第二話 ライバルは人気漫画原作者!? 授賞式で僕を嫌っていた編集者が早速僕の代わりの原作者を用意しようとしてきたのだけど、その人物がドラマ化も噂される人気医療漫画の原作者だった件について
衣山市。
人口数万人規模の比較的こじんまりとしたベッドタウンであり、僕たちが生まれ育った街である。
繁華街らしい繁華街といえば、駅の近くにある映画館と併設された小さなショッピングモール程度で、あとは小さな個人経営のお店がポツポツといったところか。
街で一番目立つ建物といえば、駅前に立っている分不相応なタワーマンションくらいで、正直言って特に目を引くような娯楽などは存在しない。
だから夏休みの時期に入ると、映画館のそばに存在するカフェに、行き場をない高校生の姿が目立ち始めるのは、ある種仕方のないことだろう。
まるで学校に来たかのように見知った顔が多い店内。
そのオープンテラスの一角で、僕と灰色の男は暑さに蕩けそうになりながら、目の前のアイスコーヒーをすすっていた。
「はぁ……」
「どうしたんだよ、溜め息ばっかりついてさ。暑さで頭がやられちまったか?」
「いや、去年はこの太陽の下でサッカーをしてたんだよ。それに比べれば、ここは天国だって」
そう、去年のこの時期は、強化合宿と題して朝から晩まで、ボールを追いかけていた。
それが一年経てば普段は自室に引きこもり、こうしてたまに外に出れば、灰色の男と冷たいアイスコーヒーをすする日々である。
環境は変わるものだとはいえ、一年前の時点では、自分の今の姿はとても想像さえ出来なかっただろう。
特にサッカー選手ではなく、自分が小説家への道を歩んでいるなどとは。
「こんな暑い中、ほんとよくやってたよな俺たち。しかし、暑さが原因じゃないとすると、なにが原因だ。原稿が行き詰まってるのか?」
「一応、転生英雄放浪記のストックは無くなっちゃってるけどさ、今は大丈夫だよ。更新ペースを週二回くらいにしているしね」
ネット小説投稿サイトであるBecome the Novelist、通称ベコノベで僕は現在一本の小説を連載している。
作品名は転生英雄放浪記。
世界の危機を救った英雄が用済みとして暗殺され、死んだ直後の世界に転生し二度目の人生をやり直す物語である。
僕にとって二作目となるこの小説は、ベコノベのランキングを駆け上がり、出版社から書籍化の提案を頂くことが出来た。それは間違いなく、目の前の灰色の髪をした友人たちと、ベコノベの読者さんがあってのものである。
この転生英雄放浪記に関しては、この高校最後の夏休みが明けて秋ごろに、出版元になる予定のシースター社の編集者さんと打ち合わせを行い、今後の改稿や出版の予定を相談する手はずとなっていた。
「確かシースター社の人からは、更新だけは出来る限り安定して続けておいてくれって言われているんだっけ?」
「うん。ネット小説を売り出す場合、更新を続けることが一番の宣伝みたいだからね。僕の作品でも毎日四千人以上が見に来てくれているしさ」
ランキングを駆け上って以降は、少し更新速度は落としたものの、未だに毎日数千人の方が僕の小説を読みに来てくれて、一日のアクセス数は三万をゆうに超える。
元々ネットにはそれほど詳しい方ではないけど、これはそれなりの数だそうだ。
「四千か……しかもその小説に興味がある四千人だからな。出版社の人がそう言ってくるのもわかる気がするな。昴に書かせるぶんには宣伝費もかからねえし。で、転生英雄放浪記のことじゃないなら、何に溜め息をついてるんだ?」
「……先週の件だよ」
優弥に問いつめられた僕は、苦い記憶を呼び起こしながら、ボソリとそう告げる。
途端、優弥は眉間にしわを寄せながら、信じられないとばかりに首を小さく振った。
「まさかこないだのパーティのことか? おいおい、何が不満なんだ。良いもん食えただろうし、ホントは俺があいつの同伴で行きたかったくらいなんだぜ」
「そりゃあ、良いものは食べたけどさ……なんというか、全然味わっては食べれなかったよ。いかにもお上りさんって感じだったしさ」
「お上りさんねぇ。で、有名マンガ家のサインとか貰えたのか?」
優弥は目を輝かせながら、僕に向かってそう問いかけてくる。
「ムリムリ。とても同伴の僕が話しかけれる空気じゃなかったし、第一、僕は漫画にそんな詳しくないし」
「猫に小判、犬に論語だな。まったくたった一人しか同伴できないってのに、なんで物の価値がわからないやつを連れて行くかなぁ」
「いや、一応ほら。原作っぽいのを書いたのは僕だしさ」
士洋社漫画新人賞を受賞した『悪役令嬢に転生したけど、仮面の貴公子始めました』の原作は、確かに僕が書いたものである。もちろん、目の前の灰色にもアイデア出しは手伝ってもらったのだけれど。
「でもさ、せっかくのパーティだぜ。言うなれば、天皇杯の決勝みたいなもんだ」
「いや、ちょっと例えが大きすぎないかな」
日本国内のサッカートーナメントで最大の権威を誇る大会。
その天皇杯を例えに出してきた優弥に対し、僕は思わずツッコミを口にする。
「いいんだよ、こんなのは大きいくらいで。大は小を兼ねるって言うだろ」
「こんな時に使う言葉だっけ?」
「ともかくだ、お前は天皇杯の決勝に出ておきながら、ボールも蹴らずに退場してきたわけだ。ちょっとは反省しろ」
「いや、サインを貰うことは別に試合じゃないし。いや、退場させられかかったのは事実だけどさ」
優弥に対して反論を口にしかかったところで、思わず苦い記憶が僕の脳裏を過る。
そんな僕の言葉を耳にした優弥は、途端に訝しげな表情を浮かべた。
「退場させられかかった? 昴、お前一体なにやらかしたんだ?」
「別に僕が何かやらかしたわけじゃなくて、こう、嫌われていたというか……」
「嫌われてた?」
「うん。なんというか、ベコノベ嫌いの人がいてさ……いや、由那の担当なんだけど」
部署異動の関係で、急遽由那の担当になったと口にした湯島という名の編集者。
彼は僕に向かって、はっきりと告げてきた。ベコノベはアマチュア共のままごとサイトだと。
一方、僕がパーティで直面した出来事を聞いて、優弥は眉間にしわを寄せる。
「うわ、マジかよ。天皇杯の試合中に、審判に嫌われてマークされてるようなものじゃん」
「あのさ……一度、天皇杯から頭を離そうよ」
なぜそんなに天皇杯の例えが気に入ったのだろうか。
その理由がわからず、僕は呆れた表情を浮かべながらそう勧告する。
すると、優弥は軽く顎をさすりながら、より悪化した喩えをその口にした。
「じゃあ、ワールドカップの決勝が良いか?」
「それも違うと思う。というか、もう少し身近な感じでさ」
「なら、クラス対抗の球技大会くらいにするか」
その優弥の言葉に僕は思わず脱力する。
いや、気を使って冗談を口にしているだけかもしれないけど、そのあまりな例えに僕はやや投げやりな気分となった。
「一気に至近距離になったね……まあ、もう何でもいいけど、ともかく邪魔するなって言われたよ」
「初対面で?」
「うん、初対面で」
それも担当作家である由那がいなくなり、周りに僕らの会話を聞くものがいなくなった途端にである。
「でもさぁ、プロでやっていく心構えみたいなものを、それは言ってきただけなんじゃねえの?」
「どうかな。由那に対する態度とは明らかに違ってたし……」
直接の担当ということもあり、ただの同伴者である僕と対応が異なること自体は、十分にありえる話だとは思う。しかしそれにしても、明らかな敵意まで向けられたのは、正直言って理解できなかった。
そんな風に、僕が悩みながら黙りこんだタイミングで、優弥は明るい笑い声を上げる。
「はは、まあでもあれじゃね? あいつはさ、あんなのでも一応女性だからな」
たぶんそれは、僕を気遣って場の空気を替えるための発言だったんだろう。
でも間が悪いことに、待ち合わせをしていたもう一人の人物は、そんな彼の発言を耳にすることとなった。
「あら、あんなのとは、一体誰のことかしら?」
「げ、由那!」
いつの間にか優弥の背後に歩み寄っていた由那は、優弥の頭を右手で掴むとまったく手加減することなくその手に力を込める。
途端、優弥の表情は痛みによって歪んだものとなっていった。
「ぎ、ギブギブ。っていうか、背後からいきなりアイアンクローとか、お前は悪役レスラーか?」
「どう見たらこの私が悪役レスラーなの? ホント意味がわからない」
「その見た目に似合わぬ握力……いや、なんでもないぜ。うん」
由那の手が再び自らの頭に迫ろうとしている事に気づいた優弥は、慌てて後ろにのけぞりながら、ごまかすようにそう口にする。
そんな二人を目にして僕はクスリと笑うと、遅れてやってきた金髪の少女に向かいねぎらいの言葉をかけた。
「はは。ともかくお疲れ様、由那。今日入れてた予備校の講義は全部終わり?」
「ええ。それよりも昴。貴方、邪魔するなって湯島さんに言われていたの?」
「えっと……まあね」
あの日のことを僕は由那に告げてはいなかった。
それはこれから彼女が付き合っていく担当編集の悪口を言いたくなかったこともあるが、それ以上に当日の由那があちこちで引っ張りだこで、とても話す余裕がなかったことが一番の理由であった。
受賞者としてのスピーチから始まり、大御所作家さんに声をかけられたり、出版社の編集さんどころか役員方に挨拶されたり。
もちろんそれは新人賞を取ったからこそではあったが、彼女のあの整った容姿とスタイルが、きっとそれに輪をかけさせたのは間違いないところであろう。
一方、そんな僕の考えを知らぬ由那は、不服そうに僕に向かって頬をふくらませた。
「なんで教えてくれなかったのよ、もう。でも、それでなんとなく理由はわかったわ」
「理由?」
由那の言葉に引っかかりを覚えた僕は、彼女に向かいそう問いかける。
すると由那は、こめかみに軽く手を当てながら、やや苦い口調で話し始めた。
「昨日メールが来たのよ。原作者はこちらで用意するから、あのベコノベ作家と手を切れって」
彼女のその言葉はある種予想通り。
だが予想通りであったものの、僕にとっては充分に衝撃的だった。それ故に、僕は思わず言葉を見失う。
すると気を利かせた優弥が、彼女に向かって僕の口にしたいことを代わりに問いかけてくれた。
「マジかよ……で、お前はそれを受け入れたわけ?」
「そんなわけ無いでしょ。だいたい昴がいなければ、新人賞なんてとれなかっただろうし……」
「じゃあ、断ったんだな?」
「一応はね。でも……」
由那の優弥に対する返答は、些か弱々しいものであった。
だからこそ、優弥はすぐに彼女に向かって問いなおす。
「でもなんだってんだ? やっぱり内心はプロの原作者に書いてもらいたいわけ?」
「そんなつもりはない、見損なわないでよ。ただ湯島さんが、引き下がってくれなかっただけ。絶対に満足する原作者を用意するから、一度会ってみろって」
やや戸惑いを隠せない表情を浮かべながら、由那はその事実を口にする。
彼女の告げた言葉が意味するところ。
それに気づいた僕は、彼女に向かって一つの可能性を尋ねた。
「絶対に満足する原作者……か。ってことは、もしかしてプロの人かな?」
「うん……たぶん漫画好きなら誰でも知ってると思う」
「漫画好きなら知ってる? 誰なんだ、音原」
由那の言葉を聞いて、優弥はすぐさま問い返す。
すると彼女の口から、一人の人物名が告げられた。
「神楽蓮」
「なるほど神楽蓮ときたか……」
その名を耳にした瞬間、優弥はいつものヘラヘラした笑みを消し去ると、苦い表情を浮かべる。
一方、僕にとってはその名前は全く聞き覚えのないものだった。
「あの……結構有名な人?」
「そうね。ドラマ化されるんじゃないかって話題になってる人気漫画の原作。それを書いているのが神楽蓮だって言ったらわかるかしら?」
「ドラマって、えっと、あの俳優さんがやっているようなあのドラマ?」
自分でも馬鹿げたことを口にしているという自覚はある。
でも、目の前に立ちはだかろうとする存在のあまりの大きさに、僕はそんな当たり前のことさえ、尋ねなければ確信が持てなくなっていた。
しかしそんな僕に向かい、優弥はあっさりとただ事実だけを口にする。
「他にドラマがあるかよ。前にお前に勧めたことあるだろ、『フレイル』って漫画。あの放射線科医を主役にした漫画の原作者が、まさにその神楽蓮だ」
「え……もしかしてコミックレーンで連載しているあの医療漫画?」
そのまんがのタイトルを耳にした瞬間、僕はようやくその作品が脳裏に浮かび上がる。
フレイル 〜神を見通す放射線科医・夏河仁〜。
それはこれまでの医療漫画ではあまりスポットライトを浴びてこなかった放射線科医を主役にした作品である。主人公である放射線科医はレントゲンで体の内部を浮き彫りにするように、病院と日本における医療の暗部を彼の目を通して浮き彫りにしていくという一風変わった医療漫画であった。
「ああ。五巻までしか発売してないのに、瞬く間にシリーズ累計五十万部を超えたって宣伝しているアレだ。しかし……」
優弥はそこまで口にしたところで思わず言葉を失う。
由那の原作の座をめぐって対峙するかもしれない人物。
その人物があのフレイルの作者という事実が、彼からその先の言葉を奪い去ってしまった。




