1 発熱 後編
「やっぱり熱がでちゃいましたか?」
空が白み始めた頃、ジェイがやって来た。
窓ガラスに小石が当たり、小さく音をたてた。窓を開けて覗き込めば笑いながら軽く手を上げ、するすると木に登ってはあっという間に部屋の中へ飛び移った。
かなり早い到着に驚いたセレスティーヌだが、実はアマンダの様子がおかしかったため、近くの宿場町に待機していたのだそうだ。
連絡がなければ朝日と共に旅立つ予定だったらしい。
「却って余計な心配をかけさせてしまってすみませんね? 別に市販の薬を飲んでも、どこのヤブ医者にかかってもらっても大丈夫ですよ?」
セレスティーヌは心配事を、アマンダの身分のところだけぼかして確認すると、苦笑いをしたジェイに労われた。
「アマンダ様は冬場は風邪っぴきですが、根は丈夫ですからね? わざわざ医者にかからなくても放って置いて大丈夫というそのままの意味だったですよ?」
「そうなのですね! ……すみません、他のお役目があるところを」
「大丈夫っすよ? これも自分の仕事のひとつですからねぇ?」
そう言いながら懐から油紙を出す。
「これ、良く効く風邪薬なんですけど? アマンダ様、子どもの頃から苦手で?」
「まあ」
苦いのだろうかと考えながら油紙を開く。
中には黒とも深緑ともつかない丸薬が数粒包まれていた。
「一粒飲んで起きれば、たちどころに元気っすよ?」
そんなにも効く薬があるのかと疑問であるが、とにかくお付きの人間が太鼓判を押す薬があるのならば願ったり叶ったりである。
「気付かれないように、素早く飲ませるっす?」
ジェイは小声でそう言うと、発熱でぐったりしているアマンダを難なく抱き起した。
「アマンダ様、お薬です」
「え……?」
眠ったままでは飲み込めないと思って声掛けをする。朦朧としたアマンダが反応した。
風邪、そして薬と来れば警戒する筈のアマンダではあるが、優し気なセレスティーヌの声にいつもの警戒心は働かなかったようで。
差し出されるままに口に含み、手渡されたコップで水を飲もうとしたところで異変に気づいた。
ボンヤリしていた瞳はギンギンにガン開きだ。
「……ぐっ!?」
「アマンダ様? 吐き出してはダメダメですよ?」
知らぬ間に(寝ていた隙に)後ろに回り羽交い絞めにされたアマンダは、聞きなれた全くもって可愛くない声に、瞳だけ動かした。
確認するまでもなくジェイなのだが、耳もとで囁かれてゾッとするわ、とんでもなくクソ不味い薬を飲まされるわで……
(はっ! 薬……!)
「ぐ、ぐえぇぇぇぇぇ!!」
口の中に含んだまま時間が経てば経つほど地獄である。大変遺憾であるが、すぐさま飲み込むのが一番被害が少ない。
薬と認識しすぐさま飲み込んだが、味も匂いも酷いもので……
(にっが! くっさ!)
余りの味の酷さにアマンダはベッドの上で七転八倒し、喉を押えている。
「だ、大丈夫なんですか?」
苦悶の表情を浮かべるアマンダの姿に、セレスティーヌはハラハラと見守った。
苦しむ姿はまるで毒を飲まされたそれである。
「平気っす?」
護衛の筈の彼は事もなげにいうが、とてもそう見えない。
セレスティーヌは困った顔でジェイとアマンダを交互に見た。
何だかんだで心配したキャロが、横たわるアマンダの横へ近づくと、もわり。凄まじい口臭に鼻を押えて悲鳴を上げた。
『ぎゅーーーーーっ!?』
「キャロ!?」
高速で飛び上がり、病み中のアマンダに連続キックをお見舞いすると、更に足蹴にしていた顔を踏み台にして、ぴょーんとセレスティーヌの腕の中にダイブした。
何とも言えない恨みがましそうな声で、アマンダが呻いた。
「……踏んだり蹴ったりだわ……」
「正しくじゃないですか?」
キャロの小さな脚に蹴られて踏まれた顔を見て、ジェイがにぱっと満面の笑みで言った。




