の話はいいわ。今回のコンテストには出てないし。それより、あなた達の悪巧みが封じられて、あいつに勝てるの?」
その由那の疑問は妥当なものであった。
しかし、僕はその疑問に対してはっきりと答える。
「多少、苦しくなったのは本当のところさ。でも、決して神楽先生が有利になったわけじゃない」
「そうだな、昴。俺たちはポイントを稼ぐための投稿ラッシュを行わずに、こうしてランキングを登ることが出来た。その意味では、マイナスばかりではなく、プラス面もあったわけだからな」
悪い点ばかりを見ていても始まらない。
確かに混戦の中に無理やり放り込まれたわけだから、決して芳しい状況ではない。
でも過ぎてしまったことを、今更後悔しても仕方がなかった。
僕がやるべきことは前半でビハインドを負った時のサッカーと同じである。
前半に相手に点を決められて折り返したなら、後半に決め返せばそれでいい。
だから僕たちが今、見据えるべきはここまでの過程ではなく、これからのコンテストの推移であった。
その結論に至ったところで、僕は見過ごすことのできなくなったとある存在のことを口にする。
「そうだね。となると、心配なのはもう一人の存在だけど」
「鴉か……あいつどうなんだろうな」
僕の言葉から誰を示唆しているのか勘づいた優弥は、軽く頭を掻きながらその名を告げる。
すると、由那が眉間にしわを寄せながら、率直な問いを口にした。
「鴉って誰?」
「複垢でポイントを稼いでいそうな不良ベコノベ作家さ」
「複垢?」
聞き慣れない単語であったのか、由那は怪訝そうな表情を浮かべる。
そんな彼女に向かい、僕は優弥から受けた説明をかいつまんで行った。
「うん、複垢。他人のふりをしてベコノベにアカウントを登録し、自分の作品にポイントを入れる行為らしいんだ。ベコノベでは違反行為に指定されているんだけどね……」
「ずるいことをする人もいるんですね」
如月さんは嫌悪感を隠せぬ口調で、複垢使いのことをそう論評する。
それに対して、優弥の答えは比較的楽観性に満ちたものであった。
「まあ賞レースだからな。どんな手を使ってもって奴は、多少交じってくるさ。でも多分、心配はいらないと思うぜ」
「どうしてそう言えるの?」
優弥のお気楽そうな口調で発せられた言葉に、由那は理解できないといった口調でそう問いかける。
だが、それに対する優弥の回答は、極めてシンプルなものであった。
「だって、違反がバレようがバレるまいが、どうせ一次選考を通らねえだろうからな」
「そっか、なるほど。そういうことね」
由那はようやく話が掴めたとばかりに、胸の前で軽く腕を組む。
一方、如月さんが未だキョトンとしていたこともあり、優弥は彼女への説明も兼ねて、詳細な理由をその口にした。
「ああ。二次選考にまで残れば、確かにこのまま複数アカウントを使ってポイントを稼ぎ、こいつに賞をかっさらわれる可能性も出てくる。でも一次選考は編集部が行うわけだ。結局こいつの作品が評価されなければ、二次に辿り着けないんだからは心配いらないさ」
「ってことは、あまり面白くないのね?」
「そこまでじゃないってのが、正しいんだろうな。公開されている部分は読んだが、設定や世界観は確かに抜群で、一瞬実力によるポイントかと俺も思った。でも、文章力や話の盛り上げ方がさっぱりなんだよ。ほんと淡々と機械みたいに進んでいく感じでな」
鴉の作品の正直な感想。
それを優弥は由那に向かって告げる。
「機械みたいに……か」
「だから音原、別に心配はいらないと思うぜ。少なくとも作品の質に関しては、昴や神楽に勝てるような代物じゃないからな」
「そう、でも何か嫌な予感がするわ。油断しない方がいいと思う」
重ねての優弥の説明を受けても、由那の表情が晴れることはなかった。
そんな彼女を目にして、優弥は一つ頷くとともに、その心配を取り除こうと改めて声を上げる。
「確かにな。だがいずれにせよ、俺たちがまず最優先すべきは、自分たちの足元を固めることだ。つまり戦略の立てなおしと、しっかりと二次に行けるだけのクオリティの作品を投稿していくこと。この二つをしっかりやるしかない」
優弥の言うとおりだ。
不安ばかり言ってもしょうがない。今は起こる障害を一つ一つ取り除いて、僕らは前に進むしかない。
「そうだね。そのためにも、作品の……あ、ごめん。ちょっとメールが入った」
優弥の言葉を受けて同意を示そうとしたその時、僕のスマホがメールの着信を告げる。
そうして僕がスマホのロックを外そうとしている間に、目の前の二人はいつもの軽口を叩き始めた。
「女か? 音原が泣くぜ」
「優弥!」
「はは、冗談だって。そう怒るなよ」
由那の怒鳴り声に対し、優弥は肩をすくめながら笑って誤魔化す。
僕はそんな二人を眺めやりながら、改めて口を開いた。
「ごめん、話の腰を折って」
「いや、で、どの女からだったんだ?」
「女性じゃないよ。年上の男性さ」
先ほどの設定を引っ張る優弥に苦笑しながら、僕は端的に事実だけを口にする。
それを受けて、思わぬ人物から驚きの声が上がった。
「え……先輩ってそんな趣味が!」
「ないない。と言うか、如月さん。本当にそんな趣味はないから、目をキラキラさせながら、僕を見ないで」
彼女の視線の意味はよくわからなかったものの、僕はほんの少しだけ背中に寒いものを感じたため、慌てて否定を行う。
一方、そんな僕の発言に対し、未だ納得を見せない女性が存在した。
「で、誰からだったの? やましくないなら言えるでしょ」
「いや、やましくはないけど、僕にもプライバシーがさ……まあいいか。メールは担当さんからだったよ」
「担当か……それは士洋社ではない方だな」
話の流れと士洋社との関係から、優弥はメールの主のことをあっさりと勘づく。
それを受けて僕は、苦笑交じりに小さく首を縦に振った。
「まあ当然ね。というわけで、シースター社の編集者さんが、僕の新作を見たっていうメールさ」




