6 下準備
「勘違いだったみたい。お時間を取らせてごめんなさいね」
担当者に礼を言って教会を後にする。
ふたりのやり取りをハラハラした様子で見ていた係員は、何事もなかったということで落ち着いたと見て取るや、ホッとしたように息を大きく吐き出して愛想笑いをした。
自分の管轄で国宝に何かあったなら、首と胴体が離れるだけでは済まないとでも思っているのだろう。本人が盗みに加担でもしない限りそのようなことがある訳はないのだが、現場はそのくらい細心の注意を払って取り扱っているということだろう。
混乱を避けるため、取り敢えずはこのまま展示を続けることになるだろう。
祭りが終わって次の場所へ移動中にでも真偽を確認出来れば一番いいのだが、どうなるだろうか。
「詳しい人間に調べてもらう必要がありそうね」
「なんか、申し訳ありません」
勘違いとは言えない程に違和感は拭えないものの、これと言った答えを導き出せないことに歯噛みする思いだ。
もしも王都から人を呼び寄せて間違いだったでは、どうやって誤ればいいのかと身が縮む。
(国の宝ですもの。間違いであった方がいいのだけれども……)
困ったような顔をしているセレスティーヌに、アマンダはちょっとおどけて話し掛けた。
「元々アタシがこうやってふらふらしているのが『気になることを確認する』ためなんだし。気になっているのに、ここで見過ごして後々判明する方が問題なのよ?」
「アマンダ様……」
「取り敢えず宿に戻りましょ? 明日は早目に出発しましょう」
「はい」
祭りはまだ続いているが、家路に向かう人もそれなりにいるようで、動物やおばけの格好をした人々の緩い流れが出来ている。
その流れに合流しようとしたところで、セレスティーヌは人とぶつかった。
「ごめんなさい!」
「いや、こちらこそ済まないね。よろけてしまって……怪我はないかい?」
「大丈夫です」
職人だろうか。薄汚れたシャツにズボンという簡素な姿をした年輩の男。
男は落とした包みを素早く拾うと、頭を下げて足早に去って行く。
「大丈夫?」
『きゅ?』
アマンダと、肩に乗ったキャロが小首を傾げる。首の曲がり具合があまりにも一緒で、セレスティーヌは頷きながら思わず顔を綻ばせた。
******
宣言通り、翌日は早くに宿を出発する。
街の中を歩けば昨日の祭りの舞台や飾りが至る所に残っており、賑やかだった分淋しさを感じた。
「これから北へ向かうのですよね?」
「そう。クラウドホースは北側に湿地帯があるんだけど、そこがとっても綺麗なのよ」
「ル・マレですね」
クラウドホースは幾つかの国と国境を接しているが、その国境を跨いだ広大な湿地帯がル・マレである。
「春の水芭蕉が有名だけど、秋の紅葉も綺麗なのよ!」
「紅葉ですか?」
アマンダが言う通り、ル・マレといえば水芭蕉のイメージが強い。
実際は、多種多様な植物が生息していることをセレスティーヌも知ってはいるが、湿地帯の紅葉というものがイメージ出来ないでいた。とはいえ、
「……クラウドホースも隣国も冬が早いですから、きっと樹々も色づいていますね」
自分たちが住んでいたオステン領に比べだいぶ気温が違うことは、秋の気配を目の前にして歩く今、充分に感じている。きっと山々は紅葉に染まっていることだろうと想像することは出来た。
夏に出会ったふたりは、秋を駆け足で走り去ろうとしている。北部はさらに気温が低く、朝夕は冬を感じることであろう。
「そうねぇ。もしかしたら寒い日は霜が降りるかもね」
「霜ですか!? こんな時期に?」
比較的温かなオステン領で育ったセレスティーヌは、晩秋に霜が降りると聞いて素直に驚いた。彼女の想像以上に寒いようだ。
エストラヴィーユ王国のやや南側に位置する王都とその周辺地域では、真冬でも雪が降ることは珍しい。王都の中心地より西にあるユイットですらも、年に数回降るかという程度だ。
そしてもちろん雪が舞うのは本格的な冬を迎えてからのことである。
すっかり次の目的地へと思いを馳せて気分も上向いたらしいセレスティーヌに、アマンダは昨夜の続きを口にすることにした。
本来ならその日のうちに話した方がいいかとも思ったのだが、必要以上に気に病んでいたので自重したのだ。
「昨夜、ミミズクを飛ばしておいたわ。直に詳しい人物が肖像画を確認する筈よ。鑑定が終わるまで私たちには何も出来ないんですもの。こっちがやるべき対応は取り敢えず完了ね」
後はどっちへ転ぶのか、待ちの状態である。
「あれこれ考えるのも実際に動くのも結果が出てからよ」
「わかりました」
セレスティーヌもアマンダの気遣いを察して、頷き返した。




