18 視点のあれこれ
「これだけ確認しても出て来ないってことは、偽金じゃないのかしらね」
知らせを受け取った後も両替をくり返しながら南下していたアマンダは、疲れた表情でそう言った。
実際のところ判っているのは国宝である初代王の肖像画の額縁が削られたということと、クラウドホース領で肖像画のメンテナンス係であった彫師がフォルトゥナ領に向かったということだけである。
「どうなのでしょうか……まだ判っていることが少なすぎて判断できないというのが本当のところかと思いますが」
そもそも彫師が本当にフォルトゥナ領に向かったのかもわからないのだ。
仮に推測通り彫師が何かを知っていたとして、行方を眩ますのならば嘘の領地を答えるであろう。
「先程アマンダ様が『考え方が間違っているのか』と仰っていたじゃないですか?」
頷いて肯定し、視線で続きを促す。
「物事を違う側面で考えたらどうなるのでしょうか……」
「違う側面?」
「はい」
セレスティーヌが思案するように難しい顔をして首を傾けた。
こんな表情をしている時の彼女は、一種特別な領域に入っている時なのではないかとアマンダは思う。
(まあ、基本思慮深い子ではあるのだけど……確かサウザンリーフ領でもこんな表情をしていたなぁ)
最初の捕り物劇からまだ数か月しか経っていない筈なのに、遠い過去のような気がして懐かしく思う。
何やら考えを纏めているらしいセレスティーヌを待つ間、アマンダも再び考えることにした。
……取り敢えず考えに没頭するセレスティーヌには地味に重そうなキャロを引き取るために呼び寄せると、状況を察してか素直にやって来てはアマンダの腕に収まった。
柔らかなチンチラの毛並みを優しく撫でつつ堪能しながら、セレスティーヌの言った言葉の意味を考える。
(違う側面……?)
確かに物事は様々な視点がある。視点が違えば真実すら違うことはままあるものだ。
『事象』はひとつであるが、考え、認識、感情……ありとあらゆるものがそれぞれに違い、またそれぞれに真実である。
(何が犯人たちの真実かなんてわからないし。……そもそもバレないように細心の注意を払っていたのに、ここに来てどうして他領に出掛ける(=逃げる)なんて言い出したんだろう)
病気の家族を見てくれる医者がみつかった、という一文に瞳を落とす。
(……ご家族、何の病気だったのかしら?)
……そもそも病気だったのか。もっと言えば、本当に存在したのか。
家族の欄を見れば小さな孫なのだろうか。幼い男の子らしい名前と年齢がひとり分だけ記載されていた。
(親はどうしたのだろう……祖父が孫を育てていた?)
親は出稼ぎなどに出ているということも考えられなくはないが、その記載がないということは所在が解らないか、残念なことだが既に亡くなっているかの可能性もある。
国宝の管理を任される程の腕と信頼があるのならば、普通は危ない橋など渡る必要がないであろう。悪事は結局バレる。
もちろん逃げおおせることもあるが、それは極僅かだ。
この老彫師にはどうしてもやり遂げなければいけない理由があったのだろう。
(それなら……孫が病気で本当に金銭に窮していた? それとも孫を引き合いに出された?)
「金貨を偽金だってバレないようにするにはどうすればいいのでしょう……?」
アマンダが思考に沈んでいると、ふとセレスティーヌの声がして引き戻される。
セレスティーヌは盗まれた金や宝石がどう利用されるのかについて考えていたようだ。
……偽物だとバレないようにするには、「精巧に作る」であろう。
「彫師さんが関わっているかどうかはまだ暫定ですが。関わっていたと仮定して、あれだけみつからないように丁寧な仕事をしたのはどうしてでしょうか」
「……バレないようによね」
セレスティーヌは頷く。
それ以外にないであろう。バレても構わないと捨て鉢になる輩も場合によってはいるではあろうが、基本的には誰でもバレないようにと細心の注意を払うものなのではないのかとアマンダは思う。
「多分ひとりだけでの犯行ではないでしょうから、共犯者がいると考える方が自然ですよね。そして他の共犯者もバレたくない……もし精巧な偽金を作るにしても、捕まってしまっては意味がない。バレないためにはどうしたら良いのか」
――元々奪ったものである。
「まさか、実利をとって寸分も違わない偽金を作るってこと?」
仮定ですが、とセレスティーヌが続ける。
「金だけでは柔らかすぎるために他の金属を混ぜるのですよね? その配合って判るものなのでしょうか」
アマンダは首を傾ける。
「不正を防ぐ為に全容を知る人間は国の中枢部にしかいない筈よ。……ただ造幣関連の上層部の人間や実際に作業をしていた人間は、全部でないまでも一部を知っている人も当然いるとは思う。色々繋ぎ合わせて判断出来る人がいたとしても、おかしくはないんじゃないかしら」
アマンダが聞いている限りでは、国王と財務大臣だけがその割合を知っていると言われている。その内容は厳重に管理されており、アマンダでさえも知らされてはいない。
新しく金貨を作る度には、そのどちらかが配合し混ぜた状態のものを地金として造幣する施設に送って使用すると聞いている。
「金貨の原価ってかなり違うものなのですか? 使用される1枚分の金よりも、金貨にした方が高い表価格になるのでしょうか」
「かなり違うかどうかは感じ方次第だけど……確かに金として同じ分量を売買するよりも、幾分だけど高いと思うわ」
金に関わらず、金属や鉱石などは産出量に値段が左右されるので常に金額が一定というわけでもない。あまりにも増減が激しい場合は国が介入することもあるが、それは余程の時だ。ある程度その時々で増減があるのは当たり前の事だ。
金貨は限りなく同量の金の価格に近いものではあるが、毎日金額が違うのも大変なことで現実的ではない。よってエストラヴィーユ王国ではある程度の金の価格の増減を考えてその間をとるように計算されているのだった。
「元々手元に無かった金を入手した上、評価額よりも高価になる「本物と全く同じ金貨」を作った方が実利であるってこと?」
セレスティーヌは頷く。
「少ない金で偽金を作るのだとしたら、極限まで減らしたり、そもそも金を使わないのかもしれないのですが……今回はそれなりに潤沢な量になっている筈ですよね?」
下手に危ない橋を渡るよりも、確実性をとるということか。
それでも充分な儲けとなるのだとしたら。
「それは、非常に厄介ね……」
アマンダはヅラである金の巻き毛を引き延ばしながら、凛々しい眉を顰めた。




